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久世家戦記・現  作者:
宇宙編
18/20

第七部 踊れ、銀河!希望のリズムで

 灰色の星の沈黙の中で、子供は装置――いや、心臓のように脈打つそれへ駆け寄り、両手で必死に叩き始めた。

「起きて……起きてよ……!」 

声は小さく震えていたが、その奥には焦りがあった。 


光が一瞬だけ走る。

だが目覚める気配はない。


その瞬間、久世の幻影が子供の前に立ちはだかった。

「やめろ」

低く、静かな声だった。


子供は振り返る。

「でも……久世はここにいるんでしょ? 早く起こさなきゃ……!」


幻影は首を横に振る。

「無理に起こせば壊れる。

あいつはもう“存在”そのものが不安定なんだ」


幻影の視線は、ゆっくりとかやへ向けられる。

「決めるのは君だ」


かやの胸が強く脈打つ。


「久世はもう輪廻でも創生でもない。

今は“選択されなければ消える存在”だ」

幻影の声は震えていなかった。


だが、どこか必死だった。

「このまま眠らせれば安らぎはある。

だが目覚めさせれば、再び戦いと喪失が待つ」

静寂が墓標の星を包む。

「早く決めてくれ」


幻影はかやを真っ直ぐ見つめる。


「久世は……君の選択で生きるか、終わる」


子供は唇を噛みしめる。

かやの手は震えたまま動かない。

無数の墓標の間で、宇宙の未来が一人の決断に委ねられていた。


 

 墓標の星に、風も音もないはずなのに――

何かが動く気配がした。

かやの背後で、ひとつ、またひとつと光が揺れる。

振り返ると、そこには久世の幻影たちがいた。


若い姿の久世。

傷を負った久世。

笑っている久世。

絶望の中で膝をつく久世。

誰かを守るように立ちはだかる久世。


数えきれないほどの“久世”が、墓標の間から歩いてくる。


足音はない。

だが確かに近づいてくる。

その表情は、どれも同じではなかった。


何かを願うように手を伸ばす者。

優しく微笑む者。

不安そうに眉をひそめる者。

涙を流している者。

静かに首を振る者。


お願いしているのか。

笑って送り出しているのか。

止めたいのか。

救ってほしいのか。

かやにはもう区別がつかなかった。


ただひとつ分かるのは――

そのすべてが久世であり、久世の人生そのものだということ。

幻影たちは声を発しない。

だが無言のまま、かやに想いを押し付けてくる。


生きたい。

終わりたい。

守りたい。

休みたい。

愛したい。


無数の感情が重なって、胸が張り裂けそうになる。

子供は震えながらかやの袖を握った。


幻影の久世は静かに言う。

「これが……あいつが生きてきたすべてだ」


墓標の星は、久世の歴史で埋め尽くされていた。

選ぶのは、たったひとつ。

だが背後には、無限の人生が立っている。



 無数の幻影が立ち並ぶ中で――

ひとつだけ、ゆっくりと前へ出てくる影があった。

他の幻影とは違った。


甲冑もない。

宇宙の光もまとっていない。

ただ、粗末な衣と刀を腰に差した姿。

戦国の時代を生きた久世だった。


泥にまみれ、血と汗をくぐり抜けてきた男。

かやと出会い、村で生きることを選んだ久世。


その幻影は一言も発さない。

ただ、まっすぐにかやの前まで歩いてくる。

一歩。

また一歩。


墓標の間を抜け、かやの目の前で立ち止まる。


その目には怒りも悲しみもなかった。

あるのは、あの日と同じ――静かな優しさだけ。


かやの手が震える。


幻影はゆっくりと膝をつき、目線を合わせる。

そして、そっと手を伸ばす。

触れてはいないのに、温もりだけが伝わった。


――帰ろう。


声はない。

だが、確かにそう言われた気がした。

戦場でも神域でもない。

星々でもなく墓標でもない。

かやと共に生きた、あの場所へ。


他の幻影たちは動かない。

ただ静かに見守っている。

選択を委ねるように。

戦国の久世だけが、かやに答えを求めていた。  


 かやは震える手で、その幻影の手を握った。

冷たいはずなのに、確かな温もりがあった。


かやの喉が詰まる。

「……帰ろう」

小さな声だった。


けれど宇宙に響くほど強かった。


「戦う場所じゃなくて

墓標の星でもなくて

私たちのところに……帰ろう」


戦国の久世の幻影は、ゆっくりと目を細めた。

まるで、やっと許されたように。

その瞬間――

心臓のような装置が大きく脈打つ。


ドクン。

ドクン。

ドクン。


銀色の光が墓標の星を包み込み、幻影たちが次々と光へ溶けていく。

悲しみも願いも後悔も、すべて吸い込まれていく。

最後に残ったのは、戦国の久世の幻影だけだった。

彼はかやを見つめ、静かに頷く。


そして光の中へ消えた。

――次の瞬間。

装置が裂けるように開き、眩い閃光が走る。

風が巻き起こり、墓標が震える。


子供が叫ぶ。

「来る……!!」


光の中心から、ゆっくりと人影が現れる。

幻影ではない。

透けてもいない。

確かな質量を持った存在。


傷も欠損もない――完全な姿。


そこに立っていたのは、

本物の久世だった。


銀河の光を背に、静かに息をする男。

久世はゆっくりと目を開き、最初に見たのはかやだった。

一瞬きょとんとした顔をしてから、いつものように穏やかに笑う。


「……なんだ、こんなところまで迎えに来たのか」


かやの涙が一気に溢れる。

久世は困ったように頭をかく。

「帰ろうって言っただろ」


その一言で、宇宙の長い戦いは終わった。

墓標の星は、もう過去になった。

久世は生きていた。


使命ではなく、

神でもなく、

戦いの象徴でもなく、

かやの隣に帰る存在として。



 久世が胸に手を当てた瞬間、強く息を吸い込んだ。

その瞳に銀河の光が走る。


次の瞬間――

彼の中で、すべてが戻った。


戦国で生きた日々。

かやと過ごした静かな時間。

神と戦った記憶。

転生を繰り返した無数の人生。

墓標の星で見た絶望。

アークとの友情と裏切り。

セラ=エーテリアの最期。


楽しかったことも。

愛したことも。

失ったことも。

殺されたことも。

守れなかったことも。


久世の表情が揺れる。

笑い、歯を食いしばり、震え、涙をこぼす。

それでも最後には――静かに立つ。

「……全部、思い出した」


かやは何も言わず、ただそばに立った。


久世は空を見上げる。

「俺は最初から“人間”だったわけじゃない」


銀河の彼方を指差す。

「この宇宙が生まれた時、最初に生まれた意志のひとつだった」


創生の衝動。

生命を守るために生まれた存在。

それが――久世。

「星々が争わないように

命が奪われないように

宇宙が壊れないように」

「守るための存在だった」


だが人々は争った。

星は滅び、文明は滅び、神さえ生まれた。

「俺は止められなかった」


久世の声が低くなる。

「何度も失敗して、何度も死んで

やり直すために輪廻へ入った」

「転生するたびに記憶を失い

ただ“守りたい”という感情だけが残った」


それが戦国の久世だった。

それが恒一だった。

それが今の久世だった。


「アークも同じ創生存在だった」

「だがネメシスに利用され、壊され、偽りの存在にされた」


久世は拳を握る。

「セラは……俺たちの世界そのものを象徴する存在だった」

「彼女が殺されたことで、この宇宙は完全に歪んだ」


静寂。


「俺が目覚めたのは復讐のためじゃない」

久世はかやを見る。

「帰る場所があったからだ」

「守る理由が“宇宙”じゃなく

“人”になったからだ」 


それが創生の守護者を超えた瞬間だった。

「だから俺はもう神じゃない」

「人として生きる」


かやの手を強く握る。

「戦う時は戦う

守る時は守る

だが最後に帰るのは――ここだ」


銀河が静かに輝いた。

創生は終わり、人生が始まった。

  


 宇宙船のエンジンが低く唸り始める。

ジンが操縦席で振り返った。

「次の星へ向かう。準備はいいか?」

かやたちはうなずく。


だが――

一人だけ動かない存在がいた。

あの子供だった。


久世はゆっくり近づく。

「……来ないのか」


子供は首を振る。

小さく、でもはっきりと。

「僕はここに残る」


かやが驚く。

「どうして!? 一緒に行こうよ!」


子供は微笑った。

その笑顔は、どこまでも久世と同じだった。

「だって僕は――旅をする存在じゃないから」


静寂。


久世の胸がざわつく。

子供は胸に手を当てる。

「僕は“久世になる意志”そのもの」

「守りたいと思った最初の衝動」

「生きようと決めた最初の願い」

「転生を選んだ理由」

「全部の始まり」


かやたちの息が止まる。


「君が何度生まれ変わっても

心の奥で消えなかった感情」

「それが僕だよ」


子供は墓標の星を振り返る。


「ここには悲しみも絶望もある」

「でも同時に、久世が生きた証が全部残ってる」

「僕はそれを見守る役目なんだ」


久世の目が潤む。

「……俺の始まりが、こんな小さな姿だったなんてな」

子供は笑った。

「でも強かったでしょ?」

「何度壊れても、何度死んでも

“守りたい”って消えなかった」


久世は膝をつき、子供の肩に手を置く。

「ありがとう」

「俺をここまで連れてきてくれて」


子供は首を振る。

「連れてきたのは“かや”だよ」

「愛を知ったから、君は創生を超えられた」


かやの目から涙が落ちる。

子供は一歩下がる。

「さあ、行って」

「宇宙はまだ壊れてる」

「でも君ならもう守れる」

「神としてじゃなく――人として」


宇宙船の扉が閉まり始める。

最後に子供が言う。

「久世」

「生きて」

「それが僕の願い」


光に包まれて、宇宙船は離陸する。

墓標の星に残った小さな影は

静かに空を見上げていた。

それは――

この宇宙で最初に生まれた“希望”だった。

 


 宇宙船はワープを抜け、静かな星域へ入った。

星々は流れるように遠ざかり、窓の外には深い藍色の宇宙だけが広がっている。

久世は一人、部屋の窓辺に立ったまま動かなかった。

誰も声をかけない。


かやも、朔姫も、凛も――

ただ遠くから見守っているだけだった。

窓に映るのは無数の星。

そして、あの墓標の星で見送った“小さな背中”。


久世の拳がゆっくり握られる。

「……俺は、あいつだったんだな」


生きたいと思った意志。

守りたいと願った衝動。

諦めなかった心。

それが何度も生まれ変わって――今の久世になった。

「全部……背負って生きてきたつもりだったが」

「本当は、ずっと支えられてたんだな」


ガラスに額を預ける。

冷たい感触が現実を伝える。

「置いてきたのは墓じゃない」

「希望そのものだ」


その言葉は震えていた。

かやがそっと近づく。

背後から、何も言わず久世の背に額を預ける。

ぬくもりだけが伝わる。


久世の肩がわずかに揺れた。

「……なぁ、かや」

「俺はもう逃げない」

「転生のせいにも、運命のせいにも、創生のせいにも」

「これからは“今の俺”として生きる」


かやは小さくうなずく。

「それでいいんだよ」

「久世は久世だもん」


沈黙。


宇宙の静けさが二人を包む。

やがて久世が微かに笑った。

「次の星でさ」

「またバカな事件起こそうぜ」

「泣いてばっかじゃ、あいつに怒られる」


かやも涙を拭って笑う。

「絶対起こすでしょ、あなた」


窓の外で、一つの流れ星が走った。

まるで――

意志が見送った合図のように。


久世は静かに呟く。

「行こう」

「未来へ」

 


 ワープを抜けた瞬間、宇宙船が微かに揺れた。

次の瞬間――


外から聞こえてきた。

ズン、ズン、ズン……

鼓動みたいな低音と、跳ねる旋律。


「……うるさっ」

夜叉が顔をしかめた瞬間、

船の窓いっぱいに広がる光の海。


無数の街が宙に浮かび、ビルも道路もリズムに合わせて発光している。

空には音符のようなホログラムが舞い、星そのものが踊っていた。


ジンが誇らしげに言う。

「ここはダンスの星・ルミナリア!

この星の民は、生きること=踊ることなんだ!」


着陸と同時に――

ドンッ!!と音楽が体を殴る。

重低音が骨に響き、空気が震える。


次の瞬間、住民たちが一斉に踊り出した。

子どもも大人も、空中を跳ねる者までいる。


朔姫が目を輝かせる。

「なにここ!?戦場よりカオスなんだけど!」


難波はリズムに合わせて無意識に肩を揺らし、

「……身体が勝手に動く」


夜叉まで足先で拍を取っていた。

かやが久世を見る。

久世は――固まっていた。

「……この星、敵いないのに攻撃力高すぎだろ」


その瞬間。

地元ダンサー集団が囲んでくる。


「新顔だァァァ!!!」

「踊れ踊れ踊れーーー!!」


強制参加。

音楽爆音。

久世、かや、朔姫、凛、全員中央へ放り込まれる。

最初は戸惑っていた久世だったが――


次の瞬間。

戦場で鍛えた身体能力がバグる。

ステップが速すぎる。

回転が鋭すぎる。


跳躍が人間じゃない。

観衆ドン引きからの大歓声。

「なんだあいつ!?ダンスの戦神か!?」


朔姫はスピード系ダンスで残像を作り、

凛はリズム感チートで完璧に合わせ、

かやは自然に身体が音に溶け込んでいく。


そして久世。

一瞬でこの星の“リズムの核”を掴む。


ドンッ……!


足を踏み鳴らしただけで音楽が変調。

星全体の光が久世の動きに同期する。


ジンが叫ぶ。

「え、待って!?この星の中枢テンポ支配してる!?」


住民たち全員が同じリズムで踊り始める。

久世が苦笑。

「……俺また星乗っ取ってない?」


かや爆笑。

「やってるやってる!」


 重低音が街を揺らし続ける中――

一番最初に“覚醒”したのは、まさかの華陽だった。

「……なるほど」


そう呟いた瞬間、身体がふっと軽くなる。

次の瞬間にはもう、音に完璧に乗っていた。

滑るようなステップ。

無駄のない回転。

指先まで計算されたような美しい動き。

まるでこの星で生まれ育ったかのような自然さ。


周囲のダンサーたちがどよめく。

「なんだあの人間!?貴族ダンサーか!?」

「動きが芸術だぞ!!」


華陽は軽く微笑んでさらに難易度を上げる。

宙返りしながら着地、そこから流れるようにターン。


朔姫が叫ぶ。

「ちょっと兄上なんでそんな上手いの!?」


華陽は涼しい顔。

「音楽は“流れ”だよ。戦も商売も同じ」


一方――

真逆の方向で大暴れしていたのが風夏。

「うおおおおおお!!楽しいいいいい!!」


力任せステップ。

床が割れる。

ジャンプ。

地面が揺れる。


だが不思議とリズムは完璧に合っている。

パワーとテンポだけで成立する怪物ダンス。


観衆、恐怖と歓声が入り混じる。

「床が耐えられないィ!!」

「だがカッコいい!!」


風夏は笑いながら回転し、周囲のダンサーをまとめて持ち上げてぐるぐる振り回す。

即席ダンスフォーメーション完成。


久世が頭抱える。

「おい待てこの星崩れるぞ!!」


かやは腹抱えて笑う。

「華陽は芸術、風夏は災害!」


凛が冷静に言う。

「でも二人とも一番楽しそうだね」


音楽はさらに激しくなり、星全体が光る。

墓標の星で凍っていた心が、ここで完全に溶けていく。


久世は空を見上げて小さく息を吐いた。

「……生きてるって感じがするな」


かやがそっと隣で笑う。

「うん。久世、今の顔いいよ」


 

 音楽が最高潮に達した瞬間だった。

光の粒子が空を流れ、都市全体が巨大なステージになる。


その中で――

空気が一瞬だけ“冷える”。

だが爆発も銃撃も起きない。

代わりに、完璧すぎるステップが割り込んできた。


カツン、カツン、とリズムを切り裂くような足音。

銀色の装甲をまとった男が、ダンサーの輪に自然に溶け込む。


動きは優雅。

だがどこか冷酷。


ジンが息を呑む。

「……あれはネメシス幹部だ」


朔姫が身構える。

「敵!?なら斬る!」


「待て」

久世が低く止める。


その幹部は微笑みながら回転し、軽やかに近づいてくる。

「ここはルミナリアの星」

低く響く声。

「この星で血を流すことは禁忌だ。

戦うなら――踊れ」 


指を鳴らすと、音楽がさらに加速する。

周囲のダンサーたちが一斉に下がり、巨大な円ができる。

即席の“決闘ステージ”。


幹部は流れるような動きで久世の前に立つ。

「ネメシス第七幹部、リオス。

ダンスで命を奪う者だ」


かやが久世の腕を掴む。

「久世……これ戦いだよ」


久世はゆっくり一歩踏み出す。

「上等だ。

文化で来るなら、文化で返す」


音が落ち、次のビートが爆発する。


華陽がニヤリ。

「これは……戦場だね」


風夏が拳を鳴らす。

「壊さないように踊るってのは難しそうだな!」


幹部リオスは笑う。

「踊りの遅れは、死だ」


次の瞬間――

ダンスバトルという名の宇宙決戦が始まった。


 低音が鳴った瞬間――

リオスの足が床を踏み抜いた。


ドン。


ただのステップじゃない。

踏み込んだ衝撃が光となって広がる。

床から円状のエネルギー波が何重にも走り、

観客の足元をかすめて爆ぜる。


「波状衝撃……!」


ジンが叫ぶ。

「ルミナリア流戦舞術リズム・クラッシュだ!」


リオスは笑いながら連続ステップ。

ドン、ドン、ドン――!


踏むたびに衝撃波が層になって押し寄せる。

まるで音楽そのものが津波になったかのよう。


朔姫が宙返りでかわす。

「これ全部避けろって無理でしょ!」


風夏は真正面から受け止めようとして吹き飛ばされる。

「ぐおおお!?重たい踊りだなこいつ!」


久世は一歩も動かず、足元に銀河エネルギーを走らせる。


波が迫る。

かやの瞳が光る。

「久世、左、次は二重波!」


久世はリズムに合わせて軽く足をずらす。

衝撃波がすれ違い、背後で爆散。


リオスの眉がわずかに動く。

「未来を見るか……面白い」


彼は回転しながら踏み込みを加速。

波はもはや壁。

逃げ場なしのリズムの檻。

観客が悲鳴を上げる。


だが久世は静かに息を吐いた。

「踊りが攻撃なら――」

一歩、音に合わせて踏み出す。

「こちらは“流れ”で返す」


久世の足元から銀色の波が逆流する。

リオスの波状衝撃と正面衝突。


空間が震え、音楽すら一瞬止まった。

リオスが目を見開く。

「……受け止めただと?」


久世は笑わない。

「まだ準備運動だ」


 

 リオスの波状衝撃が空間を満たした、その瞬間だった。


「久世、少し下がって」

静かな声。


次の瞬間――

華陽の身体が“別次元のリズム”に入る。


カカカカカッ!!


人間の可動域を超えた超高速関節運動。

肩、肘、腰、膝、足首が独立して動き、まるで精密機械。

光の残像が何重にも重なる。


「ロボットダンス……いや戦舞術か!」

ジンが息を呑む。


華陽は無表情のまま前進。

指先が弾けるたび、細いエネルギー刃が空間を切り裂く。


シュッ、シュシュシュッ!!


リオスの衝撃波の隙間を“縫う”ように通過し、無数の細撃が装甲を削る。

「なっ……細かすぎる攻撃!?」

リオスが後退する。


だが華陽は止まらない。

腰の回転から肘打ち。

足首の跳ねで空間を蹴る。

すべてがミリ単位の精密さ。

攻撃は派手じゃない。


だが――確実に削っていく。

リオスの肩装甲が割れる。

頬に光の傷が走る。

「踊りで…刃を刻むだと……」


華陽は淡々と言う。

「大振りは美しくない。

細部こそ、勝敗を決める」


さらに加速。

動きはもはや“見えない”。

連続衝撃がリオスの体内エネルギー循環を乱し始める。


かやが驚く。

「華陽……あんな戦い方できたんだ」


朔姫がニヤリ。

「兄上、芸術家モードだね」


 

 リオスの波状衝撃が空間を震わせる中、

華陽の高速ロボットダンスが無数の細撃を刻み込んでいく。


装甲がひび割れ、リオスが後退した瞬間――

風夏が静かに一歩前へ出た。

その所作は舞うように優雅。

だが、空気そのものが張り詰める。


「……華陽、十分ですわ」


低く澄んだ声。

次の瞬間、風夏の足先が床をなぞる。

ふわりとした回転。

それだけで、圧縮された衝撃波が弧を描いて飛ぶ。


ドォン――!


リオスの身体が宙に浮かぶ。

「な……柔らかな動きでこの威力……!」


風夏は微笑すら浮かべず、ただ淡々と舞う。

一歩ごとに空間が裂ける。

攻撃は荒々しくない。

だが一撃一撃が“重い”。


「力とは、制御してこそ美しいのです」


優雅なターンと同時に放たれる連続衝撃。

リオスは防御するたび装甲が砕けていく。


かやが小声で言う。

「風夏……怒らせたら一番怖いかも」


朔姫がうなずく。

「うん、静かな鬼だね」


久世は腕を組み、誇らしげに見ていた。

「昔からああだ。

優しいが、容赦はない」


リオスは膝をつく。

「踊りが……ここまで戦になるとは……」


風夏は最後に一歩踏み込み、そっと掌を向ける。

「これで終わりですわ」


静かな衝撃が爆ぜ、リオスは吹き飛んだ。



 床に膝をついたリオスが、ゆっくり立ち上がる。

口元に血のような光が滲むが――笑った。


「……美しい舞だ。だが」


彼は肩を回し、リズムを取り直す。

低音が落ちる。


ズン……ズン……ズン……


それまでの優雅な戦舞とは一変。

身体が地を這うように沈み、次の瞬間――

爆発的なヒップホップムーブ。


バンッ!!


腕が空を切るたび衝撃弾が乱射される。

ステップは雷のように速く、床を蹴るごとにエネルギー弾幕が生まれる。


「うわ……速っ!」

朔姫が目を見開く。


観客がどよめく。

「すげえええええ!!」

「リオス!リオス!」

歓声が波のように押し寄せる。


するとリオスの身体が光り始める。

「この星では――」


彼は回転しながら叫ぶ。

「観客の熱が、力になる!」


歓声が大きくなるほど、動きが加速。

攻撃密度が倍増していく。

久世の前に弾幕の嵐。


かやの未来視が追いつかない。

「早すぎる……数秒先が読めない!」


華陽が歯を噛む。

「観客のエネルギー増幅型か……厄介だ」


風夏が静かに構える。

「ならば――湧かせてはなりません」


リオスは笑いながらフロアを支配する。

「さぁもっと叫べ!

熱が俺を完成させる!」


観衆は興奮の渦。

星そのものが震える。

久世はゆっくり前へ。

「……力の借り方を間違えてるな」


銀河エネルギーが静かに広がる。

「人の熱は、支配するものじゃない。

共鳴するものだ」


音楽とエネルギーが久世に呼応し始める。

観客の歓声が、今度は久世の方へ流れ始める――

 

 

 荒れ狂うヒップホップのビートの中――

久世は静かにかやへ手を差し出した。


「かや」


騒音の中心で、優しい声だけが澄んでいた。

かやは一瞬驚いて、でもすぐ微笑む。

「うん」


その手を取った瞬間。

音楽が変わる。

激しいリズムが、ゆっくりとした三拍子へ。

星全体の光が柔らかく揺れる。


ワン、ツー、スリー。


久世とかやは滑るように回り始めた。

戦場だった床が、舞踏会のホールへ変わる。

足運びは静か。

だが一歩ごとに銀河エネルギーが波紋のように広がる。


リオスの弾幕が触れた瞬間、溶けるように消えていく。

観客の歓声が、次第に静まり――

代わりに息を呑む音が広がる。


「……綺麗」

誰かが呟いた。


かやの未来視が久世の動きと完全に重なる。

次の一歩も、次の回転も、すでに心で分かっている。

二人の間に言葉はいらなかった。


久世が囁く。

「信じてるか」


かやが答える。

「ずっと」


回転が加速。

だが優雅さは失われない。

その中心から光の渦が生まれ、観客の感情が“興奮”から“感動”へ変換されていく。


リオスが目を見開く。

「な……歓声が……奪われていく……!?」


人々は叫ばない。

ただ、見惚れる。

拍手が自然に湧き起こる。

その拍手は熱狂ではなく、純粋な共鳴。


リオスの身体の光が弱まっていく。

「観客の力が……静まっている……」


久世とかやの最後のターン。

ドレスの裾のように銀河光が舞う。

久世が一歩踏み込み、床にエネルギーを落とす。

静かな衝撃。

だが星全体に広がる調和の波。


リオスの増幅は完全に止まった。

久世は微笑む。

「力は騒がせて集めるものじゃない」


かやが続ける。

「心で繋がるものだよ」


リオスは膝をつく。

「……踊りで……負けた……」


観客は割れんばかりの拍手。

戦いは――

愛と調和のワルツで終わった。



 静寂に包まれたフロア。

久世とかやのワルツが終わり、

光の余韻だけが空に漂っていた。

誰も声を出せない。


その中心に――

凛がゆっくり歩み出る。

左右には夜叉と難波。

まるで三本の柱。


ジンが息を呑む。

「……あれは……ハカ」

「戦いの舞。魂を繋ぐ儀式だ」

低く重たいリズムが鳴り始める。


ドン……ドン……ドン……


凛が胸を叩き、地を踏み鳴らす。

夜叉と難波が同時に叫ぶような呼吸。


その瞬間――

観客の身体が勝手に動いた。


同じステップ。

同じ踏み込み。

同じ鼓動。


「な……なにこれ……身体が……」

「止まらない……でも気持ちいい……!」


凛の動きが“号令”となり、

夜叉と難波の動きが“力”となる。


何万人もの観客が完全同期。

星全体が巨大な心臓のように鼓動し始める。


リオスの目が恐怖で揺れる。

「共鳴レベルが……惑星規模……」


凛が叫ぶ。

「今だ!」


踏み込みと同時に――

共鳴エネルギーが津波のように前方へ放たれる。


音ではない。

魂の衝撃。

リオスの身体が一瞬で吹き飛ばされ、空へ消える。

爆発すら起きない。

ただ“押し流された”。


観客は一斉に息を吐き、静かに拍手する。

誰も混乱していない。

まるで最初からこの動きを知っていたかのように。


久世は小さく笑う。

「……これが人と人の力だ」


かやは目を潤ませる。

「一人じゃなくて、みんなで強くなる力」


ジンは震えていた。

「ネメシスが恐れる理由が……分かりました」


 

 吹き飛ばされたはずのリオスが、

崩れたステージの端で片膝をついていた。

装甲は割れ、光は消えかけている。

それでも――笑っていた。


「……完敗だ」


久世がゆっくり近づく。

「まだ立てるな」


リオスは首を振る。

「もう戦う理由がない」


観客はざわつく。

ネメシス幹部が、敗北を認めた――それ自体が異常だった。

リオスは胸の装甲を外す。

中にあったのは、ネメシス紋章ではなく――

宇宙空軍の徽章。


ジンが息を呑む。

「それは……!」


リオスは静かに言った。

「俺は宇宙空軍特殊潜入部隊《ルミナリア班》」

「ネメシスに幹部として潜り込み、

内部から崩すために……二十年踊り続けてきた」


朔姫が驚く。

「じゃあさっきの戦いも……」


「全部本気だ」

リオスは久世を見る。

「だが殺すためじゃない」

「“本物かどうか”を確かめるためだ」


風夏が静かに問いかける。

「なぜ踊りで?」


リオスは微笑む。

「この星の文化を汚したくなかった」

「血を流せばネメシスと同じになる」


沈黙が落ちる。


久世は腕を組み、深く頷いた。

「それで十分だ」


リオスは力尽きそうになりながら続ける。

「ネメシスは……」

「文化を恐れている」

「共鳴、絆、心が繋がる力」

「それが広がるほど、あいつらの支配は壊れる」


かやが小さく言う。

「だから星々を壊して回ってるんだ……」

「そうだ」


リオスは空を見上げる。

「お前たちは希望だ」

「久世、かや……そしてこの人々は」

最後に微笑む。

「宇宙は……まだ救える」


彼は静かに気を失った。

だがその表情は、安らかだった。



 リオスは医療ドローンに支えられながら、ゆっくり立ち上がった。


「君たちに会わせたい人がいる」

久世が目を細める。

「宇宙空軍の上層か」

「そうだ」


リオスは苦笑する。

「ただし……かなり厄介な方だ」


朔姫が腕を組む。

「厄介ってどのレベル?」

「直属の上司であり」

「英雄であり」

「そして――誰よりも疑り深い」


夜叉が低く言う。

「信用しないタイプか」


リオスは頷く。

「ネメシスの裏切りや偽装を何度も見てきた人だ」

「力だけじゃ納得しない」

「覚悟と“心”を見る」


かやが静かに尋ねる。

「それでも会えば、同盟は結べるの?」

「可能性は高い」

「ただし――」


リオスは久世を見る。

「試される」

「戦いだけじゃなく、人として」


久世は微笑んだ。

「望むところだ」


リオスは安堵したように息を吐く。

「なら案内する」

「銀河連合宇宙空軍・最高司令官」

「コードネーム――《アストラ・ヴァレン》」

「ネメシスと百年戦い続けてきた女だ」


風夏が目を細める。

「……只者ではありませんわね」


リオスは小さく笑う。

「会ったら分かる」

「たぶん、君たちの中で一番怖い」


だがその目には――

確かな希望が宿っていた。

「それでも彼女が認めれば」

「宇宙全軍が君たちの味方になる」



 巨大な宇宙要塞。

無数の戦艦が静かに浮かぶ中、

久世たちは宇宙空軍中枢へ案内されていた。

扉が開く。


そこに立っていたのは――

白銀の軍装に身を包んだ女性司令官。

背筋は真っ直ぐ、視線は鋭い。


「……ふん」

第一声がそれだった。

「ネメシス幹部ごときに勝ったからって調子に乗らないでちょうだい」

「あなた達が銀河を救えるなんて、笑わせないでよね!」


空気が一気に凍る。


リオスが小声で言う。

「ほら、これです」


朔姫が耳打ち。

「これツンの極みだね」


司令官は腕を組み、顔を背ける。

「べ、別に期待なんてしてないんだから!」

「ただ情報確認のために会ってあげただけ!」

「同盟とか考えてないし!」

全力ツンデレである。


だが背後の大型スクリーンには、

久世たちの戦闘データがびっしり表示されていた。

研究済みである。


風夏が静かに言う。

「……全部見てますわね」


「み、見てない!」

「たまたまよ!たまたまデータが目に入っただけ!」


その瞬間――

久世の視線が、司令官の隣の兵士に止まった。

黒い戦闘スーツ。

背は高く、静かな立ち姿。


「……ん?」

どこか懐かしい気配。

「どこかで会ったか?」


兵士はピクリと肩を震わせる。


司令官がすぐ割り込む。

「そ、それはただの私の護衛よ!」

「深い意味なんてない!」


だが久世の銀河感覚がざわつく。

(この魂の波長……)

(ネメシスでも空軍でもない……)

(知っている)


兵士は帽子を深く被り直す。

その仕草すら、見覚えがあった。


かやが小声で言う。

「久世……この人、ただ者じゃない」


リオスは目を伏せる。

「……その人が、司令官の切り札です」


司令官は顔を赤くして怒鳴る。

「べ、別に切り札なんかじゃない!」

「ただの部下よ!」


完全にバレバレだった。

久世は静かに確信する。

この兵士――

過去と深く繋がっている。

 


 司令室の空気が張りつめていた。

久世の視線が、隣の兵士から離れない。


「……お前」


その一言に、兵士の肩が震えた。

次の瞬間。

兵士は一歩踏み出し――久世の胸ぐらを掴んだ。

「ふざけるなよ……久世!!!」


衝撃が司令室に走る。

夜叉と難波が一瞬動こうとするが、久世が手で制した。


「俺は……」

兵士の声が震える。

「宇宙のど真ん中で!!」

「置いていかれたんだぞ!!!」


怒りと悔しさが混じった拳が久世の胸に叩きつけられる。

「どれだけ探したと思ってる!!」

「どれだけ死ぬ思いしたと思ってる!!!」


その拍子に――

帽子が床に落ちた。

露わになった顔。

その瞬間。


かやがぽつりと呟く。

「……あ」

朔姫も凛も夜叉も難波も、全員同時に思い出す。


宇宙ステーション。

ワープ発進。

最後まで残って手を振っていた一人。

「……そういえば」

「置いてきた人いた……」


久世の目が見開かれる。

「道明……?」


兵士は歯を食いしばったまま叫ぶ。

「今さら思い出すな!!!」

「お前らだけ銀河冒険して!!」

「俺は空軍に保護されて訓練地獄だ!!!」

「毎日死にかけながら宇宙守ってたんだぞ!!」


司令官が慌てて叫ぶ。

「ちょっと道明!!」

「ここは正式会談の場よ!!」

「殴らないで!!」


「殴ってない!!」

「これは魂の抗議だ!!!」


完全に修羅場である。

久世はしばらく沈黙したあと、深く頭を下げた。

「……すまん」

「言い訳もできん」

「本当に置いていった」


一瞬の静寂。

道明の拳が震える。

だが次の瞬間――

久世の胸に顔を押し付けた。

「……生きててよかったんだよ」

「それだけで……」

声がかすれる。


「それだけで許してやる……」


その様子を見て司令官は顔真っ赤。

「ちょ、ちょっと感動してる場合じゃないでしょ!」

「べ、別に羨ましくなんかないし!」

「本当よ!!」


風夏が小声で。

「司令官、完全に涙目ですわ」


「見てない!!」

ツンデレ司令官、即否定。


久世は道明の肩に手を置く。

「また一緒に戦えるか」


道明は鼻をすすりながら笑う。

「当たり前だろ」

「今度こそ置いてったら殴るからな」


夜叉が低く笑う。

「それなら安心だ」


難波もうなずく。

「ようやく全員そろったな」


 

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