03
空気が冷えている。夜露が僕の全身を覆う。
砂の上を歩くたびに、何回この道を通ったのかなと僕は思う。毎回思う。換算装置を使えばすぐに解る。
でも僕は、数えることをしない。だって、数えたって何にもならないことを知っているから。ムダなことはしないに限る。きっとこれもひとつのエコだと思う。
砂に映った僕の影。
それを見ながら歩いていく。月明かりが道しるべだ。 視野の調子がどうにも悪い。暗くて、砂に足を取られる。歩きにくい。
砂を踏む、僕の足音。
ちゃんと聞こえる。だからまだ大丈夫だと思う。
でも、本当に大丈夫なのか、僕には解らない。何が大丈夫じゃないのかも、僕には解らない。
歩きにくい、砂の上。
足元から崩れていく気がする。
油が切れてから、もう随分と時間が経つ。もうずっと前から、在庫がなくなってしまっている。
だから、しょうがない。歩くときにカクカクしてしまうのも、しょうがないのだ。
でも行き倒れはイヤだから、僕は頑張る。頑張って歩く。
マスタ。今、どこにいるんだろう。
僕はもう随分と前から、マスタの顔を思い出せない。
いつの間にか、マスタがいなくなって。
みんないなくなって。
だれもいなくなって。
何にもなくなった。
代わりに砂が来た。
木が枯れて、ここには誰も住まなくなった。
街は崩れて、半分が砂に埋もれた。
僕が住んでいるから、マスタの家だけが残った。
でもお隣さんちはなくなって、マスタの庭に立っていた木もなくなって、マスタのボンサイもなくなった。
マスタ。会いたいな。どうすれば会えるのかなぁ。
マスタのことは、まだちゃんと覚えている。それでも時々、僕は色々なことが解らなくなってしまう。そういう時は、外に出て、唄を歌うんだ。
マスタ。会いたいよ。僕はどうしたらいいのかなぁ。
そうして月明かりの下を歩いているうちに、やっぱり僕は、だんだんと解らなくなってきた。
どうしたらいいんだろう。どうすればいいんだろう。どうなんだろう。僕はなんなんだろう。
なんでこんなところにいるんだろうぼくはどうしてここにいるんだろうぼくはなんなんだろうどうしてぼくだけなんだろうどうすればいいんだろうどうすればいいんだろうどうすればいいんだろう。
――――ボクハナンナンダロウ。
足が止まる。
僕は掌を見つめる。
疵。
足元。
砂。
僕の影。
風が、砂を巻き上げていった。
――――あ。
風の通り道。
眸で追う。
空には月と星。今日も雲はない。
明るいなぁ。月、大きいなぁ。
マスタが言ってた。あれは満月。満月の夜には、素敵なことが起こるんだ。だから唄を歌うといいって。
だから僕は歌う。歌いながら歩く。マスタが僕にくれた唄を。
砂を踏みながら。