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unhuman  作者: イナゴ
20/51

020

ベルの音が来客を告げる。

玄関の扉を開けると、いおが立っていた。

「あの人に変な事してないよね」

「いきなりそれか。してないよ」

ため息をついて答えるリュウギの顔は、どこか疲れている。

いおは、兄の言葉をもちろん信じた。

そんなことができる度胸がないことぐらいは、もちろん知っている。

「あの人は?」

「いるよ。テレビ見てる」

兄の体越しに、部屋の奥を見る。

確かにエマは、小さな丸テーブルに肘を付いて、テレビを見ていた。

自分の家に居るみたいにくつろいでいる。

なんだか気に食わない。

「エマ。いおが来てくれたよ」

リュウギの声に、エマが振り向く。

いおを見つけると、にっこりと笑う。

「いらっしゃい。いお」

確かにこの笑顔の前では、男女の別なく、どんな小さな警戒心も抱くことが出来ず、きっとエマを受け入れてしまうだろう。

しかし私は違う。

「すみません。私のためにわざわざ来ていただいて」

「お兄ちゃんに頼まれましたから」

あなたのためじゃない――とは、さすがに言えない。

しかし言外にその気持ちがにじむ。

確かに妹はエマを警戒しているようだ。

昨夜の会話を思い出しながら、リュウギは思う。

しかしそのことをたしなめるほど強くは出れない。

頼み込んだのはこちらなのだから。

「いお、着替え、もって来てくれたか?」

「持ってきました。出ないと来る意味ないでしょ」

「うん、ありがと」

機嫌が悪いなあ、と心の中で呟きつつ

「じゃあ、エマ、着替えちゃって。俺、外に出てるから」

「どうしてですか?」

心底不思議そうにエマが問う。

「どうして、て・・・」

言葉に詰まる兄に代わり、いおが答える。

「着替えを覗くなんて、礼儀に反することなんです」

「そうなんですか?私は別にかまいませんけど」

言葉を失ったのは、兄妹ともに同じ。

「あ、いや、そういうわけにもいかないんだ。だから外に出てるよ」

するりと妹の背後に回ると、彼女の背中を押し、部屋の中へ押しやる。

「後は頼んだ」

耳元で囁かれ、いおが振り返ったときには、もうドアは閉まっていた。

こんな時だけ、兄の行動は素早い。

「もう」

唇を尖らせるいお。

仕方ないので、靴を脱いで部屋に上がる。

「これ、着替えです」

右手に持っていた紙袋を、軽く持ち上げて見せる。

エマからは、何のリアクションも返ってこなかった。

とりあえず、いおは確認する。

「お兄ちゃんから聞いてますよね」

「はい」

「じゃあ、着替えちゃいましょう」

すっと、エマは立ち上がる。

大き目のシーツを羽織っただけのようにしか見えない格好に、いおが少なからず違和感を覚えていると、エマの体から、シーツがするりと滑り落ちた。

いおは真っ赤になる。

「何で裸なんですか!」

エマはきょとんとしている。

いおがどうしてそんなに驚くのか、まったくわかっていない顔だ。

「服は!服はどうしたんですか!」

「捨てました。あまりにもぼろぼろだったので、リュウギに捨てろと言われて」

「下着はっ?!」

「つけてませんでした。最初から」

平然と答えるエマに呆れつつも、どうあっても事の真相を兄から聞きださねばなるまい――と、いおは誓った。

「とにかくこれ、着てください」

目のやり場に困りながら、紙袋を差し出す。

さすがに下着までは用意していないが、別に構わないだろう。

いつまでも裸のままでいられるわけにもいかないのだし。

エマは紙袋を受け取ると、中身を取り出し、早速それを身に着け始めた。

いおは、ほっと胸をなでおろす。

「どうですか」

着替え終えたエマが、いおに感想を聞いてくる。

「似合ってますよ」

礼儀として、そう答える(もちろん似合っているのだが)。

いおがエマのために用意したのは、ゆったりとしたワンピース。

衝動的に買ったものには違いないだろうが、いつ買ったかも思い出せない、一度も袖を通していないものだった。

へんなところがないか確認すように、いおはエマの姿を上から下まで眺める。

おかしなところは特にない。

しかしワンピースの下は、素っ裸なのだ。

でもスカート丈も長いことだし、まあ大丈夫でしょう――と、いおは思うことにした。

よほど突飛な行動をしない限り、見えないだろうから。

エマのほうでも、腕を上げたり体をひねったりして、自分の姿を確かめていたが、やがて満足したのか、いおに笑顔を向ける。

「ありがとう、いお。とても気に入りました」

「はあ、どうも」

いおは、気のない返事を返す。

ともかく、エマも着替え終わったことだし、いおは回れ右すると、ドアを内側からノックし、そっと開ける。

「お兄ちゃん、終わったよ」

いおがエマの裸に驚いたときの大声は、ドア越しに聞こえていたのだろう。

リュウギはあからさまに、ほっとした様子でうなずく。

いおはドアを全開にはしないで、そんな兄をじいっと見つめた。

「お兄ちゃん、あの人との関係、後でしっかり答えてもらいますからね」

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