表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

ゆっくり

作者: 渡しログ
掲載日:2026/04/20


 あれは、小学校、何年生のときだったか。


 授業中に女の先生が言った。


「ここは、ゆっ……くり、読むところです」


 オレとソウジは授業を聞いていなかった。

 見ているのは黒板ではなく、その途中にある何かだ。

 でも、その言葉だけが、なぜかオレとソウジの頭に突き刺さった。


「ソウジ、ゆっ……くりだ」

「ああ。ゆっ……くりな」


 次の授業が始まっても、

「ゆ……」

 オレ達は、それを続けた。

 どっちが、間を大きく開けるのか。


 それを真剣に競っていた。


 その日が終わると、日をまたぎ。


「……くり」


 どれだけ長く開けたのか。


 その戦いは「くり」という言葉が入ると負けるルールに変わった。


 いつしかそれは週をまたぎ。

 月をまたぎ。


「くりやまくん」


 オレがそう言った瞬間、長い戦いが終わった。

 くりやまくんが席替えで、オレの隣りに座っていたのだ。


 ソウジはまだ、「くり」を言っていない。

 やっちまった。オレの完敗だ。



 それから、小学校卒業と同時にソウジとは会わなくなった。


 オレが遠くへ引っ越したからだ。

 以来、ソウジとは一度も会っていない。



 何十年目かの秋。

 小学校が廃校になることを知った。


 最後に見ておこうかと、オレははるばる、かつての学び舎を訪れた。


 足取りは軽く、駆け出したい気持ちが湧き上がる。

 街並みはすっかり変わってしまったが、街路樹や電柱の位置はあの頃のまま。


 気が付いたら、オレは、あの時の帰り道を辿っていた。

 だが、その先にあったのはソウジの家ではなく、見たことのないマンション。


 こんなもんかと、顔を逸らすと、変わっていないものが片隅にひとつ。


 ソウジと同じ年月を生きていると聞いた、クルミの木。

 それは、オレの身長よりも遥かに高く。

 おそらく、当時のソウジの家よりも背を伸ばし、高いところから枝を広げていた。


 オレはふと、思い出し、その木に近づく。


 地面には、枝から落ちたクルミが散乱している。

 昔はよくこれを喰って腹を壊した。


 記憶を辿る。

 たしか道路側。


 目印は何もない。

 木と道路の位置。日差しの向きと影の長さ。

 場所ではなく、感覚だ。

 ただ記憶のままに、地面を掘った。


 道具が無いので手掘りだ。


 オレとソウジのふたりで埋めた、宝箱。

 それがこの下にあるはずだ。


 どのくらい掘っただろうか。

 途中から、土がずいぶん柔らかい。


 固い手触りを感じて、土の塊を掴み上げる。

 オレ達が埋めたそれは、箱の形をした土だった。


 オレは、慎重に土を払い落として、蓋を掴む。

 何を入れたのか、まったく覚えていない。

 くだらないオモチャやシールだろう。

 そう思って、箱を開けた。


 でも、何も入っていなかった。


 中にあったのは黄ばんだ紙切れが1枚。


 ボールペンで書かれていた。



 「くり」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ