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荒野につがれる物語  作者: |||&_.
刻の章
20/33

20


懐かしい夢を見た。


あれは、アンドロイドが最初にうちの玄関のドアを壊した時のことだ。

まだ喋り方も拙い、動きもぎこちない、アンドロイドがここに来て、いくらも経っていない頃のことだ。


お隣男と、キャッチボールをしていたのだという。

ボールを追っているうちに、勢いあまって玄関を壊したのだと、嘘でも信じられないようなことを、しでかすのがアンドロイドだった。


その時、私は部屋にこもって作業をしていた。仕事に煮詰まっていた。〆切りも迫ってきているというのに思うようなものができなくて、仕事と趣味の境界線を見失っていて、自分の四方に壁を感じて、苛々していた。息がつまった。


音にびっくりして、部屋を飛び出すと、見通しの良くなった玄関の向こうに、お隣男とアンドロイドがいたのだった。

呆けた二人の顔が、私と目を合わせた瞬間、蒼く変わったのを覚えている。玄関の消滅に、私はただ呆気に取られていただけなのだけれども。

壁は壊せるのだと、ドアは開けるものなのだと、私は独りではないのだと、教えてくれたのは、彼らだった。



今、傍らにはアンドロイドがいる。


あの時と同じように、困ったような顔をして、ベッドの縁に頭を乗せて、まるで犬のように落ち着きがない。



ごく稀に、人間なんてロクでもないと思うことがある。


何でまた、よりによってヒトという面倒くさい形で産まれてきてしまったのだろうと、腹立たしく思う時さえある。

思考回路は利己的で、その殆どは余計なことで、考えるという行為自体が面倒くさいのに、意図的に思考回路を止めることもできない。


シガラミは多いし、邪魔も多いし、足の引っ張り合いなんて日常茶飯事で、白けたり失望したりで落ち込んでいた時期もある。

でも、そういうことの殆どは、過ぎてしまえば忘れてしまうようなことばかりで、いちいち取るに足りないものばかりで、たまに思い出しては悔しくなったり、恥ずかしくなったり、いつの間にか糧にしていて力になったり、新しいものをつくっていたりする。そういうシブトサを持っている人間というのは、本当に面倒くさいが、とても愛しい。


悪くない。


例えば結構、苦しい時でも、それを一旦受け入れてしまえば、案外なんとかなったりするものだ。シブトクて、捨てたもんじゃないと思う。


うん、悪くない。


熱で歪む視界と、不協和音の耳鳴りも、少し落ち着いた。

全身がどうしようもないくらいだるくて、腕を少し持ち上げるのにも骨が折れるのには困るが、その骨を折ってでも、私は傍らのアンドロイドに触れたいと思う。

犬のように落ち着きがなく、オロオロした顔のアンドロイドの頭を、撫でてやりたいと思う。


しかし、どうにも思うようにいかない。私の腕は、こんなにも重いものだったのかと思う。

仕方がないから、放り出している指の先に力を込めて、ちょいちょいちょいと手招いてみた。M.M.=36。アンドロイドは指先に気づいて、なになになにとベッドの縁を寄ってくる。それがなんだかおかしくて、私は少し笑った。

笑えるなら、大丈夫だ。こういう時に笑えるのは良い。笑えて良かったと思う。人間も捨てたものじゃない。人間に生まれたのも、悪くないと思える。


手の届くところまで来たアンドロイドの頬に、そっと触れた。

さらさらと絹のような髪に、指を絡める。

曇りのない眸が、くすぐったすに少しだけ眇められた。


どうせなら、最後まで付き合ってやりたいけれど、どうやらここが、私の限界らしい。結局、最後の最後まで、私はマスタ失格だった。失格者の私にできることといえば、、もはや祈ることくらいしかない。


だからせめて、やさしい唄が、ずっと君の傍にありますようにと。


そして私は、瞼を閉じた――――。



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