第一部 新たな時代
神域覇戦が終わって、数年が経った。
世界は驚くほど普通に回っていた。
空は青く、ニュースは平和で、子どもたちは野球をしている。
まるで――
あの戦いが夢だったかのように。
久世たちは、日本の生活にすっかり溶け込んでいた。
久世は朝の散歩が日課になり、
近所の人に「強面だけど礼儀正しい人」として知られている。
スーパーの特売に並び、
テレビの天気予報に文句を言い、
かやと夕飯の献立で軽く揉める。
完全に一般家庭だった。
朔姫は陸上競技にスカウトされかけ、
「速すぎて計測不能」とニュースになりそうになって全力で止められる。
華陽は相変わらずビジネス界隈で暗躍(合法)。
難波はパーソナルトレーナーとして大人気。
久世はもう戦わない。
だが――
力は消えていない。
ただ“使う必要がない世界”になっただけ。
ある日の夕暮れ。
久世が川沿いを歩いていると、スマホが震えた。
見知らぬ番号。
一通のメッセージ。
「神域覇戦の残響が、世界各地で観測されています」
「あなた方にしか止められません」
久世は空を見上げて、ため息をつく。
「……平和は長く続かんな」
かやの声が背後から飛ぶ。
「また面倒ごと?」
久世は苦笑い。
「たぶんな」
遠くで雷が一瞬だけ光った。
こうして始まる――
伝説のその後の物語。
戦いのない世界を守る戦い。
今日も久世は墓地へ向かう。
街外れの小高い丘。
そこに建てられた――人類の英雄・久世恒一の像。
風に揺れる木々の間で、静かに立ち続けている。
花は絶えない。
子どもたちが手を合わせ、大人たちが写真を撮り、観光地のように人は訪れる。
まるで神話の登場人物のように。
久世はその前に立ち、静かに頭を下げる。
線香を置き、花を整え、しばらく無言。
「恒一は、こういうの望まなかっただろうな」
ぽつりとこぼす。
英雄扱いも、像も、称賛も。
きっと照れながら逃げていただろう。
「でもな」
久世は像を見上げる。
「忘れられるよりはいい」
「どんな時代になっても、人間が神に抗った日を覚えていられる」
「お前がいた証を、残せる」
風が吹く。
像のマントが揺れ、まるで笑っているように見えた。
「だから許せ。これは生きてる側のわがままだ」
久世は静かに背を向ける。
また明日も来る。
何年後も、何百年後も。
人形である自分が朽ちるまで。
人は死ぬ。
だが――意思は残る。
恒一は伝説になった。
そして久世たちは、その伝説を守る存在になった。
久世の屋敷に、久しぶりに全員が集まっていた。
縁側には見慣れた顔ぶれ。
朔姫、華陽、難波、夜叉、風夏、鳳仙、恒一の面影を知る仲間たち。
時代が変わっても――
ここだけは変わらなかった。
「で?」
華陽が腕を組む。
「来た瞬間から手繋いでる理由、説明してもらおうか」
久世とかやは当然のように指を絡めている。
「いや、離す理由ある?」
と久世。
「寒いだろ」
と、かや。
「今夏だぞ」と夜叉。
即ツッコミが飛ぶ。
「もういい加減にしろ!!」
「何百年一緒にいれば気が済むんだ!」
「見てるこっちが老ける!」
だが二人は気にしない。
「なぁかや」
「なんだ久世」
「今日も可愛いな」
「急に何」
「いや事実だから」
場が静まる。
次の瞬間。
「はいはいはいはいもう帰る!!」
「集まった意味返せ!!」
「英雄よりこっちの方が伝説だろ!」
大騒ぎになる屋敷。
笑い声が響く。
久世は思う。
戦も、神も、英雄も終わった。
でも――この時間こそが本当の勝利なんだと。
賑やかだった屋敷の空気が、ふと静まった。
笑っていた朔姫が、久世の前に立つ。
その表情だけで――
ただ事じゃないと皆が察した。
「久世」
珍しく、父ではなく名で呼んだ。
「お願いがある」
久世はすぐに気づいた。
この願いが、軽くないことを。
「凛を……」
朔姫の声がわずかに震える。
「凛を、人形として蘇らせてほしい」
空気が凍る。
夜叉も、華陽も、誰も口を挟まない。
久世は目を伏せた。
そして静かに言う。
「できる」
「だが――条件がある」
朔姫の目が一気に輝く。
だが次の言葉で、その光は揺れる。
「魂を現世に引き戻すには、代償が要る」
「それも等価交換だ」
久世はゆっくり説明する。
「人形に魂を宿すには」
「誰かの寿命」
「あるいは魂の一部」
「もしくは記憶」
このどれかが必ず削られる。
「軽い願いじゃない」
「世界の理をねじ曲げる行為だからだ」
朔姫の拳が震える。
「……それでも」
「それでも私は凛に会いたい」
久世は優しく微笑む。
だがその目は覚悟を問うていた。
「なら選べ、朔姫」
「何を失ってでも、凛を取り戻すか」
久世の言葉が落ちた瞬間、屋敷は水を打ったように静まり返った。
「寿命か、魂か、記憶か――」
誰もが息を呑む。
「記憶を失えば」
久世は淡々と告げる。
「凛との日々も、子どもとの時間も、戦場も、笑った夜も……」
「お前が生きてきた人生の大半が消える可能性がある」
その言葉に、かやが一歩踏み出す。
「朔姫……やめて」
「それじゃあ……それじゃあ朔姫じゃなくなるよ……」
凛の名を呼びながら、風夏も泣く。
華陽も拳を強く握る。
夜叉ですら視線を伏せた。
だが――
朔姫は一切迷わなかった。
「いい」
はっきりとした声だった。
「記憶でいい」
「忘れてもいい」
「凛と過ごした日々を忘れても」
「子どもの笑顔を忘れても」
「私が誰だったか分からなくなっても」
かやが叫ぶ。
「それは生きてるって言わないよ!!」
朔姫は静かに微笑った。
その笑顔は、かつて戦場を駆け抜けた将の顔だった。
「それでも会いたい」
「もう一度、あの人の声を聞きたい」
「名前を呼んでほしい」
「記憶は失っても」
「心が覚えてるなら、それでいい」
久世の拳がわずかに震える。
神域に至った存在である彼が、初めて迷いを見せた。
「……後悔はしないな」
朔姫は即答する。
「しない」
「たとえ何も思い出せなくなっても」
「その時また凛を好きになる」
空気が張りつめる。
それは愛という名の覚悟だった。
久世は目を閉じ、静かに宣言する。
「儀式を始める」
儀式の光が静かに消えていく。
焼け焦げたような地面に、ひとつの人影が横たわっていた。
指が、わずかに動く。
胸が上下する。
そして――
凛が、ゆっくりと目を開いた。
「……さく、ひめ……?」
かすれた声。
その名を聞いた瞬間、朔姫の瞳が大きく揺れる。
「凛……!」
駆け寄ろうとして足がもつれ、それでも転びながら抱きついた。
「生きてる……ほんとに……」
「凛……凛……!」
誰も言葉を発せなかった。
奇跡が目の前で起きていた。
だが――
ふと朔姫は自分の胸に手を当てる。
頭の中を探る。
失われているはずの記憶が、すべてそこにあった。
戦場も、日常も、初めて手を繋いだ夜も。
「……あれ?」
朔姫は顔を上げる。
「久世」
「私……忘れてない」
「なんで?」
「記憶を代償にするはずだったんでしょ?」
久世は静かに息を吐いた。
そして初めて、少しだけ微笑んだ。
「消える条件を満たさなかっただけだ」
「凛の魂はな」
「死んだ後もずっと、お前のそばにいた」
皆が息を呑む。
「人形に戻らず」
「輪廻にも還らず」
「ただひたすら――守護神みたいにな」
「お前が泣けばそばにいた」
「戦えば背を押していた」
「眠れば夢の縁で見守っていた」
「魂は常に朔姫と共鳴していた」
久世は淡々と告げる。
「だから代償が発生しなかった」
「記憶を奪う条件は“魂が単独で蘇ること”だ」
「だが凛は違った」
「最初からお前の一部だった」
朔姫の目から、大粒の涙がこぼれ落ちる。
「……ずっと?」
「私が気づかない間も?」
凛は弱く笑う。
「当たり前だろ」
「離れるわけない」
「死んでも一緒だ」
朔姫は声を殺して泣いた。
喜びと安堵と、愛が一気に溢れて止まらなかった。
久世はそっと背を向ける。
「……魂が愛で縛られると」
「神の法則すら越えるらしい」
「厄介だが、美しい奇跡だ」
久世は腕を組み、少しだけ困ったように息を吐いた。
「……ただな」
「一つ、想定外がある」
場の空気が張り詰める。
朔姫は不安そうに凛を見る。
「なに……?」
久世は淡々と言った。
「凛の魂だ」
「完全に神格に触れ始めている」
「いや、触れたどころじゃない」
「もう半分、神だ」
沈黙。
「守護神として数十年」
「魂を消費せず」
「ただ一人を想い続け」
「世界の理から外れた存在になった」
「普通の蘇生なら人の魂で収まる」
「だが凛は違う」
「愛が信仰に近い」
朔姫が震えた声で聞く。
「……それって、悪いこと?」
久世は首を横に振る。
「悪くはない」
「むしろ前例がないほど強い」
「ただ――」
「お前が傷つけば」
「凛の力は無限に跳ね上がる」
「怒れば災害級」
「泣けば空間が歪む」
「本気で守ろうとすれば……神々でも止められん」
皆が絶句する。
凛は青ざめる。
「ちょ、待てそれ怖すぎだろ」
久世は淡々と追撃。
「愛が重すぎる」
「世界が“夫婦喧嘩”で壊れかねん」
朔姫はぽつり。
「……私、泣き虫なんだけど」
「終わったな」と華陽。
「世界の寿命」と難波。
凛は慌てて朔姫の肩を掴む。
「泣くな!絶対泣くな!」
「怒るのも禁止!」
「そんな人生あるか!!」
久世は少しだけ笑う。
「安心しろ」
「制御法はある」
「お前が笑ってる限り」
「凛は最強の守護神で済む」
「泣かせたら――終末」
沈黙のあと。
朔姫がニコッと笑う。
「じゃあ私ずっと笑ってる」
凛、即土下座。
「一生守ります」
久世がふと空を見上げて言った。
「……買い物に行くか」
「え?」と朔姫。
「どこに?」と凛。
「イオンモールだ」
その名前を聞いた瞬間、皆が一瞬黙る。
恒一と初めて歩いた場所。
久世が信号を止めて怒られた場所。
朔姫が全力疾走して轢かれかけた場所。
「……久しぶりだな」
久世の声が少しだけ柔らかくなる。
モールに入った瞬間、現代の喧騒が包み込む。
笑う子ども。
買い物袋を抱える家族。
平和そのものの空間。
「恒一なら絶対はしゃいでたな」
華陽が苦笑する。
「ポップコーン買って」
「ゲーセン寄って」
「最後に飯だなって言ってただろ」
久世は何も言わず、ただ床を見つめる。
そこを歩いていた“あの日”を思い出していた。
凛がぽつり。
「……俺が生きてるのは、恒一のおかげだな」
誰も否定しなかった。
ゲームセンターの前に来る。
パンチングマシンはまだあった。
「これ、久世が壊しかけたやつだろ」
「壊してない」
「亀裂入ってた」
久世は珍しく小さく笑った。
「恒一は怒ってたな」
「やりすぎだって」
「だがな……」
「ここで笑ってた」
朔姫が久世の袖を掴む。
「父上」
「恒一はここにいなくても」
「ここにいるよ」
胸を軽く叩く。
久世はゆっくり頷いた。
「……ああ」
「こいつが作った世界だ」
凛が深く息を吸う。
「じゃあ今日はさ」
「復活祝いと、恒一への報告会な」
「生きて戻ってきましたって」
久世は少しだけ空を仰いだ。
「聞いてるか、恒一」
「お前の仲間は」
「まだ騒がしく生きてる」
風が吹いた気がした。
「うるせぇよ」って声が聞こえた気がして
皆が同時に笑った。
フードコートで全員が飲み物を持って座っていた。
復活祝いと称して、山ほどポテトと唐揚げ。
凛がストローを噛みながらふと思う。
「なぁ……」
「ずっと気になってたんだけどさ」
「朔姫ってさ」
「久世も、かやも」
「今、仕事は?」
一瞬、空気が止まる。
「……仕事?」
朔姫が首を傾げる。
久世も同じ顔。
「仕事とは?」
かやも真顔。
「戦はもう終わったけど?」
凛、固まる。
「いやいやいやいや」
「現代の仕事!」
「働いてお金もらうやつ!」
三人、顔を見合わせる。
「……してないな」
久世。
「考えたこともなかった」
朔姫。
「久世が養ってくれるし」
かや。
凛、机に突っ伏す。
「守護神してた俺より社会性ない!!」
華陽が涼しい顔で言う。
「資産運用で生きてるから問題ないけどね」
「さらっと怖いこと言うな!!」
久世は腕を組む。
「金ならある」
「国一つ分ほど」
凛、悲鳴。
「それはもう職業:覇王だろ!!」
朔姫が不安そうに聞く。
「……仕事って楽しいの?」
凛は少し考える。
「まあ、つらいけど」
「生きてる感じはする」
久世は静かに言う。
「戦も同じだ」
「だが平和では別の戦場があるのか」
「満員電車だ」
凛。
「地獄だな」と久世。
一同爆笑。
「でもさ」
凛は笑いながら言う。
「そろそろ“普通の人生”も経験してみたら?」
朔姫が目を輝かせる。
「会社……?」
久世がぽつり。
「……部下は何人まで許される」
「いきなり天下取る気か!!」
フードコートのテーブルに皆が身を乗り出していた。
「会社を作る」
久世の一言が重すぎる。
「国じゃなくて会社な!」
凛が念押しする。
「ほぼ同じだ」
久世は即答。
「違う!!」
朔姫がワクワクしながら聞く。
「何の会社にするの?」
久世は腕を組む。
「強さを活かす」
「まず却下」と凛。
かやが首を傾げる。
「でも久世は戦と統治しか知らないよ?」
「では人を守る仕事だ」
「警備会社?」凛。
「一瞬で犯罪ゼロになるやつだな」
華陽が冷静に言う。
難波が拳を鳴らす。
「破壊専門部隊やるか」
「それは軍隊!!」
風夏がぽつり。
「災害救助とかは?」
一瞬、全員が静まる。
久世の目が細くなる。
「……それだ」
「戦ではなく救う戦場」
「洪水」
「地震」
「火災」
「事故」
「人が助けを求める場所に即座に出る」
朔姫が目を輝かせる。
「ヒーロー会社!」
久世は静かに頷く。
「戦国救援社」
凛が吹く。
「名前が物騒すぎる!!」
華陽が即修正。
「《久世グローバル・レスキュー》で」
「一気に世界企業感出たな」
久世は満足そう。
「よし」
「人を救い、金を得て、世を治める」
「やっぱ覇王思考!!」
最初の出動はニュースにもならない小さな事故だった。
高速道路での多重衝突。
炎上する車。
到着まで30分かかるはずの救助隊。
だが——
空から降ってきた。
「え、今人飛んできた?」
「いや三人いる!!」
「車持ち上げてる!!?」
久世が片手でトラックを浮かせ
難波が潰れたドアを引きちぎり
朔姫が負傷者を風のように運び
かやが冷静に指示を飛ばす。
5分後。
現場は完全制圧。
死者ゼロ。
誰かが震える手でスマホを回していた。
その動画が——
すべてを変えた。
【高速事故現場に現れた謎の超人集団】
【トラック片手で持ち上げる男】
【人間じゃない】
【リアルヒーロー】
再生数:
10万 → 100万 → 3000万
コメント欄が地獄になる。
「CGだろ」
「いや火の反射おかしい」
「これ本物だぞ」
「日本どうなってんだ」
海外にも飛ぶ。
HEROES OF JAPAN
REAL GODS?
UNKNOWN FORCE APPEARS
久世の顔だけがやたらカッコよく切り取られる。
凛、スマホ見て絶叫。
「久世ぇぇぇぇぇ!!!世界トレンド1位だぞ!!」
久世「何が起きている」
華陽「あなたが文明のバグを起こしました」
朔姫が嬉しそうに言う。
「みんな助かってるね!」
かやは少し心配そう。
「……有名になりすぎじゃない?」
その夜。
フォロワー数が一晩で500万人突破。
会社アカウント名:
《Kuze Global Rescue》
通称:現代の救世主軍団
ニュースではこう言われ始める。
「国家を超える救助組織」
「人類史上最速の危機対応能力」
「もはや災害という概念が変わった」
そして——
ある政府会議で誰かが呟く。
「……彼らは味方でいてくれる存在か?」
「それとも新しい支配者か?」
久世はまだ知らない。
人を救ったことで
世界のパワーバランスを破壊したことを。
ニュースが過熱しても、久世は変わらなかった。
派手な声明もしない。
会見もしない。
ただ今日も現場へ向かう。
火災。
地滑り。
水害。
倒壊事故。
呼ばれれば必ず来る。
そして必ず助ける。
SNSにはこんな言葉が増えていった。
「ありがとうしか言えない」
「この人たちが来た瞬間、安心した」
「生きて帰れたのは久世さんたちのおかげ」
久世はスマホを見て首を傾げる。
「礼を言われるほどのことではない」
かやが微笑む。
「でも皆、生きられた」
「それで十分だよ」
朔姫はコメントを読みながら泣きそうになる。
「人を救うって…こんなに嬉しいんだね」
凛は腕を組んで言う。
「戦場と違って、ここは勝っても誰も死なない」
久世は静かに頷く。
「これが…平和の戦だな」
政府も企業も接触してくるが、久世は条件を出す。
・武力利用はしない
・政治には関わらない
・助ける判断は現場優先
「我らは兵ではない」
「救助隊だ」
誰も逆らえなかった。
むしろ尊敬が広がった。
世界は少しずつ変わる。
災害の死者が減る。
復旧が異常な速さになる。
人々が希望を口にするようになる。
ある子どもが言った。
「大きくなったら久世さんになる!」
久世は困った顔で笑う。
「それは荷が重いな」
かやがそっと手を握る。
「でも素敵だよ」
覇王は支配せず、
英雄は戦わず、
ただ守り続ける存在になった。
夕焼けに染まる訓練場。
ヘルメットを抱えた若者たちが整列していた。
その先頭に立つ青年は、落ち着いた声で指示を飛ばす。
「救助班、次は崩落想定だ」
「速度より安全優先!」
動きは無駄がなく、判断も早い。
まさに久世の教えを体現した存在だった。
久世は少し離れた場所から、その姿を見つめていた。
「……立派になったな」
隣でかやが微笑む。
「久世に憧れてたあの子だよ」
何十年も前。
瓦礫の中から助け出した少年。
震えながら言った言葉。
『大きくなったら久世さんになる!』
今では人を導く側になっている。
青年が気づき、駆け寄ってくる。
「久世隊長!」
昔と同じ笑顔。
だが背は高くなり、声も低くなっていた。
「今日の新人たち、よく動けてます!」
「あなたの訓練法のおかげです!」
久世は軽く頷く。
「よく守っているな」
「はい!」
胸を張る青年。
「あなたが守ってくれた命で、また命を守れてます!」
走って戻る背中を、久世はずっと見つめていた。
「……人は、進むな」
久世が呟く。
かやは静かに聞く。
「子どもは大人になり」
「弟子は指導者になり」
「やがて老いて、去る」
「だが俺たちは変わらない」
風が吹く。
訓練場の旗が揺れる。
「置いていく存在になるとは思わなかった」
かやはそっと手を重ねる。
「でも久世は“残る人”じゃない」
「繋いでいく人だよ」
久世は少しだけ目を伏せる。
「恒一も」
「朔姫たちも」
「皆、時を越えていった」
「俺だけがここにいる」
青年の笑い声が遠くから聞こえる。
若者たちが未来に向かって走っている。
久世は静かに言った。
「……人の寿命は短い」
「だが、想いは残る」
「それなら」
「永く生きる意味もあるのだろうな」
かやが微笑む。
「久世は“時を超える灯り”だよ」
久世は空を仰いだ。
夕焼けの中に、かつての仲間たちの笑顔が重なった気がした。
「……皆、よく生きたな」
「……よし」
久世が急に立ち上がる。
「旅に出る」
「え、急すぎない?」と凛。
「戦じゃなく旅行だぞ?」と朔姫。
久世は即答。
「雪を見る」
かやが目を輝かせる。
「雪国!」
そしてその瞬間。
背後から聞き覚えのある声。
「相変わらず思いつきで生きてんなぁ」
振り返ると――
そこに立っていたのは、久々の道明だった。
「生きてたか覇王」
「お前が死なねぇ限りな」
再会は軽口から始まる。
「で、行き先は?」
道明が聞く。
久世は一言。
「北海道だ」
「雪山だ」
「旅行で戦地選ぶな!!」
だが数時間後。
一行は本当に雪国へ向かっていた。
久々の大自然スキー場
「……真っ白」
朔姫がぽつり。
「戦場と違って静かだな」
道明が笑う。
凛はテンション爆上がり。
「スキー!?スノボ!?どっち!?」
難波は即答。
「突撃」
「滑走じゃなくて戦闘扱いするな!!」
久世は雪を一掴みして眺める。
「冷たいな」
かやが笑う。
「久世、顔が子どもみたい」
その瞬間――
朔姫が全力ダッシュ。
「うおおおおおお!!」
ズサァァァァァン!!
盛大に雪へダイブ。
「さくひめぇぇぇ!!」
凛が追いかけて同じく転倒。
道明、腹抱えて笑う。
「夫婦で雪中戦死すんな!!」
久世は静かにスキー板を履く。
「では行くか」
次の瞬間。
音もなく山を滑走。
速すぎて風だけ残る。
「ちょっと待てぇぇぇぇ!!!」
皆が追う。
完全に追いつけない。
「救助隊長、スキーでも規格外!!」
久世は振り返りながら言う。
「転ぶなよ」
その直後、全員派手に転倒。
雪煙の中から久世のため息。
「……なぜだ」
道明が笑いながら雪を払う。
「平和に慣れてきた証拠だな」
かやがそっと久世の手を握る。
「こういう時間がいいんだよ」
久世は少しだけ微笑った。
「……ああ」
ロッジの掲示板の前で、朔姫が目を輝かせていた。
「ねえ見て!」
「スキー大会だって!」
《本日開催・誰でも参加OK》
「楽しそうだね」とかや。
「景品あるかな」と凛。
その瞬間。
朔姫が受付へ猛ダッシュ。
数分後――
満面の笑みで戻ってくる。
「みんなエントリーしたよ!」
沈黙。
「……は?」
久世の声が低くなる。
凛が震えながら聞く。
「み、みんなって?」
朔姫は指を折る。
「久世」
「かや」
「道明」
「凛」
「華陽」
「難波」
「夜叉」
「私!」
「フルメンバー!!」
「大会壊す気かぁぁぁぁ!!」
すでにゼッケンが配られていた。
一般参加者たちはウキウキ。
「楽しみだね~」
「家族大会かな?」
久世たちを見て誰も気づいていない。
災害級集団だということに。
スタート地点。
実況のおじさんがマイクを持つ。
「本日はアマチュア大会です!安全第一でいきましょう!」
久世が小声で言う。
「抑えるぞ」
「絶対抑えてください!!」凛が必死。
合図の笛。
ピィィィーーー!
次の瞬間。
雪煙が爆発した。
朔姫が風になる。
道明が砲弾になる。
難波はもはや雪崩。
夜叉は無音の死神。
久世は――
消えた。
観客「え?」
3秒後。
ゴール地点の旗が倒れる。
久世、すでに立っている。
係員「……今誰か来ました?」
5秒後。
朔姫がゴールを突破。
10秒後。
雪崩と共に難波到着。
実況、完全沈黙。
一般参加者がようやくゴールし始める頃には
不老組はもう温かい飲み物飲んでいた。
「楽しかった!」
朔姫満足そう。
大会スタッフが震えながら近づく。
「えっと……計測器が壊れまして……」
「全員、同率優勝ということで……」
凛が叫ぶ。
「機械が人類に追いついてねぇんだよ!!」
久世は申し訳なさそうに言う。
「……少し速かったか」
「少しじゃない!!」
観客のざわめき。
「人間じゃなくない?」
「雪の精霊?」
「忍者?」
道明が肩を組む。
「なぁ久世」
「もう一般大会出るの禁止な」
久世、静かに頷く。
「承知した」
朔姫が不満そう。
「えーまた出たい」
「世界が壊れるからやめろ!!」
こうして
史上最短で終わったスキー大会伝説が誕生した。
湯気が立ちこめる露天風呂。
外では雪が静かに降り続いている。
湯に肩まで浸かりながら、久世と道明は並んで空を見ていた。
しばらく誰も話さない。
ただ湯の音だけ。
道明がふっと息を吐く。
「……あの戦」
久世は目を閉じたまま頷く。
「俺が遅れて来なかったら」
「お前、死んでたよな」
「間違いなくな」
久世は静かに答える。
雪が湯に落ち、すぐに消える。
「腕も脚も失って」
「それでも立ってたお前を見た時」
「化け物だと思った」
「だが同時に――」
「昔のまんまの久世だった」
久世は小さく笑う。
「若い頃は無茶しかしなかったな」
「今もだろ」
「今は守る無茶だ」
道明は湯をすくって顔にかける。
「俺な」
「あの時ずっと後悔してた」
「もっと早く来れてたら」
「お前は失わずに済んだんじゃないかって」
久世はゆっくり首を振る。
「違う」
「あれは俺が選んだ戦だ」
「誰のせいでもない」
「だが――」
「お前が来たから」
「俺は生きた」
沈黙。
道明の喉が鳴る。
「……生きてくれてよかった」
久世は空を仰ぐ。
「俺もだ」
「死んでいたら」
「この平和も」
「かやも」
「朔姫たちも」
「恒一も」
「すべて見れなかった」
道明は笑う。
「まさか雪山でスキー大会荒らしてるとは思わなかったがな」
「人生とは奇妙だ」
「戦場から温泉まで来たんだぜ」
久世も珍しく声を立てて笑った。
「……なぁ道明」
「俺は」
「もう戦わなくていい時代を生きてる」
「それが嬉しくて」
「少しだけ怖い」
道明が真っ直ぐ言う。
「怖がるな」
「お前が命張って作った時代だ」
「楽しめ」
湯気の向こうで雪が舞う。
久世は静かに頷いた。
「……ああ」
「今度は」
「守るだけの人生を生きる」
男湯に静かな時間が流れた。
女湯。
湯気の中で、かやは肩まで浸かりながらぼんやり天井を見ていた。
隣では朔姫と華陽(華陽自身は男だけど容姿で女だと旅館の人に言われて無理矢理女湯に入れられる)がくつろぎ、風夏が髪をまとめている。
かやの頭にふと浮かぶ。
(久世……今、男湯だよね)
(道明と話してるって言ってたけど)
胸がもやっとする。
(あの人の体……)
(私の夫なんだけど)
じっとしていられなくなる。
「……ねえ」
かやが小声で言う。
「ちょっと外の空気吸ってくるね」
「のぼせた?」と朔姫。
「うん、そんな感じ」
かやはそそくさと立ち上がり、タオルを巻いてそーっと移動。
廊下を進みながら心臓がバクバク。
(覗くだけ)
(顔見るだけ)
(うん、それだけ)
角を曲がると——
男湯の仕切りが見える。
湯気の向こうに人影。
久世の声が聞こえる。
「……今は守るだけの人生を生きる」
かやの胸がぎゅっとなる。
(真面目な話してる……)
だが次の瞬間。
(でも)
(体は私のだし)
(確認くらい……いいよね?)
そーっと背伸び。
湯気の向こうに見える久世の肩と横顔。
その瞬間。
久世が急にこちらを向く。
目が合う。
完全停止。
数秒の沈黙。
「……かや」
「覗いているな?」
「……はい」
道明が爆笑。
「相変わらず独占欲すげぇな!!」
かや、顔真っ赤。
「だって!!」
「久世の体は私のなんだもん!!」
「誰にも見せたくない!!」
男湯に響く笑い声。
久世はため息混じりに微笑う。
「全く……」
「覗かずとも」
「俺はお前のものだ」
かやの顔がさらに真っ赤。
「そ、そういうのは反則!!」
道明が腹抱えてる。
「何百年経っても新婚かよ!!」
「世界救ってもこれか!!」
久世は静かに言う。
「これが一番大事だ」
かやは照れながらも小さく笑った。
「……うん」
旅館の部屋。
布団がずらりと敷かれ、窓の外では雪が静かに降っている。
皆それぞれくつろぎ始めた頃——
「……眠い」
朔姫が即布団へダイブ。
「今日動きすぎたな」と凛。
難波はもういびき。
華陽はスマホを眺めながら言う。
「平和だね」
久世とかやは縁側に並んで座っていた。
湯上がりの湯気がまだ残っている。
久世がちらっとかやを見る。
「……寒くないか」
「大丈夫だよ」
だが次の瞬間。
肩に自分の羽織をそっとかける久世。
「ほら」
かやが驚く。
「え、久世は?」
「俺は平気だ」
「嘘、さっき寒いって言ってたじゃん」
久世、目を逸らす。
「……それはお前に渡すためだ」
かやの心臓が跳ねる。
「そんなのずるい」
久世は少しだけ照れながら言う。
「妻が冷える方が問題だ」
沈黙。
雪の音だけが聞こえる。
かやが小声で言う。
「さっき覗いてごめんね」
久世は即答。
「気にしていない」
「むしろ嬉しかった」
「え?」
「お前が独占したがるのは」
「愛されている証だ」
かや、完全に赤くなる。
「そんな言い方しないで……」
久世はゆっくり距離を詰める。
「何百年経っても」
「お前が一番だ」
額に軽く口づける。
「戦も」
「神も」
「世界も」
「全部どうでもいい」
「俺にとっては」
「かやがすべてだ」
かやの目が潤む。
「……久世」
思わず抱きつく。
久世は自然に抱き返す。
強く、優しく。
「離さない」
その様子を布団から覗く朔姫。
「ねえ凛」
「これもう止めなくていいよね」
「むしろ供給」
華陽が小声。
「永久保存案件」
久世が睨む。
一斉に布団へ潜る。
かやは笑いながら久世の胸に顔を埋める。
「ほんとに甘いんだから」
「妻にはな」
こうして
世界最強の覇王は
妻にだけ世界一弱かった。
翌朝。
雪はやみ、空は澄み渡っていた。
「おはよー!」
朔姫が元気よく障子を開ける。
その瞬間。
久世がかやの前にひざまずいていた。
「……?」
久世、真顔で言う。
「姫」
全員フリーズ。
「本日の雪景色は大変美しい」
「どうかお足元にお気をつけて」
かや、完全に固まる。
「え……え……?」
久世はそっと手を差し出す。
「俺が支えよう」
朔姫が即そっぽ向く。
「知らない人です」
凛も壁を見る。
「俺も今日初対面です」
華陽はスマホ構えながら。
「証拠だけ残そう」
「やめてぇぇぇ!!」
かやが赤面で叫ぶ。
久世は困惑。
「何が問題だ」
「問題しかないよ!!」
廊下を歩く時も——
「段差があります姫」
靴を履かせる。
「風が冷たいでしょう」
肩を抱く。
かや、羞恥心MAX。
「普通でいい!普通で!!」
久世は本気で考える。
「……普通とは?」
「昨日までの久世!」
朔姫が遠くから小声。
「昨日までの方が百倍恥ずかしくなかった」
道明が肩を震わせてる。
「覇王が恋に落ちるとこうなるのか……」
久世は堂々と言う。
「妻は宝だ」
「扱いは国宝級で当然だ」
かや、完全敗北。
顔真っ赤でうずくまる。
「これが……羞恥心……」
「死ぬ……」
朔姫が冷静に一言。
「これから人前では距離取りましょう」
「同意」と全員。
久世は首を傾げる。
「なぜだ」
「社会的に死ぬからだ!!」
こうして
救助隊長・世界の英雄・覇王は
愛妻過保護姫騎士になった。
お姫様扱いがようやく少し落ち着いた後。
一行はスキー場近くの観光エリアを歩いていた。
雪景色に囲まれた街並み、土産屋、カフェ、人で賑わっている。
その瞬間だった。
ざわ……と空気が変わる。
「……え?」
「なにあの人たち」
「モデル?」
「映画の撮影じゃない?」
視線が一斉に集まる。
久世は長身で整いすぎた顔。
かやは和風美人の完成形。
朔姫はスポーツモデル級。
華陽はもはや芸能人。
凛も爽やかイケメン。
道明と難波と夜叉は伝説の戦士枠。
全員、異様に仕上がりすぎていた。
ヒソヒソ声が広がる。
「王族じゃない?」
「海外の皇族旅行説ある」
「護衛あの筋肉じゃん」
そのうち——
スーツ姿の観光協会っぽい人が駆け寄ってくる。
「し、失礼いたします!」
深々とお辞儀。
「どちらの王国の方でいらっしゃいますか……?」
沈黙。
「……王国?」
久世が真顔で聞き返す。
「え、違うんですか!?」
「ただの旅行者だ」
周囲がざわつく。
「そんなわけないでしょ!!」
「オーラが違う!!」
「一般人でこの顔面偏差値は国家案件!!」
かやが小声で。
「久世……これまずくない?」
久世は腕を組む。
「我らは支配していない」
「いやそういう問題じゃない!」
朔姫がひそひそ。
「父上、完全に覇王の風格出てるよ」
その瞬間、誰かが叫ぶ。
「姫様ー!!」
観光客がかやに向かって手を振る。
「ご無事で何よりです!」
「やっぱ王族だ!!」
かや、真っ赤。
「ち、違います!!」
だが久世が条件反射で一歩前に出る。
「我が妻に近づくな」
空気がピシッと凍る。
「護衛強すぎる……」
「確定じゃん……」
道明が肩を震わせる。
「久世、今の完全に近衛騎士団長だったぞ」
朔姫はもう他人のフリ。
「知りません」
凛も同意。
「我々は偶然居合わせただけです」
観光地は即席ロイヤルパレード状態に。
写真撮られまくり。
拝まれまくり。
久世が困惑。
「なぜ敬われている」
「顔とオーラだよ!!」
かやは頭を抱える。
「お願いだから普通の旅行させて……」
その背後で誰かがぼそっと。
「この国、平和でよかったな……」
「戦争起きてもこの人たちいたら即終わる」
久世、真顔で聞く。
「それは褒め言葉か?」
「最上級です」
こうして北海道の観光地には
謎の王族御一行伝説が生まれた。
観光地が完全にざわつく中。
写真。
囁き声。
王族説の拡散。
かやは小さく言う。
「久世……目立ちすぎ……」
「人が見てる……」
久世は一瞬考え――
次の瞬間、当然のように動いた。
ひょい。
「え?」
気づいた時には、かやは宙に浮いていた。
お姫様抱っこ。
「ちょっとぉぉぉぉぉ!?!?」
周囲、静止。
そして次の瞬間――
「やっぱ王族だぁぁぁぁ!!!」
「護衛どころか王そのものじゃん!!」
「映画撮影でしょこれ!!」
フラッシュの嵐。
朔姫、即距離を取る。
「知りません」
凛も全力で知らん顔。
「赤の他人です」
華陽は記録係に回る。
「これは後で一生からかえる」
かやは必死に久世の胸を叩く。
「降ろして!!」
「恥ずかしい!!」
久世は真顔で言う。
「雪で転ぶと危険だ」
「守るのは夫の義務だ」
「歩けてます!!」
だが久世は譲らない。
「姫は抱えて運ぶ」
「その呼び方やめてぇぇ!!」
観光客たちがうっとり。
「愛されすぎ……」
「王妃確定……」
「国民になりたい……」
道明が腹を抱える。
「久世、もう革命起こせるぞ」
「する気はない」
「だが妻は抱く」
かや、完全に顔真っ赤で観念。
「……もう好きにして」
久世は満足そうに歩き出す。
「軽いな」
「軽くない!」
「愛で持ち上げている」
「意味わからない!!」
その日、北海道には伝説が残った。
“雪国に現れた溺愛王と姫君”
次の日にはSNSでこう呼ばれていた。
《リアルロイヤルカップル》
朔姫のコメント。
「もう二度と一緒に歩きたくない」
北海道の食堂。
名物の海鮮丼がずらりと並ぶ。
湯気、香り、宝石みたいな刺身。
「うまそう……」
凛が呟く。
久世はすでに戦場モード。
「いただく」
次の瞬間。
とんでもない勢いで食べ始める。
「早い!!」
「飲み物か!!」
「戦場飯は早く食うものだ」
丼がみるみる空になる。
だが——
久世のほっぺに白いご飯粒がちょこんと付いていた。
かやがそれを見つける。
(……よし)
わざと何も言わず近づく。
朔姫が小声で。
「かや……その顔やる気だ」
華陽が察する。
「覇王が死ぬ瞬間だ」
久世が気づかず食べ続けていると——
かやが顔を寄せて
そのまま、ぱくっ。
ご飯粒を口で取った。
一瞬の静寂。
久世、完全フリーズ。
「…………」
耳まで真っ赤。
「か、かや……?」
かやはにこっと笑う。
「取ってあげた」
周囲、絶句。
観光客も固まる。
「え……リアル王妃ムーブ……」
「破壊力えぐ……」
朔姫、即背中向ける。
「知らない」
凛、机に突っ伏す。
「見てはいけないものを見た……」
道明、爆笑。
「覇王撃沈ーー!!」
久世は両手で顔を覆う。
「……反則だ」
「戦でも通用しない技だ」
かやはくすくす笑う。
「久世が私ばっかり照れさせるから」
「仕返し」
久世、小声。
「……可愛すぎる」
さらに赤くなる。
「人前ではやめてくれ……心臓がもたん」
「さっきは抱っこしたでしょ?」
「……それとは別だ」
観光客たちがざわざわ。
「王様めっちゃ初心だ……」
「ギャップで死ぬ……」
華陽が冷静に言う。
「世界救える男、キス耐性ゼロ」
「言うな」
こうして
世界最強の覇王は
妻の一口攻撃で簡単に倒された。
海鮮丼を食べ終えたあと。
さっきの仕返しで久世はずっと静かだった。
(静か=ろくなこと考えてない)
かやは内心ドキドキしながら――
わざと。
ほっぺにご飯粒をちょこん。
(来い……久世……)
(さっきみたいに取ってくるはず……)
ちらっと久世を見る。
久世、気づく。
一瞬だけ目を細める。
「……なるほど」
そのまま立ち上がって近づく。
かや(きたきたきた)
顔が近づく。
息がかかる距離。
かやは目を閉じる準備までしてた。
次の瞬間――
米粒じゃなくて。
そのまま唇に、軽く。
ちゅ。
一瞬。
ほんの一瞬。
「…………え?」
世界停止。
朔姫「え?」
凛「え?」
華陽「え?」
道明「え???」
観光客「えええええ!?」
久世は平然と。
「米より甘かった」
かや、顔真っ赤。
脳フリーズ。
「く、久世……!?」
「待ってたからだろ」
「取ってほしかった顔してた」
完全に読まれてた。
かやが慌てて口を押さえる。
「反則!!」
久世は小さく笑う。
「さっきは俺がやられた」
「今度は俺の番だ」
朔姫、即視線逸らし。
「この夫婦、世界救った後にやることがこれ」
凛「神より強くて恋愛耐性低いのおかしい」
華陽「いや今は耐性ついてきてる」
道明「覇王、進化してるな」
かやはまだ赤いまま。
「……ずるい」
久世は額を軽くくっつけて小声。
「可愛いのが悪い」
「仕返し完了だ」
観光客がざわつく。
「映画かよ……」
「北海道来て一番すごいもの見た……」
かや、小さくぼそっと。
「……次は負けないから」
久世、にやっと。
「望むところだ」
完全に夫婦の戦争。
(甘さ方面で)
北海道観光続行中。
久世とかや、並んで歩いてるだけ。
それだけで異変が起きる。
まず観光客A。
「……あのカップル距離近くない?」
観光客B。
「近いというか……密着してない?」
実際。
かやが寒いと言った瞬間。
久世、何も言わず上着脱いでかやにかける。
さらに肩抱き寄せる。
かや「え、ちょ、久世……!」
久世「風入る」
距離ゼロ。
通行人、次々に足止まる。
「映画撮影?」
「いやリアルだこれ」
「心臓持たん」
朔姫たちは即フォーメーション。
視線遮断。
朔姫「見ない」
凛「見たら死ぬ」
華陽「精神ダメージ」
道明「戦場よりきつい」
次の被害。
土産屋。
かやがキーホルダー見てる。
「どれがいいかな?」
久世、即答。
「全部」
店員「え?」
久世「可愛いから」
全買い。
店員、尊死。
「ありがとうございます……っ(眩しすぎる)」
かや慌てる。
「だ、だめだってば!」
久世「思い出だ」
さらに追撃。
かやがソフトクリーム食べてて少し溶ける。
「あっ……垂れそう」
久世、迷いゼロ。
親指ですくってかやの口へ。
「食べろ」
かや「ひゃっ……!」
観光客一斉に咳き込む。
「刺激強すぎ!」
「北海道で何見せられてんだ!」
朔姫、頭抱える。
「国救った英雄がこれやってるの歴史どう書くの」
凛「恋愛戦国覇王」
華陽「民が死ぬ」
極めつけ。
写真撮影スポット。
かや「一緒に撮ろ?」
久世「抱く」
当然のようにお姫様抱っこ。
シャッター切る前から周囲悲鳴。
「絵になるってレベルじゃない!」
「少女漫画越えてる!」
かや顔真っ赤。
「下ろしてー!!」
久世「無理」
「軽い」
そのまま歩き出す。
観光客拍手。
「お幸せにーー!!」
朔姫たち、完全敗北。
朔姫「もうこの夫婦を公共の場に出すな」
凛「条例作ろう」
華陽「覇王接近禁止区域」
道明「被害者増える」
かや小声。
「……やりすぎ」
久世も小声。
「嫌か?」
かや、ちょっと間を置いて。
「……嫌じゃない」
久世、満足そうに笑う。
周囲、無言で倒れる。
にぎやかな観光地を抜けて、一行は北海道神宮へ向かった。
鳥居をくぐると空気が変わる。
雪の名残と澄んだ風、木々のざわめき。
さっきまでの騒動が嘘みたいに静かだった。
「ここ、落ち着くね」
かやが小声で言う。
久世は頷く。
「神域に近い」
「良い気が流れている」
社務所で絵馬を受け取る。
皆それぞれ筆を持つ。
まず朔姫。
(家族がずっと幸せでありますように)
凛は少し照れながら。
(朔姫と子どもたちが笑って暮らせますように)
華陽はさらっと。
(世界がこれ以上騒がしくなりませんように)
道明。
(久世が暴走しませんように)
難波。
(筋肉が裏切りませんように)
夜叉。
(久世がこれ以上馬鹿になりませんように)
全員ツッコミたいけど黙る。
そしてかや。
しばらく筆が止まる。
(久世と、ずっと一緒にいられますように)
小さく微笑って書き終える。
最後に久世。
絵馬をじっと見つめる。
長い沈黙。
ゆっくりと書いた文字は——
(妻を守り抜く)
それだけ。
願いじゃなく、誓い。
かやがそれを見て胸がいっぱいになる。
「願い事じゃないんだね」
久世は静かに言う。
「俺は願わない」
「守ると決めるだけだ」
一同、妙に納得。
絵馬を掛け終え、手を合わせる。
しんとした空気の中。
かやがそっと久世の手を握る。
久世も自然に握り返す。
「……幸せだね」
「そうだ」
朔姫が後ろで小声。
「今度は尊くて死ぬタイプの被害」
凛「さっきは甘さ、今は尊さ」
華陽「逃げ場ない」
静かな神社で
また別方向のダメージが広がった。
北海道神宮を出て、帰り道。
雪道を踏みしめながら一行は駅へ向かっていた。
さっきまでの静けさがまだ胸に残っている。
ふと、久世が立ち止まる。
「……待て」
「どうしたの?」とかや。
久世はしばらく考えてから、ゆっくり振り返る。
「忘れていた」
社務所の方へ歩き出す。
「え?もう絵馬書いたじゃん」と朔姫。
「一つ足りない」
皆が首を傾げる中、久世はもう一枚絵馬を受け取った。
筆を持ち、迷いなく書く。
(久世恒一が、笑って生き続ける世界でありますように)
しん、と空気が止まる。
かやが小さく息を吸う。
「……恒一くんの分?」
「当然だ」
「俺たちをここまで連れてきた男だ」
絵馬をそっと掛ける。
久世はしばらく見つめてから静かに言う。
「英雄だが」
「ただの野球が好きな男だった」
「それが一番、誇らしい」
誰も言葉を挟めなかった。
朔姫が小さく笑う。
「父上らしいね」
「神にも人にも平等」
久世は短く頷く。
「忘れられるのが一番悲しい」
「だから俺が覚えている」
かやがそっと隣に立つ。
「皆も覚えてるよ」
久世は小さく微笑んだ。
「それで十分だ」
風が絵馬を揺らす。
カラン、と小さな音。
旅は終わるけど
想いはちゃんと続いている。




