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unhuman  作者: イナゴ
31/51

031

とは言ったものの、エマとリュウギの関係は、やはり気になっている。

リュウギのアパートに、いおに強引に連れてこられた格好ではあるが、エマとの対決は望むところであった。

きっかけを待っていたのだ。

そのきっかけを、いおがくれた。

――だめだなあ、と思う。

もっと自分から行動を起こさないと。

もっと自分に自信を持たないと。

わかってはいるのだが、中々うまくはいかない。

そんなに簡単には割り切れない。

だから、いおと友達になれて、本当によかったと思っている。

いおが意識しているかどうかはしらないが、彼女はいつも、躊躇い、後一歩踏み出せずにいる美香子の背中を押してくれる。

それに何より、いおと友達になっていなければ、リュウギと知り合うことはなかった。

アパートの一室。

リュウギの部屋。

目の前の扉の向こうに、リュウギはいる。

部屋のなかにいるのは、リュウギだけではないかもしれない。

エマもいるかもしれない。

しかし覚悟は出来ている。

もうその程度ではへこまない。

美香子はインターホンを押す。

しばらく待つ。

変化はない。

出鼻をくじかれた形だが、いちいち気にしていては、体が持たない。

「留守なのかなあ」

美香子はとぼけた声を出す。

「ちょっとどいて」

いおは、そう言うと、ドアノブをつかんでまわした。

開かない。

鞄から、一つの鍵を取り出す。

「それは?」

尋ねる美香子に短く答える。

「合鍵よ」

躊躇うことなく、鍵穴にそれを挿し、ドアを開ける。

「いいのかなあ」

「いいのよ。妹なんだから」

そうかなあ、と言いつつも、美香子も、いおの後に続いて部屋に入る。

靴が二人分ある。

男物と女物。

いくら覚悟はしていても、こうして現実を見せ付けられれば、涙が出そうになる。

つまりそれは、リュウギだけでなく、部屋の中にはエマもいる、ということだからだ。

そして二人は、居留守を使ったということだ。

リュウギは、いおの忠告をまるで聞かなかったのだ。

それどころか、さらにエマに深入りしている。

ガタ、と音がした。

美香子はびくり、と身を震わせたが、いおは厳しい表情のまま、靴を脱ぐと廊下に上がる。

奥行きのない廊下。

すぐに居間と寝室を仕切る引き戸に行き当たる。

右手の引き戸の奥には、食卓台所がある。

左手の引きでの向こうには、洗面所・浴室がある。

「だめ・・・」

引き戸は開かれていて、洗面所の様子がよく見えた。

「だめ・・・。リュウギ・・・」

床に倒れこんで、二人の人間が抱き合っているように、いおには見えた。

洗面台にもたれかかるように座り込んでいるエマは、洗面室が狭いため、足を伸ばすことも出来ず膝を曲げている。

その両足に間に、無理やり体をねじ込んで、リュウギは両手でしっかりとエマの肩を押さえつけ、エマの白い首筋に噛み付いている。

まるで首筋をさらすように、エマは上を向いて、きつく目をつむっている。

何かを必死にこらえるように、眉根が時折、小さく痙攣する。

「だめ・・・」

言葉とは裏腹に、その声は熱く火照って、震えている。

何かを感じたのだろうか、不意にエマは目を開ける。

無表情な――塊となった黒い感情を、腹の中に抱えていると言うことがありありとわかる無表情で立ち尽くすいおの姿が、エマの目に飛び込んでいた。

エマは血の気を失う。

青い顔のまま呆然とし、やっと声を絞り出す。

「いお・・・」

かさかさに乾いていた。

「何してるの・・・」

いおの声からは、何の感情も感じるとることが出来なかった。

鉄で出来た人形が発した声のように、どこまでも冷たい声だった。

リュウギの体がびくりと震えた。

エマの首筋に吸い付くのを止め、そろりそろりと体を離す。

振り返ることは出来ずに、リュウギは視線を上げ、洗面台の鏡に映った、いおの姿を確かめる。

「ああぁぁぁあああ・・・!」

リュウギの口から、哀れな悲鳴が漏れる。

「ぁぁあぁぁ・・・!」

顔を両手で覆うと、体を丸める。

その背はぶるぶると震えている。

まるで、折檻を恐れている子供のように。

小さな悲鳴も、小動物の断末魔のようで、哀れだ。

誰だろうか、この男は。

いおは、リュウギの震える背中を睨みつけながら、思う。

こんな情けない男は知らない。

「はは・・・」

背後の声にはっと振り返る。

血の気のまるでない、蝋燭の様な白い顔の美香子は、全身をぶるぶると震わせていた。

笑いたいのか泣きたいのか、結局はどちらともつかない奇妙な表情になってしまっている。

いおが声をかけるよりも早く、美香子は背を向け、部屋を出て行ってしまった。

「美香子!」

いおは虚しく叫ぶ。

振り返ると、いまだ座り込んでいる二人を睨みつける。

体を丸め震えているリュウギを、エマが庇っているように見える。

エマの表情は青白いままだったが、決して、いおの視線から目を逸らそうとはしなかった。

「最低」

低い声でそう言い捨てると、いおも部屋を飛び出していった。

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