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荒野につがれる物語  作者: |||&_.
刻の章
14/33

14

「や。二ヶ月ぶり」


軽快に片手を上げてみせたのだが、案の定、私を見た途端にお隣男は絶句した。

まぁ、そういう反応リアクションになるだろう。

持っていた荷物を投げ出して突進してくるお隣男を無視して、私は挙げたままの手をアンドロイドに向けた。


「珈琲ふたつ、よろしく」


「ハーイ」


アンドロイドが出て行くのを確認してから、お隣男が何かを言い出す前に、私のほうから口を開いた。


「いや、いま、ちょっとダイエットしてて」


「…………やりすぎだよ」


苦しい言い訳だが、お隣男の気勢を削ぐには充分だったようだ。

彼は深い溜め息をつくと、手前の椅子を引き寄せて座った。片手で頭を抱えながら固く眼を閉じ、やがて覚悟を決めたように小さく息を吸った。



「…………いつから」


「ダイエットは、二ヶ月前から」


「冗談で聞いてるんじゃないんだよ」


「………………ごめん」


これ以上は、誤魔化しも利かないなと、私も覚悟を決める。ゆっくりと口を開いた。


「実は、結構前から」


「……具体的には?」


「気がついたのは、半年以上前」


お隣男は息を飲んだ。頭を振って、そのままテーブルの上で抱え込む。

ドアがノックされ、アンドロイドが入ってきた。


「マスタ、コーヒー、淹りました」


「ありがとさん。そこに置いておいて」


「お隣さん、どうかしたのですか?」


「長旅で疲れてるんでしょ」


「――――うん、そう。疲れてるんだ」


お隣男は頭を上げると、アンドロイドを振り返った。


「そう、君にお土産があるんだ。そこの鞄に入っているから、向こうでお食べ」


鞄を開けたアンドロイドが「やったー!」とはしゃいだ声を上げた。嬉しそうに台所に駆けていく後姿が、何とも微笑ましい。それを見ながら、お隣男が言った。


「君に、ワクチンを持ってきたんだ。向こうでも品薄で、手に入れるのに時間がかかってしまった。俺はもう打ってある。遅くなって、――――悪かった」


だからわざわざ、戻ってきたのか――――。


「なにも悪くないよ」


うな垂れる彼の頭を、ゲンコツで小突く。


「黙っていたのは私だし、むしろ悪いのは私のほう。せっかく持って帰ってきてくれたものだけど、それ――――、もう効かないわ」


彼は、何も言わなかった。ただ、拳を額に当てて、小さく肩を震わせていた。


「と、いうことで、あの子を連れて行ってもらいたいんだけど」


努めて明るい声を出すと、それはずいぶんと奇妙な音で部屋に響いた。軽く咳払いをして、声のトーンを元に戻す。


「ここに残すわけにもいかないし。あんたが向こうに戻るときでいいからさ。んで、向こうで大事に育ててやってよ」


お隣男が、私を見返した。


「君は、――――それでいいの?」


――――いいに決まっている。


その簡単な一言が、言えなかった。眼を閉じて考える。

私は、これでいいのか? でも、――――そうだ。これは既に決めたことなのだ。軽く息を吸って、閉じていた眼を開いた。


「もちろん」


だって他に、術がない。

お隣男は目を閉じて、深い溜め息をついた。


「あの子が、それを望むのなら――――」


「うん。言って、きかせる」


私も安堵の息をつく。そう、これでいいのだ。きっとこれが一番、正解に近い。


「言っておくけど、君の意志じゃなくて、尊重するのはあの子の意志だからね。君が何を言ったって、アンドロイドが頷かなければ、俺は連れて行かないから」


冷めかけたコーヒーを一気に煽って、お隣男はそう言う。


「じゃないと、君が独りになるじゃないか」


そう、彼はこくいう男なのだ。知らず、口元に笑みが浮かんだ。


「そのことなら気にしなくていいよ。自業自得だし、覚悟も出来てる」


そんな覚悟いらないよ、という言葉を、お隣男は飲み込んだようだった。代わりに、彼も覚悟を決めたように、ひとつ大きく頷いた。


「俺、しばらくこっちに残るよ。っていっても向こうでもやらなきゃいけないことがあるし、買い出しやらなんやらで結構、頻繁に空けることになると思うけど。取り敢えずは俺も、ここに残る」


「ムリしなくていいよ。ここら辺も、かなり不便になっちゃったし、向こうで早く自分の足場を作ったほうがいいと思うけど」


その気持ちだけで、私は充分だった。

お隣男は、ふて腐れたようにそっぽを向いた。


「君だって、自分の好きなようにやってきたじゃないか。俺だって好きなようにやらせてもらう。それだけだよ」


そしてブツブツと呟いた。


「なんだよ。俺を追い出したいのかよ」


ぼやく姿が、なぜだかやたらと可笑しくて、私は思わず声にだして笑ってしまった。


「ごめん。そうじゃないんだ。うん、解った。好きにすればいい」


私は贅沢者だ。そして、こういう時じゃないと、気づかないバカモノだ。

どれだけ素晴らしいものを持っていたのか、手放す段にならないと、気づけないのだ。


いつでも私を見限ってくれていい。時期を間違えないで欲しい。情に引きずられないで欲しい。足を引っ張る枷にはなりたくない。

それでも最後には、差し出される手に甘えてしまう、上っ面ばかりのどうしようもないヘタレだ。

ポツリと呟く。聞こえるか、怪しいくらいの小さな声で。


「ごめん。…………ありがとう」


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