13
どうも最近、よくないことばかりが頭を過ぎる。
ずっと続いている微熱のせいかもしれない。きっと頭の中が沸いているのだろう。
アンドロイドの取扱説明書を引っ張り出して、片っ端から熟読していく。夜明け前の、薄暗い部屋の中で、狂ったように仕様書をめくる。
一心不乱に活字を目で追う反面、酷く冷静な自分が警告を発する。
――――私は何を考えているんだ。
今さら、見苦しい。
だが思考回路はぐるぐると、思考はメビウスの輪を辿り、同じ場所に戻ってくる。落ち着けと諭す私を無視して、私はアンドロイドの構造書を調べ上げる。大人しく寝ているべきだ。頭では解っている。
本当に、私はどうかしているのだ。
「マスタ。昨日も遅くまで作業していたんですね? 明かりが点いていましたよ」
「まあね」
「病み上がりなんですから、ムリをしてはいけません。お隣さんにも言われているんですから」
「そうね」
いつもと変わらない笑顔を見せるアンドロイドに、私は平然を取り繕って、いつもと同じように、私は返事をする。そういえば、とアンドロイドが声を上げた。
「先ほど、お隣さんから電話がありましたよ。出張を終えて、明日にでもこちらに戻ってくるそうです」
「…………へ――――」
意外なことだった。彼は、もうここには戻ってこないと思っていたのだ。
私の意志は、もう伝えてある。ならば、彼がここに戻ってくる理由は、ひとつだ。
そうだ。それが一番いい。今がその時なのだ。
「お前さ。あいつが帰ってきたら、そのまま一緒に連れて行ってもらいなよ」
そうだ。これが一番、建設的で、平和的な解決策だ。
「どこにですか?」
「アイスクリームがたくさんあるところだよ」
思惑通り、アンドロイドは眸を輝かせた。
「アイスクリーム! 最近食べていないのです!」
「きっと、いっぱいあるよ」
近隣の街が消えて、もう随分と経つ。アンドロイドは何も言わなかったが、唯一の嗜好品だ。きっとずっと食べたかっただろう。
「マスタ! マスタも一緒に行きましょう! 他にもきっと美味しいものがたくさんありますよ!」
無邪気な笑顔に、少し胸が痛む。私はゆっくりと首を横に振った。
「私は行けないんだ。仕事が溜まっているからね。お隣男と、美味しいものをいっぱい食べておいで」
これで、私もお払い箱かと、少し寂しくなる。だがアンドロイドは笑顔を引っ込め、怪訝な顔を私に返した。
「マスタが行かないのなら、僕も行かないのですよ」
「いや、私のことはいいから。行っておいで」
「行かないのですよ」
「行っておいでって」
「行かないのです」
――――人の気も知らないで。
押し問答が続く。今まで、私に対して一度も「否」を言ったことのないアンドロイドが、今回に限って、決して頷こうとしないことに苛立った。
「――――好きにすればいい」
気がついたら、テーブルを強く叩いて、立ち上がっていた。
背後から、アンドロイドの戸惑う気配が伝わってくる。
「あーあ、おいしい、おいしいアイスクリームが、いーっぱいあるところなのになぁ」
我ながら、子供じみた態度にうんざりする。大人気ない。本当に、自分がなさけなくなる。
アンドロイドは、行きたがっている。アイスクリームだって、いっぱい食べたいのだと思う。それを止めているのは私の存在――――、マスタへの忠誠心だ。台無しにしているのは、私なのだ。
マスタとして、アンドロイドの可能性を奪うようなことは、あってはならない。してはいけない。
その時点で、私はマスタ失格なのだ。