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「ねぇ」
僕は、少女を呼ぶ。
「みんな、どこに行ったの?」
ヒトは、みんなどこかに行ってしまった。
マスタも、お隣さんも、街のヒトタチも。みんなどこかに行ってしまった。
いなくなったのはヒトだけじゃない。建物も、草も、水もなくなった。
そして誰も帰ってこない。不思議だった。どうして僕だけ、どこにも行かないんだろう。
「なくなったのよ」
「え?」
「『処分』ということは、つまりそういうことなの。この街だけじゃない。今、地上の殆どが処分されて、ヒトの棲める場所がないわ。だからヒトは地上にはいない。みんな処分されたか、保護都市へ移動したの」
「保護都市?」
「ヒトを選別するための施設よ。世界がこうなる前に、世界中の良質な技術者、文化人、資産家、政治家を集めた施設。ヒトは増えすぎて、環境、資材とのバランスが取れなくなった。だから、要らない人間を消して、要る人間だけを残す。そういう計画があったの」
少女は少しだけ黙る。次に話す言葉を考えているようだった。
「世界には、常にそれを動かしている人間がいる」
「動かしている人間?」
「そう。人間の世界の身分制度。資本主義と社会主義、あるいは共産主義と言ってもいいけれど、どんな社会にも身分の格差はある。三角形の頂点にいる人間――――例えば政治家から、その下に官僚、企業のトップ、重役、時代を先駆していく技術者達、一般市民、下層民へと続く。上に行くほど数が少なくて、下にいくほど、数が増える。解る?」
「うん」
「次に、世界。ヒトの世界は、大体、以下の成分で構成される。政治、経済、環境、人民、文化。その殆どが壊れてしまったから、改変をする必要性が生じた。解る?」
「壊れた?」
「そう。腐ってしまったと表現する人間もいたけれど」
僕は少し考えて、首を横に振った。少女は「そう」とだけ言って、また少し黙った。
「まずは『政治』。世界を動かしているのは、身分制度の頂点にいる人間たち。宗教家が立つことも多いけど、結局はお金や権威を欲しがる人間が多い。世界を回している政治家達は、資金や物資を横領して、私物化することに夢中になった。自分の国が潤えばいい。それが長じて、自分の身内だけが富めばいいと私財を増やすことに一生懸命になった。政治家や国家の要人の間で汚職が横行した。裕福層はどんどん富んで、下層民は切り捨てられた。もちろん、反発する政治かもいたけれど、不慮の事故や病気――――つまり暗殺で、殆どが処分された。勝ったのはお金や権力を欲しがるような人間たちで、不正はますます横行した。解る?」
少女の話す言葉を、頭の中で反芻する。僕が頷くと、少女もまた、頷いた。
「それは一国の中だけの話じゃないの。世界規模で、同じような図式が組まれた。色んな国を巻き込んで戦争が勃発した。負けた国は侵略されて、資源、人民、技術を侵された。インフレとデフレがデタラメに繰り返されて、市場は破綻。これが『経済』」
少女の言葉を、頭の中で何度も反芻してみた。
僕の知っているヒト達は、みんな良い人ばかりだった。マスタも、お隣さんも、アイスクリーム屋さんのヒトだって、いつも笑顔で僕とお喋りしてくれた。僕の知っているヒトたちと、少女の話す人間たちが、うまく線で繋がらない。
「どうして?」
ポツリと呟くと、少女は僅かに目を眇めて、僕を見た。
「どうして、そんなことになっちゃったの? 」
そしてじっと僕の目をみながら、冷たい床の上にゆっくりと言葉を落としていく。
「不足しているの。どこの国でも」
ひとつずつ、丁寧に。
少女は続けた。
「次は『環境』のお話。ここも、昔は綺麗な河が流れて、緑が多かったんでしょう。記録にはそう残っている。でも今は、どこまで行っても砂と瓦礫ばかり」
どうして? と少女は聞いた。
僕は思い出す。
昔、ここには大きな河が流れていた。花だって咲いていた。それを歌った唄。僕の好きな――――。
どうして、こうなってしまったんだろう。
少女はさっき、なんと言ったっけ?
「足りないから」
そう、足りないからだと。
「足りなかったら、ダメなの?」
「ダメだったのよ」
少女の冷たい声がまたひとつ、砂のざらつく冷たい床に落とされた。