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unhuman  作者: イナゴ
25/51

025

男が勝ち誇った声を上げる。

傷口を押さえるエマの手は、血でべっとりと濡れている。

一瞬ごとに流れ出る血の量は減っていくとはいえ、内臓まで切り裂かれているために、完全に治癒するにはまだ時間がかかる。

エマは苦痛の表情のなかから、男を睨みつける。

敵意も殺意も消えてはいない。

なのに黒い影のように、不安が覆い被さってくるのがわかる。

その理由がエマ自身にもわからない。

死を覚悟しているのか?

この程度で?

まさか。

「さあて、じゃあ、死にな」

死刑宣告をし、男は左腕を高く掲げる。

振り下ろされた凶器は、脳天から自分の体を真っ二つにするだろう。

そうすればいくらなんでも助からない。

そう冷静に思考できるのに、エマの体は動かなかった。

「エマ!」

その声がなぜ今聞こえるのか、エマは不思議でならなかった。

それでもエマは、視線を男から声のしたほうに向けた。

梁瀬リュウギがいた。

エマの知る穏やかな彼からは想像できないほど、その顔は怒りに歪んでいた。

「お前!エマに何してる!」

抑えられない負の感情に、リュウギの声は裏返っていた。

面倒くさそうに男は振り返った。

左腕は、走ってくるリュウギに向かって横に振るわれる。

刃物の先端のように硬質化している指先が、リュウギの喉をさくりと裂いた。

リュウギの顔は、怒りの表情のまま固まっている。

男に駆け寄るのをやめ、その足は止まっている。

行き場をなくした運動エネルギーが、出口を求めるように喉の切り口から血が吹き出る。

そこでようやく自分のとるべき行動に気付いたように、リュウギの体が地面に倒れた。

男は自分が作った死体を不思議そうに見下ろす。

「何だ?こいつ」

「リュウギ!」

エマの悲鳴に、え?と一度振り返り、そしてまた死体に視線を戻すと

「こいつが?」

困惑した声を出す。

「まいったな。まずったか?」

と言いつつも、あっさりと結論を出す。

「まあいいか。いずれこうなっただろうし」

それで一切の興味をなくしたように、死体に背を向ける。

エマの、憎悪に濡れた目が向けられていた。

「何だよ、その目は」

「許さない・・・」

エマの、搾り出すような低い声。

「許さないってなんだよ。そもそもあんたがとっとと殺されてれば、こんなことにはならなかったんだぜ」

もちろん、エマはそんな勝手な理屈に耳を貸さない。

男をさらに睨みつける。

切り裂かれた腹部は、まだ完全には治癒していないが、血はもう止まっている。

男は油断している。

その油断を突いて、一撃で息の根を止めなければならない。

それが叶わなければ、男は二度とチャンスをくれないだろう。

エマは男に飛び掛ろうとした。

そして凍りつく。

男の背後に、信じられないものを見た。

男の背後に立った《それ》――。

あれほどの殺意を見せていたエマの顔が、驚愕の表情(恐怖の、と言ってもいい)を浮かべ、視線は凍り付いている。

ほぼ同時に男の全身が総毛立つ。

振り返る。

目の前には赤い双眸があった。

男が最後に感じたのは、頭をわしづかみにされたような感覚で、そして死んだ。

自分の頸骨が粉々になる音など男は聞いていなかっただろうが、男の頭をわしづかみにしていた手がぐいと動くと、男の首はありえないほうに曲がり、耳が首の根元にぴったりとくっついてしまっていた。

男の頭から手が離れると、その体は、人の形をした砂袋みたいに、どさりと地面に落ちた。

もう動かなかった。

さすがに蘇生は出来ないらしい。

赤い双眸は、自分が作った死体を見下ろすこともなく、ただまっすぐにエマに向けられている。

「リュウギ・・・」

エマは呟いた。

悪夢の中にいる気分で。

《それ》は梁瀬リュウギだった。

弛緩しきった顔面が、しきりとぴくぴく動いている。

男に切り裂かれた喉は、傷口を閉じている。

ズボンまでべっとりと血で濡れているが、傷口からもう血は流れていない。

そして両の目はただ赤かった。

一瞬にして眼球を入れ替えられてしまったかのように。

その赤い目はやはりエマに向けられたまま、何か言いたげにに唇がわなわなと震えている。

そのままがくりと膝を突いて、うつぶせに倒れこんだ。

「リュウギ!」

エマは叫び、急いで助け起こす。

呼吸をしていることにほっと胸をなでおろし、その異様さに気付く。

梁瀬リュウギは死んだのだ。

あの時、確かに。

男に喉を切り裂かれ、血をどろどろと流し、倒れ、死んだ。

即死だった。

なのに今、梁瀬リュウギは生きている。

蘇生を果たし、ゆっくりと息をしながら、エマの膝に抱かれている。

彼は誰なのか?

もちろん梁瀬リュウギだ。

ただし人間ではなくなった梁瀬リュウギ。

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