第3話 交換条件
リンシアに誘われるまま辿り着いたのは、教会の一室だった。
緑色のカーペットの上に、丸く温かみのある茶色のテーブルを挟むようにソファが向かい合っている。
部屋全体を柔らかな光が照らし、外の喧騒とは無縁の空間だった。
僕はユニカの隣に座り、少女に「ここに」と手で促す。
彼女がおずおずと腰を下ろしたのを見届けると、向かいのリンシアが口を開いた。
「さてと。お茶は冷たいのと温かいの、どちらが好きですか?」
「じゃああったか──」
「なんてね」
リンシアが軽く手を叩く。
すると修道女がトレイを持って現れ、三つのカップをテーブルに置いた。
少女とユニカの前には温かい紅茶。そして僕の前には冷たい紅茶。
僕の好みに、ぴたりと合っていた。
「皆さんの好みくらい知ってますよ。情報屋ですから」
「……そりゃ、どうも」
どこまで知られているのかと思うと、背筋が冷える。
僕の視線の意味に気づいたのか、リンシアは肩をすくめて笑った。
「そんな不気味そうな目で見ないでくださいよ。……ところで、セラ? 私のは?」
呼ばれた修道女――セラはリンシアを完全に無視し、隣に座って少女へにっこり微笑んだ。
「こんにちは。お名前は?」
声をかけられた少女は俯き、もじもじと指を動かしながら答えた。
「……セリル」
「セリル。私はセラ。なんだか名前、似ているわね」
セラは嬉しそうに微笑み、セリルは小さく頷く。
しかしその空気を遮るように、ユニカが手を上げた。
「あー……悪い。まずなんで私たちがここに呼ばれたのか、そこからでいいか?」
「そこは私がご説明しましょう!」
待ってましたと言わんばかりに、リンシアが身を乗り出す。
僕は紅茶を一口啜り、話の続きを待った。
「端的に言うと――この街の町長が暗殺されそうなので、助けてほしい。そういう依頼です」
「あ? なんでだよ」
「その“なんで”は、町長が狙われる理由のほうですね?」
リンシアは指を一本立て、軽く振る。
「結論から言うと……次期町長の有力候補が、暗殺者を雇いました」
「……は?」
ユニカが眉をひそめる。
リンシアは肩をすくめ、続けた。
「今の町長さん、重税のせいで住民から嫌われてましてね。理由は過激化した災禍からの防衛費なんですが……住民からしたらそんなの関係ない。税が重ければ、不満は溜まる」
それは確かに、街を歩いた時の疲れた表情からも伺えた。
「そこに目をつけたのが次の候補者です。
町長は災禍を理由に税金を吸い上げている――そんな噂を流して、支持を集めているところですよ。実情なんて、誰も突き止めませんからね」
「……で、その候補が暗殺者を?」
「ええ。町長が死ねば、自分が繰り上がる。単純です」
「ちょっと待った」
僕は手を挙げた。
リンシアは黙って僕を見つめる。その瞳には、まるで先の展開を読んでいるような色があった。
「話を聞いていても、僕たちに依頼する理由がわからない。町長の身内とか、信頼できる人に頼むべきだろ」
「残念ながら現町長の周りは、良く言えば穏健派、悪く言えば臆病な者ばかり。動けません」
「だからって……」
「それに、あなた方に頼む理由は単純。セリルちゃんですよ」
その名が呼ばれた瞬間、セリルはびくりと肩を震わせた。
胸に嫌な予感が広がる。気づけば、僕はリンシアを睨んでいた。
「……まさか」
「察しがいい方は好きですよ。そう。この依頼の報酬として、彼女をこの孤児院で保護する。どうでしょう?」
「ふざけんなっ!」
ユニカが机を叩いて立ち上がる。
セリルが驚いて目を丸くするが、僕の怒りもユニカと同じだった。
「この子がどれだけ“落ち着ける場所”を求めてるか、わからないのか!?」
「わかってますよ。だからこそ――裏切られないための強制力として機能するんです」
「……っ。ユニカ、ここは出よう。セリルちゃん、別の街へ行こう」
「……でも。これ以上離れたら、あの街に戻れなくなっちゃう」
弱い声だった。
戻ってどうするのか――疑問に思った瞬間、少女は小さく呟いた。
「だって……お父さんとお母さん、探さなきゃ」
胸が痛んだ。
僕たちは、彼女がとうに理解していると思い込んでいた。
しかし、セリルはまだ――信じていた。
「セリルさん。残念ながら──」
「リンシア、それ以上はやめてください!」
セラが鋭い声で遮る。
リンシアは驚いたように目を丸くした。
「おかしいです! こんな、無理矢理人を操るようなやり方──」
「じゃあ、君のお父さんは誰が救うんだい?」
声は静かだが、容赦がなかった。
セラは息を呑む。
僕は呟く。
「君の……お父さんって……?」
「セラは、この街の町長の一人娘。それだけです」
最悪の展開が脳裏をよぎる。
町長が倒れれば、次に狙われるのは――彼女。
「ご理解、感謝しますよ。賢者様」
リンシアは微笑んだ。
気づけば、僕たちは完全に彼女の掌の上にいた。
「町長の次はセラ。その次は、その家族。そして――ここにいる子どもたちも例外じゃない」
「……よくわかったよ。この街のこと。そして……リンシア、お前のことも」
ユニカは足を組み、ソファの背に片腕を預ける。
表情は、悪戯を思いついた子供のようだった。
「でもな――足りねえよ」
「報酬ですか? ふふ、お金ならいくらでも──」
「リンシア」
ユニカは勢いよく指を突きつけた。
「私の国への入国。それが報酬だ」
「ユニカ!?」
「ムカつくし、腹立つけど……これ以上に頼もしい奴はいねえだろ」
「それは……そうだけど……」
彼女の情報力と交渉術は確かに魅力だった。
だが、本当に信用できるのか――迷いが生まれる。
その迷いを見透かしたように、
「くすっ」
リンシアが吹き出し、口元を押さえた。
「最初から、それも報酬に含めてますよ」
やはり、すべて見抜かれていた。




