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unhuman  作者: イナゴ
30/51

030

その日、梁瀬いおの機嫌は朝から悪かった。

いやな夢を見たからだ。


こんな夢だ。


どことも知れない場所に、いおはポツンと立っている。

風が吹いてきたと思ったら、あたり一面が花畑になる。

驚いていると声が聞こえてくる。

笑い声――楽しげな笑い声だ。

いおは、そちらに歩いていく。

一組の男女が、花畑の中でじゃれあっている。

兄――梁瀬リュウギとエマだ。

「お兄ちゃん!」

叫んだが、二人には聞こえていないようだった。

両手いっぱいに花を摘んでは、それを空に放り投げ、楽しそうに笑っている。

「お兄ちゃん!」

いおは、兄のもとを目指して駆けるのだが、なぜか二人からだんだんと遠ざかっていく。

何とか追いつこうと、必死に走る。

走れば走るほど、二人は遠ざかっていく。

アハハハハハ。

ウフフフフフ。

笑い声だけは、遠くならない。

走っても走っても、追いつけない。

それでもいおは諦めきれずに、走りに走って――


と、いう嫌な夢だった。


心理学者でなくても、なぜそんな夢を見てしまったのかくらい、分析できる。

昨日の出来事が、いおにこんな夢を見させたのだ。

常識的に考えれば、エマは明らかに不審人物である。

そのことをいくら説いても、リュウギは聞く耳持たず、挙句に、路上で兄妹喧嘩を披露する破目になってしまった。

なぜ、兄が無条件でエマを受け入れるのか、答えは一つしかない。

兄はエマに恋してしまったからだ。

どうかしている、と思う。

何とかして兄の眼を覚まさなければ、とも思う。

もちろんこれは、兄思いの妹としての、感情だ。

ともかくその日、いおの機嫌は悪く、それは学校に来てからも続いた。

いお自身、不思議だった。

そんなに根に持つタイプではないのに、基本的には楽天的な性格なのに、今度の件ばかりは、忘れることが出来ない。

気付けば、考え込んでいる。

エマとリュウギをどうやって別れさせようか・・・。

まるで性悪女のようだが、兄を思う妹としては、当然のことだ。

考えに考えに考えて考え抜いて、答えが出たのは、昼休みになって、お弁当を食べ、はああ、お腹いっぱい、と満足感に浸っているときだった。

突然、ひらめいたのだ。

エマと別れさせた後、そこに後釜を据えればいい。

そうすれば、兄も寂しくはないはずだ。

もちろん後釜にすえる人物は決まっている。

だから、今日から果敢にアタックさせることにした。

いおは席を立つと、四つの席で大きなテーブルを作って、おしゃべりしながらお弁当を食べている女生徒のグループに向かう。

その中の一人に、いきなり脳天チョップをお見舞いした。

涙目で背後をうかがい、そこにいおの姿を認めると、唇を尖らせ「何なのお」と言う大木美香子には構わず、いおは彼女の手元を覗き込むと、お弁当箱の中身を、まず目で味わい、「おいしそうね」当然のように腕を伸ばすと、おかずを一品つまみ上げ、ひょいと口の中に放り込む。

もぐもぐ。

「あー!私のエビフライ!」

美香子が悲鳴を上げる。

「わ!おっきな声!」

自分がしたことをすっかり忘れた様子で、いおは驚く。

涙目になる美香子を慰めるように、彼女の頭を撫でたのは、田辺秋。

「泣くなよ。たかがエビフライで」

「それにしても梁瀬ちゃんてば酷いよね。悪魔だね」

「悪魔っ子いおちゃん――なんて」

香川佐奈の言葉を受けて、和久氷見子がポツリと呟き、クフ、と笑う。

「・・・・・・」

無言が四人分。

「・・・エビフライ一つで、何でそこまで言われるわけ」

「だって大木、泣いてるし」

「こんなの嘘泣きに決まってるじゃん」

再び、美香子の脳天にチョップ。

「痛い・・・」

頭を抱えた美香子は、さらに涙をにじませる。

「ひっで。本当に酷いなお前。鬼だ」

「やっぱり悪魔なのね。梁瀬ちゃんは」

「悪魔っ子いおちゃん」

「それはもういい」

すかさず氷見子に突っ込みを入れながらも、いおは不機嫌そうに頬を膨らます。

美香子に八つ当たりしたいところだが、さすがにそれはぐっと堪えた。

「やっぱり機嫌が悪いな。なんかあったか」

いおの苛立ちをあおるのはもうやめにして、秋は、いおを気遣うように言った。

「朝からなんか機嫌悪かったよね」

「だから近づかないようにしてた」

「お気遣いどうも」

いおは、友人たちの心遣いに、ぞんざいに礼を言う。

すると、不思議に気分が少し落ち着いた。

「何があったんだ。話してみろよ。嫌な夢でも見たのか?髪型が決まらなかったのか?朝ごはん食べてきてないのか?」

「もしかしてその全部?それはちょっとたまんないかも」

「だからって八つ当たりはいけない」

うんうんうん、と三度、美香子がうなずく。

四人の視線に、「別にそんなつもりじゃ・・・」とどもりながらも、いおは悩みを打ち明けることにした。

「お兄ちゃんのことなんだけどね・・・」

あああー、と四人の口から間延びした声が漏れる。

「やっぱりね。そうじゃないかと思ってんだけど」

「意外性がない。つまんない」

「それにしても、梁瀬は本当にブラコンだな」

「リュウギさん・・・?」

ブラコン呼ばわりされても否定しないと言うことは、いおにも、やはり自覚があるらしい。

「うるさいなあ。だったらもういいわよ。何も言わない」

「駄目。そっちのほうがつまんない」

「怒ったのなら謝るよ。わり。だからさ、意地悪しないでくれよ」

「そうよ。ここまで来てだんまりなんて、許されないでしょ」

「私はなんとなくわかるけど・・・」

友人たちの勝手な言い草に、少し唇を尖らせながらも、いおは改めて話し始める。

「お兄ちゃんが正体の知れない女と知り合いになっちゃったの」

「・・・それは単に妹のヤキモチってやつでは?」

「てか、正体の知れない女って何?」

「本当によくわかんない人なんだよ。エマって名乗ってるけど本当かどうかも怪しいもんだし、それにどう見ても日本人じゃないのに日本語ぺらぺらだし、常識しらずの世間知らずだし、着替えもろくにないまま部屋に上がりこんでるし、しかも下着つけてないのよ!信じられる!?」

ほう。と友人たちは興味を引かれたのか、目を輝かせる。

美香子は、そのことを予想していなかったわけでもないし、覚悟もしていたのだろうが、やはりショックを受けた様子。

「それは詳しく聞きたいね」

「話をまとめると、お兄さんがエマさんを部屋に連れ込んでヤッチャッタ、ということになる」

「梁瀬兄もやるじゃん」

「ほ、本当なの・・・?」

「勝手に話を作らないで。お兄ちゃんにそんなこと出来るわけないじゃない。どうせ悶々として眠れなかったとか言うオチよ」

「うわ、情けね」

「襲っちゃわないと襲わないと」

「そして犯罪者?」

「だ、駄目だよ、それは、絶対・・・」

好き勝手言ってくれる友人たちに、いおは頭を抱える。

「とにかく私が言いたいのはね」

四人のペースに合わせていたのでは、話は一向に進まない。

いおは美香子をはたと見据えると

「このままじゃお兄ちゃんをあの人に取られちゃうってこと。美香子、あんたに言ってんのよ」

え、と美香子は声を上げる。

ほう、と三人に見つめられ、顔を赤くする。

「なるほど。そういうこと」

「やったじゃん。妹公認」

「兄を誘惑しろだなんて、ブラコンの言うこととは思えないな」

その通りだ、いお自信そう思う。

しかし美香子の恋を応援したくなるのは本心だ。

結果、エマがリュウギから離れれば、一石二鳥ではないか。

「そういうわけだからさ。美香子、あんたには頑張ってもらわないといけないの」

「無理だよお」

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