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unhuman  作者: イナゴ
22/51

022

店から出てきたエマの印象は、ずいぶん変わっていた。

「へえ」

リュウギは小さく感嘆の声を漏らす。

エマはジーンズとTシャツに着替えていた。

飾りのないラフな格好が、彼女の美しさをより際立たせている。

「靴に合わせてみたの」

いおの言うとおり、確かにスニーカーにジーンズは変かもしれない。

「どう、リュウギ。似合っていますか?」

「うん。よく似合ってる」

エマはうれしそうに笑う。

「これね。いおに貰ったんです」

リュウギに、右手に持っていた、店のロゴが入った紙袋の中を見せる。

そこには、きれいに折りたたまれたワンピースが入っていた。

「まあ、記念に」

いおが、そっけなく答える。

「そうか。よかったね、エマ」

「はい」

笑顔でうなずくエマ。

そんな彼女を、いおは注意深く見つめている。


どこかで昼食を食べようということになった。

よい店を探して、アーケード街を歩く三人。

エマとリュウギはこの状況を楽しんでいるようだったが、一人、いおだけは、そうではないようで、二人の後を歩きながら、先ほどと同じように、注意深くエマを見つめている。

「あー、疲れた」

突然、いおが声を上げた。

「もう私、歩けなあい」

リュウギとエマが振り返ると、いおが、しゃがみこんだところだった。

少女の突然の行動に目を向ける通行人にはかまわず、いおは甘えた声を出す。

「おにいちゃあん、おんぶしてえ」

リュウギは顔を赤くする。

何をやってるんだ、まったく。

ぶつぶつ言いながら、仕方ないので妹の元に向かう。

リュウギについていこうとするエマを、いおは慌てて制止した。

「待って。エマさんはそのままで」

「はい」

うなずいて立ち止まる、素直なエマだった。

下手な芝居を打ってまで、一体何のつもりだ?リュウギは思ったが、とりあえずその芝居に乗ってみることにした。

いおの前で立ち止まると、妹を見下ろす。

「お前をおぶうなんて、初めてなんじゃないかな」

「ん・・・うん」

見上げるいおは、兄の反応が予想外だったのか、戸惑いがちに声を返す。

リュウギは、いおに背中を見せる格好でしゃがみこむ。

「ほら」

背中を思い切りはたかれた。

「バカ。お芝居に決まっているでしょ」

強くはたきすぎた手のひらは真っ赤で、それがちょっぴり痛くて、涙をにじませながら、いおは叫んだ。

けほ、と咳き込んだ後、リュウギはすっくと立ち上がる。

「だったら一体どういうつもりなんだ」

問う口調は強い。

いおも、すっくと立ち上がる。

兄の視線をまっすぐに受け止める。

「お兄ちゃん、あの人のこと、どれだけ知ってるの」

「え?」

うかつにも、リュウギはその質問を予想していなかった。

「名前以外でも、当然知ってることあるんでしょ。学生なのかとか、社会人なのかとか、どこに住んでいるのかとか、そもそもどこの国の人なのかとか」

「お、おい」

「だって日本人には見えないんだもの。まあ、見えないだけで、確かに日本人なのかもしれないけど」

「それは・・・日本人だろう」

「やっぱり良く知らないんだ。お兄ちゃんてホントいい加減だね」

リュウギは言葉を返せない。

「もし外国の人だったら?もし不法滞在者だったら?お兄ちゃんにそのつもりがなくても、犯罪の手助けをしてるかもしれないんだよ」

「お前、よくそんなことが考えられるな」

「お兄ちゃんは何も考えなさ過ぎだよね」

「・・・・・・」

「私ね、あの人に色々聞いてみたの。どこに住んでいるんですかとか、学生なんですかとか、こんなことして家族の人は心配しないんですかとか。

ちゃんと答えてくれたよ。どこにも住んでいません、学生って何ですか? 家族、と呼べる人はもういません、て。

じゃあ、お兄ちゃんと会うまではどこに住んでいたんですかって聞いたの。そしたら、施設にいたって。ねえ、お兄ちゃん、これどういう意味だと思う?施設って何だと思う?――あの人、絶対やばいよ」

「お前・・・」

「ねえ、お兄ちゃん、警察に任せようよ。あの人、警察に連れて行こう?」

「なんてこと言うんだよ」

「でもそうでしょう。普通はそうだよ。ワケわかんない人は警察に突き出すべきだよ」

「いお!」

リュウギの一喝。

いおは口をつぐむ。

「そんなこと言うなよ。エマをまるで犯罪者みたいに」

「似たようなものじゃない」

「え?」

「似たようなものでしょ。まるでワケわかんない人なんだから。お兄ちゃんのほうがどうかしてるよ。そんな人を受け入れるなんて」

「いお!」

「私はおにいちゃんのこと心配して言ってんだよ!」

「余計なお世話だよ!」

いおの平手が飛んだ。

「お兄ちゃんのバカ!」

いおはリュウギに背を向けると、走り去って言った。

赤くはれた頬を押さえながら、リュウギは呼び止めることをしない。

どっちがバカだよ。

小さく呟いてから振り返る。

エマの姿がなかった。

「エマ・・・?」

白昼堂々、往来で兄妹喧嘩を始めたのだから、当然リュウギには、通行人たちの視線が、いくつか集まっている。

しかしそんなものを彼に気にしたふうはなく、視線をさまよわせ、エマの姿を探す。

いない。

「エマ!」

叫んでみたが、応えはない。

もしや先ほどの話を聞いていたのだろうか、聞こえていたのだろうか。

だから居たたまれなくなって・・・。

「エマ!」

ぞわぞわと、吐き気のような悪寒がせり上がってくる。

ぬるぬるとした、冷たく不快な汗が噴出す。

腹の底が抜けたような、脱力感がある。

息苦しいほどに、鼓動が早くなる。

「エマ!」

叫びながらも、リュウギは自身の変化に不自然を感じていた。

この孤独感は何なのだろうか、この絶望感は。

――まるで巨大な黒い穴のような。

同時に、一つの使命感も湧き上がってくる。

エマをなんとしても見つけなければならない。

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