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unhuman  作者: イナゴ
24/51

024

「ここでいいか。いいな」

まるで誰かに確認を取るかのように呟いた後、エマに向き直る。

「よお」

「あなた、誰なの?」

なれなれしい挨拶。

いまさらながらの質問。

男はにっと笑う。

そうすると、サングラスで目元を隠していてさえ、無邪気な表情になる。

顔立ちが幼いためかもしれない。

「察しは付いてんだろ?」

男の指摘は正しいので、エマは何も答えず、ただ男を睨みつける。

「シカトかよ。むかつく」

ちっと舌打ちする。

それに促されたわけでもないだろうが、エマは男に問うた。

「私に一体何のようなの?」

「あんたを殺しにきた」

殺人予告にエマは驚かない。

そんなところだろうと思っていたからだ。

男はサングラスをはずす。

真っ赤な目。

濡れる赤い石の玉を眼窩に仕込んでいるこのような目。

その目を見て、エマはさすがに驚きを隠せなかった。

ポケットから出した男の左手には息を飲んだ。

最初、エマは男が左手に何か持っていると思った。

刃物の類を持っていると。

だがそうではなかった。

男の手、そのものが刃物だった。

刃物のような形状になっていた。

五本の指がぴったりと合わされ、まっすぐに伸び、皮膚は明らかに硬質化している。

一本一本の指を見て取るのも、軽く凹凸があるからこそ、見当をつけられる。

やはり、手というよりは、刃物にしか見えない。

が、エマの驚きは一瞬だった。

「その手、どうしたの?」

「はは!」

男は忌々しげに短く笑う。

「しらねえよ。何でかこうなっちまったんだ。ま、あんたを切り刻むには都合がいいけどな」

エマは、関心なさそうに男を見返す。

「私は関係ない、て顔してるな。マジむかつく」

エマは何もいわない。

それが男の言葉を肯定している。

「ホンットムカつくな、あんた。関係は大有りなんだぜ。あんたの血でこうなったんだから」

「血?」

「俺の体の中にはあんたの血が流れてんだよ。本当は人間にとっちゃ、あんたの血は毒みたいなもんなんだと。実際ほとんどの奴らがくたばっちまったからな。が、俺は生き残った。で、こんな有様ってワケだ」

男は肩をすくめ、にっと笑った。

男の話を理解するためには共通認識がなければ無理だった。

幸いエマにはそれがあった。

『血』

これがキーワードだ。

そして男がかつて人間であったが、今は人ではない――ということ。

エマの血でバケモノになってしまったということ。

アンヒューマン。

バケモノ。

――人ではない人を作る技術を有する組織がそうあるとも思えない。

そしてエマはあの施設で血を採取された。

男が組織からの負ってであることは確実になった。

男を見返すエマの顔は、それでも関心なさそうだ。

「それで?まさか同情しろとでも?」

「は!」

男が腕を振るう。

エマは飛びのいて交わす。

男の動きを予期していたからこそ、すばやく対応できたが、もしそうでなければ刃物のような手で傷を負わされていたかもしれない――そう思わせるほどに、男の腕の振りは鋭かった。

「いらねえよ。そんなもんっ」

男はにやりと笑う。

思ったほどに、エマは手強くない、と感じているのかもしれない。

二の太刀、三の太刀、四の太刀――男は続けざまに、腕を振るう。

エマは全てをかわすが、辛うじて――と、形容したくなるほどに、危なっかしい。

「よけるなよ」

ニヤニヤ笑いながら男は言うが、そうもいかない。

たとえ男の鋭い腕をざっくりと裂かれたとしても、それがエマにとって致命傷になることは無いが、それでも痛みは感じるのだ。

痛いのは嫌だ。

男が腕を後ろに引いたのを見逃さず、エマは大きく一歩踏み込んだ。

エマが攻勢に出るとは思っていなかったのだろう。

男は驚愕の表情を見せ、エマの手刀が飛び、男はとっさに上体を逸らす。

男の頬がざくりと裂ける。

血がだらだらと流れ出す。

「あぶねえあぶねえ」

かるぐちをたたいて余裕を見せるつもりだったのだろうが、失敗している。

男の声はかすかに震えていた。

表情のない赤い瞳が、確かに緊張の色を見せている。

エマの今の一撃で、侮ってはならない相手――と正しく認識したようだ。

男の頬からだらだらと流れ落ちていた血が、いつの間にかぽたぽたと滴る落ちる程度になっている。

エマほどではないが、それでも人間にはない治癒力を持っているようだった。

男は作戦を変更することにしたようだ。

「なあ、エマ。頼むから俺におとなしく切り刻まれくれねえか。でなきゃ俺、余計な殺しをしなきゃなんねえんだよ」

「あなたの都合なんか知らないわ」

「ふーん、そっか。おとなしく殺されるつもりはない、てことだな」

「当たり前でしょう」

「じゃあ、あの二人を殺すことにするか。梁瀬リュウギと梁瀬いお」

怒りと侮蔑を浮かべていたエマの表情が一瞬凍りつき、驚愕に変わる。

「何ですって」

「あれ、まさか気付いてなかったのか」

エマの反応に男は気を良くし、ニヤニヤ笑う。

「監視されていたこと。あんた、案外抜けてんな」

この町はエマが監禁されていたあの施設から、遠く遠く離れている。

しかしいくら距離を稼いだところで、組織の目から逃れることなど出来なかったのだ。

男の言うとおりだ。

エマは何も考えていなかった。

「まあ、あんたがバカだとわかっただけでも、俺にとっちゃ大きな収穫だが、でもやっぱりあんたには死んでもらわなくちゃならないんだよ。さあ、選びな。このままここでおとなしく殺されるか、抵抗した挙句、二人の人間を巻き添えにして、やっぱり殺されるか」

エマはもちろんどちらも選ばなかった。

彼女が選んだのは第三の方法。

「バカの考えは筒抜けだ」

男が赤い目でエマを見ていたかと思うと、そう言って肩をすくめ、笑った。

見返すエマの目に、怒りを越えた危険な色合いが浮かぶ。

「あんたはこう考えている。『どちらにしろ殺されるんだったら、馬鹿正直に選ぶ必要はない。目の前のこの男を殺して、そしてあの二人を連れて、どこまでも逃げればいい』とね。呆れるね。そんなことできると思ってんのか?組織から逃れるなんて無理に決まってんだろ」

「そんなのわからないでしょう」

「そう言ってる時点で無理だって言ってんだよ。ましてや二人の人間を連れてだなんてよ。あいつらもいい迷惑だよなあ。あんたと出会ったばっかりに」

エマは言葉を返さなかった。

しかし動揺は隠せていなかった。

「本当に人でなしなんだなあ、あんたは。自分のことしか考えていない」

「それは・・・」

言い返そうとして言葉が続かなかった。

二つの赤い目が見ている。

エマは、その目を強く見返せなかった。

視線が泳ぐ。

男がすばやく一歩踏み込んだ。

とっさに体をずらしたエマだが、男の左腕はざっくりとエマの腹部を切り裂いていた。

よろめいてエマは膝を突く。

痛みをこらえるため、噛み砕いてしまいそうなほどに、強く歯を食いしばる。

「おいおい、寝ぼけてんのかあ。殺し合いの最中によお」

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