027
施設に戻った後、エリザベータは約束どおり、ナジャの相手をしてやった。
そして、その後続けた言葉の通りに、ナジャがエリザベータに勝つのは、不可能に違いなかった。
ナジャは今うつぶせに倒れ、エリザベータの足元で呻いている。
エリザベータは、勝ち誇る様子もなく、ただナジャを見下ろしている。
余人が見れば、エリザベータとナジャが始めたのは、ただの喧嘩にしか見えなかっただろう。
試合、と呼ぶにはナジャの攻撃は、ただ本能に任せただけの、駄々をこねる子供のように、めちゃくちゃに腕を振るっているようにしか見えなかったからだ。
しかしその駄々っ子パンチを受ければ、誰であろうと無事ではすまなっかただろう。
たとえエリザベータでも。
ナジャの爪は数十センチ伸びていた。
死神の爪だ。
その爪はどんなものでも切り裂く。
岩でも鉄でも、ダイヤモンドでも。
もちろん人間を真っ二つにするなど造作ない。
しかし、それも相手に触れることが出来ればの話。
エリザベータは、ナジャの攻撃のことごとくをかわしていた。
それは洗練された、無駄のない動きだった。
胴着でも着ていれば、あるいはさまになったかもしれない。
いや、いつものようにワンピース姿だからこそ、その姿は華麗で優雅で、まるで、舞を舞っているように見えたのだろう。
余人の目にどう映ろうと、彼女たちにとって、これはレクリエーションなのである。だからこの部屋(50メートル四方のなにもないこの空間)は、レクリエーションルーム、と呼ばれている。
エリザベータは優雅な身のこなしでナジャの攻撃を全てかわしながらも、隙を見つけては、ナジャの体に拳を放っていた。
普通の人間が受ければ骨折は間違いなく、内臓破裂、下手をすれば死ぬことになるかもしれない、重すぎる拳だった。
しかしナジャは耐え抜く。
耐え抜いて耐え抜いて、しかしついに耐え切れず、エリザベータの足元に倒れ伏すことになった。
呻いているナジャを見下ろしているエリザベータだったが、腰をかがめると、ナジャに手を差し伸べる。
助けを借りることなく起き上がったナジャは、その手を振り払った。
エリザベータを睨みつける。
勝負にもならない――その悔しさもあるだろうが、それ以上に、ナジャのエリザベータに向ける視線は鋭かった。
敵を見るように。
エリザベータはナジャを無表情に見返す。
ナジャの体が突然吹き飛んだ。
声を上げる間も、受身を取るまもなく、ナジャの体は壁に激突した。
衝撃に思わず咳き込んだ後、ナジャはぴょんと起き上がると、手足をばたばたさせる。地団駄を踏む。
ナジャは己の固有能力――死神の爪――を発動させているが、エリザベータは自分の能力を使うつもりはなかった。
『ちからを使うつもりはない』
エリザベータははじめにナジャにそう宣誓していたのだが――
「ずるううううい。『ちから』は使わないって言ったくせにいい」
「あら、ごめんなさい。つい」
特に悪びれるでもなく、エリザベータは答えた。