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unhuman  作者: イナゴ
16/51

016

兄妹喧嘩というより、痴話喧嘩である。

これにはさすがの美香子もおろおろするばかり。

「どきなさいよ」

「嫌だ」

「どきなさいってば」

「嫌だ」

「どけ、つってんだろ!」

「下品だぞ!いお!」

兄妹は押し問答を繰り返す。

ドアから奥へは一歩も通すまいとするリュウギ。

何とか部屋へ入ろうとするいおだが、やはり分が悪い。

やがて、いおは諦めた様子で、兄を睨みつけ

「わかったわよ」

忌々しげに言った後、にやりと笑う。

「でも、それだけ必死になるってことは、よっぽど会わせたくない人がいるんだね。――まさか犯罪まがいのことは・・・いくらなんでもしてないよね?」

リュウギは悲しくなった。

そこまで信用されていないとは。

「お前、言うに事欠いて、いくらなんでもそれは――」

「隙あり!」

まったく予期していなかった。

両手で思いっきり胸を押され、リュウギはバランスを崩す。

見事にしりもちをついた。

「ごたーいめーん」

勝ち誇るいお。

そして彼女は見た。

背筋をしゃんと伸ばして、すたすたと歩くチンパンジーを目の前にしたような表情になる。

美香子も複雑な心境ながら、好奇心を抑えられず、いおの後ろから彼女の視線の先をうかがう。

生まれて初めて見るものを前にしたように、ぽかんとする。

彼女を見たとき、最初は人形かと思った。

等身大の、恐ろしく精巧に出来た人形。

人間離れした美貌のせいばかりだけでなく、どこか非人間的な雰囲気を――作り物めいた無機的な気配を感じてしまったからだ。

エマは、少女たちのそんな反応が楽しいのか、くすくす笑う。

そして自己紹介をする。

「はじめまして。エマです」

エマのやわらかい笑顔に、いおも美香子も我知らずどぎまぎしてしまう。

「あ、はい。いおです」

「美香子です」

つられた様に答える二人。

少し間の抜けた挨拶だった。

「いおリュウギの妹なんですよね」

「あ、はい」

「あまり似てませんね」

ふふ、と笑うエマ。

カチン、と来た。

エマの笑顔は相変わらず優しげに見えるのだが、その笑顔が理由もなく、いおを苛立たせるものに変わっていた。

「すみません、似てなくて」

いおの拗ねた様子がおかしいのか、エマはまた笑う。

またしても、カチンと来る。

見下されているようだ。

いおは、はっきりと自覚した。

この女は嫌いだ。

「リュウギさん、その人、もしかして、彼女・・・ですか?」

弱々しい美香子の声。

彼女はいおとは対照的に、激しく動揺していた。

「リュウギさん、彼女、いたんですか・・・?」

「あ、いや、違うんだ。そうじゃないんだよ」

うろたえるリュウギの様子から、美香子は正反対の言葉を聞いてしまう。

「失礼します!」

叫んで、美香子は走り出す。

「美香子!」

いおは叫んだが、友人は立ち止まらなかった。

振り返り兄を睨みつける。

「バカ!」

平手を見舞う。

リュウギはあかくなった頬を抑えて

「何でぶつ?」

「鈍感!」

脛に蹴りを入れ、いおは美香子の後を追う。

途中振り返り、捨て台詞を残すのも忘れない。

「お兄ちゃんのバカー!アホー!」

脛を押さえてうずくまっているリュウギに、妹を呼び止めることは出来なかった。

痛みをこらえるだけで精一杯だったのだ。

痛みが引いたところで、リュウギはため息をつく。

「はあ」

振り返ると照れ笑いを浮かべて

「なんだか誤解されちゃったね」

「別にいいんじゃないですか」

エマは困ったふうもなくそう答えた。

「それに、本当のことを言ったところで、混乱させるだけです」

それもそうか、とリュウギも思う。

彼自身、なんだか状況に流されて、自然とエマを受け入れているが、彼女との出会いを思い出すと、いまだに信じられないし、ありえないことだとだと思う。

それなのにエマを受け入れている――自身の心境が一番不思議だった。

「それにしても」

ふふ、とエマは笑う。

「いお、て面白い人ですね」

「はたから見てる分にはね」

リュウギは苦笑する。

殴られたりぶたれたりする身には、面白くもなんともない。

「彼女のこと、好きなんですね」

「大事な妹だから」

照れながらもリュウギは答える。

「でも血はつながっていないんでしょう」

リュウギは言葉を失う。

まじまじとエマを見つめる。

「どうしてそれを・・・」

「どうでもいいじゃないですか。そんなこと」

『どうでも』良くはないし、リュウギにとっては、『そんなこと』でもない。

やはり彼女は普通じゃない――その思いを強くする。

しかしそれが、恐怖心や忌避心につながらなかった。

「ねえ、リュウギ。それより私、これからどうしたらいいんでしょう?」

「え?」

「ここにいてもいいですか?」

「え、それは・・・」

「リュウギ、言ってくれたでしょ。『俺が付いてる』って。その言葉、信じていいんですよね。嘘だって言っても遅いですから。私、信じましたから」

「う・・・」

「お願い、リュウギ。『ここにいてもいい』って言ってください。私、ほかに頼れる人いないんです。リュウギだけなんです」

エマは涙をこらえている。

泣くまい、としている。

リュウギを必死で見つめえいる。

拒絶の言葉を口に出せるほど、リュウギは冷たくも(あるいは、強くも)、なかった。

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