法擁都市に咲く花編『第一章 法擁都市ガムーリア』2
夕暮れの中、俺たち二人は迎賓館に着いた。
二人といっても相手はヤガミではなく、市中の案内をしてくれた法務執行兵のアルヴァだ。
こちらに向かう途中、「寄るとこがあるから」と、非行少女はどこかへ行ってしまった。
玄関は華やかだったが、その広さは孤立感を煽った。
歓迎するように二つの曲がり階段は腕を広げている。
アルヴァが二人の男と話している。
一人は儀礼的だが落ち着いた服装で、一人はもう少し地味で機能性がありそうな装いをしている。
おそらく、執事と給仕のようなものだろう。
三人がこちらへ寄ってくる。
「明日から、どうぞよろしくお願いします」
引継ぎを済ませたアルヴァは館から出て行った。
「お待たせいたしました、ヒロ様」
執事服がそう言う。
「これからお部屋へご案内させていただきます。まずは――」
入国証の読み込みが終わると、給仕服が部屋まで案内してくれた。
「アンドウ様は館内全権限です。ご自由にお過ごしください。何かありましたら近くの者にお申し付けください」
一人になり、荷物を置く。肩の荷が下りる。
ヤガミの個別法は少し分厚い気がする。
昼間の女のことを思い出した。
腹は減っているが、後回しにしよう。
疲れたからというわけではなく、これは性分だ。日次報告も明日からということで。
ベッドにごろつく。
さっきまで仕事だったのもあり、気が抜けてまた観光気分になりかけている。
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――数刻前、官邸にて。
目の前で、朝顔の形に成形された液体が、茶にも花にも似た香りを放ちながら湯気をたてている。
「ディタの予測誤差が例をみないほど大きくなり続けている。異常な数値の変化が始まったのがおよそ一年前。法務執行隊の配置転換から数日後のことだ」
ガムーリア首長イシュトの説明に耳を傾ける。
ディタは個人が持つ特性から個別法を制定する。
国民の善性を前提に最大限の自由を保障している。
だからといって、悪事を認めるようなことはなく、絶妙なバランスになっているらしい。
俺たちのようなゲストも含め、国内における活動があの鈍器から解放されているように感じられるのはそのためだ。
各人の特性は時間の経過とともに変化するが、その差分は「包み」と呼ばれる国中に張り巡らされているセンサーのようなもので収集されるらしい。
包みにはもう一つ役割がある。違反の兆候を発見することだ。
どちらかと言えばそっちが本丸だろう。
「最初は配置転換の失敗を疑い、臨時の転換を何度か。成果はなく現場は混乱するだけだった」
テーブルの向かい側の湯気が大きく揺らめく。
「今は普段より多くディタの計算リソースを解析に配分している。……そのせいで執行隊の負担は増えているわけだが。申し訳ない限りだ」
包みはディタから知能を供給されることにより機能している。
平時でも稼働の揺らぎがあり、センサーも監視も機能しない空間――限定自治区域。ポケットとも――が不定期に発生する。
法の網の目が粗くなっている間、執行隊が持ち回りでポケットを見張るそうだ。
包みに回されるはずだったリソースが減ると、ポケットの発生頻度は増え、執行隊の業務負荷が大きくなる。
明らかによくない状態だ。首長の心中は穏やかではないだろう。
「解決の糸口が見えないのもそうだが、このような状況で祭りを開催することに対する懸念もある」
ディタは年に一度、特性の差分データを個別法に反映させる。
その間、他の全機能は停止する。
そのときに開催される祭りは「法の穴祭り」と呼ばれている。
この国の状況から考えて、ガス抜きというよりは祝い事に近い役割なのだろう。
実際、さっき見たあの活気は、祭りへの期待そのもののように思える。
一時的にディタの目がなくなるとはいえ、ただ無法に陥るわけではないそうだ。
国民や執行隊の努力によって、祭りにおいてもこの国の秩序は保たれてきたらしい。
もしも誰かが何かを企てるとしたら、このタイミングが一番いいということは明らかだった。それが不安定ならなおさら。
最初は中止してしまえばいいと思ったが、どうやらそう単純な話でもないことがわかった。
ディタに対する信頼が、そのままこの国の秩序を形作る。任務をおおやけにできない理由はここにあった。
「お二人には原因の究明をしていただきたい。あるいは、祭りへの影響の可能性を排除できるようなことでも見つかれば、ひとまずは――」
出撃コストが高いにも関わらずヤガミが起用された理由が腑に落ちた。
エース・アサルトは戦闘に特化したクラスの一つだ。
ただ、彼女が他の戦闘要員と違うのは、頭が切れることだ。
任務の本質は調査にあり、何か問題が起きれば基本的には執行隊が対処を行う。基本的には。
つまり、万が一の場合にも備えられていることを意味していた。
隣を横目で見ると、カップは空になっていた。
文字にならない溜め息がイシュトの鼻から漏れる。
「これから、いくつか市中を案内させます。それから宿泊先まで送らせましょう」
「アルヴァを呼んでくれ」と、首長は秘書に伝える。
茶はすっかり冷めていた。
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――翌朝。
いつの間にか眠っていたようだ。
明るいような、まだ少し暗いような。
今日も暑くなりそうな感じだ。
昨夜し損ねたことを思い出したが、もう少し転がってよう。
ぼーっとしていると、なんとなく自身に意識が向いてくる。
怠惰な暮らしぶりも普段なら気にならないが、この部屋の丁寧さと比べるとなんだか改めないといけない気持ちになってくる。
こうして異界にいると不思議な感覚にとらわれる。
無数にある異界から、いわゆるハビタブルな世界を取り上げて、その中でも地球人と交流できるものを選んでいるのだから、当然と言われればその通りだが、当たり前に生活できてしまうことに感心する。
奇跡的に地球というものが存在し、そこに人間が生きているということを考えたときの気持ちに似ている。
俺のいた養成プログラムでは、異界に対して「慣れている」という感覚は邪魔だと教わった。
ここもまた、きっとどこか違う。
とりとめもない思考は夜にすべきだとも思ったし、夜じゃなくてよかったとも思った。
そうしてるうちに少しずつ身体が起きてきた。
さて、食事が先か、シャワーが先か。
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食堂をのぞき込むとヤガミが朝食をとっているのが見えた。
礼儀作法のことは全くわからないが、食器を器用に扱うさまは絵になるの一言だ。
養成プログラム首席、喪失率0%、容姿もたぶん、良いほうだ。
本部長も適正を高く評価している。
全く非の打ちどころがない。態度以外は。
……なんとなく外で食べる気になった。
何か食べるものを探して、その足で調査に回ろう。
まだ抜けきらない旅行ムードは歩くのに大変役に立った。
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特に目当ての店がないときは小路に入るといい。
セレンディピティというやつの力を借りられるかもしれないからだ。
それに、建物が影を作っているのもちょうどいい。
しばらく歩いてみたものの、どこもいまいちピンとこない。
俺の優柔不断はしぶとい。どうしたものか。
軽食では昨夜の分は取り戻せないが、しっかり飯を食うほどの気分ではなかった。
この国の主な産業は農業だ。農作物はハズレがなさそうだ。
ここに来る前にキャラバンを見た。おそらく他の土地の物も手に入る。
そうなると、パンや野菜、加工肉――サンドイッチやピザのようなものが妥当か。
茶があるのは昨日わかった。コーヒーはあるのだろうか。
目的が定まってくると、ただ目に映るだけだった景色が情報を帯びてくる。
少し先にある喫茶店が目に入った。
いきなり現れた気もするし、さっきからあそこにあった気もする。
店に近づくにつれ、地球で嗅いだことのある、あの日の会議室の匂いがしてきた。
ここにしよう。
入口の前にある看板いわく、昼にはランチもやっているようだ。
中に入ると、客が二人、店員も二人。とりあえずカウンター席に座る。
向かいには、いかにも人生経験が豊富でこだわりのありそうな熟年のマスター、のもっとずっと若いころのような男がいる。
そう思うことにした。
「いらっしゃい。観光?地球の人でしょ」
「まあ、そんなところです」
はっきりと答えるよりこのくらいのほうがいい。
会話に空白ができそうになったが、タイミングよく、ホールの店員がメニューを持ってきた。
メニューのそれぞれはよくわからなかったが、親切にもメニューには説明があり、地球のもので例えられていた。
葉菜類とハムのサンドイッチ風とホットコーヒー風を注文した。コーヒーはすぐに持ってきてもらった。
待っている間、店内を見渡すと、酒樽や棚に並んだ酒瓶を見つけた。
それほど広くはないが、夜は居酒屋にもなっているのだろう。
これは一石二鳥かもしれない。
サンドイッチがやってきた。




