12
ドアのノックに返事をすると、隙間からアンドロイドが顔を出した。
「マスタ、僕ですよ」
「うん」
「起きたりして、風邪は大丈夫なんですか?」
「問題ないよ」
「ご飯、食べますか?お粥、作りましょうか?」
「今はいらない」
窓辺で、私は本を読んでいる。陽が沈んで、めっきり冷え込んだ室内には、私の足元にだけ小さな暖房がつけられている。
「マスタ、今夜は冷えるんです」
「そうだね」
「せめて、肩掛けくらい、してください」
そう言うと、アンドロイドはストールを取り出して、私にかけた。
「ん。さんきゅ」
その後も、アンドロイドは落ち着かずに、部屋の中を行ったり来たりとうろついていた。
「マスタ、何を読んでいるんですか?」
「かつての文豪。推理小説有名傑作集」
それだけを応えて、私は目も上げずに本を読み続ける。
「推理小説ですか? ミステリというヤツですね? 誰の作品ですか?」
応えるまで聞いてくるので、作家の名前だけを簡潔に教えてやった。するとアンドロイドは独特な感嘆詞を唸り、なるほどと大げさに頷いた。
知識として、頭の中のデータベースには入っているのだろうが、読んだことなどないくせに、わざとらしい。一丁前に感想などを言おうとするところが、さらに鬱陶しい。あと少しで解答編だというのに、ちっとも進まない。それどころか読み終わる前に、結末を言われてしまいそうな危機感がある。
「うるさい。退場」
ドアを指差すと、アンドロイドはすごすごと退場した。
しかし五分も経たずに、再びドアがノックされる。
「マスタ、僕ですよ」
「知ってるよ」
今度はなんだ?と促すと、ドアから半分顔を出して、「コーヒーを淹れました」と言う。
「頼んでないけど?」
「で、でもっ、今日は寒いのでっ」
そこで私は、アンドロイドがおしゃべりをしたいのだと気がついた。いっちょう前に退屈をしていたらしい。仕方がない。
私は解答編を諦めて、読んでいた本をパタンと閉じた。