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荒野につがれる物語  作者: |||&_.
刻の章
16/33

16

差し込む月明かりで、眼が覚めた。


窓枠に沿うように、四角く切り取られた明かりが、眩しく部屋の中を照らしている。

起き上がって、窓辺から空を見上げた。見事な満月。よく冷えた空に、澄んだ光を湛えている。


ここ数年で、世界は呆れるほど変わった。だけど空に浮かぶ月だけは、いつ見ても、いつまでも変わらないのだなと感心する。いつも高い位置から私たちを見下ろして、悠然と、ただそこに在る。揺るぎがない。


月は、自ら光を発するわけでもなく、反射させて輝くだけ。光は、一度、月に当たって死んでいるのだ。

月を讃える歌は多い。なぜ人は、月に惹かれるのだろう。

不変で、決して壊れずに、美しいまま存在し続ける。

そして、等しく私たちを照らしてくれる。どれだけ迷っていても、汚れていても、歪んだ心で見上げていたとしても――――。



残していくのが嫌だと思うのは、私の我侭エゴだろうか。

置いていかれるのが嫌だと思うのは、私の心か、あの子の心か。

だから、私は手をかけようというのか。

それは、私のためか、あの子のためか――――。


――――私に出来るのか。


あの子をここに残して、この先、何年動き続けるのだろう。

この、枯れた土地に独りで、どれだけの季節を過ごさなければいけないのだろう。

それが、最善なのか、最悪なのか。

私には、解らない――――。

例えば、この凶器で、あの子を停めてしまうことが、最善なのか、それとも最悪なのか――――。



薄闇の中で、アンドロイドの姿を探す。

アンドロイドは、完全に眠ることがないという。だから夜は節電のために、消灯スリープモードで待機している。

今夜もアンドロイドは、リビングの隅にあるソファに座って、消灯している。


今なら、と思う。

今しか、と。

手に持つつかが震える。汗で、握る手が滑る。何度も握り直した。


首の後ろ、脊椎の辺りに、主要回線が集中している。それを断てばいい。簡単なことだ。

一歩ずつ、ゆっくりと近づく。本当に足が動いているのか疑問に思うほど、ゆっくりと距離が縮まっていく。

このまま、縮まらなければいい。そうすれば私は思いとどまることが出来る。頭の中がぐるぐると回って、気持ちが悪くなってくる。

この中につまっているのは、狂気か、正気か――――。


私は、何をやっているんだろう。

何を、しようとしている――――?

これ以上、近づいてはいけない。踏みとどまれなくなる。

石畳を踏む裸足の裏が、ざらりと嫌な音を立てた。



微かな起動音が唸る。

消灯していたアンドロイドが、ゆっくりと眸を開けた。

伏せていた睫毛が、ゆっくりと持ち上がるのを、私は呆然と見ていた。


「マスタ?」


見つめられて、心が揺らいだ。私に出来るのか――――。とんでもないことをしようとしている。どうすればいいのか、解らなくなった。


これが正解だとは思わない。だが間違っているとも思えない。

正しさなんか、どこにもない。きっと世界中を探し回ったって、見つけられないのだ。


自分の不始末は、自分でつけられるだけの覚悟は持っているつもりだった。今だって、自分の手を汚したくないわけじゃない。

だが――――。

停止とめたくないと思うのは、私の我侭か、あの子の意志か。

一緒に連れて行きたいと思うのは、私の我侭だろうか。あの子の心だろうか。

私は、きっと狂いかけている。

これから砂に埋もれていく世界で、独り、生き続けろだなんて、言えるはずがない。私は消えるのだから。

私だったら真っ平ごめんだ。砂の中で、一体何をやれというのか。どれだけの時間を過ごせというのか。終わりのない地獄に堕とされるようなものだ。

私なら、――――耐えられない。


「マスタ。泣いているのですか?」


だから、今、停止てしまうのが一番いいのだ。アンドロイドに自傷機能は搭載されていない。この子の所有者として、最後まで、私は責任を取らなければいけない。


だが、それが真実ほんとうの幸せだなんて、誰が決める?

これが最善の決断だなんて、どの頭が決めるというのか。すべては私の独善なのだ。


――――焼き切れそうだ。


心も頭も身体もショートして、今すぐヒューズごと弾け飛んでしまえばいい。そうすれば、これ以上考えなくて済む。

私は刃を、アンドロイドに突きつけた。


「お前が決めろ」


――――あぁ。


結局、私はずるい


すべての責任を、アンドロイドに押し付けようとしている。我侭でもなんでも、貫き通してしまえばいい。悪役だろうがなんだろうが徹しきって、生かすも殺すも、この手で決めてしまえばいいのだ。そして私を恨めばいい。それをきっと、本当の優しさと呼ぶのだ。なのに、私はそれすらしない。私は、その優しさを投げない。私は、――――ずるいから。


「もうじき、ここは砂に埋もれる。街はなくなるし、私も消える。失くなるのはここだけじゃない。世界中の殆どが、人の住める場所ではなくなる。でもお前なら、人が住めない場所でも、動き続けることが出来る。そのために必要なものも、全部揃えてある」


突きつける刃先が、窓から差し込む月明かりに、キラリキラリと反射する。


「ここに残るのは、決して楽じゃない。毎日、毎日、あるのは砂と風だけだ。誰もいない。誰とも話さない。ずっと独りきりだ」


シェルターにはもう頼れない。お隣男も、どうなったのか――――、生きているのか、死んでいるのかさえ解らない。シェルターが爆発してから、さらに数ヶ月。ここには何の便りもこない。

交通機関も、ネットも壊滅状態で、世界は俄かに沈黙している。今となっては知る由もないが、生きている人間自体が減少しているのかもしれない。ここは完全な離れ小島だから、辛うじて日常が保たれているに過ぎない。それもいつ、壊されるか解らない。そのすべての、私はもう耐えられない。


「嫌なら、私が停止めてやる。それぐらいの責は負う。私はお前のマスタだ。始末はつける。でも、どちらを選ぶのかは、――――お前が決めろ」


私は、神でも、なんでもない。ただののように小さな人間だ。

たとえ、意図的に造られた生命で、意識だとしても、勝手に決めていい権利などは持っていないのだ。


だが、頭の片隅で、それは逃げているだけだと声が囁く。

声の手順に従って、頭の中でアンドロイドの頚椎を捌くシュミレーションを行っている。どうすれば巧く動くことが出来るか、痛みを与えずに停止めることが出来るか、必死に考えている私がいるのだ。

手の震えが、止まらない。


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