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久世家戦記・現  作者:
野球編
8/19

第七部 循環の守護者

 島津との激戦が終わった翌日。

久遠クラブ一行は兵庫の街を観光していた。

昨日まで戦場だったとは思えないほど、空は澄んでいて、人の声が穏やかに流れている。

「現代の城下町は賑やかだな」


久世は歩きながら辺りを見回す。

高い建物、走り抜ける車、並ぶ店の看板。どれも戦国では想像もできなかった光景だ。


朔姫はすでに屋台に吸い寄せられていた。

「これなに!?いい匂いする!」


たこ焼きを頬張った瞬間、目を見開く。

「うまっ……戦に勝つご褒美だねこれは」


華陽は土産物屋で冷静に値段と品質を見比べているし、

難波は自販機を拳で壊しかけて久世に止められている。

「押すだけで飲み物が出るのだぞ難波」


「罠かと思った」


恒一とアキトは少し離れてその様子を見て苦笑していた。

「もう完全に観光集団だな」

「昨日まで鬼と武将がぶつかってたとは思えねぇ」


そのとき、かやが立ち止まる。

「久世、見て」

指さした先には、試合の速報ニュースが大型モニターで流れていた。 


――久遠クラブ、歴史級継ぎ手軍を圧倒。

――“戦国野球”という異次元の試合。


観衆のインタビューでは興奮した声が飛び交っている。

「怖かったけど、目が離せなかった」

「まるで合戦を見てるみたいだった」


久世は静かに画面を見つめていた。

「……俺たちはまた、時代を動かしてしまったらしいな」


かやが小さく笑う。

「今度は平和な形で、だけどね」


朔姫が口いっぱいに食べ物を詰めたまま言う。

「でも楽しいよ!戦じゃなくて、勝って笑えるの!」


その言葉に、久世は少しだけ目を細めた。

かつては勝てば血が流れ、負ければ命が消えた。

だが今は――勝てば歓声が上がる。

「……悪くない時代だ」


しかしその裏で。

スマホの画面越しに久遠クラブを見つめる影がいくつも存在していた。


競技団体。

研究機関。

正体不明の組織。


「やはり本物だな」

「あの力は人間では説明できない」

「確保対象に昇格だ」


久世たちはまだ知らない。

この観光が、

“日常の最後の平穏”になるかもしれないことを。


 

 いいねナツキ、その流れめちゃくちゃ自然に緊張感上げられる。


――兵庫観光の帰り道。

夕暮れが街をオレンジ色に染め始めた頃だった。

商店街を抜け、人通りの少ない通りへ入った瞬間、

空気が変わる。


久世が足を止めた。

「……囲まれているな」 


恒一はまだ気づかない。

「え?なにが――」


その瞬間。

路地の両側から黒いワンボックスカーが滑り込むように現れ、前後を塞ぐ。

後部ドアが一斉に開き、黒服の男たちが降りてきた。


動きが軍隊レベル。

「確保対象を優先。抵抗は許可済み」


その言葉を聞いた瞬間、朔姫が歯を鳴らす。

「……研究系だねこれ」


華陽が低く言う。

「普通の不良じゃない」


男の一人が拡声器で告げる。

「久世恒一、および関係者。

あなた方の力は国家級危険物と判断された。

大人しく同行してもらう」


恒一が青ざめる。

「危険物ってなんだよ……人だぞ俺たち!」


久世は一歩前に出る。

その瞬間、空気が圧縮された。

鬼の威圧が路地を満たす。

黒服の何人かが本能的に後ずさる。

「命令だ、進め!」


スタンガンと麻酔銃が一斉に構えられる。

――次の瞬間。


難波が地面を踏み砕きながら突っ込んだ。

一人を盾ごと吹き飛ばし、車のボンネットが凹む。


朔姫は視界から消え、次の瞬間には銃を持つ腕を叩き落としている。 


華陽は相手の動きを先読みし、ぶつかる前に倒していく。


完全な戦場。

だが――

屋根の上からスナイパーのレーザーサイトが久世に重なる。


「久世さん!」

恒一が叫ぶ。

引き金が引かれる。

――が、弾は当たらない。

久世が指二本で空中から弾丸を掴み取っていた。


静寂。


「……道具で鬼を縛れると思ったか」

次の瞬間、久世が地面を蹴る。

衝撃波のような風が走り、黒服たちが一斉に吹き飛ぶ。

車は横転し、路地は瓦礫だらけ。


残った男が震えながら無線を叫ぶ。

「失敗だ!対象は規格外だ!」


久世がゆっくり近づく。

「次に来る時は覚悟して来い。

これは遊びでは済まん」


男は気絶。

しばらくして――静寂が戻る。


恒一が呆然とする。

「……俺たち、野球クラブだよな?」


朔姫が肩をすくめる。

「もう国家案件みたい」


かやが不安そうに久世を見る。

「これからも狙われるの?」


久世は短く答える。

「間違いなくな」


そして遠くで、別の車内。

モニター越しに戦闘を見ていた人物が呟く。

「拉致失敗……だが収穫は十分だ。

あれは兵器を超える存在だ」



 ――数日後。

久遠クラブの次戦相手が発表される。

対戦表に載っていた名前に、恒一が眉をひそめた。


「……クロノス研究機構?」


アキトが一瞬で顔色を変える。

「それ、拉致未遂の連中の母体だ」


会場は無名クラブ扱い。

だが裏では“能力者専門チーム”。

久世は静かに笑った。

「なるほど。スポーツを装った実験場か」


試合当日。

スタジアムの空気が明らかにおかしい。

観客は少ない。

代わりにスーツ姿の大人たちがずらりと並んでいる。


全員、目が研究者のそれ。

「データ回収を最優先」

「久世個体の反応値を測れ」


ベンチには機械だらけの端末。

そして現れた研究組織チームの選手たち――

全員が異様だった。


・筋肉が不自然に膨張している投手

・反射神経が人間を超えている外野手

・目が光る捕手


完全に“改造済み”。


恒一が呟く。

「……これ野球じゃねえだろ」 


朔姫が歯を鳴らす。

「兵器だよ」


試合開始。

初球から異常。

相手投手のボールが音速レベルでミットを叩く。


ズドン!!!


空気が破裂する。

観客が悲鳴をあげる。

審判すら一瞬遅れる。

「計測値、時速230キロ突破」

「成功体だ」


研究者たちが微笑む。


だが――

久世が立ち上がる。

「その程度で誇るな」


次の瞬間、久世がマウンドへ。

軽く投げただけの球が――

衝撃波を伴って捕手の後ろの壁を粉砕する。


スタジアムが沈黙。

研究者の一人が震える声で言う。

「……物理法則を超えている」


能力研究組織は理解する。

彼らが作った“兵器”は

本物の怪物の前では玩具だと。

だが同時に確信する。

「やはり久世は確保すべき存在だ」


 

 試合はすでに野球の形を保っていなかった。

クロノス研究機構の改造選手たちは、走るたびに地面を抉り、投げるたびに空気を破裂させる。


筋肉増幅型の打者がフルスイングした瞬間、

ボールは砲弾のように外野フェンスを粉砕。

「記録更新。人類強化計画は成功だ」 

研究員たちは拍手する。


だが――

久世はゆっくりバットを持った。

「力を足しただけの魂に、戦は務まらん」


次の球。

音速級の投球が迫る。


久世は一歩も動かず、

ただ“気”だけで間合いを支配する。


――カァン!!!


衝撃波が円形に広がり、

ボールは雲を裂くように消えた。


スタンドが静まり返る。

「測定不能……」

「速度じゃない……存在圧だ……」


朔姫は改造外野手の横を“消失”するように抜き去り、

華陽は相手の動きを読む前に倒し、

難波は捕球した瞬間ボールごと地面を砕く。

戦国魂が“戦い方”そのもので上書きしていく。


だが研究組織は切り札を出す。

「制御解除。暴走形態を許可」


首元の装置が外される。

改造人間たちの瞳が赤く光り、筋肉がさらに膨張。

完全な兵器化。

「これが人類の進化だ!」


その瞬間。

久世の気配が変わる。

まるで戦場に鬼神が降りたようだった。

「進化?違うな」


久世の瞳が深い青に染まる。

「魂を削った退化だ」


地面が割れる。

空気が震える。

観客が本能で伏せる。

久世、全力解放。


一球で改造投手を吹き飛ばし、

一歩で内野を踏み砕き、

一振りで“実験体”を戦意ごと叩き潰す。


科学が積み上げた怪物たちは、

戦場を生き抜いた魂の前で崩壊していく。

研究員が叫ぶ。

「あり得ない!これ以上の強化は存在しないはずだ!」


久世は静かに答える。

「あるさ。

死を越えてきた者の重みだ」


試合は――

久遠クラブの完全勝利。

改造人間は全員戦闘不能。

研究施設は証拠映像ごと世界に晒される。


そして世界は気づき始める。

科学よりも恐ろしい存在が、

現代に蘇っていることを。



 国家レベルで久世たちを“管理対象”にしようとする動きは、水面下で一気に加速していた。


監視網。

拘束許可。

能力保全法案。


――だが、それらは表に出る前にすべて止まった。

誰が止めたのか。


それを知っていたのは、久世と――華陽だけだった。


「もう国家は動けないよ」

華陽が静かに端末を閉じる。


恒一が目を見開く。

「は?あんな規模の組織だぞ?」


久世は腕を組んで笑った。

「華陽は戦場で策を張る男だ。

現代でも同じことをする」


朔姫が首を傾げる。

「でも誰が国家を止められるの?」


華陽は一拍置いて答える。

「“国家の上”だよ」


そして名前を告げた。


足利義輝


恒一が固まる。

「……歴史の教科書に載ってる将軍だろ?」

「うん。剣豪将軍であり、“武の象徴”だった人」


華陽の声は冷静だった。

「彼の魂は今も、日本の裏側の“調停者”として存在してる」


国家が暴走しそうになるとき、

戦になりかねない力が生まれたとき、

表に出ず、だが確実に止める存在。

それが義輝だった。


華陽はすでに彼と接触していた。

研究組織の拉致未遂。

改造人間計画。

久世という規格外の存在。

すべて報告済み。


そして義輝は一言だけ返した。

「それ以上、武に手を出すな」


その瞬間から――

国家の命令は“なぜか”通らなくなり

予算は凍結され

関係部署は次々と異動。

誰も逆らえない“圧”で封じられた。


恒一が呟く。

「つまり俺たち……国家より強い後ろ盾いるの?」


久世は苦笑する。

「強いというより、戦を許さぬ存在だな」


朔姫がワクワクした顔になる。

「つまり今後も暴れていいってこと?」


「ほどほどにな」


だが華陽は続ける。

「ただし安心はできない」

「義輝が止められるのは“表の国家”だけ」

「裏の世界、民間軍事組織、国外勢力……そこまでは抑えきれない」


久世の目が細くなる。

「つまり次からは、もっと本気の敵が来るな」

 

 戦国の魂

国家の科学

そして歴史の調停者

世界のバランスが、久世を中心に動き始めていた。



 その夜。

久遠クラブの騒がしいリビングとは別に、

華陽は一人、スーツに袖を通していた。

昼の優男の面影は消え、

目だけが静かに冷えている。

「……久しぶりだね」


スマホを開くと、そこには無数の未読メッセージ。


裏社会の仲介人

闇市場の情報屋

非合法資金の管理者

消えたはずの組織の残党


すべてが“夜の帝王”の帰還を察知して動き始めていた。


久世が腕を組む。

「また派手にやるつもりか?」


華陽は微笑む。

「派手にはやらないよ」

「静かに、根から潰す」


朔姫がワクワクする。

「なんか悪役みたいでかっこいい!」


「悪役じゃない、調整役」


翌日から裏の世界が変わった。

・研究組織の資金ルートが一斉凍結

・武器供給網が何者かに潰される

・能力売買市場が謎の圧力で閉鎖

・黒幕たちが突然“姿を消す”


警察も国家も動いていない。

動いたのは裏社会そのもの。


「誰がやった……?」

闇の人間たちはすぐ理解する。

――夜の帝王が戻った。


恒一が呆然とする。

「華陽って……何者なんだよ本当」


難波が即答。

「裏の将軍」


久世は鼻で笑う。

「戦場を盤にする男だ」


華陽は報告を聞きながら淡々と言う。

「裏社会は恐怖で動く」

「そして恐怖は、力より“信用と制圧”が効く」

「もう久世たちに直接触れられる組織はほぼ消えたよ」


朔姫が目を輝かせる。

「つまり?」


「もう拉致も実験も来ない」


「来たらその組織が消えるだけ」


久世が静かに言う。

「現代の戦は血を流さずに終わるものもあるんだな」


「昔よりずっと残酷だけどね」

華陽は笑った。


こうして世界は気づかぬうちに変わった。

表では野球クラブ。

裏では戦国級の権力争い。


久世たちはもう

国家でも研究でも触れられない存在になった。

そして次に動くのは――

国外勢力か、歴史級の魂連合か、それとも別の怪物か。

 


 夕方。

久遠クラブの練習もなく、久世たちはリビングでだらけていた。


朔姫は床でスマホを転がし、

華陽はニュースを流し見し、

難波はソファを一人で占領して軋ませている。


「現代は平和だなぁ」


久世が湯のみを持ち上げた、その瞬間。

――ピシ。

小さな音。


恒一が眉をひそめる。

「今、なんか鳴らなかった?」


「気のせいだろ」


久世が笑って立ち上がろうとしたとき、

腕に細い“線”が走っているのが見えた。

まるで陶器に入るヒビのような、細く白い亀裂。


朔姫が一気に飛び起きる。

「父上……それ……」


久世は自分の腕を見る。

「……ああ」

軽く指でなぞると、ミシッと嫌な感触。

「来たか」


恒一が青ざめる。

「来たって何だよ!?」


華陽が静かに言った。

「限界だよ、この身体」

部屋が一気に静まる。

久世の体は“人形に魂を宿したもの”。

本来、人間の魂が長く留まる設計じゃない。


戦って

飛んで

車を止めて

鬼の力を解放して


――そりゃ壊れる。


難波が眉を寄せる。

「将軍の身体、脆すぎじゃねぇか?」


「人間基準じゃないからな」

久世は苦笑する。

「これは仮の器だ。戦場用の魂を現代に持ってくるためのな」


朔姫の声が震える。

「……じゃあ、このままだと?」


「割れる」

即答だった。

「陶器みたいに、ある日一気にな」


恒一が叫ぶ。

「そんなのダメだろ!?どうにかならないのかよ!」


久世は少し考えてから言う。

「方法はある」


全員が身を乗り出す。

「魂を安定させる“本体級の器”を作るか」

「もしくは――」


一瞬、間を置く。

「魂を分散させる」


華陽が目を細める。

「つまり?」


「俺一人で抱えてる戦国魂の重さが異常なんだ」 


「他の器に分ければ、この体の負荷は減る」


朔姫がハッとする。

「だから人形を増やしてたんだね……」


「そういうこと」


久世は笑う。

「お前たちを呼んだのは情だけじゃない。負荷分散でもある」


難波が腕を組む。

「じゃあ俺が増えたのも理にかなってるってわけか」


「破壊力高すぎて逆に不安だがな」


場が少し和む。

だが――

ヒビは確実に広がっていた。

肩、首元、脇腹にも細い線。


朔姫がぎゅっと久世の袖を掴む。

「無茶しないでよ……」


久世は優しく頭を撫でる。

「安心しろ」

「今日はもう暴れない」 


恒一が半泣きで言う。

「身体崩壊イベント入れるなよ……」


「戦国基準では軽傷だ」


全員が即ツッコミ。

「軽傷じゃねぇ!!」


笑いは起きたが、空気は重いままだった。

このまま放っておけば、久世の器は確実に壊れる。


つまり――

これからは戦うたびに、命を削る状態。

久世は目を細めて笑った。

「現代に来てまで身体の限界と戦うとはな」


朔姫は強く言った。

「絶対壊させないから」

「新しい身体、いくらでも作ろう」

「父上はここに居るんだから」


久世は少し驚いてから、柔らかく笑った。

「……頼もしいな」


こうして始まる。

戦じゃない、

命を保つための戦いが。


 

 夜。


工房代わりにしていた部屋には、静かな灯りだけが残っていた。

久世は無言で最後の人形を仕上げていく。

これまでで一番精巧で、一番“人間に近い器”。


関節の可動

魂の定着陣

負荷分散の紋様

すべてが限界まで詰め込まれていた。


朔姫は何も言わずに見守り、

華陽は唇を噛み、

恒一はただ拳を握っていた。


完成した瞬間、久世は静かに息を吐く。

「……これで最後だな」


床に陣が描かれ、魂の道が開く。


次に呼ばれた名は――道明。

現れた瞬間、状況を一目で理解した。

「将軍……これは」


「察しが早くて助かる」

久世は笑うが、その身体には無数のヒビが走っている。

光が漏れるほど、限界だった。

「しばらくはお前が皆を導け」

「俺の代わりだ」 


道明が首を振る。

「そんな役、受け取れるわけがない」


「受け取れ」

久世の声は静かだが、絶対だった。

「今の俺はもう戦えん。存在すら保てない」

「だがこの世界にはまだ守るものがある」


朔姫が叫ぶ。

「父上も一緒に守るって言ったじゃん!」


久世はゆっくり振り返る。

「だからだ」

「壊れる前に任せる」


人形が淡く光り、道明の魂が安定して宿る。

新しい“守護者”が生まれた瞬間だった。


久世は皆を見回す。

「華陽、裏の均衡は任せた」

「朔姫、速さで皆を守れ」

「難波、力で盾になれ」

「恒一……この時代を生きる役目はお前だ」


一人一人に視線を送って、最後に微笑む。

「楽しかったぞ、現代」


そして。

――パキッ。

肩から大きな亀裂が走る。

膝が崩れ、光が身体の内側から溢れ始めた。

「父上!!」


久世はもう立てなかった。

「泣くな……これは死じゃない」

「役目を終えるだけだ」


次の瞬間。

身体が砕けるように崩れ、

光の粒となって宙へ散っていく。

風もないのに、静かに消えていく魂の欠片。

音すらしなかった。

ただ、温もりだけが消えた。


沈黙。


誰も声を出せない。


道明が深く頭を下げる。

「……引き継いだ」


朔姫は歯を噛みしめながら涙をこぼす。

「また勝手に……守る側に回って……」


華陽は目を閉じて呟く。

「最後まで将軍だったね」


恒一は震える声で言った。

「これで終わりじゃないよな……」


道明が答える。

「終わりじゃない」

「久世が守った世界を、これから守る番だ」


床には砕けた器の欠片だけが残っていた。

だが、不思議と絶望ではなかった。

久世は消えたのではない。


未来に役目を託して去っただけだった。

そしてここから物語は――

“久世のいない世界で、彼の意志を継ぐ戦い”へ進んでいく?



 静まり返った部屋で、道明がぽつりと言った。


「次の試合まで時間があるな」


誰も返事をしなかった。

久世がいなくなってから、空気そのものが軽くなったのに重かった。


「旅行に行こう」


朔姫が顔を上げる。

「……旅行?」


「戦のあとに人は自然へ戻るものだ。昔からな」


華陽はすぐ理解したように微笑む。

「魂を落ち着かせる場所か」


恒一が首をかしげる。

「で、どこ行くんだよ」


道明は静かに言った。

「屋久島だ」


難波が即答する。

「強そうな場所だな」


全員ツッコむ。


フェリーに揺られ、視界いっぱいに広がる深い緑。

都市の音が消え、

風と水と鳥の声だけの世界。


朔姫が目を輝かせる。

「ここ……生きてる感じする!」


華陽は空気を吸い込んで言う。

「魂が洗われるね」


道明はゆっくり歩きながら語る。

「久世がいた時代、こういう場所は“神域”だった」

「人が強くなりすぎた時、自然に戻って均衡を取り戻す」


恒一はふと空を見上げる。

「久世も……ここなら笑いそうだな」


誰も否定しなかった。

森の奥、巨大な杉の前で一同が立ち止まる。

何千年も立ち続けた木。

戦国よりも、現代よりも長く生きている存在。


道明が静かに言う。

「久世は砕けた」

「だが魂は消えていない」

「自然に還り、また巡る」


朔姫の目に涙がにじむ。

「また会える?」


道明ははっきり答えた。

「会える」

「強い魂ほど、巡りは早い」

その言葉に、少しだけ希望が灯る。



 屋久島に着いてからしばらく歩いたあと、道明がぽつりと言った。

「この島ではな、木に魂が宿ると昔から言われている」


恒一が目を丸くする。

「魂って……本当に?」


「戦国では当たり前の感覚だった。強い想いを持つ者ほど自然に還る」


その瞬間――

かやの目が一気に輝いた。

「じゃあ……!」


振り返るより早く、森の奥へダッシュ。

「久世ぇぇぇぇ!!どこ!?どの木!?!?」


朔姫が慌てて追いかける。

「ちょっ、母上速いって!」


難波が腕を組む。

「魂探しってそんな勢いでやるもんか?」


華陽は苦笑い。

「一番信じてる人ほど全力になるよね」


 かやは一本一本の木に近づいては、そっと幹に触れる。

「久世?いる?ねえ、いるならなんか反応して」


恒一が小声で言う。

「……木だぞ」


「いいの!久世なら木でもありえる!」


朔姫が真剣に一緒に触り始める。

「この木、なんか強そう!」

「そっちは優しそう!」

「これは絶対武将系!」


華陽が吹き出す。

「分類雑すぎでしょ」


だが道明だけは静かに周囲を見ていた。

風の流れ

葉の揺れ

空気の重さ

「……この島、確かに魂の密度が高い」


難波が目を細める。

「久世将軍クラスなら、普通の木じゃ収まらねぇな」


やがて一同は、ひときわ大きな杉の前に立つ。

見上げるほど巨大で、幹からは静かな気配が漂っている。


かやがゆっくり近づく。

「……久世?」

そっと手を当てた瞬間――


風が吹いた。

葉がざわりと揺れ、

まるで返事をするように。

かやの目が潤む。

「……今、動いた」


恒一も感じていた。

「偶然じゃない気がする」


道明が静かに言う。

「ここには確かに“強い魂の名残”がある」


「それが久世かどうかは分からん」


「だが――近い存在だ」


朔姫が拳を握る。

「絶対この島にいるよ」

「父上、絶対どこかで見てる」


かやは涙を拭いて笑った。

「うん。探そう」

「見つかるまで全部の木に話しかける」


難波が即ツッコミ。

「島制覇する気か」


 森を歩き回って、何十本、何百本と木に触れても――

久世の気配は、はっきりとは掴めなかった。 


かやは息を切らしながらも諦めなかった。

「絶対いるはずなのに……」


朔姫も汗を拭きながら首を振る。

「この島、魂だらけなのは分かるけど……父上クラスは見つからないね」


華陽が静かに言う。

「強すぎる魂ほど、簡単には感じ取れないのかもしれない」


道明は空を見上げていた。

「あるいは……すでに形を変えているかだ」

そのとき。


近くの集落から帰ってきた恒一が、島の住民と話した内容を伝える。

「なあ……ちょっと変な話聞いた」

「この前まで何もなかった場所にさ、急に木が生えてきたらしい」

「しかも普通じゃないスピードで成長してるって」


全員が一斉に顔を上げる。

「……急成長?」


住民の言葉が続く。

「苗木みたいだったのに、数日で人の背丈を超えて、今じゃもう見上げるくらいなんだよ」

「気味悪いくらいでさ」


その瞬間、かやの目が見開かれる。

「それ……久世だ」 


即答だった。

「久世ならやる」


難波も深く頷く。

「将軍ならやる」


恒一がツッコむ。

「基準それだけかよ」


だが誰も否定しなかった。

案内された森の奥。

空気が明らかに違っていた。


そこに立っていたのは――

明らかに“若すぎるのに異様に大きい木”。

幹はまだ滑らかで新しいのに、

高さだけが周囲の古木に迫っている。


朔姫がごくりと息を飲む。

「……成長バグってる」


華陽が目を細める。

「魂の圧が集中してる」


道明は静かに呟いた。

「これは自然の木じゃない」


かやは震える手で近づく。

「久世……?」


そっと幹に触れた瞬間――


ドクン。


鼓動のような振動が返ってきた。

風が一気に吹き抜け、葉が激しく揺れる。

まるで“返事”。


かやの目から涙が溢れる。

「……ここにいる」

「絶対ここにいるよ」


恒一も感じていた。

「これ……ただの植物じゃない」

「生きてるっていうより……意志がある」


道明は静かに結論を出す。

「久世の魂は砕けたあと、この島の生命に吸い寄せられた」

「そして最も近い器として、この若木に宿った」


朔姫が拳を握る。

「じゃあこれって……父上の新しい身体の“芽”?」


「そうだ」


「まだ未完成だが、確実に育っている」


かやは木に額を当てて笑った。

「成長早いのも久世らしいよ……待てない性格だもん」


難波が腕を組む。

「木になっても規格外かよ」


久世は消えていなかった。

戦場を去り、

人形を捨て、

命そのものとして再生を始めていた。

 

 

 森の奥で異様な成長を続けるその若木は、日に日に姿を変えていった。

幹は太くなり、枝はまるで腕のように伸び、

葉の揺れは呼吸のように規則正しくなる。

まるで――

木が“人”になろうとしているかのように。


夜。 


森が静まり返る中、その木だけが淡く光り始めた。

葉がざわめき、

地面が低く震える。


「……始まる」

道明が息を呑む。


かやは胸の前で手を握りしめていた。

「久世……」


光は幹の中心へ集まり、

木の輪郭がゆっくりと崩れていく。


枝は腕へ

根は脚へ

幹は胴体へ


自然そのものが“形”を変えていく。

そして――

森の中心に立っていたのは、人の姿だった。

だが人間ではない。


肌は木肌のような模様を帯び、

髪は葉の名残のように淡く揺れ、

身体からは生命そのものの気配が溢れている。


かつての鬼の威圧ではない。

世界と繋がった存在の圧。


朔姫が震える声で言う。

「……父上?」


その存在はゆっくり目を開いた。

深い緑と蒼が混ざった瞳。

そして、懐かしい声。

「騒がしいな……相変わらず」


かやが一気に駆け寄る。

「久世ぇぇ!!」


抱きつこうとして――

触れた瞬間、温かい鼓動を感じて涙が溢れた。

「木なのに……生きてる……」


久世は優しく頭を撫でる。

「木じゃない」

「自然と魂が溶け合った、新しい器だ」


恒一が呆然とする。

「進化しすぎだろ……」


道明は深く頷いた。

「戦士の魂が自然と融合した例は伝承にしか存在しない」

「久世はそれを現実にした」


朔姫が目を輝かせる。

「つまり父上……」

「もう壊れない?」


久世は静かに笑った。

「ああ」

「この島が生きている限り、俺も生きる」

「傷ついても自然が再生させる」


難波が腕を組む。

「不死系将軍になったな」

「正確には“世界依存型存在”だ」


華陽が苦笑する。

「スケールがおかしい」


久世はもう人形ではない。

人でもない。

自然と魂が融合した守護者。


戦えば大地が応え

傷つけば森が癒し

怒れば嵐すら呼ぶ存在。


まさに――


現代に降りた戦国の神。

久世は空を見上げて言った。

「現代は面白いな」

「まさか俺が“神域側”になるとは」


かやが笑いながら涙を拭く。

「それでも久世は久世だよ」

「うむ、それで十分だ」

 


 久世は静かに森の空気を吸い込み、掌を開いた。

指先から淡い緑の光が溢れ、木々のざわめきと同調する。

「この力は俺だけのものじゃない」

「自然と魂が融合した“循環の力”だ」


かやが一歩近づく。

「……分けられるの?」


「分けるというより、繋ぐに近いな」


久世はまず朔姫の前に立つ。

掌を胸元へそっと当てた瞬間、風が巻き起こる。

朔姫の身体に木の紋様のような光が走り、次の瞬間――

消えるように移動し、戻る。

「……速さが“世界と直結”してる」


空間そのものを踏み抜く存在になっていた。

「父上これ反則でしょ」


「自然公認だ」


次に華陽。

久世が触れた瞬間、森の気配が一気に集中する。

華陽の瞳が深く澄み、無数の未来の流れが視えるようになる。

「策じゃない……世界の選択肢が見える」

「これが自然の知か」


久世は頷く。

「戦場の読みを、生命の流れに拡張した」


難波には大地の力が宿った。

足を踏みしめるだけで地面が震え、岩のような硬さになる。

「俺、もう戦車じゃねぇか」


「山だな」


恒一の身体にも優しく力が流れ込む。

筋力ではなく、“流れを操る感覚”が自然と繋がる。


球の軌道

人の動き

風の方向

すべてが見える。

「これ……世界が盤面みたいだ」


久世は微笑んだ。

「お前は指揮官型だ」


そして最後に、かや。

久世は一瞬だけ迷ってから、そっと額に触れる。

森全体が静まり返った。

かやの身体に流れ込んだのは、破壊でも速さでもない。


調和。


傷ついたものを癒し

乱れた力を整え

魂を繋ぎ直す力。

かやが驚く。

「……皆の力が分かる」

「痛みも、迷いも、全部」

「それが“支える将”の役目だ」


久世は優しく言った。

「戦う者が壊れないようにする存在」


 これでかや達の人形はただの器じゃなくなった。


 自然再生型の肉体

 魂の負荷に耐える存在

 久世とリンクした進化体


もう壊れない。


もう限界が来ない。

朔姫が笑う。

「父上、これもうチート集団だよ」


「戦国基準では普通だ」


全員即ツッコミ。

「普通じゃない!!」


久世は森を見渡して静かに言った。

「これで終わりじゃない」

「世界が荒れれば、自然は俺たちを動かす」

「守る戦になるぞ、これからは」


かやは久世の隣に立つ。

「うん。一緒に守ろう」


 

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