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水で分け合う

作者: HORA

私の名前は宜保(ぎぼ)貞佳(ていか)。23歳。

高校を卒業してから5年間は旅行代理店の仕事をしてきた。

都会には様々な娯楽はあるものの、私自身に何の救いもない生活。

旅行の企画を提案はするものの、

自身は職場とアパートを往復するだけ。


人間関係や仕事、体調変化のトラブルも多くなり、

このままであると心が壊れてしまうと思った。


そこで仕事を辞めて、地方の町に移住する事を決意する。

しばらくの間、羽を伸ばして貯金を切り崩しつつゆっくりするつもり。

コンビニやショップの店員なんて、アルバイトもちょっとやってみたかった。

都会の喧騒や、住んでいたアパート、煩わしい人間関係から解放されたかったのだ。


電車を乗り継ぎ、バスを終点まで走らせた、関東の内陸。その町があった。

住居付きで物件を管理して、、、つまり住むだけで多少の給料が貰える。

更には1年間という期限以外には特に拘束もなく、

バイトや仕事を探していても問題無いんだそうだ。


「すっごく家は汚れているわよね…。たぶん。」

頭には頭巾、口にはマスク。服装は(つな)ぎ。

各種掃除道具をバケツに突っ込んで準備する。

そして私はその管理する物件にお邪魔すると、

外装も内装もとても綺麗な2階建ての一軒家。

なんと家具・家電も備え付けられている。


案内してくれた世話人の60歳ぐらいの優しいお爺さんは苦笑いをしていた。


「ここはのぉ、3週間程前までは(たかし)が住んどったんじゃ。(たかし)も1年前にこの町に来てのぉ。今ではこの町で仕事と嫁さんを見つけて幸せいっぱいに引っ越して行ったんじゃ。だから家はまだ全然綺麗だと思いますじゃ。」



私はびっくりした。

散歩がてら町を歩いてみたところ、この町に住む住人は美男美女だらけ。

園児も学生も芸能人のように整った顔立ちである。

そりゃそうよ。

その両親となる夫婦は美男美女だらけ。

年配の人たちでさえおじいちゃん、おばあちゃんのどちらであっても

一声掛けられればうっかりついて行っちゃうかも···。

というレベル。堀越学園とかこんな感じなのかな?


さらにもう一つの特徴。

会う人会う人の第一声が

「この地域の水はおいしいでしょう?」

と声をかけてくる。

たっぷりミネラルを含んだ天然水が湧いており、

この町ではほぼ独占していくらでも飲むことができるみたい。

確かに尋常でないくらいにお水は美味しい。

都会ではお茶やコーヒーとして一手間かけて飲んでいたけど、

水そのものので飲んだほうが美味しいというレベルだ。


「儂らはこの地域の水のおかげで健康で若々しくいられるんじゃ。」

溌剌(はつらつ)と働いている農作業のおじいちゃんが、

キラキラした汗を流しながら言う。


1ヶ月後。


私はこの田舎町でとても幸せに暮らす事が出来ている。

コンビニ…はなかったけれど、

雑貨店の店員兼レジ打ちのアルバイトも見つかり、

毎日のんびり店番をしている。

流れる時間はゆっくりで、1日が長くて楽しい。

昨日の出来事がとても遠く感じる。

「昨日のお昼ご飯は何を食べたっけな?」

まぁそんな事はどうでも良い。


都会の生活では不眠や倦怠感、幻覚に悩まされていた。

原因は明確には分かっていない。

ストレスを抱える生活をずっと送っていたのは確かである。

体調不良が先か、ストレスが先かはもう分からない。

会社の後輩は

「先輩…、見た事無い悪霊が憑いています…」

なんて怖い事を言うし。


でもこの町に来てから全ての不調は吹き飛んだように感じる。

って事はやっぱり都会そのものが私に合ってなかったという事かな。


3か月後。


異変が起こり始める。

町の人達に流行病(はやりやまい)が広まったのか、

どの家庭を訪れても体調を悪くして伏せっている。

私自身は特に不調は感じられず、

ご近所さんを助けて回っていた。


6か月後。


町の人達は子供からお年寄りまで不調は治らない。

数人の死者も出ているようだ。

そんな折、私は町の公会館に呼ばれた。

どうも話を聞きたいとのことだそうだ。


「えろうすんまへんなぁ。貞佳(ていか)ちゃん。わざわざ来てもろて。」

「いえいえ。全然かまいませんよ。私にできることでしたら何でも。」


そこには町長を始め、町の偉い人達が揃っているようだった。

私はやっぱり美男美女の多い集落だなぁと感心する。

それにしても顔が似てるから、血縁かな?と考えていると、


「まずこの町の秘密について知ってもらおうと思うとる。…げほげほ…、、この町は知っての通り水が非常に美味しい町じゃ。山からのミネラルたっぷりの天然水はこの町から持ちだすととたんに栄養素や味が半減してしまう。この町の中でしか効果を発揮しないと言っても過言ではない。…ゴホン…」

「この町に湧く水には町に住む人間の健康や容姿、精神を分け合い(なら)す能力がある。…ゴホゴホ。じゃから、この町の人間は寿命までを健康で生きられる。ゴホッ…ここ300年ずっとそうだったんだ。」

「しかし、ここ数か月で大きく様変わりしてしまった。…ヒューヒュー…水を飲めばどんな病や不調も乗り越えられるはずなのに、…ヒューヒュー…、今回は…」

貞佳(ていか)ちゃん。…ゴホン…何か心当たりは無いかな?君は元気そうに見えるのだが…?」


「…いえ。私には心当たりはありません。でもこの地域の水にそのような素晴らしい効果があったのですね。私も毎日美味しく頂いています。皆様が今、苦難の渦中にあることは私も心苦しく思っています。何かお手伝いできることがありましたら何でも言ってください。」


「ゴホッ…やっぱ、貞佳(ていか)ちゃんじゃないべか。」

「そだな。貞佳(ていか)ちゃんは…ゴホゴホ…水の影響がただ無いだけじゃないか?」

「100年程前にもそういう人がいたみたいだし。ゲホ…」

貞佳(ていか)ちゃんみたいな若い元気な子が水を飲んでくれないと…ゴホ」

町の人はこそこそとやり取りをして、話がまとまったようだ。


「何か悪かったな。貞佳(ていか)ちゃん。…ゴホゴホ…ちょっと儂らは皆、気持ちが後ろ向きになっているみたいだ。…ゴホゴホ…」

「いえ。困ったときはお互い様です。私もこの町の一員としてお助けしたいです!」


私は公民館からそのまま町の図書館に向かい、

この町の歴史と水についての調べものをする。

先ほど町長や町の方たちが言っていた事を確認。

この町の水には神の力が宿っており、

均一化の力があるのだそうだ。

私にもその力は確実に影響を及ぼしている。


町の人は私を元気と言っていたが、

私は都会に住んでいた頃から比べれば劇的に病状が改善している。

病…

と一言で片づけられない程。

仕事のノルマ・足の引っ張り合う同僚との人間関係・上司との人間関係・セクハラ・モラハラ・パワハラ・サービス残業・ストーカーの無言電話、手紙、尾行・元彼の金銭の無心・その彼女からの嫌がらせ・

様々な霊障は死霊なのか生霊なのか。原因不明の各種の病、体調不良。ストレスによる不眠・幻覚。


霊能力のあるっていう後輩が言うには

「先輩にのみ影響を及ぼすんですけど、先輩にはなかなか強く影響しないって言う悪霊?何なんですか?この悪霊。ちょっと私は無理です。近くにいるだけで、暴風雨に晒されてる感覚です。他の霊障も全て飲み込んで渦巻いている…う、、ごめんなさい!呪いも酷ッ…気持ち悪・・げぇぇ!」

この不幸の重なり合いはこの悪霊が引き寄せているの?


私は水を飲むことで記憶が曖昧になっている。

時間の感覚は長いような、それでいて短いようにも思える。

日々の行動は本能で行っているようで、

考えているような、何も考えていないような不思議な感覚。

顔の形も町の皆に似てきている気がする。

これは嬉しい事ね。


私にだけ渦巻いていた霊障と猛毒と呪いが町の人達にシェアされた。

町の皆が私になったんだもの。

私一人が背負っていた荷物を皆が背負ってくれた。

私は私から離れることで健康を取り戻していったわけね。

私は水を汚したと言えるのかしら。

こんなに美味しいのに。


もうこの町には人がいない。

皆が私になってくれたことで全員が死んでしまった。


私が一人で背負っていたものはそこまで重かったのね。

でもこの町に私以外いなくなったんなら、

もう私も出ていくことにするわ。

人は一人で生きられないもの。

私は荷物をまとめて、

スキップをしながらバス停へと向かった。

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― 新着の感想 ―
汚泥のブラックホール…? 悪霊のスーパースプレッダー…? あるいは、サイコ・ロード(キ○ガイの長)…? 田舎に土着の神と神秘的な水が存在することの不思議に驚くべきか、都会の汚濁の酷さを嘆くべきか。 …
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