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何も知らない、純粋な眸。それが私を見ていた。
このアンドロイドは、どう思うだろうか。
人間の世界の成れの果てを。そこに至るまでの経緯を。
知って、驚くだろうか? 悲しむだろうか?
剥げかけた皮膚に、むき出しの骨格。
一介の――――それも壊れかけた旧世代のアンドロイドに、そんな感情が含まれているはずがない。
私たちアンドロイドが示す感情は、データベースに蓄積された情報が導くパターンに過ぎない。私たちは喜怒哀楽の意味を理解している。その時にどういう反応を示せば、人間が喜ぶのかも。
でもその先がない。喜びとは、悲しみとはどういうものなのか。感情が生じさせる涙の本質が、私たちには解らない。
だがこの眸に見つめられると、或いは彼なら――――という気になってくる。
そう思わせる何かが、このアンドロイドにはあるような気がする。
だから私は伝えなければいけないと思う。
これまでのことを。これからのことを。
私たちの世界ために。
「話を戻しましょう」
努めて穏やかに言葉を選ぶ。正確に伝えるために、間違えてはいけない。
「人間は資源を吸い尽くしてしまった。だから足りなくなったの。もちろん、不足した分を補う為の研究は昔から続けられてきた。エネルギーも、食材も、天然資源に変わるもの――――人工的に作り出された模造品に切り替えられて、そちらが主流になっていったわ。いよいよ資源が枯渇し始めると、天然物は市場には殆ど出回らなくなった。買えるのはお金と権力のある人間。闇市なんかでも高値で取引されていたという噂だけれど、いずれにしても一般市民には手の届かない高級品になってしまった」
それでも人間たちは、天然物を欲しがることを止めなかった。市場に出れば競って買いあさり、やがて奪うために戦争を始めた。政治家は張りぼての大義名分を振りかざし、人口の三分の一が削られた。国は疲弊し、それでもなお、欲しかった。
「でも」
ふいに彼が声を上げる。
「僕は? 僕が今まで使ってきたオイル、それにパーツは?」
いかにも不思議そうな顔をして首を傾げる。
確かに彼に使われているのは、殆どが天然素材だった。
「あなたの製造年月日を調べさせてもらったわ。ギリギリというところね。あなたはギリギリ、足りていたの。それにあなたのマスタの手腕も良かった。発注履歴を見たわ。市場が高騰をはじめる直前に一括で大量購入している。工場から直接ね。当時でも相当な金額だったと思うわ。あなたのマスタにそれが可能だったのは、あなたのマスタがシェルター入りを認められるほどの人物だったから」
「そうなんだ。やっぱり、マスタは凄いんだ」
そう言う声は、どこか嬉しそうだった。
「あなたのマスタは、確かに凄い。先見があるというのもそうだけれど、アンドロイド一体のためにそこまでするのは珍しい。人間が天然物を欲しがるのは、殆どが人間のため。つまり自分のためであることが多い。天然素材が底を尽き始めた頃、人間はこぞって模造物の開発を始めた。色んな国、企業、研究者たちのおかげで、模造物は一時期もてはやされた。国は安全性を謳い、企業は世界中へ商品をばら撒き、研究者たちは日々努力した。甲斐あって、模造物は世界中に広まって、枯渇しかけている資源に不安を感じていた一般市民たちは大喜びで受け入れた」
そこで完結していたなら或いは、世界はここまで酷くはならなかったのかもしれない。
「でも、陰ではやはり天然物の方がもてはやされていた。政治家も、企業のトップも、権力とお金を持つ人間たちは模造物を使わなかった。結果が出たのは、模造物が一般的に広まってから随分経った頃だった。模造物を使い続けていた人間たちに、異常が起きた」
「異常?」
「遺伝子の問題だという研究結果が出ているわ。模造品は、しょせん偽者でしかなかったということよ。いくら本物に似せようとしても、人間の遺伝子には合わなかったの。知覚障害。人体の奇形。人格異常。不眠。皮膚の爛れ。異常が発覚してから、色んな場所で研究が行われた。多くの言葉で論じられて、改善策も打たれた。でも最終的には、三角形の上にいる人間たちが、諦めた」
異常を来たしたのは、身分制度の下層の人間。下にいくほど数が増える。
「とても保証できる規模ではなかったの。だから、研究を続けるフリをして、方針を変えた」
「方針?」
「ウイルスをばら撒いたのよ」
遺伝子に強い異常を持つ人間だけが感染する、新型の特殊ウィルス。開発は極秘裏に進められて、静かに世界中にばら撒かれた。発展途上国を中心に、ウィルスはあっという間に広まった。
「感染すれば、早ければ一週間程度で発病して、一ヶ月くらいで死ぬ。世界の人口の凡そ三分の一。それが処分された時点で一旦、計画は終わるはずだった。ワクチンを与えて半狂乱になる人間たちを抑えようとした。もちろん――――そう簡単にはいかなかった」