011
その車は時速八十キロで走っていた。
法定速度を三十キロもオーバーしている。
しかし早朝の幹線道路に対向車はほとんどなく、もちろん歩行者もいない。
どうしてもスピードが出てしまうものだ。
前方に突然人影が現われた。
夜のしじまに、甲高いブレーキ音が響き渡る。
「わああああああ!」
車内にも絶叫が響き渡っていた。
人影を見るなり、力いっぱいブレーキを踏み込んだが、同時に絶望感で頭がいっぱいになる。
間に合わない。
ドン!
ビシ!
衝撃と同時にフロントガラスが真っ白になった。
最後まで甲高い悲鳴を上げながら、ようやく車が止まった。
ハンドルに突っ伏したまま、梁瀬リュウギは動けなかった。
思考が停止している。
やがてのろのろと動き出すと、車外に出る。
こんな悪夢が自分の身に降りかかるとは、ほんのさっきまで想像すらできなかった。
本当に夢で会ってくれとねがってしまう。
だが現実だ。
悪夢という現実。
人が倒れていた。
当然だが、動かない。
一瞬、逃げ出そうかと思った。
帰宅途中に人をはねたなんて事実はなかったことにしてしまおうと思った。
無理だ。
それにバンパーは割れて、ボンネットはへこみ、フロントガラスがひびだらけになっていては、誰に対しても言い訳などできるはずがない。
リュウギは倒れている人物に駆け寄る。
そして立ち尽くした。
見入ってしまっていた。
倒れている人物――
美しい女性だった。
少女といっていい歳かもしれない。
しかしリュウギが立ち尽くし見入ってしまった理由は、どう見ても彼女が無傷に見えたからだ。
確かに着ているものはところどころ破れ、赤く濡れている。
だが破れ目から見える肌に、ひどい傷があるとも思えない。
なぜなら肌があらわになっている場所――腕や足や顔には、傷一つ付いていないからだ。
ただ眠っているように見える。
眠り姫を象った人形にさえ見えてくる。
生命を感じさせない非人間的な美しさがあるのだ。
あるいは、人の形をしているが人ではない、別の生物が持つ美しさがあるのだ。