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久世家戦記・現  作者:
野球編
11/16

第十部 未来へ続く一球

 空に再び雷の裂け目が走る。

かつて戦った――

オリュンポス十二神の継ぎ手たちが姿を現した。


ゼウスの雷を纏う者

アレスの闘気をまとう者

アポロンの光を操る者


観客席がざわつく。

「また来たのか……!」

「今度こそ決戦だ……!」


だが

違和感が走る。

一人の継ぎ手が、突然膝をついた。

次の瞬間、別の継ぎ手が喉を押さえて倒れる。

そしてまた一人。

次々と――

戦う前に崩れていく。


恒一が叫ぶ。

「おい……どうなってる……!?」


アキトの顔が青ざめる。

「攻撃されてないのに……倒れてる……」


久世だけが静かに空を見上げていた。

「……来るぞ」

「本体が」


その瞬間。

継ぎ手たちの身体から、光が抜けていく。

魂を引き剥がすように。

空へ、空へと吸い上げられていく。

雷雲が渦を巻き、巨大な神殿の幻影が浮かぶ。


そして――

そこから降りてきた。

鎧でもなく、人の姿でもない。

概念そのものの存在。


雷そのものが形を取った王

戦争そのものが歩く影

知恵と運命が重なった瞳

オリュンポス十二神――

継ぎ手ではなく、本物の神々。


ゼウスが低く響く声で告げる。

「遊びは終わりだ、人類」

「代理戦争は失敗だった」

「ならば――我ら自身が滅ぼす」 


倒れた継ぎ手たちは動かない。

役目を終えた器だった。


朔姫が歯を食いしばる。

「……最初から捨て駒だったってこと?」


華陽が冷静に言う。

「いや……神にとって人間は最初からそういう存在だ」


アレスが一歩踏み出すだけで地面が割れる。

「人類は面白かった」

「だが神域に踏み込みすぎた」


久世が前へ出る。

自然がざわめく。

「ようやく本人たちのお出ましか」

「遅すぎるくらいだ」


ゼウスの雷が久世を指す。

「自然の器よ」

「お前だけは危険だ」

「最初に消す」


空が裂ける。

雷柱が久世に向かって落ちる。

これまでの神撃とは次元が違う。

世界そのものを貫く一撃。


恒一が叫ぶ。

「久世!!」


久世は動かない。

ただ静かに構える。

「来い」

「神の時代の終わりを見せてやる」



 ゼウスの雷が落ちる。

いや――

落ちるなんて生易しいものじゃない。


空そのものが折れ曲がり、

稲妻が“柱”になって突き刺さってくる。

観客は立っているだけで気絶していく。


恒一の視界が白く飛ぶ。

「これ……さっきまでの神撃と別次元だ……」


ゼウスが冷たく告げる。

「これは“裁き”だ」

「存在ごと消滅させる雷」


久世は一歩も退かない。

自然が久世の背後で渦を巻く。

風が盾となり

大地が支えとなり

水が衝撃を逃がし

雷が雷を打ち消す。


だが――

それでも押し切られる。

神の雷は自然すら貫く。

久世が左腕を前に出した。

受け止めるために。


轟ッッッッッ!!!!!


世界が爆発。

巨大なクレーターが生まれる。

スタジアム半壊。


静寂。

砂煙の中から――

久世の姿が現れる。

立っている。

確かに受け切った。


だが。

左腕が――

砕けていた。


肩から先がヒビだらけになり、

一部は崩れ落ちて地面に転がる。

人形の内部構造が露出している。


恒一が叫ぶ。

「久世!!!腕が!!」


久世はチラリと見るだけ。

「……なるほど」

「本物の神は、やはり重いな」


ゼウスの目が見開かれる。

「耐えた……?」

「それを……耐えたのか……?」


アレスが低く笑う。

「面白い……だが器は壊れていく」


久世がゆっくり拳を握る。

砕けた左腕はもう動かない。


だが――

立ち姿は一切揺らがない。

「確かに俺は壊れる」

「だがな」

「壊れる前に――神を終わらせる」


自然がさらに荒れ狂う。

久世の周囲だけ“世界の中心”になる。

恒一たちが理解する。

久世は勝てる。


だが――

このまま戦えば身体がもたない。

ゼウスが宣告する。

「その器が砕けるまで削り切る」

「神に時間は無限にある」


久世が静かに笑う。

「だが人類は“限界を越える生き物”だ」



 砕けた左腕から、淡い光が漏れている。

それは血じゃない。

魂と自然のエネルギーそのもの。

久世の器は――限界に近づいていた。


ゼウスが嘲る。

「ほら見ろ」

「神に抗えば抗うほど、貴様は壊れる」


だが久世は構えを崩さない。

「それでも止まらん」


その背後で――

朔姫が走り出す。

音を置き去りにする神速。

雷の間を縫って駆け抜ける。


華陽が戦場を“読む”。

神々の攻撃の流れをずらし

一瞬の隙を人工的に生み出す。


難波が正面突破。

神の結界を力で粉砕。


恒一が流れを繋ぐ。

未来を操作し、

「死なない一瞬」を量産する。


これは野球だった。

だがもうルールは存在しない。

一球一球が命の賭け。


久世が投げる。

片腕。

だが自然が補完する。

風が腕になり

雷が筋肉になり

大地が支点になる。

ボールが神速を超える。


ゼウスが防ぐ。

衝突の衝撃で空間が割れる。

だが――

久世の身体にヒビが増える。


胸に

肩に

脚に。


朔姫が叫ぶ。

「父上!!無理しすぎ!!」


久世は静かに答える。

「代償は分かっている」

「だがな」

「ここで止まれば人類は終わる」


神々の攻撃が雨のように降る。

受け止めるたびに

久世の器が削れていく。


恒一が歯を食いしばる。

「このままじゃ……久世が……」


華陽が冷静に言う。

「勝てる」

「だが“久世を失う勝利”になる」


それが――

神域覇戦の代償。

神に並ぶ力を使えば、人間は壊れる。


朔姫たちが覚悟を決める。

「なら……」

「父上一人に背負わせない!!」


全員が前へ。

久世を中心に、

人類が一つの“意志の陣形”になる。

ここからは――

勝つか

久世を失うか

それとも第三の奇跡が起こるか。


 

 砕けていく久世の身体。

神撃を受けるたびに

光が零れ

ヒビが走り

存在が削れていく。 


ゼウスが冷たく言い放つ。

「終わりだ、人類」

「器が先に壊れる」


その瞬間。

世界中の空に、映像が広がった。

神域覇戦の戦場が――

あらゆる国、あらゆる街、あらゆる人の目に映る。

人々が見た。


神に立ち向かう人間たちを。

壊れながらも立ち続ける久世を。

最初は静寂。

そして――

一人の子どもが叫んだ。

「負けるなーー!!」


それが連鎖する。


「久世!!」

「立て!!」

「人類はまだ終わってない!!」

「勝てーー!!」


老人も

大人も

子どもも

国も

言語も超えて。


声援が世界を包む。

恒一が息を呑む。

「……これ……世界の声だ……」

その声が――


風になり

光になり

熱になり

命になり

久世へ流れ込む。

久世のヒビが止まる。


砕けた左腕の断面に

自然の光が集まり始める。

完全な腕じゃない。

だが――

人類の意志でできた腕。

久世がゆっくり立ち直る。

「……聞こえる」

「全員の声が」


ゼウスが後退する。

「馬鹿な……人間の感情が力になるなど……」


久世が微笑む。

「これが人類だ」

「弱いからこそ、繋がる」


朔姫たちも身体が軽くなる。

限界だったはずの疲労が消えていく。


久世が天を仰ぐ。

「ありがとう」

「この命、預かった」

そして静かに構える。

「神よ」

「これは“人類の一球”だ」


自然と声援が融合した究極の一投。

雷と風と大地と海、

そして世界中の願いが一本になる。

ゼウスが防壁を張る。


だが――

ヒビが走る。

砕ける。

崩壊する。

神々が初めて恐怖に染まる。



 神々の防壁が砕け散る寸前、

ゼウスが最後の雷を叩きつけた。

逃げ場のない、至近距離。


轟音。

白い閃光。

世界が一瞬、無音になる。


次の瞬間――

久世の顔の半分が砕け散った。

頬から顎にかけて、人形の構造が露出し、

光が漏れ、ひび割れが蜘蛛の巣のように広がる。


右目は光を失い、

半分の表情が崩れ落ちている。


恒一が叫ぶ。

「久世ぇぇぇ!!」


朔姫が涙を浮かべる。

「もう無理だよ……父上……!」


だが。

久世は倒れない。

膝が震え、身体が軋みながらも――立っている。


ゼウスが低く言う。

「その姿で、まだ戦うか」

「もはや人の形ですらない」


久世は息を荒くしながらも、静かに答える。

「形など……どうでもいい」

「俺は――人類の意志だ」


世界中の声援がさらに強くなる。

「立て!!」

「久世!!」

「負けるな!!」

だがその中で。

ひとつの声だけが、久世の奥深くまで届いた。


ベンチから――

かやが叫ぶ。

「久世!!」

涙でぐしゃぐしゃの顔で、必死に手を伸ばして。

「帰ってきて!!」

「勝たなくていい!!生きて帰ってきて!!」

「あなたがいない世界なんて嫌だ!!」


その瞬間。

久世の中で、何かがはじけた。

世界の声は力になった。


だが――

かやの声は“存在そのもの”になった。

砕けかけていた身体が、もう一度踏みとどまる。


自然の光だけじゃない。

温かい、柔らかい光が久世を包む。


久世がかやの方を見る。

残った片目で、確かに。

そして微笑む。

「……ただいまを言うために」

「俺は負けられん」


ゼウスが後退する。

「感情で……ここまで……」


久世が構える。

砕けた顔のまま。

壊れた腕のまま。

それでも堂々と。


「人類は」

「誰かのために、無限に強くなる」

自然と声援と愛が重なる。

最後の一投が――生まれる。



 空は割れ、大地は焦げ、神々の威圧が渦巻く戦場。

スコアも、意味も、もはや消えていた。


ただ――

最後の一投だけが残っている。

カウントが表示される。


2アウト

2ストライク

3ボール


次の一球ですべてが決まる。

ゼウスが雷を纏いながら構える。

その背後には神々の威光。

敗北=神の時代の終焉。


対する久世。

左腕は砕け

顔の半分は失われ

身体は限界を超えている。


だが背後には――

世界中の人類の声。

そしてベンチのかや。


久世はゆっくりと息を吸う。

「……これは」

「俺の勝利のためじゃない」


自然が静まる。

雷も風も止まる。

世界がこの一球に耳を澄ます。


久世が低く呟く。

「これは……」

「人類に残す魂だ……」

「神に抗うための力だ……」 


久世の身体から、光が抜けていく。

命じゃない。

意志そのもの。

それがボールに集まる。


恒一が震えながら悟る。

「……久世……自分を……残そうとしてる……」


かやが叫ぶ。

「久世!!やめて!!」


久世は振り返らず、優しく答える。

「大丈夫だ」

「俺は消えても――人類は残る」


ゼウスが雷を振り上げる。

「消えろ、人間!!」


久世が投げる。

最後の一投。

速さも威力も超越した、


“魂そのものの軌道”。


ボールは雷を裂き

空間を貫き

神の防壁を粉砕する。


ゼウスの瞳が見開かれる。

「これは……力ではない……」

「意志だ」


久世の声が重なる。


直撃。

閃光。

轟音。


神域覇戦の空が、完全に砕け散る。


静寂。

白い世界。


そして――

ゆっくりと光が晴れる。


そこに立っているのは――

膝をついたゼウス。


雷は消え、神々の威光は失われている。

審判も、神も、人も――理解する。

人類の勝利。


だが。

久世の姿が――薄れていく。


かやが駆け出す。

「久世!!」


久世が最後に微笑む。

「ありがとう……」

「人類は……もう大丈夫だ……」


光となって、消えていく。

だが――

世界のあちこちで、人々が感じる。

恐怖に立ち向かえる“何か”が心に残ったことを。

神の時代は終わった。

人類の時代が始まった。



 砕けた神域の空間に、静寂が落ちる。

雷は消え

神々の威光も消え

ただ傷だらけの世界だけが残っている。


ゼウスがゆっくりと立ち上がる。

その表情には、怒りも傲慢もない。

理解だけがあった。


「……人類よ」

「我らは間違っていた」


他の神々も膝をつく。

戦神も

冥府の神も

天空の神も。


「お前たちは支配される存在ではない」

「恐怖で従う駒ではない」

「共に世界を紡ぐ存在だ」


ゼウスが続ける。

「久世という人間は、それを示した」

「力ではなく――意志で」


消えたはずの光の粒が、空中に集まり始める。

世界中に散った“魂の意志”が戻ってくる。


かやが息を呑む。

「……久世……?」


光が人の形を取り戻す。

砕けていた身体が修復され

失われた顔が戻り

自然と人の力が調和した新しい姿になる。


久世がゆっくり目を開く。

静かな息。

確かな鼓動。


ゼウスが深く頭を下げる。

「人類の代表として、お前を戻す」

「これは神々の最初の“対等の証”だ」


久世が起き上がる。

もう威圧ではなく、温かな存在として。


かやが泣きながら飛びつく。

「久世……!!」


久世が優しく抱きしめる。

「ただいま」


世界中が歓声に包まれる。

神も人も、同じ空の下で。

ゼウスが最後に宣言する。

「神域覇戦は終わりだ」

「これからは――共存の時代とする」


戦争ではなく、未来が始まった。

久世は空を見上げて微笑む。

「ようやく……同じ高さに立てたな」



 神域覇戦が終わってから、世界は少しずつ変わっていった。

空は以前よりも澄み

嵐は穏やかになり

どこか息がしやすくなったと人々は言う。

神と人が対等になった証のようだった。

久世はもう戦場に立つことはほとんどなくなった。


自然と話し

風を感じ

時々恒一たちの練習を眺めながら、口を出しては怒られている。

「球が甘い」

「構えが戦場だ」

誰も野球の指導とは思っていない。


恒一はというと、相変わらず久遠クラブ――いや、Overthroneの中心選手として忙しい。

神と戦った経験が、彼の判断力を異常なレベルまで押し上げていた。


試合中に流れを読み

仲間の調子を一瞬で見抜き

勝利へ導く。


だが家では――

「久世!風呂長い!」

「朔姫がまた走って家具壊した!」

完全にツッコミ役だった。


朔姫はというと、平和になっても全力。

朝はランニングで街を一周

昼は恒一の練習に乱入

夜は動画を見て現代文化にハマる。

特にスニーカー集めにどハマりして、


久世に怒られている。

「戦場より金かかってるぞ」  


華陽は相変わらず策士。

投資

不動産

ビジネス

全部成功させてなぜか一番金持ちになっていた。

「戦より経済の方が難しいんですよ、父上」

久世は理解していない。


難波はジムを開いた。

普通の人間が入ると初日で筋肉痛どころか動けなくなる地獄施設。

だが本人は優しい。

「軽めにしといたぞ」

誰も信じていない。


そしてかや。

久世の隣で、穏やかに笑っている時間が増えた。

戦乱も

神との戦いも

すべてを越えて。

ただ一緒に朝を迎えて

一緒にご飯を食べて

一緒に夕焼けを見る。

それが何よりの幸せだった。


ある日の夕方。

恒一たちがグラウンドで遊んでいるのを、久世とかやが並んで見ている。

「……世界、変わったな」

久世が呟く。


かやが笑う。

「ううん」

「元々変える力を持ってた人たちが、やっと信じただけ」


久世は少し照れて視線を逸らす。

「人類は強くなったな」

「神がいなくても進める」


かやが静かに答える。

「久世が教えてくれたんだよ」

「誰かのために立つ強さを」

グラウンドから朔姫の声が飛ぶ。

「父上ー!また恒一ずるしたー!」


「戦場なら負けてるぞー!」と久世。


「ここ野球だから!!」と恒一。


笑い声が夕焼けに溶けていく。

神の時代は終わった。

戦乱の時代も終わった。

そして――

人が人として生きる時代が始まった。


 

 久世たちは変わらなかった。

傷も癒え

力も衰えず

姿もそのまま。

人形に宿った魂は、時間に縛られない存在だった。


だが人間は違う。

季節を重ね

年を取り

やがて終わりへ向かう。 


恒一は病院の一室のベッドに腰掛けていた。

点滴の音だけが静かに響く。


窓の外では――

少年たちが野球をしている。

転んで笑い

走って叫び

全力でボールを追いかけている。


かつての自分の姿。

恒一はゆっくりと息を吐く。

「……みんな、変わらないな」


ドアが静かに開く。

久世が入ってくる。

姿は昔のまま。

一切老いていない。

「また見てるのか」  


恒一は微笑う。 

「うん」

「未来を」


沈黙が流れる。

気まずさじゃない。

受け入れた静けさ。


「俺さ」

恒一がぽつりと言う。

「最初は羨ましかった」

「歳も取らず、強くて、ずっと一緒で」


久世は答えない。

ただ聞く。


「でも今は思うんだ」

「変わらないってことは、見送る側になるってことなんだなって」


窓の外でホームランが飛ぶ。

歓声。


「俺たちはさ」

恒一が続ける。

「終わるからこそ、今を必死で生きるんだよな」


久世が静かに頷く。

「その通りだ」

「永遠は強さだが、幸せとは限らん」


恒一が久世を見る。

「それでも……俺たちを見守ってくれてありがとう」


久世の目が少しだけ揺れる。

「礼を言うのは俺の方だ」

「お前たちがいたから、俺たちは存在に意味を持てた」


風がカーテンを揺らす。

夕焼けが部屋を染める。


恒一が小さく笑う。

「なあ久世」

「この世界、頼んだぞ」


久世は迷わず答える。

「任せろ」

「人類の未来は、人類のものだ」


二人はもう言葉を交わさない。

ただ同じ空を見ている。

外では、新しい世代が走り続けている。


終わらない命と

受け継がれていく命。

そして世界は、静かに前へ進んでいった。



 雨は降っていなかった。

雲ひとつない青空だった。

まるで恒一が「湿っぽいのは嫌だ」と言ったかのように。


小さな葬儀場。

派手な花も、豪華な装飾もない。

ただ、白い花と、写真立てに収まった恒一の笑顔。

野球帽を被って、少し照れた顔。


少年時代の仲間

チームメイト

かつて戦場を共にした久世たち

そして静かに座る久世。


姿は昔のまま。

一切変わらない。


朔姫は拳を握りしめて耐えていた。

華陽は目を伏せて静かに。

難波は歯を噛みしめて天井を睨んでいる。


誰も泣き叫ばない。

ただ、受け入れようとしている。


棺の中の恒一は穏やかだった。

苦しさもなく

戦いもなく

ただ眠っているようだった。


住職の言葉が流れる。

「彼は人を導き、人を支え、人を信じ抜いた人生でした――」

だが久世は、ほとんど聞いていない。


ただ棺を見つめている。

思い出が流れる。


初めて出会った日

ぶつかり合った夜

共に神へ立ち向かった戦場

くだらない喧嘩

笑い転げた日常

久世はゆっくりと前に出る。


誰も止めない。

棺のそばに立ち、静かに言う。

「恒一」

「よく生きたな」

声は震えていない。


だが深く、重い。

「お前は人類を救った英雄だ」

「だがそれ以上に――」

「誰より人間らしく生きた」


久世は少し微笑む。

「羨ましいくらいだ」


静寂。

誰かのすすり泣きが聞こえる。


久世が最後に言う。

「安心して眠れ」

「世界は、ちゃんと続いている」


棺が閉じられる。

木の音が静かに響く。

それが――終わりの音だった。




外へ出ると、少年たちが野球をしている声が聞こえた。

カキーン、と乾いた音。

歓声。


久世は空を見上げる。

「見ているか、恒一」

「お前が守った未来だ」


風が吹いた。

優しく。

まるで返事のように。

人は老い、終わる。

だが意志は残る。

そして世界は、また次の世代へ進んでいく…

 

 

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