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封印の姫と最後の騎士  作者: ラーナ


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第三話

 アルフリーダの手を引き、エリアスは出来るだけ歩きやすい道を選んだ。城の中は、どこもかしこも蜘蛛の巣と埃にまみれている。


 そこをアルフリーダは、臆することなく歩いていく。


 彼女は時折、物憂げな視線を階段や中庭に向けることもある。そんな時、エリアスは出来るだけ、ゆっくりと歩いた。一瞬で過ぎ去ってしまった百年の時間を考えて、物思いにふけっているのだろう。懐古か感傷か。どちらであってもアルフリーダの物思いの邪魔したくはない。


 小広場に出た時、アルフリーダが特に歩みを遅くした。ここを抜ければ、もう城の外に出る。住み慣れた城から出るのは、心細いのだろうか?


「やはり、お辛いのですか?」


 アルフリーダの目がエリアスの方を見上げ、「いえ」と首を振った。


「この城には、あまり思い出がありません。けれど、ここには良い思い出があったものですから」


「それは、どんな思い出で——」


 言いかけた時、アルフリーダが小さく息を飲んだ。


 その目線の先。そこには、ノクスベインがうつ伏せに倒れている。アルフリーダの足が動く。横たわる死者の騎士に走り寄り、手を伸ばそうと——


 エリアスは握った手に力を込めて、彼女を制した。


「触れてはいけません。これがノクスベインです」


 アルフリーダには、ただの騎士の遺体に見えるのだろう。それにしても姫君が、倒れた騎士に駆け寄るなんて。


 横たわるノクスベインを見つめるアルフリーダの横顔。その目には、恐怖や哀れみと言うよりも、静謐な祈りにも似た思いが宿って見えた。


 王族が臣下の変わり果てた姿を見て悼んでいる。


 ああ・・・。


 エリアスは、静かな感動を覚えていた。やはりアルフリーダ姫は、伝承の通り慈悲深い。


「ヴェル=ノクスに触れた者達と、先ほどおっしゃっていましたね。彼らは、死んでいるのですか?」


「一時的な死・・・。とでも言いましょうか。先ほども言いましたが、一度倒すと暫くは死体に戻ります。ですが、それは本物の死ではありません。いつ動き出すか・・・、油断はできません」


 倒れたノクスベインが纏う擦り切れたマントが風に踊る。アルフリーダの目が、その動きを追って揺らいだ。


「彼らは、なぜ、ここにいるのでしょうか?見たところ、彼らの鎧は近衛隊のものです。まさか町の外にもこのような、ノクス・・・」


「ノクスベイン」


 アルフリーダが、頷いた。


「ええ、それです」


「いえ。エルノヴァでノクスベインがいるのは、この城だけでしょう」


「なぜ、この城にだけ?」


 エリアスは、アルフリーダから目を逸らした。


「私もそれが疑問でした。ずっと城を調査しておりましたが、これといった答えはまだ・・・」


「彼らは、・・・守っているのでしょうか?」


 アルフリーダの言葉に、エリアスは心臓を直接撫でられたような、冷たい衝撃を受けた。


「守る?百年前の王を、ですか?」


 背中に、また汗が流れる。


「百年・・・。そんなに時間が経っているのですね」


 アルフリーダが、悲し気に目を伏せる。カサカサと枯れ葉が石畳を転がっていく。その音さえ、ノクスベインが立ち上がる気配を孕んでいるようで、エリアスはアルフリーダの手をそっと引いた。


「先ほど言いかけておられた、良い思い出・・・と言うのは?」


 アルフリーダがエリアスの手を握り返し、壁に張り付くような階段の方に顔を上げる。かつてはあっただろう木の柵や手すりは、今では見る影もなく崩れ、木片を残すのみになっている。


「大したお話ではないのですが」


 アルフリーダの歩みに合わせ、小広場を横切る。


「友が、ここに来てくれたことがあったのです。彼女の婚約者と共に・・・」


 秋風が、アルフリーダの衣の裾を揺らす。彼女の目線は遠い。百年前の友人の姿を見ているのだろうか。


「その時の事を、大切に思っておられるのですね」


 アルフリーダが、ふと足を止めた。そして、思わずと言ったように振り返ってこちらを見上げてくる。


一瞬後、その唇からもれたのは言葉ではなく、微笑だった。


「そう言って下さって、嬉しいです」


 柔らかな秋の日差しが、アルフリーダを照らす。また一つ、エリアスの胸の奥に、灯りが灯るのを感じた。




 外郭の輪郭が見えてくる。煙の匂いと人々の声が、とぎれとぎれにここまで流れてくる。


 外郭。そう呼ぶ者はほとんどいない。城塞の面影はなく、町の住人は”砦町”とか”環の町”などと言う。それでも、町を囲む壁の存在はありがたい。敵国はなくなろうとも、盗賊などから町を守ることが出来る。特に、今のような季節には、収穫物を狙った輩が出没する危険がある。そう言った意味では、城塞都市としての機能は保たれていた。       跳ね橋を過ぎ、町を見下ろす斜面まで来てエリアスは歩みを止めた。アルフリーダが不思議そうにこちらを見上げてくる。


「頭痛は、大丈夫ですか?」


「ええ。もうすっかり。心配をかけましたね」


 雲の間から、午後の光が眩しく差し込み、古い外郭の壁を明るく照らした。


 エリアスは、一瞬黙り込み、そしてゆっくりと切り出した。


「姫。・・・一つ提案があります」


「はい。何でしょうか?」


「このまま、町に入れば、あなたが何者かを問われることになる。私が連れている理由を、誰かに説明しなければならない」


 晴れ渡った空の下。いびつな半円状に広がる外郭に、アルフリーダは目を向ける。まるで、そこにいる民の姿を見ているかのように。


「今は、私の見知った時代から、百年後の世界」


「そうですね」と、エリアスはアルフリーダの横顔に向かって頷いた。


「では、百年前の姫がいては、民の混乱を招きますね」


「ええ。ですから、ご提案を。まったくもって無礼な申し出だという事は分かっておりますが——」


 エリアスは一度言葉を切って、出来るだけまっすぐに姫の顔を見た。


「あなたを・・・私の婚約者という事にしておけば、誰もあなたの事を深くは詮索しない。そしてあなたは自由に民の様子をご覧になられる」


 自分の言葉に思わず頬が熱くなってしまい、エリアスは視線を落とした。ドキドキと体の中で鼓動がうるさく暴れている。


「婚約者…、ですか」


 その声には微かな驚きと、躊躇うような響きがあった。エリアスは、慌てて言葉を重ねた。


「もちろん、名目上です。この町は、あなたが知っている王都ではない。民は疲弊し、荒んでいる。とても女性が一人で生きていける環境ではありません。その町であなたを守るには、これが一番確実な手段です」


 アルフリーダの視線が、何かを考えるように空を彷徨う。


 エリアスの胸に不安が広がった。例え名目であっても、称号すら持たない自称騎士の婚約者など嫌なのだろうか。あるいは、姫としての誇りが許さないのかもしれない。


「ご不快なのは、分かります。ですが、あくまでも——」


「いえ。違うのです」


 アルフリーダが、エリアスを見て微笑んだ。


「あの、私からも一つ提案をしても?」


 ドキっと心臓が跳ねた。


 何を言うつもりだ。拒絶されるのか…。それとも、もっと——。いや、やはり無礼だと叱責されるのか?


「・・・ええ。聞きましょう」


 エリアスの心臓はまた別のリズムで早鐘を打ち、掌に汗がにじむ。アルフリーダの唇が開くその瞬間を、まるで死を待つ囚人のように、息を飲んで待つしかなかった。




「今・・・、何と?」


 アルフリーダの提案が理解できず、エリアスは問い直した。さぞや間抜けな顔だったのだろう。アルフリーダは、エリアスの顔を見て、くすくすと小さく笑っている。


「ですから、名目ではなく誓いの元、婚姻の約束を交わすのです」


 婚姻の約束。誓いを立てる。つまり、神と聖女に立てる誓いの事を言っているのだとすると——


「ですが、それでは——」


 アルフリーダが優雅に頷いた。


「私達は、誓い合った真実の婚約者。という事になります。これ以上に、確実な手段はありません」


「それは、そうかもしれませんが・・・」


 神と聖女の前で交わした婚約となると、ほぼ後戻りできない。何か余程の不祥事を、どちらかが起きした時にのみ婚約を白紙に戻せる。それも、教会が認めた時だけだ。


 そんな重い誓いを、彼女は本当に望んでいるのか?それとも、自分では思いもつかないような理由が、アルフリーダにはあると言うのだろうか。


「ただ——」


 アルフリーダの声に、エリアスはハッと我に返る。彼女は、微笑を収め、どこか悲しそうにエリアスから視線を遠ざけた。


「あなたに決まった方がおられるのなら、話は別です」


 決まった方?どう意味だ?ああ、将来を誓った恋人のことか。頭が答えを導き出すのに、やたらと時間がかかった。


 いない。いるはずがない。


 けれども、声が喉に張り付いて出てこない。焦るエリアスの目の前で、アルフリーダの目がフッと伏せられ、長いまつげが彼女のアメジストの瞳を覆い隠す。


「…そうですか。ではこの話は忘れてください」


「いえ!おりません!」


 どうにか言葉が口から飛び出したものの、アルフリーダはその声に目を丸くした。


 しまった!と思った瞬間、アルフリーダが、ふわりと笑みを浮かべた。


「では、礼拝堂に連れて行ってください」

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