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久世家戦記・現  作者:
野球編
9/19

第八部 人類、神域へ

 森がざわめいた瞬間、久世が顔を上げた。

「……来るな」


空気が重く沈み、遠くから地鳴りのような音が響く。


ドォォォン――


海の向こうに、異様な高さの水の壁。

津波だった。


島の住民たちの悲鳴が風に乗って届く。


「逃げろー!!」

「波が来るぞ!!」


恒一が青ざめる。

「やばいだろこれ……島飲み込まれるぞ!」


朔姫が歯を食いしばる。

「自然が暴れてる……!」


だが久世は動じなかった。


いや――

自然の一部になった今、恐れる必要がなかった。

「暴れているんじゃない」

「均衡が崩れただけだ」


久世は一歩、海へ向かって歩き出す。

かやが叫ぶ。

「久世!近づいたら危ない!」


久世は振り返って微笑った。

「俺はもう、飲まれる側じゃない」

「止める側だ」


久世が両手を広げる。

森が応え、

大地が震え、

風が渦を巻く。

巨大な根が地中からうねり出て、防波壁のように海岸へ走る。


同時に、空気が圧縮されて津波の勢いを削ぎ落とす。

「うそだろ……」

恒一の声が震える。


波がぶつかる。

だが――

砕ける。

削られる。

弱まっていく。


朔姫が駆け回り、取り残された住民を一瞬で安全圏へ運ぶ。

華陽は崩れそうな地盤を読み、避難ルートを即座に修正。

難波は崩れる岩場を支え、大地ごと押し返す。

かやは怪我人に触れるだけで傷を癒していく。


完全連携。

まるで自然そのものが人を守っているようだった。


最後の大波が静かに引いていく。

海は嘘のように穏やかになった。

島は――無事だった。


住民たちは呆然と久世たちを見る。

「……神様?」

「森が動いた……」


久世は静かに頭を下げる。

「神じゃない」

「ただの守り手だ」


だがその背中は、もう完全に“人の領域”を越えていた。

かやがそっと隣に立つ。

「これが……久世の新しい役目なんだね」


「ああ」


「戦場を守ってきたが、これからは世界を守る」


そして道明が低く言う。

「これは始まりだ」

「自然が荒れれば、久世の力が必要になる時代になる」


つまり――

災害=戦場になる時代。

久世たちはもうスポーツの裏の存在じゃない。

世界の均衡を保つ側へ入った。



 津波の爪痕が静かに消え、島に再び穏やかな風が戻ったころ――


久世たちは帰路につく準備をしていた。

森の奥、あの若木から生まれた場所に、久世はもう一人“自分”を立たせていた。


同じ顔、同じ気配。

だがその存在は完全に自然と溶け込んでいる。

「ここは俺が守る」

分身体が静かに言う。

「嵐も、波も、森も任せろ」


本体の久世はうなずいた。

「屋久島は要だ。ここが生きている限り、日本の自然は持ちこたえる」


かやが不安そうに見る。

「離れてて大丈夫なの?」


久世は優しく笑う。

「俺たちはもう一つじゃない」

「自然と繋がった存在は、距離じゃ切れん」


朔姫が感心する。

「父上、増殖系守護神だね」


「言い方を考えろ」


難波が腕を組む。

「将軍一人で災害対応してた時代が懐かしいな」

「戻りたいか?」


「いや」

即答だった。


別れ際、分身体はかやに向かって少しだけ微笑んだ。

「心配するな」

「久世はどこにでもいる」


かやは涙ぐみながらも笑う。

「……ちゃんと帰ってきてね、守ったら」


「当然だ」


風が吹き抜け、葉がざわめく。

それはまるで敬礼のようだった。

フェリーが島を離れる。

港が遠ざかっていく中、恒一が呟く。

「なんかさ……俺たち、とんでもない存在と一緒に暮らしてるよな」


華陽が静かに答える。

「もう人じゃないからこそ、人を守れる」


朔姫が空を見上げる。

「これから世界中で呼ばれそうだね」


久世は腕を組み、遠くを見つめる。

「自然が荒れる限り、俺たちの出番だ」

「戦場はもう国じゃない」

「地球そのものだ」


かやが隣でうなずく。

「それでも一緒に帰れるなら、どこでもいいよ」


久世は少し照れたように笑った。

こうして――

屋久島には自然の守護久世が残り、

現代には行動する久世が戻った。


世界に二つの久世。

災害を抑える神域の守り手と、

人と共に歩く戦国の魂。



 フェリーを降りて街へ戻った瞬間、恒一のスマホが震え出した。

いや――震えるなんて生やさしいものじゃない。


ブブブブブブブブブッ!!


止まらない。


画面いっぱいに表示される名前。

《久遠クラブ監督》

《副監督》

《キャプテン》

《チームLINE 57件》


恒一の顔が青ざめる。

「……やばい」


朔姫が覗き込む。

「なんでそんなに鳴ってるの?」


「久遠クラブから鬼電」


華陽が察する。

「嫌な予感しかしないね」


通話を繋いだ瞬間、怒号。

『久世たちはどこ行ってたんだぁぁぁぁ!!!』

鼓膜が死にかける。

『公式戦!あったんだぞ!!』

『お前ら不在で試合やったんだ!!』


恒一が震え声で聞く。

「……で、結果は?」


一瞬の沈黙。

そして低い声。

『……負けた』


全員固まる。


監督の声が続く。

『相手に能力系継ぎ手がいた』

『こっちは普通の人間と少し強いだけのメンバーだ』

『久世たちがいないと別チームだぞ!!』


恒一が頭を抱える。

「ですよねー!!」


朔姫が悔しそうに言う。

「私たちいないだけで負けるって……」


難波が拳を鳴らす。

「守護者不在はきついな」


華陽は冷静。

「つまり依存しすぎだね」


久世が静かに言った。

「それが問題だ」


全員が久世を見る。

「俺たちがいないと勝てないチームは、長く持たない」

「久遠クラブは“普通の人間の成長”が必要だ」


かやがうなずく。

「守ってばかりじゃ強くならないもんね」


その時、監督が電話越しに言った。

『次の試合……相手、かなり強い』

『研究組織系じゃない』

『純粋に“継ぎ手エリートクラブ”だ』

『久世たち、今度は絶対来てくれ』


久世は目を細めた。

「行く」

「だが、今回は“助ける”ためじゃない」

「鍛えるためだ」


恒一がゴクリと唾を飲む。

「……地獄来るやつ?」

「久世式だ」


全員同時に叫ぶ。

「それが一番怖いんだって!!」



 久遠クラブのグラウンドに、まだ朝靄が残っていた。

その中央に立つ二人。 


久世。

夜叉。


この時点で空気が違う。

選手たちは本能で理解していた。


——今日は終わる、と。


久世が静かに言う。

「今日から合宿だ」


監督がほっとする。

「よかった……普通の強化合宿ですね?」


夜叉が首を鳴らす。

ゴキッ。

「生き残り合宿だ」


監督の顔が死ぬ。


久世は淡々と続ける。

「走る、投げる、打つは当然」

「その間ずっと夜叉が追いかける」


選手たち「???」


夜叉がゆっくり歩き出す。

一歩で距離が消える。

「捕まったら腕立て千回」

「倒れたら担いで山走らせる」

「吐いたら続行」


静寂。

誰かが震え声で言う。

「……野球ですよね?」


久世「戦だ」


スタートの合図。

次の瞬間。

夜叉が消える。

風だけ残る。

「うわああああああ!!!!!」

選手たちが全力疾走。


だが意味がない。

夜叉は影のように背後に現れる。

「遅い」


捕獲。

地面に叩きつけられる。

「はい腕立て千」


悲鳴。


久世はベンチで腕を組んで見ているだけ。

「今の久遠クラブは力に頼る癖がある」

「だから逃げ方も、守り方も、考えてない」

「夜叉から逃げ切れるようになれば」

「どんな継ぎ手からも対応できる」


恒一が青ざめる。

「理論は正しいけどやり方が鬼すぎる!!」


午後。

地獄は加速する。

夜叉を避けながらノック

心拍限界での連続打撃

倒れた瞬間再スタート

砂浜ダッシュ+投球練習

人間の限界が更新され続ける。


夕方。

全員ボロボロ。

誰一人立てない。

その中で久世が言う。

「まだ一日目だ」


全員「え?」


夜叉が笑う。

「合宿は一週間だ」


絶望。

だが久世は静かに続けた。

「安心しろ」

「三日目から体が変わる」

「五日目から思考が変わる」

「七日目には別人だ」

その目は戦場の将軍だった。

 

 

 三日目を越えたあたりから、異変が起き始めた。


誰も逃げ惑わなくなった。

夜叉の気配を「見る」前に感じ取り、身体が勝手に動く。

足は最短距離を選び、呼吸は乱れず、視界は異様に広がっていた。


夜叉が背後に現れる。

だが――


すでにそこには誰もいない。

「……ほう」

夜叉の口元がわずかに歪む。


四日目。

久世は初めて声を上げた。

「無駄が消え始めたな」


走りは速くなったのではない。

迷いが消えた。

ボールへの反応、仲間の動き、敵を想定した配置。

頭が自然に盤面を描いている。


恒一がふと呟く。

「……俺、継ぎ手呼んでないのに読めてる」


アキトも息を整えながら言う。

「相手が何をするか、分かる」


久世の目が細くなる。

「将の視野だ」


五日目。

夜叉が本気で追う。

だが捕まらない。

誰かが囮になり、誰かが道を作り、誰かが逃げ切る。


完全な連携。

もはや練習ではなく戦術行動だった。

久世が静かに言う。

「もう兵ではない」

「将だ」


七日目。

夜叉が立ち止まる。

全力で追っても、誰一人捕まらない。

逆に――

夜叉の動きを利用して走路を作り、打撃練習まで成立させている。

人間が化け物を使って訓練している光景だった。


夜叉が笑う。

「将軍揃いだな」


久世は腕を組み、はっきり告げた。

「もう継ぎ手はいらん」

「お前たちは己の力で戦える」

「魂を借りる側ではなく――」

「戦場を動かす側になった」


その言葉に、全員の背筋が震えた。

恒一が静かに言う。

「俺たち……もう普通じゃないな」


久世は即答する。

「最初から普通に戻る気などなかっただろう」

「久遠クラブは“将の集団”だ」 


そして久世は最後にこう締めた。

「継ぎ手は“力”をくれる存在」

「だが将軍は“流れ”を作る存在だ」

「今のお前たちは――」

「もう歴史を借りる必要がない」


 

 試合当日。

スタンドはざわついていた。

久遠クラブが戻ってきた。

あの異常な強さを見せた連中が――しかし今日は様子が違う。


相手チームの監督が小声で確認する。

「……継ぎ手反応は?」


スタッフが端末を見る。

「ありません。憑依エネルギー、完全にゼロです」


選手たちがざわめく。

「は?じゃあ普通の人間だろ」

「やっと化けの皮剥がれたな」


プレイボール。


初球。

恒一が打った瞬間――

空気が破裂した。

打球は一直線。

フェンスを越えるどころか場外へ消える。

スタジアムが静まり返る。


実況が声を裏返す。

「な……継ぎ手反応、ありません!完全に素の人間です!!」


次の打者。

アキトがバントの構え。

守備が前進した瞬間――

強打。

意図的な裏を突く配置読み。

完璧なヒットゾーン。


相手内野が呆然とする。

「今の……誘った?」

「俺たちの動き読まれてたぞ」


三塁盗塁。

誰も合図を出していない。

なのに全員が同時に動く。

完璧な連携。

捕手が投げる前にもうセーフ。

相手ベンチが震え始める。

「おい……あいつら憑依してないんだぞ」

「じゃあこの動き何なんだよ」

「人間の反応じゃねぇ……」


守備。

相手の主砲がフルスイング。

完璧な当たり。

だが――

久遠クラブの外野が最初から落下地点に立っている。


捕球。

一歩も動いていない。


実況が絶叫する。

「動いていない!打球を打つ前からそこにいた!」


相手エースが叫ぶ。

「無理だ!!」

「こいつら相手に継ぎ手使ってないとか関係ねぇ!」

「将軍と戦ってる感覚だ!!」


その瞬間、観客の誰かが呟く。

「……憑依してないのに、これ?」

「じゃあ今までのは何だったんだ」

「久遠クラブ、人間の域越えてる」


ベンチで久世が腕を組む。

静かに一言。

「これが“将”だ」

「力を借りる者ではなく、戦場を支配する者」


試合終了。

圧勝。

スコアは一方的。

相手チームは立てない。


監督が震え声で言う。

「憑依してない……それでこの強さ……」

「じゃああの合宿は一体……」


夜叉がニヤリと笑う。

「地獄だ」



 スタンドのさらに上。

観客席でも関係者席でもない影の位置に、異様な集団が並んでいた。


全員が同じ紋章の入った黒いジャケット。

その背には金色で刻まれた文字――OLYMPOS。


誰一人歓声を上げない。

ただ久遠クラブの動きを“測るように”見ていた。

「……憑依反応、ゼロ」


銀髪の青年が静かに言う。

「それでこの戦術、この身体制御、この先読み」

「人間の限界を越えているな」


隣の長身の男が腕を組む。

「本来なら我々の領域だ」

「神の力を宿さずに、ここまで到達する種族など存在しない」


別の女が薄く笑う。

「面白いじゃない」

「私たちは十二神の継ぎ手」

「人類の“完成形”として作られた存在」

「その私たちに、ただの人間が並ぼうとしている」


グラウンドでは恒一たちが圧勝を決めている。

連携、判断、身体能力、すべてが異常。


オリュンポスの一人が低く呟く。

「久世という存在が関与しているな」

「歴史の魂ではない…もっと根源的な“将の概念”だ」


リーダー格の男がゆっくり立ち上がる。

「確認が取れた」

「久遠クラブは――脅威だ」

「神の継ぎ手だけの世界に、人間が割り込んできた」


彼の瞳が冷たく光る。

「次は我々が相手をする」


誰かが笑う。

「オリュンポス十二神、全員投入か?」


「当然だ」

「人間が神域に足を踏み入れたのなら――」

「雷で叩き落とすのが神話の役目だ」


その瞬間、遠くで久世がふと空を見上げる。

視線が一瞬だけ――彼らと重なる。

久世は小さく笑った。

「来たか」

「神様ご一行」


 

 表彰台に立つ久遠クラブ。

歓声は波のように押し寄せ、フラッシュが夜空を埋め尽くしていた。


日本一。


誰もが夢見て、誰もが届かなかった場所。

恒一は仲間たちと笑いながらも――胸の奥が妙にざわついていた。


視線。

ずっと感じている。

観客でも、カメラでもない“何か”に見られている感覚。


久世も静かに空を見ていた。

「……来るぞ」


その瞬間だった。

空が裂けた。

雲が渦を巻き、音が消え、次の刹那――

雷が落ちた。

一本ではない。

二本でもない。

十二柱。


グラウンドを円を描くように囲む雷が同時に突き刺さり、地面が爆ぜ、衝撃波がスタジアムを揺らした。


悲鳴。

転倒。

照明が一斉に落ちる。

雷の中心に、影が立っていた。

煙が晴れるにつれ、次々と姿が現れる。


黄金の鎧。

白銀の外套。

翼を模した装甲。

雷をまとった者、水が足元を流れる者、炎を瞳に宿す者。

十二人。


その全員が――人間ではない威圧を放っていた。

スタジアムが沈黙する。

実況のマイクが床に落ち、転がる音だけが響いた。


一歩前に出た男が、空気を支配する声で告げる。

「久遠クラブ」

「人の身で神域に踏み込んだ者たちよ」


雷が彼の背後で唸る。

「我らはオリュンポス」

「十二神の継ぎ手」


別の女が微笑む。

「祝福しに来たのよ」

「日本一、おめでとう」

「そして――」

瞳が冷たく細まる。

「ここで終わり」


観客は動けない。

身体が本能で理解していた。

これは災害ではない。戦争だ。


恒一が震える声で言う。

「……あれ、人間じゃないだろ」


アキトが歯を食いしばる。

「神話クラスだ」


久世だけが前へ出た。

雷の光を浴びながら、静かに笑う。

「神様が直々に祝賀会か」

「随分と派手だな」


雷神の継ぎ手が低く唸る。

「久世……貴様が原因だ」

「人間を将へと引き上げた異物」

「世界の均衡を壊した存在」


久世は肩をすくめる。

「均衡なんぞ最初からなかった」

「強い者が上に立つ」

「それだけの話だ」


十二神の威圧が一斉に膨れ上がる。

スタジアムの芝がめくれ上がり、風圧で観客席が軋む。


「ならば証明しろ」

「人が神に並べるかどうかを」


その瞬間、夜叉が一歩踏み出した。

難波が拳を鳴らす。

朔姫が地を蹴る。

華陽の瞳が鋭く光る。

恒一の身体の奥で、無数の魂がざわめく。 


久世が低く言う。

「久遠クラブ」

「これより先はスポーツじゃない」

「神話との戦だ」


雷が再び轟く。

オリュンポス十二神が構える。

そして世界は理解する。

日本一は終点ではなく――

開戦の合図だった。

  

 

 雷が消えきらぬグラウンド。

十二神の継ぎ手たちは、まだ一歩も動いていない。


それなのに――

空気だけで人が立っていられなくなっていた。


雷神の継ぎ手が指を鳴らす。

たったそれだけ。 


次の瞬間。

風が爆発した。

見えない衝撃が久遠クラブの外野を吹き飛ばし、十数人が同時に宙を舞う。


フェンスを越えて叩きつけられる。

悲鳴すら遅れて響いた。

水神の継ぎ手が一歩踏み出す。


地面から水が噴き上がり、渦となって選手を包む。

飲み込まれた者たちは抵抗すらできず転がされ、意識を失う。


炎神の継ぎ手が視線を向けるだけで――

芝生が燃え上がる。

熱波で近くの人間が倒れ込む。

「近づくなぁぁ!!」


誰かが叫ぶが意味がない。

観客席はパニック。

逃げようとしても足が震えて動かない。

“人間が抗えない存在”だと本能が理解していた。


恒一が歯を食いしばる。

「……これが、神」

アキトが震える声で言う。

「俺たちがどれだけ強くなっても、これは……」


その時。

風神の継ぎ手が指を軽く振った。

空気の刃が走る。

巨大スクリーンが真っ二つに裂け、鉄骨が崩れ落ちる。

誰も触れていない。

誰も攻撃していない。

ただ存在しているだけで破壊が起こる。


十二神の中央に立つリーダーが淡々と言う。

「これが神域」

「人間が足を踏み入れていい場所ではない」


一人が笑う。

「将軍だの覚醒だの……可愛いな」

「文明が進んでも、生物の序列は変わらない」


その瞬間、雷が再び落ちる。

今度は観客席の外。

遠くの建物が吹き飛ぶ。

絶望がスタジアムを支配した。

誰もが理解した。

戦う以前の問題だ。


だが。

久世はまだ動かない。

腕を組み、静かに見ている。

まるで――

この結末を知っていたかのように。 


朔姫が歯を噛みしめる。

「父上……!」


夜叉が低く言う。

「まだだ」


十二神が歩き出す。

人間を虫を見るような目で。

「恐怖を刻め」

「これが“越えてはならぬ壁”だ」


久世は小さく呟く。

「……まずは、世界に教える必要がある」

「神は倒せる存在だと」


でもまだこの時点では誰も動かない。

希望は存在しない。

ただ圧倒的な力の差だけが刻まれる。


 

 雷と炎と風が渦巻くグラウンド。

人が吹き飛ばされ、悲鳴が空に散っていく。

神々は歩くだけで破壊を生んでいた。


恒一の拳が震える。

視線は――無意識に久世へ向いた。

(助けてくれ)


喉まで言葉が出かかる。

久世なら止められる。

久世なら神に並べる。

誰よりも分かっている。


だが、恒一は歯を食いしばった。

次の瞬間、顔を上げて叫ぶ。

「待て!!」


久遠クラブ全員が振り向く。

「久世に頼るな」


声は震えていたが、はっきりしていた。

「俺たちはここまで、魂も神も使わずに来た」

「ここでまた頼ったら――」

「一生、人間じゃ勝てないままだ!」


雷神の継ぎ手が嘲笑する。

「ほう?蟻が神に歯向かうか」


恒一は一歩前へ出る。

脚は震えている。

それでも止まらない。

「俺たちは人間だ」

「だからこそ、抗う意味がある」

「神に勝てなくても――」

「屈しないことはできる!」


アキトが並ぶ。

「久世がいなくても戦えるようになるための合宿だったろ」


朔姫が静かに息を吸う。

「父上に頼らず勝つ覚悟」


夜叉がうなずく。

「将になるとはそういうことだ」


久遠クラブ全員が前に出る。

傷だらけでも、立つ。

十二神の空気が冷たくなる。

「愚かだ」

「だが見せてもらおう」

「人間の足掻きというものを」


恒一が低く言う。

「久世……見ててくれ」

「俺たちがどこまで行けるか」


久世は何も言わない。

ただ、静かに微笑んだ。

その表情は――

“ようやく戦士になった者を見る将の顔”だった。


雷が再び轟く。

神が動く。

人間が迎え撃つ。

絶望的な戦力差の中で、戦いが始まる。



 雷が落ち、炎が渦巻き、神々が蹂躙する戦場。

だが――


久遠クラブは倒れなくなっていた。

吹き飛ばされても立つ。

焼かれても前に進む。

押し潰されても、踏ん張る。

それは根性ではなかった。

力そのものが変わり始めていた。


恒一の腕が震える。

だがその震えは恐怖ではない。

身体の奥から、何かが目覚めていく感覚。

「……来てる」


アキトが息を呑む。

「俺たちの中、何か流れ込んでる」


神の攻撃を受け止めた瞬間。

衝撃が――以前ほど重くない。

風神の刃が、完全に貫けなくなる。

炎神の熱が、耐えられる温度になる。


観客席の誰かが叫ぶ。

「効いてる……?」

「神の攻撃が、人間に通じなくなってきてる!」


十二神の継ぎ手たちの表情が初めて歪む。

「あり得ない」

「人間が適応している?」


久世が静かに呟く。

「違う」

「思い出しているだけだ」


その瞬間、恒一の視界に走る幻。

剣も国も神話も存在しない、原初の世界。

一人の人間が大地に立っている。

すべての力の源。

最初の人間。


声が重なるように響く。

「我らは弱き存在として創られたのではない」

「神に従うために生まれたのでもない」

「世界に立つために生まれた」


久遠クラブの身体が淡く光り始める。

それは魂でも神威でもない。

人類そのものの力。


雷神が後退する。

「……何だ、この圧」

「神域と同質の力だ」


久世がはっきり告げる。

「これが人の原点」

「全ての人間の祖――アダムの力」

「神に抗うためではない」

「神と並び立つための力だ」


恒一が拳を握る。

空気が震える。

ただの踏み込みで、地面が割れる。

「俺たち……」

「神に近づいてるんじゃない」

「人間に戻ってるんだ」


十二神の継ぎ手たちが初めて構え直す。

余裕が消える。

「警戒しろ」

「これは進化ではない」

「覚醒だ」


そして戦場の空気が完全に変わった。

神が支配していた世界に――

人間が入り込んだ瞬間。

久世は微笑む。

「ここからだ」

「神話は終わる」

「次は人類の時代だ」


 

 空気が変わった。

さっきまでの神々は、ただ見下ろしていただけだった。

だが今は違う。


十二神の継ぎ手たちの目に――殺意が宿った。

雷神が低く言う。

「人間が域を越えた」

「これは淘汰対象だ」


炎神が拳を握る。

「遊びは終わりだ」

「ここからは神話通り――滅ぼす」


天が割れる。

雷が収束し、炎が圧縮され、風が刃となり、水が槍になる。

自然そのものが武器へと変換されていく。

観客席にいた者たちは直感する。

――これはさっきまでと別物だ。


恒一の喉が鳴る。

「……来る」


次の瞬間。

神の力が同時に解き放たれた。

衝撃が都市規模。

スタジアムの外の建物が次々吹き飛ぶ。

空が白くなる。


それでも。

久遠クラブは――耐えた。

膝をつきながらも立ち続けた。

身体が砕けそうになりながら、踏ん張った。


久世の声が静かに響く。

「よくやった」

その一言で全員の背筋が伸びる。

「お前たちはもう人類の最前線だ」

「ここから先は――俺が受け持つ」


久世が一歩踏み出す。

雷も炎も風も水も、彼の周囲で制御され始める。

奪うのではない。

支配するのでもない。

共存して従わせている。 


雷神が目を見開く。

「自然と同化している……?」

「神の領域だぞ、それは!」


久世は静かに言う。

「違う」

「自然は元々、人のものだ」

「神が横取りしていただけだ」


久世が地を踏む。

大地が波打つ。

自然のエネルギーが久世の身体に集まり、青く輝く。

――神域久世。


次の瞬間。

雷神の継ぎ手が吹き飛ぶ。

一撃。


ただの掌底。

山を砕く衝撃。


炎神が襲いかかる。

久世は腕を振る。

炎ごと叩き潰す。

継ぎ手が地面を削りながら転がる。


風神の刃が迫る。

久世は空気を掴むように止める。

そして投げ返す。

風神が自分の力で吹き飛ぶ。


十二神が初めて後退する。

恐怖の色が浮かぶ。

「あり得ない……」

「自然を完全に支配している……!」


久世は低く言う。

「神とは自然を借りて威張る存在」

「人は自然と生きる存在」

「どちらが上か――もう分かるな」


久遠クラブは呆然と見ている。

さっきまで勝てなかった存在を、久世は圧倒している。


恒一が震えながら呟く。

「……これが、人の完成形」


久世は振り返る。

「いや」

「これは通過点だ」


十二神のリーダーが歯を食いしばる。

「全神戦闘態勢!」

「人類を――抹殺する!!」


雷が再び轟く。

だが今度は恐怖ではない。

戦争の始まりだ。



 空が静まり返った。

雷も炎も風も、水のうねりさえ――

久世の周囲ではすべてが“息を潜めて”いた。

自然が逆らわない。


命令されて従っているのではない。

主を思い出したかのように寄り添っている。

久世の身体から放たれる気配は、もはや神威ではなかった。


もっと根源的なもの。

大地・空・海・生命そのものと同調する存在。


恒一が息を呑む。

「……神じゃない」

「自然そのものだ」


久世は静かに言う。

「神は力を“借りた”」

「人は力と“共に生きた”」

「だから最後に残るのは――人だ」 


その一歩で、世界の法則が揺れた。

雷神の継ぎ手が膝をつく。

「我々が……押されている……?」


炎神の声が震える。

「神話の序列が……崩れている……」


だがこの瞬間を――

世界中が見ていた。


北欧。

氷原に立つ戦神たちが空を見上げる。

「……人間が自然の頂点に立っただと?」

「神話の終焉が始まったか」


中東。

砂漠の王たちが沈黙する。

「アダムの系譜が完全覚醒した」

「これは神の支配時代の終わりだ」


南米。

太陽と嵐を司る存在たちがざわめく。

「人類が“原初”へ戻った……」

「我らが恐れていた存在だ」


東洋。

山岳に潜む古き存在が目を開く。

「久世……自然と融合した人間」

「ついに現れたか」 


神話勢力すべてが理解した。

これは一人の覚醒ではない。

世界の主導権が移った瞬間だと。


オリュンポスのリーダーが歯を噛みしめる。

「神域久世……」

「人類の頂点……」

「いや――人類そのものの象徴か」


久世はゆっくり拳を握る。

自然が呼応し、大地が脈打つ。

「神話の時代は終わる」

「これからは――人類の時代だ」


遠くで雷鳴が鳴り止む。

それは敗北の合図だった。

そして世界中の神話勢力が同時に動き出す。


敵か。

同盟か。

それとも人類殲滅か。

誰もまだ決めきれない。

ただ一つだけ確かなこと。

久世の覚醒が、世界の均衡を完全に壊した。


 

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