035
そういうわけで、三人の応援も取り付け、美香子といおは学校が終わると、早速リュウギのアパートに向かった。
リュウギが留守かもしれないということは、美香子も承知している。
それでも、何の問題もなかった。
今日の目的は、リュウギに会うことではないのだ。
エマ、というあの女性に会うことが目的なのだ。
もし、リュウギと同棲しているのならば、彼の留守中、エマはどうしているのか?留守番をしているのか?
もしそうだとしても、訪れたとき、エマが出て来たならば、話をするつもりだった。
リュウギとの関係を、きっちりと聞きだすつもりだった。
そして、自分のリュウギへの思いを、はっきりと告げるつもりだった。
アパートに着いた。
昨日と同じように、インターホンを押しても返事はなく、誰も出てこなかった。
やはり、リュウギはいないのだろう。
エマもいないのだろうか。
それともまた、居留守を使っているのだろうか。
ためらっていると、いおが、ドアノブに手をかけた。
開かない。
いおは、ちっ、と舌打ちすると、インターホンを押す。
押す押す押す押す押す。
連打した。
「うるさいっ!」
ドア越しにも聞こえる、大きな声だった。
エマの声ではない。
リュウギの声だった。
二人が驚いていると、ドアが開いた。
エマだった。
一瞬見えた不機嫌な表情は、しかし来訪者が、いおと美香子だと知ると、驚いた後、にこやかなものに変わる。
「こんにちは。いお、今日はどうしました」
「お兄ちゃん!出て来なさいよ!」
エマには答えず、いおは部屋の奥に大声を放つ。
「リュウギは、今日、体調がよくないんです。だからお仕事もお休みしているんです」
無視をされても、エマに気にした様子は一向にない。
「そんな簡単に仕事って休んでいいものなの?違うでしょ?」
いおの声は、エマに向けられたものではなく、やはり、部屋の奥に向けられたものだった。
「いお、静かに。そんな大きな声、ご近所に迷惑ですよ」
いおは黙って、エマに顔を向ける。
睨みつける。
しかしエマは涼しい顔だ。
まるで動じていない。
「あの、だったらお見舞いさせてもらえませんか?」
そう言ったのは美香子。
「リュウギさんの具合が悪いというのなら、お見舞いさせてください」
「だめです」
冷たくエマは答える。
「何でよ!」
エマを睨みつけたまま、いおは叫ぶ。
「今、リュウギは誰にも会いたくないんです」
「何であなたがそんな事わかるのよ!」
「わかりますよ、それくらい」
いおは、エマに対する嫌悪を、もう隠そうとしなかった。
それでも、エマはやはり涼しい顔だ。
答えた言葉には、微笑みさえあった。
「エマさんは」
いおが、ずいぶんと物騒な雰囲気になっているのに気を配りつつ、美香子は言った。
「エマさんは、リュウギさんとは、一体どういう関係なんですか?」
恋人同士、あるいはそれに類する言葉が返ってくると、美香子も、いおも、思っていた。
だからエマが返した言葉は、あまりのも突拍子もないものに聞こえた。
「そうですね。お互い、血の絆で結ばれた・・・、とでも言えばいいのかしら?」
血の絆。
一体どういった意味で、エマはその言葉を口にしたのか?
家族。
とでも言いたいのだろうか。
それほど、深い関係だとでも、言いたいのだろうか?
かっ、と血がのぼった。
いおは、自分を抑えることが出来なかった。
いおの張り手が、エマの頬に飛ぶより早く、彼女の右手は、美香子の手でぐっと押さえつけられていた。
「私、リュウギさんが好きです」
まっすぐな目をエマに向け、美香子は突然、宣言した。
「でも今日は帰ります」
肩透かしを食らって、かくっと肩をおとすいお。
エマも、目をぱちくりさせる。
二人に構わず、美香子は部屋の奥にむかって、呼ばわった。
「リュウギさん。具合がよくなったら、会ってくださいね」
リュウギの返事がないことに、美香子はさびしく笑ってから、再びエマにまっすぐな視線を向ける。
「また来ます」
「え、ええ」
すごい気迫・・・。そんなふうにエマは思っているかもしれない。
「行こ」
「う、うん」
いおの手を引きながら、美香子はリュウギの部屋を後にした。