表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
荒野につがれる物語  作者: |||&_.
刻の章
17/33

17


「マスタは、この家から出て行くのですか?」


薄闇の中で、アンドロイドの双眸がわずかに煌いた。静かで、澄んだ美しい眼差しが一瞬、私の思考回路を止めた。


「マスタも、街のヒトタチのように、ここからいなくなるのですか?」


困ったように少し首を傾げる。聞き慣れたアンドロイドの穏やかな声が、私の心を落ち着かせた。


「いや――――、私は、ここを出て行くつもりはない」


頭を振る。私はここを離れない。死ぬまで、いや――――、死んだ後もずっと。


「なら、僕もここにいます」


「お前、それがどういうことが解っているのか?」


私がここに残ることと、アンドロイドがここに残ることとでは、意味が違う。


「でも、ここにはマスタも、マスタの唄もあるから――――」


その瞬間、眼の縁から溢れて、一気に零れ落ちていた。

ずっと張っていた緊張の糸が、柔らかな布に包まれて、そっと糸をたわませた。


アンドロイドは、立ち上がって「危ないですよ」と、刃を掴んだ。


「駄目です。これは料理に使うものであって、今は要らないものですよ」


震える私の両手から、そっと包丁を取り上げた。

私はしゃくりあげていた。

アンドロイドは困ったように、私の背中を優しくなでる。


「マスタ、さっきから泣き虫ですね」


バカタレ、さっきは泣いていない。でも。そう言う私の声も、嗚咽に埋もれた。

それもようやく収まってきた頃、私はアンドロイドが素手で薄刃を握り締めていることに気づいた。


「バ、バカ! 刃をそのまま握るやつがあるか」


慌ててアンドロイドの手から包丁を奪い取って、遠くへ投げた。掌を開かせ、疵を確認する。

掌は、皮膚の薄皮がめくれて、ひとすじの白い切り傷が残った。いくら合成だからと言っても、皮膚は人間同様に柔らかいのだ。刃を握れば、皮膚が削れて怪我をする。

私は、何をやろうとしていたのだろう。私は、アンドロイドを傷つけてしまったのだ。


「僕は、大丈夫ですよ」


はらはらと泣く私に、アンドロイドは穏やかに笑った。

それがまた悲しくて、私はまた涙を流した。

アンドロイドは、どこまで解っているのだろうか。

この、荒野に残るということを。

やがては枯れた草木さえ失くなり、砂に埋もれていくことの意味を。

私は、解っているのに。それでも私は、大丈夫と言ったあの子の言葉を、信じたいと思った。


私は、――――ずるいから。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ