015
――気付くと部屋にいた。
体を起こす。
あたりを見渡す。
リュウギが住んでいるアパートの一室、207号室。
そのはずだ。
どの部屋も間取りは同じはずだから、もしかすると違うのかもしれないが、内装は見慣れたものだ。
そもそも他人の部屋に勝手に入った覚えはない。
それを言うなら、自分の部屋にいつの間に帰ってきたのか?
その記憶もない。
「良かった。気がついたんですね」
「わ!」
突然の声に、リュウギは叫んでしまった。
慌てて振り向く。
「ごめんなさい・・・」
エマが申し訳なさそうに、身をすくめていた。
「あ、いや・・・こっちこそ、ごめん」
その言葉にエマは微笑んで
「でも本当に良かった。もしあのまま目を覚まさなかったら、私、どうしようかと・・・」
「あ、うん」
あいまいにうなづいて
「でも俺、いつの間に・・・」
もっともな疑問を口にする。
いくら思い出そうとしても、あの公園からこの部屋に戻ってくるまでの記憶がない。
最後に覚えているのは、泣きはらしたエマの赤い目と、そのとき見た笑顔が可愛かったな、と思ったことだ。
「ごめんなさい、リュウギ。私のせいなの」
なぜか、エマが謝る。
「私、どうしても自分を抑えられなくなって・・・」
リュウギには、エマが一体何のことを言っているのか、よくわからない。
そう問おうとしたとき、チャイムが鳴った。
リュウギは仕方なく、立ち上がる。
玄関に向かう前に、エマに念を押しておく。
「エマ、じっとしてて。ここで待っててね」
「はい」
エマは大人しくうなづく。
リュウギはひそかに胸をなでおろし、玄関に向かうとドアを開ける。
見知った顔があった。
「げ」
「げ、て何?」
睨まれて、リュウギは引きつった笑みを返す。
「何でもない、何でも。気にするな」
「気にします」
ふくれっ面でむすっと答える。
その後ろから、ひょこっと女の子が姿を見せる。
「こんにちは、リュウギさん」
「こんにちわ、美香子ちゃん」
リュウギも笑顔で挨拶を返す。
声もそうだが、面立ちも優しげな彼女の名は、大木美香子。16歳。高校1年生。
「態度違いすぎ」
ぶつぶつ言っているのが、梁瀬いお。16歳。高校一年生。リュウギの妹である。
「それで、今日はどうしたんだ?」
まるべく早く帰ってほしい――そんな焦りは隠して尋ねる。それからはっと気付いて
「あ。それより学校はどうしたんだ、学校は。まさか抜け出してきたのか?」
「何言ってるの。今日は土曜日。授業は午前中で終わりです」
「ああ、そうか。でもいいよな、学生は。気楽で」
「そんなことないわよ。これでも色々と気苦労があるんです」
「気苦労ねえ」
ニヤニヤしながら答える兄に、妹の肘鉄が飛んだ。
胸を押さえて咳き込んでいるリュウギに、美香子が声をかける。
「あの、リュウギさん。お昼ごはんはもう食べちゃいました?」
「いや、まだだけど」
けほけほと咳き込みながら答える。
「あ。それじゃあ」
ぱっと顔を輝かせると、美香子は鞄から取り出したものを、勢いよくリュウギに差し出す。
「これ、食べてください!」
見るとそれはランチボックス。
もちろん中身が詰まっていることは、半透明の蓋から見て取れる。
「お弁当?」
「はい!」
「わざわざ作ってきてくれたの?」
尋ねるリュウギに、いおが、はじけたように笑い出す。
「アハハ。そんなわけないじゃない。ついでよ、ついで。お兄ちゃん、ちょっと自意識過剰」
赤くなりながらも、リュウギはむすっとして
「うるさいな。お前こそ大口開けて笑うなよ。品のない。ま、お前にはお似合いだけどな」
いおのボディーブローが炸裂した。
リュウギは腹を押さえて呻く。
二人のこんなやり取りはなれているので、美香子はもちろん慌てない。
「今日、調理実習の授業があって、それで作ったんです」
「お弁当を?」
ごほごほと咳き込みながら、リュウギ。
「はい」
「全部、手作りだよ。冷凍食品をチンしたものなんか、一つもないから」
「うん。美香子ちゃんが作ったものなら安心だな」
「どういう意味?」
むっとするいおには、リュウギも美香子も構わなかった。
「あの、それで、食べてもらえますか?」
不安げな美香子に、リュウギは笑顔を返す。
「もちろん、いただくよ」
ぱっと美香子の顔が輝く。
「じゃあ、お邪魔します」
当然のように部屋に上がろうとする妹に、リュウギは慌てる。
「待った!」
「な、何?」
さすがにいおは驚く。美香子とて同じ。
二人の少女から不思議そうに見つめられ、リュウギはしどろもどろ。
「えーと、そのう、どう言えばいいのかな・・・。今日はだめなんだ」
「何が?」
「部屋に入っちゃだめなんだ」
「何言ってるの?」
「あ、いたた。急におなかが」
「嘘だってバレバレでしょ。いいからどきなさいよ!」
「嫌だ!」
「何か隠してるの?何かあるの?誰かいるの?」
「だ、誰もいない」
「誰がいるのよ。さては女ね?女か!」
「何言ってるんだよ、お前は」
「そこどきなさいよ。確かめてやる!」




