013
誰にも見咎められず、ここまで来たのだろうか?
誰も彼女を呼び止めなかったのだろうか?
とりあえず、頭に浮かんだ疑問は飲み込む。
「俺は梁瀬リュウギ。君は?」
名乗るリュウギに、警戒心を表す様子もなく、少女は答えた。
「エマです」
彼女の表情は静かで、リュウギのことを不快にも不審にも思っているふうには見えなかった。
だがやはり声は硬い。
瞳はまっすぐにリュウギに向けられている。
リュウギはますます赤くなるのだが、目を逸らすようなことはしない。
目を逸らすことができない。
彼女をいつまでも見ていたい、という気持ちもあるが、目を逸らせば、きっともう少女はリュウギから一切の興味をなくしてしまう――そんな強迫観念めいたものもある。
「エマ、て読んでいいかな?」
そのなれなれしさに、リュウギは我ながら驚いた。
これではナンパだ。
そんなことをする自分ではないのに。
警戒する様子もなく、少女はこくりと肯いた。
「エマ、君、病院を抜け出してきたよね?」
エマは、リュウギがなぜそれを知っているのか、とは尋ねなかった。
「はい」
「どうして?」
「もしあのままでいたら、きっと体のあちこちを調べられることになって、そしたら困ったことになっていただろうから」
「どうして?」
「私、普通じゃありませんから」
リュウギは納得した。
やはりこの少女は普通ではなかったのだ。
車にはねられながら、傷一つ負わない少女が普通のはずがない。
普通ではない――その一言で納得してしまう自分も、似たようなものだ。
それに彼女の美しさも、どこか尋常のものではなかった。
言葉を交わしている今も、彼女の美貌からは非人間的なものを感じてしまう。
存在が世界とそぐわない気配、とでも言うのか、存在の輪郭がかすんでいる気配、とでもいえばいいのか――そういうものを感じるのだ。
明らかに普通じゃない少女を前にして、慌てるでもない自分も十分変わっているな――リュウギはそう自覚する。
「どうしてですか?」
「え?」
「どうしてそんなことを聞くんですか?あなたには関係ないのに」
「関係あるさ」
リュウギは謝罪する。
「関係あるんだよ。俺が君をはねてしまったんだから」
言葉の意味が良く分からない、という顔をエマはする。
まさか猪みたいに猛烈な勢いで突進してきたリュウギが、エマを跳ね飛ばす――そんなことを考えているんじゃないだろうな、と思いつつ、リュウギは説明する。
「つまり、きみが病院に運ばれる原因を俺が作ってしまったんだ。ごめん。だから関係あるんだよ。俺のせいだから」
「そうだったんですか・・・。でも気にしないでください。私は平気ですから」
「みたいだね」
微笑むリュウギ。
言葉が途切れる。
「隣、座ってもいいかな」
「はい」
エマの隣に腰を下ろすリュウギ。
吸い寄せられるように彼女の横顔を見る。
やっぱり綺麗だ。
突然エマがリュウギに顔を向ける。
見つめ合う形になって、リュウギの胸は高鳴る。
「リュウギさんは、私を病院に連れ戻すつもりなんですか?」
「え、あ、いや、そんなつもりはないけど。エマは病院に戻るのはいやなんだろ」
「いや、というか、困るんです」
「だったらそんなことしないさ。エマの嫌がることはしない」
「ありがとう」
始めてみたエマの笑顔に、リュウギの心臓は飛び跳ねた。
ここにきて、リュウギは自分の気持ちをやっと素直に認めた。
これは恋だな。
一目惚れというやつだ。




