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unhuman  作者: イナゴ
12/51

012

梁瀬リュウギは車で人をはねてしまう。しかし相手は無傷だった。そして、美しい少女だった。

本当に人間なのか?

馬鹿げた想像を振り払い、リュウギは跪くと、女性の呼吸を確認する。

息をしている。

弱弱しい、というよりは、本当に寝息のような静かな息だが、リュウギはそのことにほっとする。

しかし本当に眠っているだけのように見える。

今は、女性を見つめている場合ではない。

リュウギはケータイで119番し、110番し、人身事故を起こした旨を告げ(このとき改めて、とんでもないことをしてしまったと自覚する)、現在地を告げ、サイレンを鳴らしながらやってきた救急車に少女が乗せられるのを見守り(救急隊員たちも、少女の姿にいろんな意味で目を奪われたようだった)、回転灯を回しながらやってきたパトカーの警官に事情を説明し、警察署に向かうのに同乗する。

変わり果てた姿の愛車は、とりあえずレッカー車で運ばれることになった。

警察で必要な手続きを済ませてから、リュウギは少女が搬送された病院に向かった。

受付で少女の所在を尋ねると、しばらくして担当医らしき男が現われ、別室に通され、そこで信じられないことを聞かされた。

少女が消えたというのだ。

え?としか声が出ない。

いつ消えたか分からない、ほんの少しの間、目を放した隙に少女は消えたという。

誰も少女の姿を見たものはいない。

忽然と――水が蒸発するみたいに消えてしまったという。

説明する間も医師の顔には困惑の表情しか浮かんでいない。

もし彼女を見かけたら連絡してほしい、こちらも彼女を保護しだい連絡する。

そう言われた所でどうしろというのだ。

困惑したまま、リュウギは病院を後にあいた。


それにしても一体どういうことだろうか。

帰路に着きながら、リュウギは考える。

(ほかでもない、リュウギが運転する)車にはねられ、重傷を負い、搬送された病院で誰にも見咎められず姿を消す――そんなことがありえるのだろうか。

だが、現に少女は姿を消してしまったという。

医師が嘘をついているとは思えない。

リュウギをかついだところで、彼には何のメリットもないのだから。

だがもちろん、医師の言葉はそう簡単に信じられるものではなかった。

信じられないといえば、初めて少女を見たときも信じられなかった。

凄惨なものを目にするだろう覚悟で見たものが、あの美しい姿だったのだ。

今でも思い出せる――非人間的な、作り物めいた美しさ。

夢でも見ていたのではないかと、歩いている今も、自身の記憶を疑ってしまう。

しかしこうして徒歩で帰路についているのは、事故を起こした車が半壊したからだし、病院へ行ったが、少女の姿を見ることができなかったからだ。

それにしても一体どういうことだろうか。

振り出しに戻ったところで、リュウギはさらに考える。

だがもし――


もし少女が病院を抜け出し、街中を歩いているとしたら、目立たぬはずがない。

美しい容姿のために――というのももちろんあるが、救急車に乗せられたときのままの、ぼろをまとったような姿では、目だって仕方がないはずだ。

だとすれば彼女は容易に見つかるだろう。

もちろん見つけ出すのは、リュウギとは限らない。

――と、そこまで考えて、リュウギは自分が理由もなく不機嫌になっているのを感じた。

この不思議な気持ちが何なのか分からないほど、彼は初心ではない。しかし――

まさかな。まさか。

その気持ちを打ち消そうとする。


視界の隅に入ってきたものに、リュウギは足を止めた。

彼の注意を引いたものに視線を向ける。

空き地がある。

空き地の中心には、何とかしてここが公園だと認知してもらおうとするかのように、ベンチが一つある。

ベンチに腰掛けて、背を向けて腰掛けている人がいる。

断言することはできないが、おそらく女性だろう。

豊かでつややかな黒髪を持っていたからだ。

白いシーツを羽織っているように見える。

誘われるように、リュウギは公園の中へと入っていった。

ベンチに近づくごとに予感は膨らむ。

真横に立った時、それは確信に変わっていた。

少女に、リュウギに気づいた様子はない。

「や、やあ」

とりあえず声をかける。

少し声が上ずってしまったのが、我ながら情けない。

返事はすぐには返ってこなかった。

しばらくして、少女はリュウギを見上げる。

「こんにちは」

そう答えると再び視線を戻す。

「何、してるの?」

「何もしてません」

リュウギを見もせずに、少女は答える。

「何か見える?」

「特に何も」

やはりリュウギを見ない。

リュウギはゆっくりと彼女の正面に回った。

腰を落とし、視線の高さを同じにする。

少女は顔をそむけることをしなかったから、まともに目があった。

顔が熱くなる。

鼓動もリズムを早くしたようだ。

やはり彼女だ。

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