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unhuman  作者: イナゴ
34/51

034

「おはようっ」

弾むようなその声に、教室内の皆が、扉のほうを見る。

宣誓する高校球児のように胸を張って、大木美香子が立っていた。

おはよう。挨拶を返してくるクラスメイトたちに「おはよう」とさらに答え、美香子は自分の席に向かう。

美香子の隣の席が、ちょうど香川佐奈の席で、その席にはしかし田辺秋が座っていて、彼女を囲むようにして、三人の女子が、近くの席に座ったり、お行儀悪く机に腰掛けたり、立っていたりした。

「おはよう。秋ちゃん、佐奈ちゃん、氷見ちゃん、いおちゃん」

「おはよう。朝から元気だな。何かいいことでもあったか?」

と、秋。

「でも今日はしっかり起きてるみたいじゃん。いつもは『私、低血圧なの』て、顔してるのに」

と、佐奈。

「え!私そんな顔してたの」

「してたしてた」

「良いことかはともかく、『何か』はあったでしょ。朝から元気なのって、大木らしくない」

と、氷見子。

「えー、じゃあ、元気がないほうが私らしいてっこと?ひどいよお」

「それだよ、それ。余裕っていうか、ゆとりっていうかさあ、ホント、らしくないよ」

「いくらなんでもそれは言い過ぎでしょう。ちょっとひどいんじゃない?」

秋の言葉を受けて、美香子の弁護に回ったのは、いお。

「だってそうだろ。そう思わない?」

しかし賛同を求められると、いおは少し口ごもりながら

「まあ、確かにね。いつもは『生きてるだけで精一杯』って感じだしね」

「・・・それこそ言い過ぎ」

「梁瀬ちゃんの方がひどい」

「ホントにお前は鬼だな」

いおは反論しなかった。

調子に乗って言い過ぎたと思ったからだ。

「ごめん、美香子」

しかし謝罪の仕方は、素直ではない。

いかにも、不承不承という感じなのだ。

だが美香子は不快を感じたふうでもない。

笑いながら、言葉を返す。

「気にしてないよ。いおちゃんが酷いのは前からだもん」

「確かになあ」

「大木限定のいじめっ子だし。梁瀬は」

「それってもしかして、好きな子を思わずいじめちゃうってやつ?」

あやしい。三人は声をそろえ、いおをじっと見る。

「やめてよ。そんなんじゃないんだから」

「それはそれで酷いな」

「でも、昨日、いおちゃん、言ったじゃない。『思わずほれそうになっちゃうよ』て」

「冗談に決まってるでしょ。イッツジョーク!」

「なるほど。それは興味深いな」

「梁瀬ちゃん、レーズー説急浮上?」

人の話をまるで聞く気のない友人たちに、いおが声を荒げそうになったとき、チャイムが鳴った。

「あ。ホームルーム、始まっちゃう」

「席に戻るか」

「なかなかに、有意義な時間だった」

わざとらしく言いながら、解散する友人たちに、いおは「まだ話は終わってない!」というのが精一杯で、担任教師が教室に入ってくるのを見れば、彼女もさすがに、席に戻るしかなかった。

そんなわけで、いおは、むしゃくしゃして、すっきりしない気分のままホームルームを終えて(ホームルームが終わると、四人はいつの間にか教室にはいなくて、始業のチャイムとともに、教室に戻ってきた)、一限目を受けることになった。

苦手な数学だった。

さらに気分が悪くなる。

いおは考える。

それもこれも、美香子のせいだ。

美香子があんなことを言わなければよかったのだ。

まったく、余計なことを。

(おのれ、美香子)

一限目が終わったら、早速文句を言ってやるつもりでいたのだが、いおが美香子の席に向かう前に、彼女のほうから、いおに声をかけてきた。

「いおちゃん。相談があるんだけど」

いおは、獲物がのこのこと巣穴に入って来たのを見た、穴熊のような顔をした。

「ちょうどよかった。私も美香子に言いたいことがあったんだよね」

「リュウギさんのことなんだけどね」

美香子に、いおの話を聞く気はまるでないようで、しかし、美香子が口にしたその言葉に、いおも、我を通すことは出来なくなってしまった。

「・・・うん」

不承不承といった感じでうなづく。

「いおちゃんに言われたとおり、これからは私、積極的に行こうと思うの。だから協力してほしいの」

「美香子・・・」

いおは、じんと胸が熱くなるのを覚えた。

たらんとした、癒し系の可愛らしい顔を、きりりと引き締めているのを見れば、どれほどの決意で美香子がその思いを言葉にしたのかということは、嫌でもわかる。

「美香子、偉い!」

いおは喝采をあげていた。

立ち上がり、美香子の背中をばしばし叩く。

「それでこそ、私の親友。美香子がその気ならもちろん協力は惜しまないわよ。頼りにしてくれていいから!」

わははははは。と、そのまま笑い出しそうな勢いのいおを、クラスメイトたちは不思議そうに見ている。

「なんだなんだ。どうした。何かあったか」

と美香子といおのそばにやってきたのは、もちろん、あの三人。

「いきなり大声上げて。相変わらず突拍子もないな」

「今度こそ、いいことがあったか。梁瀬」

「ついに大木ちゃんと結ばれたのね」

「・・・しつこいなあ」

朝の話題を引きずっている佐奈に呆れつつも、いおは、美香子の決意を自慢したくてしょうがない。

「聞いてよ。美香子のやつ、ついにやる気になったのよ」

「二人の仲がそこまで進んでいたなんて!」

「それはもういい」

佐奈の頭を小突いたのは、秋。

「で、何をやる気になったって?」

「お兄ちゃんを落とす気になったってこと」

「やめてよ、そういう言い方はあ」

「でも、そうなんでしょう」

うう。と言葉につまりながらも、いおの言っていることは間違いではないので、うなづくしかない。

「うん。・・・まあ」

おお。と、秋、佐奈、氷見子の三人がどよめく。

「あの美香子がこんなことを口にするなんて。――成長したなあ」

しみじみという秋に、氷見子はうなづく。

「よっぽど、梁瀬兄が好きなんだね」

佐奈の言葉に、美香子は薄く頬を染める。

「うわあ。大木ちゃん、可愛い。これじゃあ梁瀬ちゃんが惚れるのも無理ないよ」

「・・・ホント、しつこいわね」

『いおと美香子の危ない関係』という話題がよっぽど気に入っているのか、またしても繰り返す佐奈に、いおは、やっぱり呆れてため息をつく。


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