法擁都市に咲く花編『第二章 Pax Botanica』
なんか思ってたのと違うな。
運ばれてきたサンドイッチは地球のとは異なっていた。
見た目はサンドイッチの体を成していて、似ても似つかないというほどではないが、調理工程は明らかに違うことが見て取れる。
どちらかと言えばハンバーガーに近いか。
ナイフとフォークで切り分けて食べるのだろう。
一口食べてみる。
うまい。
どこか懐かしい気もする。
「地球のサンドイッチとだいぶ違いますね」
会話のきっかけに店員に話しかける。
「驚いたでしょ?外から来た人はみんなそう言うんだよね」
カウンターの男は妙に誇らしげだ。反応を楽しんでいるように見える。
パンの表面はカリとした歯触りだが、中は汁気を吸ってしっとりしている。
ガムーリア産穀物のパンを、乾燥させた魚介から取った出汁と少量の酒を混ぜた液で漬け焼きしているそうだ。
ハムは十分な塩気と脂がある。
厚切りで衣をつけて焼いてあり、カツレツのような趣だ。
葉菜はくたくたに火が通っている。
香りは強く青臭いが、こういうのは嫌いじゃない。もう少し量を抑えると俺好みになる。
なるほど、これはカツ丼だ。
途端に、何か物足りなさを覚える。……卵が足りてないんだ。
おそらくカツには使われているので、ないというわけではないとは思うが。
朝からカツ丼を注文する客というのも自意識が咎めたが、かえって会話に油を差した。
共通の知り合いがいることがわかった。
と言っても、そいつと俺はほんの数時間の付き合いだ。
アルヴァは執行隊の中でも、特に慕われているようだ。
真面目で親切で働き者。悪い印象を持つの人のほうが少ないだろう。
「アルヴァは真面目すぎる。最近ポケットの番も多いみたいだ。それに独り身だ。働きづめで無理が祟らないといいがね」
テーブル席に座っていた客が会話に混ざってくる。
「嫁さんでもいればな」と、向かいの女をちらと見ている。
ポケットの発生が増えていることはなんとなく感じているようだ。
あまり猶予はないのかもしれない。
「わしらの若いころは――」
恋愛小説は始まった。
法によって結ばれぬ定めの男女がいた。
婚姻の申し込みは個別法に織り込まれているそうだ。
だけど二人は、祭りの間だけは恋人になれた。
良いことも悪いことも――ずいぶん脚色している気はするが、武勇伝のように語られた。
愛の力の前に、運命は折れた。
祭りのたびに改定される法は、ついに二人の結婚を認めた。
ご主人が目を輝かせているかたわらで、ご夫人の耳はほんのり赤く、その輝きに照らされている。
……こういうのは苦手だ。
サンドイッチは、最後の一切れになるころには、すっかり語り部に熱を奪われていた。
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――日没前。
今日は目立った成果はなさそうだ。
日報のことを考えると少し気が重い。
どうやってでっち上げるか。
ディタの仕事が羨ましく思えた。
館に戻る途中、怪しい人影を見つけた。アルヴァだった。
声をかけると、不意を突かれて驚いたようで、上体は大きく跳ねた。
「手帳を失くしてしまって。て、手帳と言っても隊のものではなく私物なんですが。どこかに落としてしまったのかと思いまして……」
「探し物なら手伝いますよ」と言うと、
「ありがとうございます。ですが、お気遣いなく。また買えばいいですから」と言って、兵舎のほうに行ってしまった。
そう言われてもなあ。
アルヴァの背中から、なにか放っておけなさのようなものを感じた。
とはいえ……再び帰り道を進み始めた。
明日、兵舎に行って今日のアルヴァの巡回記録を確認しよう。
視点の変化もあってちょうどいい。
無理に理由を探していることもわかっていたが、ほかにあてがないので、そうしない理由もなかった。
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――迎賓館にて。
自室に戻ると、昨日来たときと同じように部屋は整えられていた。
汗をかいた。今日は先に風呂にしよう。
今朝は備え付けのシャワーを使ったが、この館には浴場もあるそうだ。
使わない手はない。支度をして部屋を出た。
些細なことにも前向きになっているのが、なんとなく自分でもわかった。我ながら単純だ。
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食堂にはヤガミがいた。
既に食事は済ませたようだったが、本を読んでいる。
「何読んでるんだ?」
「誰かさんの手帳。拾ったの」
頭の中で符合する。
「他人の私生活を覗くのって、ちょっと楽しいよね」と、悪びれもなく言う。
言えてる、とも思ったが、なんとか「そういうのはよせ」と絞りだして、手帳を奪い取る。
取り上げた手帳の隙間から、何かが落ちた。
重厚な模様の絨毯の上に、一枚の布切れが乗った。
拾い上げようと身を屈めると、それが押し花の栞であることに気が付いた。
花は今にも崩れそうで、縫い糸によってかろうじて布に貼りつけられている。
手帳の真ん中あたりにはクセがついていて、開くと、インクの上にかすかに蘇芳が滲んでいた。
気持ちのいい毛足が指を撫でる。
なるべく中身に意識がいかないように、栞をそっと特等席に戻した。
「持ち主に心当たりがある。俺から渡しておく」
「あっそ」、じゃあよろしく、とヤガミは手を振って食堂を出て行った。
入れ替わるように、食事が運ばれてきた。
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――翌朝。
月を隠しはじめた雲は、空一面を白紙で覆っていた。
じめじめとした空気は、土のにおいと相性が良かった。
動機は違ってもやることは変わらなかった。
アルヴァは既に兵舎を後にしていた。
残っていた人に"これ"を託してもよかったが、機転を利かせてやろうと思った。
これは手帳というよりは栞のためのケースだ。
そう考えるとしっくりくる。
年季が入っているが、丁寧に手入れされた革も。ところどころ、開かなくなったページも。
アルヴァは昨日ああ言っていたが、新しいものを買えばいいという話ではないはずだ。
夕方には戻ってくるだろう。しかし、今日はどうしたものか。
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いくつか、直近のポケットの発生地点を教えてもらった。
傾向としては、人通りの少ないところのほうが発生しやすいらしい。
リソースを節約するとしたら、そのほうが合理的だからだろう。
実際にポケットを回ってみると、たしかに、こそこそしたい人にはうってつけの場所だろう。
こういった場所にも人員が配置される。
アルヴァたちの日々の努力によって、この国の安寧が守られているのだとしみじみ思う。
人々の幸せは、日陰から支えられているのだ。
やる気を削ぐような湿度の中、ポケットからポケットへ、またそこから別のへ。
ただひたすら、義務感だけが推進力を生みだした。
ルーチンワークのようにも思えた。
集中力がアルゴリズムに飲み込まれそうだ。
ある家の前で足が止まった。その家は、どこか目立って見えたからだ。
理由ははっきりしていた。
色彩が違う。
庭の花壇には、祭りの花とは別の命が息づいていた。
「まてよ」
アルヴァの手帳を取り出す。
「やっぱりそうだ」
花弁の鮮やかさは失われているが、栞の花と一致する。
「あの、どなたですか?」
遠くで鳥たちが羽ばたく音がした。




