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法擁都市に咲く花編『第一章 法擁都市ガムーリア』

「お疲れ様です。出発前に持込品の確認を行ってください」


聞き取りやすい発声と発音。発生源は支給の異界攻略用端末【Beyondworld Stabilizer】。通称ビースタ。

攻略用と銘打ってある通り、異界の攻略を補助するための道具だ。今回のように攻略を目的としない任務に転用される場合もある。

ビースタの機能は、任務詳細・関連資料の表示、物資一覧の表示、異界間の通信、目的地までのナビゲーション、他にもパーティ情報の表示など……


「私はオッケー」


本任務の唯一の同行者、ヤガミ・サトリ。クラス:エース・アサルト。


「同じく」


俺、アンドウ・ヒロ。クラス:クロス・スカウト。


「それでは任務開始です。ナビゲーションを開始します。オートパイロット起動」


ビースタはドローンに変形し宙に浮いた。行き先は――


[ GAMOURIA ]


---


――3日前。


会議室にはコーヒーの香りが立ち込めている。


「依頼主はガムーリアの首長だ。本任務は依頼主の要請を加味して特殊任務となっている。任務の詳細は先日送信した資料の通りだ。何か質問は?」


低いがよく通る、話を聞かないといけないと思わせるような声。この男は、対異――異界対策企画本部の本部長だ。

対異は社内の通称で、我が社の事業――異界への観光、異界間の貿易など――のうち、異界に関する諸々の問題を解決することを請け負っている。

そして俺は、対異が所轄する実動部隊の一人というわけだ。


「編成の根拠を」


左隣にいる女が尋ねる。不遜にも思えるが威圧的ではなく、振る舞いは自信に裏打ちされている。

名はヤガミ・サトリ。俺の同期だ。

本部長は頷くと、


「ああ、本件において根本的な完遂はそれほど優先されない。目的はあくまで解決のための調査だ。必要十分な調査結果を首長に報告できればよい。もっとも」

「現場で解決できるに越したことはないが」と、マグカップを口に寄せる。

「本任務は特殊任務であるがゆえに――」


つまり、こういうことらしい。

おおやけに出来ない事情があるため、最小限の編成であること。

調査力の確保と低喪失(ロスト)率の実現を重視したこと。

緊急時に最低限の撤退戦を行える見込みがあること。

そこで、俺とヤガミに白羽の矢が立った。


「以上」。


「あと、お土産、よろしく」


現代的なココナツの香りをわずかに引いて会議室から出て行ってしまった。

はあ。この場合のお土産とは現地の情報を指す。

異界省に申請して情報の新規性が認められると報奨金が貰えるからだ。

……もう少し給料を上げてくれてもいいだろ……。


---


丘を登りきり、視界が開けた。

カラッとした陽気、風の心地よさ、その景色、多少日差しが強くとも、非常に気分がいい。

遠くの向こうに幅の広い建造物が目立って見える。すぐにそれが城壁だとわかった。

なだらかな傾斜の先に広がる畑や水路は、思慮深く神経質なゲーマーが作ったかのようだ。

畑は、背の高いもの、低いもの、黄金色のもの、青々としたもの、まだ畝の波がはっきりわかるものなど様々だ。

空にも大地にも、ぽつぽつと獣やら虫やらのようなものが見える。

資料の通り、おそらくは農業用のロボットや哨戒ドローンだろう。

ガムーリアの農業は高度に無人化されているとのことだ。


「あそこ。キャラバンがいる。あっちに回りましょう」


ヤガミの提案だ。

キャラバンは、入口へと続く道を強く示唆している。

役目を果たしたビースタをしまった。


---


「入国許可証を拝見させていただけますか」


現地の言葉はスキルとしてこの世界に持ち込んである。

ヤガミと目が合う。

「あんたがやりなさい」と視線で言われるがまま、俺は許可証を警備兵に手渡した。いつものことだ。

警備員はいくつか仕事して、こちらに戻ってきた。


「お待ちしておりました、ヤガミ様、アンドウ様。入国証を発行いたしますので、あちらの端末で登録をお願いします」


促されるままに両の手のひらと顔を端末に近づける。指紋と虹彩のスキャンだろうか。

少しして、警備員が再び寄って来る。

……おいおい。

片手には分厚い2冊のファイルを抱いていて、その上には2枚のカード。


「こちらをお持ちください」


俺たちはそれぞれを1つずつ渡される。カード、そしてファイル。ずしと重い。


「お二方の入国証、それと個別法が記述された書類です」


都市国家ガムーリアでは、国民共通の法律のほかに個人ごとに法律が制定されているらしい。

この国は、個別法とやらを立法する大規模なプログラムと、法務執行隊――ガムーリア軍――によって法治がなされているそうだ。

ここでの様々な行動は入国証を介して管理される。

また、クレジットカードの機能も備わっていて、経済活動においては――つまり、経費だ。これは悪くない。


全く読む気にはならないが、ぱらぱらと個別法をめくってみる。

アンドウ・ヒロは法擁大通りを通行することができる。

アンドウ・ヒロは一条通りを通行することができる。

アンドウ・ヒロは二条通りを通行することができる。

……。

すぐに諦めた。と同時に、法のように重厚な門がゆっくりと開いた。


門を通り抜けるやいなや、ヤガミはファイルを投げて寄越した。ずしりと重い。

おいおい……。


---


門を抜けてすぐの正面には大通りがずっと向こうまで続いている。

通りは賑やかで、端には露店がいくつか並んでいる。

町のいたるところに多くの花が飾り付けられている。地球にあるコスモスと似た形をしている。

人々は溌剌だ。この国のシステムはディストピアをイメージさせたが、程遠い光景が広がっている。

何もかもが上手く機能しているのだろう。

次の目的地を探そう。わきにある案内板を確認する。

ガムーリアは官邸を中心に放射状に町を発展させた城塞都市だ。

ところどころ、旧い城壁の跡が弧を描いて、町がこぼれないように押さえている印象を与える。

丘の上から見えた水路は、国民から治水の困難を遠ざけるように、そのほとんどが隠蔽されている。

どうやらここから大通りを真っ直ぐ進めば着けそうだ。俺たちは歩き始めた。


町は秩序だった配置になっていて、ここでもまた計画の執念深さがうかがえる。

ただし、細胞のひとつひとつに無機質な印象はなく、文化を感じさせる様式の建物が立ち並んでいる。

喧噪に混じって、路地のほうからかすかに合唱が聞こえる。

観光気分に飲み込まれそうだ。

ふと、視線が集まっているのに気づく。

それはよそ者に対する猜疑の目ではなく、あきらかに好奇のものだ。

気取られないように流しで見る人、恥ずかしそうに、あるいは気まずそうに視線を逸らす人もあった。

客人が珍しいというわけではなさそうだが。


「そこのお二人さん!」


威勢のいい、少し図々しいような、女の声。

振り向くと、装飾品や記念品の類がきらきらと並べられた露店がある。


「お熱いねぇ。思い出にどう?」


ああ、なるほど。

げんなりしている俺をよそに、いくつか品物を見繕っている。

誤解を解くために説明をすると、「なんだぁ。だってそれ。あたしてっきり」と、抱えているファイルを指さす。

ヤガミのほうをちらと見ると、あまり興味はなさそうだ。


商品は買わなくて済んだが、代わりにいくつかの情報を押し売りしてもらった。

個別法は親しい間柄――家族、友人、恋人など――にのみ、お互いにその多くを教えあう文化があること。

年に一度の祭りが近いこと。それゆえ、こんなにも賑わっていること。

ついでに尋ねてみる。


「この国の人はみんな、なんというか楽しそうですね」


こんなに法律があったら息が詰まらないか、にもかかわらず伸び伸びと暮らしているように思えた、と。


「国民はみんな、ディタ様に忠誠を誓っているからよ。この国は大丈夫だってみんな信じてるの」


「えーと、ディタ様というのは?」


「ディタ様はね、この町を守ってくれる巨大なシステムのことで――」


ごーん、ごーん、ごーん。

大きな鐘の音が町中に響き渡る。

合間から鳥たちの羽ばたく音を聞き取ることができる。

鐘の音が鳴りやむと、鳥たちはすっかり、さっき見たドローンのように、昼の星になっていた。


「これは結婚式の鐘だね。みんなそっちに行っちゃうだろうし、休憩でもしようかしら」


このキリを逃したらお喋りがまだまだ続きそうだ。切り上げよう。

ヤガミはとっくに立ち去っていた。歩いている背中が見える。

感謝を述べ、では、とお辞儀をして、追いかける。

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