第三部 現代で無双する将たち
久遠クラブの練習を終えた夜。
恒一の家の居間は――異様だった。
床一面に並ぶ、木材。
布。
針金。
粘土。
そして真ん中で腕を組む久世。
「作る」
恒一が即ツッコむ。
「何をだよ」
久世は真顔。
「器だ」
「人形を増やす」
「そして、
別の魂を宿す」
沈黙。
「……は?」
久世は淡々と続ける。
「俺が強すぎるなら、分ければいい」
「戦場ではよくやった」
「一人で戦況を壊す将を、
複数の将に分ける」
恒一の口が開きっぱなしになる。
「それ野球でやる発想じゃねぇから!!」
久世は首を傾げる。
「勝つための工夫だ」
「抑えるという発想は俺にはない」
「なら、力を配置する」
(発想が戦国)
久世は木材を手に取り、
迷いなく削り始める。
「人形一体に宿る魂は一つ」
「速さの者」
「読みの者」
「力の者」
「判断の者」
「それぞれ役割を持たせる」
恒一が青ざめる。
「ちょっと待て」
「それって……」
「久遠クラブ、武将だらけになるってことか?」
久世は静かにうなずく。
「理想だ」
(最悪だ)
トントントン、と
久世の手は止まらない。
人形の骨組みが、次々と形になっていく。
「現代の戦は集団戦だ」
「俺一人で勝つより、
軍として勝つ方が美しい」
恒一は頭を抱える。
「抑える方向に行けよ……!」
久世は少しだけ困った顔をした。
「抑え方が分からん」
「なら、増やす」
この瞬間、恒一は悟った。
この武将、発想が全部戦争スケールだ。
久世がぽつりと言う。
「安心しろ」
「全員、人間の範囲に収める」
「……努力はする」
(努力レベルなのが怖ぇ)
こうして――
久世は“抑える”代わりに
軍を作る方向へ進み始めた。
それが後に、
久遠クラブ最大の武器になるとも知らずに。
夜。
恒一の家の居間。
床には、一体だけ完成した人形が立っていた。
身長は久世と同じくらい。
細身だが芯のある造り。
無駄が一切ない。
まるで――
走るためだけに作られた身体。
久世はその前に静かに立つ。
「まずは一体でいい」
「速さを司る将から始める」
恒一が喉を鳴らす。
「……誰を呼ぶ気だ」
久世は、はっきり言った。
「朔姫だ」
その名を聞いた瞬間、
空気がピンと張りつめる。
「戦場で最も速く」
「判断が最も早く」
「誰よりも前に駆けていた将」
久世は人形に手を置く。
「現代の戦でも、
彼女の速さは武器になる」
恒一は息をのむ。
「……女武将?」
「将だ」
久世は静かに訂正する。
「性別ではなく、役割で語れ」
そして目を閉じる。
部屋の空気が、揺れた。
風もないのに、カーテンが揺れる。
電気が一瞬、チカッと落ちる。
久世の声が低く響く。
「朔姫」
「戻れ」
その瞬間。
人形の指が、ピクリと動いた。
次に肩。
次に胸。
――呼吸。
「……っ!」
恒一が一歩後ずさる。
人形の目が、ゆっくり開く。
鋭いが澄んだ瞳。
生きている人間の目だった。
「……ここは」
少女とも女性とも言えぬ声。
だが芯がある。
久世が静かに言う。
「現代だ」
朔姫は一瞬周囲を見回し、
すぐに理解したように息を吐く。
「……また、あなたは無茶を」
久世はわずかに口元を緩めた。
「必要だ」
朔姫は恒一を見る。
「この者が器か」
恒一が思わず背筋を伸ばす。
「え、あ、はい……?」
朔姫はふっと微笑う。
「弱そうだが、面白そうだな」
(初対面でそれ!?)
久世が言う。
「走れるか」
朔姫は一歩踏み出す。
――消えた。
次の瞬間、
部屋の端に立っている。
「……はい?」
恒一の視界が追いついていなかった。
朔姫は涼しい顔。
「遅い世界だな」
久世は満足そうにうなずく。
「健在だ」
恒一は頭を抱えた。
「……また人間じゃないの増えた……」
朔姫はくるっと振り返る。
「安心しろ」
「私は勝ちに行くだけだ」
その目は、戦場の将そのものだった。
こうして――
久遠クラブ初の“将軍人形”が誕生した。
速さの化身、朔姫。
そしてこれは、
軍の始まりにすぎなかった。
居間。
人形だったはずの朔姫は、もう完全に人として立っている。
静かだが、空気を切るような存在感。
恒一はごくりと唾を飲む。
「……くぜ」
「この人……いや、この将……何者なんだよ」
久世は腕を組み、淡々と語り始めた。
「朔姫は、
俺の軍で最速の将だった」
「斥候」
「奇襲」
「突破」
「敵が気づく前に陣を割り、
気づいた時には背後にいる」
恒一の背中に寒気が走る。
「……忍者とかじゃなく?」
「将だ」
久世は即答。
「速さは技ではない」
「生き延びるために削ぎ落とした結果だ」
朔姫は静かに腕を組む。
「敵より遅ければ死ぬ」
「迷えば死ぬ」
「だから、速くなっただけだ」
さらっと言うが、内容が物騒すぎる。
久世は続ける。
「朔姫は力任せの将ではない」
「速さと判断で戦場を制圧する」
「一騎当千ではなく、一瞬必殺」
恒一は想像する。
さっきの瞬間移動みたいな動きで、
戦場を駆け回る姿を。
(……そりゃ最強だわ)
久世が静かに言う。
「現代の野球では、
走塁が戦場になる」
「守備範囲は領地だ」
「朔姫は、
この競技に最も適した将だ」
恒一は苦笑する。
「野球を戦争に翻訳するな」
朔姫は少しだけ口元を緩める。
「だが、似ている」
「一瞬の判断で流れが変わる」
「遅れれば終わる」
久世がうなずく。
「だから最初に選んだ」
「速さは、どんな時代でも武器になる」
恒一は深く息を吐いた。
「……つまり」
「この人、盗塁も守備もバケモン?」
朔姫は即答。
「誰も捕まえられん」
(自信満々すぎる)
久世が締める。
「抑えられぬ力は、
分けて使う」
「それが現代の戦い方だ」
恒一は頭を抱えながらも笑った。
「……久遠クラブ、
もう普通のチームじゃねぇな」
朔姫は一歩前に出る。
「勝てばいい」
その目は、
戦場と同じ覚悟を宿していた。
久世の軍は、
ここから本格的に動き始める。
朔姫の説明がひと通り終わったあと。
恒一はまだ現実感が追いついていなかった。
「……あのさ」
「速いのは分かった」
「強いのも分かった」
「でも一番わからないのがさ」
「なんでそんな人を普通に呼び戻してるんだよ」
久世は一瞬だけ目を伏せてから言った。
「家族だからだ」
「……は?」
恒一の声が裏返る。
久世は当たり前のように続ける。
「朔姫は俺の娘だ」
部屋が静まり返る。
「む……娘!?」
恒一の脳が完全にフリーズする。
「いやいやいやいや」
「戦国の将が娘!?」
久世は冷静。
「拾った」
「育てた」
「守った」
「だから娘だ」
説明が戦国すぎる。
朔姫は少し困ったように笑う。
「血は繋がっていないが」
「父上は父上だ」
恒一は頭を抱える。
「いや重い!!」
「情報が重い!!」
久世はここで、恒一をじっと見る。
「それと」
声が低くなる。
「勘違いするな」
恒一が背筋を伸ばす。
「え?」
「朔姫は既婚だ」
「夫もいる」
「子もいる」
ズドン、と重たい事実が落ちる。
「……ええええええ!?」
朔姫は少し照れたように視線をそらす。
「戦国では普通だ」
「いや現代では普通じゃない!」
久世がさらに追い打ち。
「余計な感情は持つな」
「戦力として扱え」
「家族としては守る」
「それだけだ」
恒一は両手を上げた。
「最初から恋愛対象に入れる隙ねぇわ!!」
朔姫はくすっと笑う。
「安心しろ」
「お前は好みではない」
「追い打ちやめて!」
久世は満足そうにうなずく。
「これでよし」
恒一はため息をつく。
「戦国の家族事情が重すぎる……」
だが同時に思う。
(この人たち、本気で信頼し合ってる)
ただの力じゃない。
絆ごと現代に連れてきている。
久世の軍は、
戦力であり、家族だった。
翌日。
久遠クラブのグラウンド。
恒一はやけに緊張していた。
理由は簡単だ。
戦国最速の将を連れてきているから。
「なぁ久世……」
「普通に紹介して大丈夫な存在じゃなくない?」
久世は落ち着いている。
「問題ない」
「戦場より安全だ」
比較対象が間違っている。
その横で朔姫はきょろきょろと周囲を見ていた。
「ここが戦場か」
「いや野球場!」
芝生、ベース、ネット、ボール。
すべてが新鮮らしい。
「地面が整いすぎているな」
「足を取られぬ」
「戦いやすそうだ」
「戦うな!」
そこへクラブのメンバーたちが集まってくる。
「おー恒一、その人誰?」
「親戚って言ってた人?」
恒一が一瞬詰まる。
「え、えっと……」
久世がさらっと言う。
「親戚だ」
(便利ワードすぎる)
朔姫は丁寧に頭を下げた。
「朔姫と申す」
「本日より戦……」
久世が小声で。
「競技だ」
「……競技に参加させていただく」
メンバーたちは一瞬静止。
「……めっちゃ礼儀正しい」
「なんか時代劇の人?」
「コスプレ?」
恒一は苦笑い。
「まぁそんな感じ」
久世が腕を組む。
「速さを見せろ」
朔姫はうなずき、軽く構える。
「どこまで走ればいい」
「とりあえず一塁まで!」
スタートの合図もなく。
――消える。
次の瞬間。
土煙と共に一塁を踏んでいた。
「……は?」
全員の口が開いたまま止まる。
「今……瞬間移動した?」
「いや走った」
「見えなかっただけだ」
久世が冷静に補足する。
「戦場基準では遅い」
「基準狂ってる!」
朔姫は首をかしげる。
「問題があるか?」
「ありすぎる!!」
だが、空気は一気に変わった。
ざわざわ。
「え、これ全国狙えるだろ」
「怪物きたぞ久遠クラブ」
恒一は小さく呟く。
「……日常、終わったな」
久世は満足そうにうなずく。
「これで戦力は整い始めた」
朔姫はグラウンドを見渡す。
「ここで勝てばよいのだな」
「勝つ」
「それだけでいい」
その目は、
戦場に立つ将のままだった。
夕方。
練習が終わり、グラウンドに静けさが戻る。
メンバーたちは帰り支度をしている。
だが――
アキトだけは残っていた。
ベンチの影。
久世と朔姫を、じっと見ている。
久世が言う。
「動きが甘い」
「もう一歩、内側を取れ」
朔姫が即座に修正する。
「了解」
次の瞬間、守備位置が完璧に変わる。
無駄がない。
迷いがない。
アキトの目が細くなる。
(……スポーツの動きじゃない)
(戦場の布陣だ)
久世がふと空を見る。
「風向きが変わった」
「次の球、流れる」
――本当に流れる。
アキトの確信が積み上がっていく。
(偶然じゃない)
(経験値が違う)
(これは……現代人じゃない)
帰り道。
恒一がバッグを持って歩いていると――
アキトが横に並ぶ。
「なあ久世」
久世が振り向く。
「何だ」
アキトは静かに言った。
「戦、何回経験した?」
空気が止まる。
恒一の顔が引きつる。
「アキトそれ野球の話だろ!?」
久世は目を細める。
「数えきれん」
完全アウト。
アキトは確信した。
「やっぱりな」
そして、朔姫を見る。
「君もだろ」
「兵を率いたことある目だ」
朔姫は一瞬黙り、静かに答える。
「……ある」
恒一が頭を抱える。
「隠す気なさすぎだろ!!」
アキトは低く笑う。
「やっぱり人間じゃない」
「でも敵じゃない」
「――武将だ」
沈黙。
久世が初めてアキトを真正面から見る。
「よく見抜いたな」
アキトは肩をすくめる。
「野球を戦争みたいに使う人間は普通いない」
「動きも判断も“生き残るためのもの”だ」
久世は少しだけ笑った。
「才がある」
朔姫も小さくうなずく。
「戦場なら将になれた」
アキトは苦笑。
「現代でよかったよ」
そして真剣な目になる。
「で?」
「何が起きてるんだ」
恒一は観念した。
「……魂が来てる」
「戦国から」
アキトは一拍置いて。
「やっぱりな」
(受け入れ早すぎ)
久世が言う。
「お前には協力してもらう」
アキトは即答。
「当然だろ」
「こんな戦、見逃すわけない」
こうして――
最初の理解者が生まれた。
その日の夜。
恒一の家。
アキトはまだ冷静だった。
「戦国の魂が来てるってのは分かった」
「まあ……世界には説明つかないこともあるしな」
恒一はホッとする。
「意外と落ち着いてるじゃん」
「理屈としてはな」
玄関のドアが開く。
久世と朔姫が入ってくる。
「ただいま戻った」
「戻ったぞ」
その瞬間。
アキトの脳が、現実を処理しきれなくなった。
(……武将が普通に帰宅してきた)
(戦国の将がスニーカー履いてる)
(しかも家の廊下歩いてる)
久世が靴を揃える。
きっちり。
朔姫が冷蔵庫を覗く。
「この箱は何だ」
「氷だ」
「凍っている……便利すぎる」
アキトの顔が引きつる。
「…………無理」
恒一「え?」
「今の光景が一番無理」
久世が首をかしげる。
「何がだ」
アキトが指さす。
「戦国武将が冷蔵庫に感動してるのが無理なんだよ!」
朔姫は真顔。
「革命だと思う」
「氷を兵糧に使える」
「使うな!」
久世も感心する。
「夏の戦が楽になるな」
アキトが頭を抱える。
「いやそういう問題じゃなくて!」
「俺、さっきまで“理解した気”でいたけど」
「こうやって日常に溶け込まれると耐えられない!」
恒一は苦笑。
「わかる」
久世は少し考えて言う。
「慣れろ」
「簡単に言うな!!」
朔姫がぽつり。
「戦場の方がよほど自然だ」
「こっちが異常なのかよ!」
アキトはソファに崩れ落ちる。
「頭では納得してたけど……」
「実物が生活してるのは別ジャンルだわ……」
久世は真剣にうなずく。
「現代人は適応力が低いな」
「お前らが高すぎるんだよ!」
恒一は笑いながら思う。
(理解者増えたけど、
日常の破壊力も増してるな……)
アキトは天井を見つめながら呟く。
「……これ、絶対普通の野球漫画じゃなくなる」
恒一「最初からなってない」
久世は静かに言った。
「だが勝てる」
アキトは即答。
「それは間違いない」
こうして――
理解者は増えたが、常識はさらに壊れた。
休日。
恒一、アキト、久世、朔姫の四人で街へ出ていた。
人通りの多い交差点。
車が行き交い、信号が点滅している。
朔姫は不思議そうに空を見上げた。
「……あの光は何だ」
恒一が答える。
「信号」
「赤は止まれ、青は進め」
朔姫は一瞬考え――
「なるほど!」
次の瞬間。
赤信号で全力ダッシュ。
「ちょっ!!朔姫!!」
恒一が慌てて飛び出す。
アキト「待て待て待て!!」
ブオオオッ!!
クラクション。
突っ込んでくる車。
「恒一!!」
その瞬間。
久世が一歩踏み出した。
片手を前に出す。
――ドンッ。
車が止まった。
エンジン音だけが虚しく唸る。
久世の手のひらで、
車のボンネットがへこんでいる。
運転手「……は?」
通行人「……え?」
世界が静止した。
恒一は地面にへたり込む。
「……く……車止めた……」
アキトは口を押さえる。
「いやもう人間やめてるだろそれ!!」
朔姫が戻ってくる。
「敵の鉄の馬、遅いな」
「遅いとかじゃない!!」
恒一が叫ぶ。
「信号は戦の合図じゃないんだよ!!」
朔姫は首をかしげる。
「だが赤く光った」
「進めの印ではないのか?」
「真逆!!命の危険!!」
久世は車をそっと押し戻しながら言う。
「現代の戦は複雑だな」
アキトが震え声。
「複雑とかいうレベルじゃねぇよ……」
運転手がようやく我に返る。
「だ、大丈夫ですか!?」
久世は静かに頭を下げる。
「問題ない」
(問題ありすぎ)
信号が青になる。
恒一が指差す。
「これが進め!!」
朔姫の目が輝く。
「なるほど!」
「もう走るな!!」
アキトは深くため息をついた。
「戦国勢と現代インフラの相性、最悪だな……」
久世は真面目に言う。
「だが学べば適応できる」
朔姫もうなずく。
「次は間違えん」
恒一は心の底から思った。
(次があるのが怖ぇよ……)
だが同時に――
この四人の時間が少し楽しくなってきているのも事実だった。
戦国の将と現代の街。
危険だらけだが、どこか温かい。
信号事件をなんとか切り抜けた四人は、
そのままイオンモールへ向かった。
自動ドアが開く。
「……城か?」
久世が真顔で呟く。
「城じゃない、ショッピングモール」
「民の補給拠点だ」
「現代の兵站基地だな」
(全部戦に変換するな)
中へ入った瞬間。
空気が変わった。
ざわ……。
ざわざわ……。
視線が集まる。
理由は明白だった。
久世と朔姫が異様にスタイル良すぎる。
背が高く、姿勢が完璧。
無駄のない身体。
歩くだけで絵になる。
「え、モデル?」
「撮影じゃない?」
「ドラマ?」
スマホを向けられ始める。
朔姫が小声で。
「……囲まれているが」
「敵か?」
「違う違う違う!」
久世は周囲を見回す。
「偵察が多いな」
「一般人だよ!」
アキトがヒソヒソ。
「やばいってこれ」
「オーラが一般人じゃねぇ」
そこへ女子高生が恐る恐る近づく。
「すみません……撮影ですか?」
恒一が即答。
「ち、違います!親戚です!」
(親戚万能説)
「えー絶対芸能人でしょ!」
「スタイル良すぎ!」
朔姫が真面目に答える。
「我らは将だ」
「……役者さんですか?」
「将だ」
(通じねぇ)
久世が落ち着いた声で。
「買い物に来ただけだ」
逆に貫禄ありすぎて信じられる。
「やっぱ撮影だよ!」
「マネージャーさんどこ!?」
恒一が頭を抱える。
「普通に歩けねぇ……」
アキトは苦笑。
「戦国オーラ消せって無理だろこれ」
朔姫がぽつり。
「この城、人が多すぎる」
「戦場より緊張する」
久世は真剣。
「包囲網だな」
「やめろ表現が物騒!」
結局、四人は早足でフードコートへ避難。
ようやく一息。
「……現代で一番危険なのショッピングモール説あるな」
久世は納得してうなずく。
「民の集中率が高い」
朔姫も同意。
「奇襲に向かぬ場所だ」
「奇襲前提で考えるな!」
だが四人は笑っていた。
戦国の将と現代の街。
トラブルだらけだが、
どこか楽しい時間。
そして恒一は思う。
(この人たちが普通に生きようとするだけで事件になる……)
イオンモール二階。
若者向けファッション店。
「ちょっと寄ってくか」
恒一の一言で入ったのが運の尽きだった。
ラックに並ぶ服。
鏡だらけの店内。
朔姫は目を輝かせる。
「布が軽い……!」
「しかも動きやすそうだ」
「戦装束より合理的だな」
(比較対象が甲冑)
店員が近づく。
「よかったら試着どうぞ〜」
朔姫は素直に頷く。
「着てみる」
数分後。
カーテンが開く。
――静寂。
全員、言葉を失う。
スポーティーなセットアップ。
脚のラインが完璧。
姿勢の良さでモデルそのもの。
「……え?」
「ちょっと待って」
「レベル違くない?」
店内がざわつく。
スマホが向く。
「この人誰!?」
「モデル連れてきた?」
恒一が震える。
「また始まった……」
久世は腕を組み、満足そう。
「似合う」
朔姫はくるっと回る。
「軽い!」
「これなら全力で走れる!」
「走る前提で服選ぶな!」
次の試着。
カジュアルワンピース。
再び沈黙。
「え、映画のワンシーン?」
「雑誌かと思った」
通りすがりの客まで足を止める。
次。
デニムスタイル。
次。
ジャケットコーデ。
全部似合う。
無双。
店員が興奮気味。
「す、すみません……」
「うちのSNS用に写真撮らせてもらっていいですか!?」
恒一「ダメです!!」
即答。
朔姫は首をかしげる。
「戦果記録ではないのか?」
「宣伝だから!!」
久世は冷静。
「影響力は武器だ」
「利用するな!」
周囲の客たち。
「絶対有名人でしょ」
「スカウト来そう」
アキトがボソッと。
「もう野球より先に芸能界行きそうだな」
朔姫は鏡を見て満足そう。
「現代の装束、悪くない」
久世がうなずく。
「戦いやすい」
「だから戦うな!」
結局、店は軽いパニック。
四人は袋を抱えて逃げるように退店。
恒一は息切れ。
「服買いに来ただけなのに事件になるな……」
朔姫は楽しそうに笑う。
「面白い時代だ」
久世も静かに言う。
「戦わずして制圧できる場所もある」
アキト「やめろその表現」
だが全員、少し笑っていた。
戦国の将が現代に溶け込む――
その破壊力は、想像以上だった。
次に四人が向かったのは――ゲームセンター。
派手な音。
光る筐体。
人だかり。
「なんだあれ」
久世が指さす先には、
巨大なパンチングマシン。
その前で司会が叫んでいる。
「本日の最高記録更新者には――」
「賞金100万円!!」
観客がざわつく。
「やば!」
「マジで出るの!?」
「プロ格闘家も来てるぞ!」
朔姫が目を細める。
「力比べか」
久世は興味深そう。
「戦場の訓練に近いな」
(また戦場)
屈強な男が殴る。
――ドン!!
表示:842
歓声。
「すげぇ!」
「今日のトップだ!」
恒一が小声で。
「くぜ……やめとけ」
「壊れる」
久世は静かに言う。
「加減すればよい」
(加減の概念信用できねぇ)
朔姫が腕を組む。
「父上、やってみよ」
「民の武を測る良い機会だ」
「測るな!」
久世はゆっくり前へ出る。
周囲がざわつく。
「でかっ……」
「モデルか?」
「いや格闘家だろ」
久世は拳を軽く握る。
「……抑える」
恒一とアキト同時に。
「本当に抑えろよ!!」
久世が構える。
静寂。
――ドン。
軽く打った。
……はずだった。
次の瞬間。
バゴォォン!!!!
マシンが後ろにズレる。
床がきしむ。
表示が一瞬バグって――
9999
沈黙。
「……え?」
「え???」
司会がフリーズ。
観客が悲鳴混じりに騒ぐ。
「壊れた!?」
「いや記録カンストしてる!!」
「人間じゃねぇ!!」
恒一が頭を抱える。
「だから言ったぁぁぁ!!」
久世は首をかしげる。
「抑えたのだが」
「それでこれかよ!!」
朔姫は感心。
「流石父上」
「褒めるな!」
係員が慌てて駆け寄る。
「え、えっと……」
「機械が測定不能なので……」
「えー……優勝です……」
場内爆発。
拍手と悲鳴。
「伝説だろ!」
「化け物現れた!」
「100万持ってかれたぞ!」
久世は淡々と。
「賞金とは何だ」
恒一「現金だよ現金!!」
アキトが呆然。
「野球より先に人生無双してるだろこれ……」
朔姫が小声。
「父上、現代でも最強だな」
久世は静かにうなずく。
「どの時代も変わらぬ」
恒一「変わってほしかったよ!!」
こうして――
ゲームセンターに鬼の伝説が生まれた。
パンチングマシンの騒動が収まったあと。
係員が封筒を差し出す。
「こちら……賞金の百万円です」
恒一が目を見開く。
「ほ、本当に出た……」
久世は封筒を見て首をかしげる。
「紙だな」
「中に価値が詰まってるんだよ!!」
久世はそのまま恒一へ差し出した。
「持て」
「……え?」
「お前が使え」
「俺には不要だ」
アキト「さらっと言う額じゃねぇ!!」
朔姫も頷く。
「父上は戦場で金を気にしたことがない」
「略奪じゃなく支配型だからな」
恒一は震える。
「いやいやいや!!」
「人生変わる額だから!!」
久世は真顔。
「必要な物は力で取る」
「だから要らん」
(戦国基準怖ぇ)
そして四人は次のコーナーへ。
――クレーンゲーム。
ぬいぐるみだらけ。
朔姫が目を輝かせる。
「なんだこの兵糧」
「兵糧じゃない!」
久世が興味深そうに操作を見る。
「掴んで運ぶ……兵站技術か」
「ゲームだからな」
久世が挑戦。
クレーンがゆっくり動く。
ガシッ。
……落ちる。
「?」
もう一度。
ガシッ。
……落ちる。
久世の眉がピクッ。
「……弱い」
恒一「仕様だよ仕様!!」
さらに挑戦。
全部落ちる。
朔姫「父上、掴みが甘い」
久世「掴んでいる!」
アキト「それが落ちるんだよ!」
五回目。
また落ちる。
久世のこめかみに青筋。
「……敵か?」
「敵じゃない!!」
久世がついに声を荒げる。
「なぜ取れぬ!!」
周囲が静まり返る。
「戦場ならもう奪っている!!」
「ここ戦場じゃねぇ!!」
朔姫が小声。
「父上、殴れば取れるのでは」
「壊れるからやめろ!!」
久世は腕を震わせる。
「……理不尽だ」
恒一は苦笑い。
「現代の戦の方が難しいだろ?」
久世は悔しそうに睨む。
「力が通じぬ……」
アキトが吹き出す。
「戦国最強、クレーンゲームに敗北!」
久世「笑うな!!」
その迫力に再び静まる。
だが全員、少し楽しかった。
最強でも勝てないものがある。
それが――
現代の理不尽ゲーム。
クレーンゲームの前。
久世はまだ腕を組んで唸っていた。
「……理不尽だ」
「掴んでいるのに落ちるとは」
恒一が苦笑。
「それがクレーンゲームだよ」
朔姫が一歩前に出る。
「貸せ」
久世「?」
アキト「え?」
朔姫はレバーを握る。
目が鋭くなる。
「動きが遅い」
「ならば予測する」
カチ、カチ。
位置調整。
ピタッ。
止める。
恒一「いや完璧すぎだろ」
アームが降りる。
ガシッ。
――離さない。
そのまま運ばれる。
ポトン。
一発成功。
周囲がざわっとなる。
「え!?」
「一回で!?」
「プロじゃん!」
朔姫は涼しい顔でぬいぐるみを取る。
「簡単だ」
久世「……」
固まる。
恒一「……くぜ?」
アキト「……フリーズしてるぞ」
久世がゆっくり口を開く。
「……なぜだ」
「俺は力で勝てなかった」
「お前は一瞬で勝った」
朔姫は当然のように言う。
「父上は“押す”」
「私は“読む”」
「動きの先を取るだけだ」
久世、完全敗北。
「……戦場と同じだな」
「速さと判断……」
「力だけでは勝てぬ場面がある……」
恒一が笑う。
「現代のゲームで成長すんなよ」
アキトも吹き出す。
「クレーンゲームが人生の教訓になってるぞ」
朔姫はぬいぐるみを差し出す。
「父上にやる」
久世「……いいのか」
「戦利品だからな」
久世はぎこちなく受け取る。
「……ありがとう」
(レアな素直)
恒一が小声。
「今のくぜ、普通のお父さんだな」
久世が睨む。
「聞こえている」
だが、ぬいぐるみは離さなかった。
アキトがニヤニヤ。
「戦国最強、クレーンで敗北」
「歴史的瞬間だな」
久世「語り継ぐな」
その姿は、
最強の武将ではなく――
ちょっと不器用な父親だった。
夕焼けの帰り道。
イオンモールの喧騒が遠ざかり、車の音だけが残る。
久世は片手にぬいぐるみを持ったまま歩いていた。
恒一が少し後ろを歩く。
アキトはコンビニに寄ると言って先に別れた。
しばらく無言。
朔姫がぽつりと言う。
「父上」
「現代は平和だな」
久世「……ああ」
「戦場の匂いがせぬ」
風が吹く。
ぬいぐるみの耳が揺れた。
朔姫は視線を落とす。
「さっきの遊戯」
「力よりも読むことが大事だった」
「戦でも同じだったな」
久世は小さく頷く。
「お前は昔から先を見る」
「だから速く、強かった」
少し間が空く。
朔姫が言いかける。
「父上の体は……」
その瞬間。
久世の手が伸びて、
朔姫の口をそっと塞いだ。
ぴたり。
朔姫の目が見開く。
久世は静かに首を振る。
「言うな」
低く、だが優しい声。
「過去の傷は」
「お前が背負うものではない」
朔姫は驚いたまま動けない。
久世は手を離す。
「失ったものは多い」
「だが、それで守れたものもある」
「それで十分だ」
夕焼けが二人を赤く染める。
朔姫は拳を握る。
「……私は」
「父上の戦を無駄にしない」
久世は少し笑った。
「それでよい」
「生きて笑って走れ」
「それがお前の戦だ」
恒一が後ろから小声。
「なんか……いい親子だな」
久世が振り向く。
「聞いていたのか」
「聞こえる声量で喋ってた」
久世「……」
朔姫がクスッと笑う。
「父上、現代では隠し事は難しいぞ」
久世「厄介な時代だ」
だがその表情は穏やかだった。
戦国の鬼将ではなく。
ただの――父だった。




