01
今日も僕は、ネジを巻く。
夜は極寒。
昼は灼熱。
そして風の立てる音、以外には、一切の静寂しかない。
薄暗い室内に僅か、陽のもたらす明暗が差し込む。それでようやく、朝が来たのだと知った。
一人きりの朝にはずいぶんと慣れた。軋む関節をなだめながら、夜露をしのぐために被っていた毛布を床に落とす。
床は、かつてはイシダタミだった。今は、砂が入り込んでしまって、僕が歩くところにだけ、獣道のような跡がついている。部屋の四隅にいくほどに、砂は嵩をましている。
最後に掃除をしたのは、いつだっけ? ちょっと思い出すのが億劫だ。
掃除は僕の担当だったけれど、マスタがいなくなってからは怠っている。
決して僕が、汚な好きというわけじゃない。ないんだけれど、動くとその分、油を消耗する。だから、これはひとつのエコなのだ。
奥に続く扉の前にも、もちろん砂は積もっている。奥の部屋はマスタの仕事部屋だから、僕はそれがちょっと申し訳ない。そんなに広い家でもないし、あそこの砂だけでも、どかしておこうかなと思う。
半分開きっぱなしだった木戸のドアを開ける。少しあけているのは、砂が積もって開かなくなると困るから。
このドアは昔、マスタに頼まれて僕が作ったものだ。僕は大工専門じゃないから、作るのは結構大変だった。前のドアを壊したのもぼくだったけれど、あの時のマスタの顔は、今、思い出しても笑ってしまう。
マスタ、会いたいな。今、どこにいるのかなぁ。
砂を押し分けて外に出る。とたんに、まぶしい光で視界が灼けたように染まった。
視野の自動照準の。遅いなぁ。最近、どうにも調子が悪い。照準が合うまでに、ちょっと余計な時間がかかる。マスタがいたら、メンテナンスしてもらうんだけど、今はそうもいかない。
視野が合って、ようやく視界が通常になる。視野の照準は、いうなればヒトの眼球の明順応というところだ。
外は、今まさに陽が昇ったところだった。地平線の向こうから、砂丘を照らす光がかなり眩しい。
まだ空気は澄んでいる。そのうち灼熱になる。
風が砂を持ち上げていった。
あそこに今、風がいる。
あれが風の通り道。砂が巻き上がっているところ。
遠くへ流れていく風の姿を、見えなくなるまで目で追った。
風の姿を教えてくれたのは、マスタだ。
入り口の横に置いてあった水瓶を手に取る。
外に出しておくと、夜のうちに霜がおりて、夜露と一緒に、朝にはいくらかの水がたまる。それを鉢植えにあげるのも、僕の仕事だ。
このあたりには、もうこれしか残っていない、緑の草。マスタのお気に入りのひとつだ。
だいぶ萎びているけど、まだ大丈夫。枯らすとマスタに怒られるから、僕は毎日ちゃんと水をあげる。それから僕は、ようやく外に出た。
朝陽の中を、ゆっくりと歩く。
砂に埋もれて、歩きにくい。やっぱり歩きにくい。そのうち慣れるかなと思って、慣れることには慣れたけれど、慣れたってやっぱり、砂の上は歩きにくい。昔みたいな舗装された道のほうが、歩きやすくて僕は好きだ。
でもいくら文句を言ったところで、道が元に戻るわけじゃない。僕にだって、それくらいは解るのだ。これはそう、自分とのコミュニケーションのひとつだ。
歩いている時って、やることがない。だからこうやって、僕は自分の思考回路とコミュニケーションをとる。ボケ防止にも、役立つはずだ。
そんなことを考えながら歩いていると、突風に煽られて、砂に足を取られた。
砂山のてっぺんから、数メートルを真横にすべる。
あげく、僕は、転がる、転がる。
ちょっと待って。とまって、お願い。
途中、頑張って足を踏ん張ってみたけど、元の地面が砂じゃあ、あんまり踏ん張りもきかない。結局、そのまま流されるように、僕はアリ地獄の底まで転がされてしまった。ここの砂丘は、標高三百メートルくらいのものだってある。ショックで、しばらく立ち上がれなかった。
――――頑張れ、僕。ここで一日を過ごすのはイヤだ。三百メートルの山だって、越えていくんだ。
砂に埋もれた頭を上げると、さらさらと目の前に砂が落ちてきた。頭を振ってそれを払い落とす。
文句を言わずに立ち上がれ! マスタなら、きっとそう言う。ハイ! マスタ! そうだ、僕は強い子。陽が高くなってきた。先を急ごう。