初恋のあの人に会いたいワガママ姫、そのお相手は騎士団長のオレでした。(しかしその事実を二人は知らない)
こちらは楠結衣様主宰「騎士団長ヒーロー企画」参加作品です。
使用キーワード:頭ぽんぽん、短髪ヒーロー、回復薬
「喜べ。この試合に勝ったほうを、モニカの専属騎士としてやる」
王宮のはずれにある闘技場。
そこで見事決勝へと駒を進めた騎士団長のオレと副団長のガッツは、玉座に座る陛下の言葉に顔を見合わせた。
「せ、専属騎士?」
「どういうことだ、ランス?」
ガッツに聞かれてもわからなかった。
単純に「騎士の試合が見たい」というモニカ姫の意向で始まった剣術試合。
多くの参加者はいたものの、半分遊びのようなもので、誰も本気で戦ってはいなかった。
「モニカは強い男が好きでな。この試合の優勝者こそモニカの騎士に相応しい」
陛下の言葉が言い終わらぬうちに、バルコニーからモニカ姫が姿を現した。
ウェーブがかった金色の髪に大きな瞳。
絶世の美女と世界中から噂される美しい女性だ。
オレとガッツは互いに顔を見合わせたまま、コクッと頷いた。
(これはなんとしても負けなければ!)
絶世の美女とはいえ、こんなわがままな姫の専属騎士など、死んでも嫌だ。
それはガッツも同じだったようで、「死ぬ気で勝ちに来い」と言っていた。
「はじめ!」
審判役の騎士の掛け声とともに、つばぜり合いを始める。
しかしお互い負ける気でいるため、手にした木刀の乾いた音だけが響き渡る。
勝ちたくはない。
けれども負けようとしてるのに気づかれてもいけない。
なかなか高度な技術だったが、相手が熟練のガッツだったこともあり、意外といい勝負に持って行けた。
「おお、すごい戦いだ!」
「両者引けを取らないぞ!」
「モニカ姫の専属騎士という名誉がかかってるんだ、何が何でも勝ちたいんだろう!」
モニカ姫の素を知らない末端の騎士たちが声をあげる。
残念だが逆だ。
何が何でも負けたいのだ。
でもただ負けるんじゃなく、精いっぱいやって負けたという形に持って行きたい。
でないと疑われる。
オレは緩やかなガッツの剣戟を捌きながらチラリとバルコニーにいるモニカ姫に目を向けた。
ああ、見ている。
めっちゃ見ている。
なんかすごく不審そうに見ている。
「おい、ガッツ」
オレはガッツの剣を捌きながら小声で声をかけた。
「なんだ」
ガッツも小声で応じる。
「バルコニーを見てみろ。姫がちょっと不審がってるぞ」
「なに?」
ガッツも悟られないようにバルコニーに目を向けた。
そして瞬時に顔を青くする。
「ヤバいヤバいヤバいヤバい!」
「どうするガッツ?」
「どうするって、お前が勝ったらいいんだよ」
「嫌に決まってるだろう。お前が勝てよ」
「あんなワガママ姫の専属騎士なんてマジ勘弁!」
埒が明かないので、オレは咄嗟に「わあ!」と叫んで後ろに飛びのいた。
「……?」
不思議そうな顔をするガッツに言ってやる。
「くっ、さすがはガッツだ。風の魔法を使ってオレを吹き飛ばすとは……!」
そう言ってゼェゼェと肩で息をしながら膝をつく。
「風の魔法だって!?」
「すげえ、ガッツ様、魔法使えたんだ!」
オレの迫真の演技に盛り上がる会場。
オレは内心ふふんと笑っていた。
もちろんガッツに魔法など使えない。
けれどもこのチャンスを逃したら絶対に怪しまれるのがガッツの方だ。
さあ、来い!
完膚なきまでにオレを打ち倒せ!
そう思っていると、あろうことか今度はガッツが両目をギュッとつむった。
「………」
な、なにしてるんだこいつ。
「くっ、ランスめ! オレに暗闇の魔法をかけやがって! どこ行きやがった!」
ええー……。
こいつ、暗闇の魔法かかったフリしてるよ……。
「これじゃあどこにいるかわからん!」
そう言ってやたらめったら剣を振り回している。
もちろん、オレに背を向けながら。
「す、すげえ! ランス様まで魔法が使えるなんて!」
「暗闇の魔法なんて無敵じゃないか!」
さらに盛り上がる会場。
まずい。
目をつむった相手にやられたとなっては、騎士団長の沽券にかかわる。
それ以前に、負ける要素が見当たらない。
あんな状態のヤツからどうやって負ければいいんだ。
オレはしばらく膝をつきながらゼーハーゼーハー言っていたが、さすがに限界が来たので立ち上がった。
「これは勝負ありかな」
「暗闇の魔法を使われちゃあな」
「やっぱ優勝者はランス様か」
こらこら。
勝手に優勝者に決めつけるな。
負けるのはオレだ。
オレはなんとかこの状況を打開しようと懸命に考えた。
その間、ガッツはオレに背を向けたまま「どこだ、どこにいる!」と叫んでいる。
ここはガッツの自作自演の暗闇魔法が解除されるのを待つべきか。
しかしオレが自分でかけといて(ということになっていて)何もしないわけにもいくまい。
オレは剣を握り締めながらそっとガッツの正面に移動した。
あれだけブンブン振り回してるんだ。
運悪く当たって負けたことにできるかもしれない。
けれどもオレが正面に移動するたびにガッツはクルッと身体を反転させて背中を向けてくる。
こ、こいつ、絶対オレの方向わかってるだろ……。
そうこうするうちにバルコニーにいるモニカ姫が陛下にそっと耳打ちした。
な、なにをしゃべってるんだ?
と思った瞬間、陛下の口から恐ろしい言葉が飛び出した。
「あー、戦ってるところ申し訳ない。モニカから少し進言があってな。この試合に負けた方を専属騎士にしてほしいそうだ」
瞬間、ガッツのすさまじい剣戟がオレを襲った。
「ぐおおおおおっ!」
今までののらりくらりはなんだったのかというほどの凄まじい攻撃。
反射的に剣で防がなかったら完全に一本取られていただろう。
「ガッツ! おま、暗闇の魔法はどうした!?」
「今、治った」
「ウソつけ! いや、もともとウソだったけど!」
「悪いがランス、この勝負、オレがいただく!」
「させるか!」
今度はさっきとは打って変わって剣と剣がぶつかり合う激戦となった。
「うおおおおお! なんだこのつばぜり合い!」
「激しすぎる!」
「さっきと全然動きが違うじゃないか!」
会場もボルテージが上がりまくっている。
これは負けるわけにはいかない。
オレはガッツの剣戟をすべてはじき返し、そのまま懐深く飛び込んで行く。
こいつも強いほうだがまだまだオレの敵ではない。
一気に飛び込んで腹に一閃しようとした瞬間、また陛下から声が飛んできた。
「あ、やっぱり強い方が好きだから、勝ったほうが専属ね。だって」
へ?
と思った時にはすでに手遅れだった。
オレの繰り出した剣は、ガッツの身体を見事に吹っ飛ばしていた。
「げふう!」
ものすごい勢いで転がっていくガッツ。
あれ、絶対演技も入ってるだろうという転がり方。
そして腹をおさえながら「さすがはランス。まいりました」と嬉しそうに言ったのだった。
※
「ランス、優勝おめでとう」
剣術試合で優勝を決めたオレは、そのまま謁見の間に通され、モニカ姫と対峙していた。
「あ、ありがたきお言葉……」
嬉しくない。
全然嬉しくない。
「あなたの強さ、見てて惚れ惚れしました」
「恐縮です……」
「最初はなんだか気合が入ってなかったようですけど?」
「め、滅相もございません! 相手はあのガッツです。間合いを計っていたのです」
「間合いをねえ……」
言いながらツカツカとオレの近くに寄ってきた。
そして口と口がくっつきそうなほどの距離までやってきてこう言った。
「どう? 今のわたくしの間合いは?」
「ち、近いです……、姫」
「わたくしの専属騎士となる方ですもの。これくらいの距離は当然ですわ」
ひえええ。
近すぎて怖い。
「それとも、こんなに近くまで寄られるのは嫌?」
「い、いえ。美しさのあまり崩れ落ちそうです」
「まあ嬉しい」
本当に嬉しがってるのだろうか。
目が全然笑ってない。
「それよりもランス」
「は、はい?」
「あなたにお願いがあるの」
とたんに静かな声になるモニカ姫。
「な、なんでございましょう?」
自然とオレの声も小さくなる。
モニカ姫は周囲の目を気にしながらひっそりと言った。
「わたくしを外に連れ出してくださらない?」
「は? 外に?」
「わたくし、どうしても会いたい人がいるの」
「会いたい人?」
「そう、わたくしの初恋の人」
そう言ってポッと頬を赤らめるモニカ姫。
意外だった。
こんな自由奔放でワガママな姫に初恋の相手がいたなんて。
あれ?
じゃあ専属騎士にするって話は?
オレが不思議に思っていると、モニカ姫は「うふ」と笑った。
「あなたを専属騎士にするというのは方便です。騎士様とこうして間近でお話をするには私の専属と言う立場でしかできませんもの」
言われてみれば確かにそうだ。
一国の姫が一介の騎士にこんな間近で会話をしていたらみんな不審がるだろう。
相手が専属騎士ということであれば、変な噂も立たないはずだ。
なるほど、よく考えている。
「安心してください。わたくしの気が変わったということで専属騎士にするという話は最後には破棄いたしますから」
とりあえずオレはモニカ姫の専属騎士にはならないとわかり、ホッとした。
「………………今、ちょっとホッとしませんでした?」
「いえいえいえいえ! 滅相もございません! 大変残念でございます! ああ、無念!」
モニカ姫は「はあ」とため息をつき、
「まあ、いいですわ」
とつぶやいた。
「それでは明朝、城下町へのエスコート頼みますね」
「ぎ、御意」
モニカ姫の言葉にオレは頭を下げたのだった。
※
「モニカ姫、お迎えに上がりました」
翌朝。
モニカ姫の部屋の前でかしこまっていると、扉がスッと開いた。
現れた彼女の姿にギョッとする。
なぜならド派手なドレスに着飾っていたからだ。
赤を基調としたドレスだった。
高そうなネックレスにダイヤが散りばめられた指輪までしている。
「…………」
目を奪われたのではない。
むしろ逆だ。
ちょっと引く。
「あ、あのー、姫。この姿で外に行くおつもりで?」
「もちろん。愛しい彼に会いに行くのですから。どうかしら? 情熱の赤いドレスですわ」
「え、ええ。お似合いでございます」
できればもっと普通の格好をして欲しいのだが。
この姿で街に出たら大騒ぎになるんじゃないか?
下手したら命を狙われる危険性もある。
「ですが姫、城下町はいろんな人間がおります。それこそ金品を奪おうとする悪党も。あまり目立つ格好は控えていただきたいのですが……」
「どうして? その悪党から守ってもらうために剣術試合の優勝者を選んだのですよ?」
ですよねー。
わかってはいたけれども。
要は強い護衛を伴って外に出たかったわけだ。
騎士団長とはいえ、大勢の敵に囲まれたら勝ち目はないのだけれども……。
しかしモニカ姫の目はオレがいればどうにかなると信じて疑ってないようだった。
「でもそうですね。ランスが言うのであればもう少し地味にしましょうか」
そう言って指輪をいくつか外した。
地味の定義とはこれいかに。
「おおモニカよ。そんなに着飾ってどこへ行くのだ?」
そこへ国王陛下がやってきた。
慌ててオレは膝をつく。
モニカ姫は国王陛下の顔を見るなり嬉しそうに言った。
「このランスが城下町を案内してくれるそうです」
「じ、城下町? しかしモニカよ、城から出るのは少々危険が伴うぞ?」
「大丈夫ですわ、お父様。このランスはなんといっても剣術試合の優勝者ですから」
ギロッと国王陛下がオレを睨みつける。
ヤバい、おしっこちびりそう。
「まあ、あの試合の優勝者で、しかも暗闇の魔法も使える貴殿が護衛につくのであれば安心か」
全然安心してなさそうな顔で言われた。
ってか、オレ暗闇の魔法使えないんですけど。
「モニカよ、くれぐれも気を付けるのだぞ」
「はい、お父様」
「そしてランスよ」
「はっ!」
「娘を頼むぞ。万が一キズでもつけたら……わかっておるな?」
「は、はっ!」
わかりましぇーん!
全然わかりましぇーん!
わかりましぇんけど、姫に何かあったら自分の身がヤバいことだけはわかった。
オレは何があってもモニカ姫を守ろうと心に誓った。
※
城下町は今日もにぎやかだった。
いたるところに出店が立ち並び、店主たちが声を張り上げている。
その中をモニカ姫が歩き、その後ろをオレがついていく。
ド派手なドレスで颯爽と歩くものだから、みんな何事だと目を丸くしていた。
「なんだありゃ、ものすごいべっぴんさんじゃねえか」
「どこの令嬢だ?」
「この辺りじゃ見かけない子だねぇ」
そんな会話が耳に入って来る。
そりゃそうだ。
モニカ姫はあまり人前には出ず(というよりも国王陛下が溺愛しすぎて外に出さなかったため)その顔は一般国民にはあまり認知されていないのだ。
だから(性格はなんであれ)絶世の美女であるモニカ姫の姿に街の人々はポへーッとなりながら見つめていた。
「ランス」
そんな中、モニカ姫は立ち止まってオレに声をかけてきた。
「はっ!」
慌てて返事をする。
やだなー。
なんか無理難題言ってきそうで怖いなー。
「わたくし、急に小腹が空いてきました。ケーキと紅茶を用意してくださらないかしら」
はい、出たーーーー!
姫のワガママが出たーーーー!
こんな街中でケーキと紅茶なんて用意できるわけないでしょ!
「ひ、姫。恐れながらここは城の中ではございません。ケーキや紅茶はすぐにはご用意できません」
「ないの!?」
「少なくともここでは……」
「なによ、騎士団長のくせに使えないわね」
「…………」
ぐっ。
我慢、我慢だぞランス。
モニカ姫のワガママは今に始まった事ではない。
辛辣な言葉を投げ掛けられるのは覚悟していたではないか。
ここは愛しい彼とご対面されるまでは我慢するのだ。
そう思い、ふと顔を横に向けると、みたらし団子を売っている店を発見した。
みたらし団子。
確か東方の国のお菓子だ。
オレも食べたことはないが、それはそれは甘じょっぱくて最高に美味しいらしい。
あれならどうだろう。
「姫、あそこにみたらし団子のお店があります。あちらになさっては?」
「ランス。わたくしはケーキを食べたいと言ったのです。それ以外のものを食べろと?」
ああ、ヤバい。
だんだん機嫌が悪くなっていく。
愛しい彼に会う前に殺されるかもしれない。
「ま、まあまあ、姫。一口召し上がってみてください。きっと気に入りますから」
オレも食べたことはなかったが、ここは賭けに出るしかなかった。
巷で話題のみたらし団子。
きっと美味しいに違いない。
ってか、そうであってくれ。
オレの渾身の(?)説得が功を奏したのか、モニカ姫は「まあいいでしょう」と頷いた。
オレはホッとため息をつき、急いでみたらし団子を1本買ってきた。
白くて丸い練り物が3つ串に刺さり、とろりとした液体が塗られている。
それを差し出すと、モニカ姫は怪訝な顔をした。
「…………これが人間の食べ物なの?」
ああ、まずい。
さらに機嫌が悪くなっていく。
「姫、騙されたと思って召し上がってみてください。ものすごく美味しいはずですから」
「ランスがそこまで言うのでしたら」
オレの言葉にモニカ姫は嫌々ながらも3つ刺さった練り物のうちの一つを口に入れた。
「……ど、どうですか?」
「………」
「………」
「………」
「………姫?」
モニカ姫は睨みつけるようにオレを見つめながら口をもごもご動かしている。
ど、どうなの?
美味しいの? 美味しくないの?
と、次の瞬間。
「まあ、悪くはないですわね」と頷いた。
よっしゃあああああああ!!!!!
セーーーーーーーーーフ!!!!!
「騙されたから死刑」とか言われたらどうしようかと思ってしまった。
「甘くてモチモチしていて食べたことのない食感と味ですね。気に入りました」
「それはようございました」
「ランス、お城で食べられるようにありったけのみたらし団子を買っといてちょうだい」
「あ、ありったけですか?」
「そうよ、ありったけ」
「……ぎ、御意」
ここにきて別のワガママが発動してしまったようだ。
オレは「はあ」とため息をつきながら、紙袋いっぱいのみたらし団子を買わされたのだった。
※
それからもモニカ姫のワガママは続き、気づけばオレは両手いっぱいの紙袋を持たされていた。
信じられます?
途中で立ち寄る洋服店や宝石ショップで値段も見ずに気に入ったものを片っ端から買ってくんですよ?
常軌を逸してるとしか思えない。
「ところで姫」
これ以上衝動買いをされないように、オレは楽しそうに前を歩くモニカ姫に尋ねた。
「なにかしら?」
そんなモニカ姫は町中の店を物色しながら答える。
「ええと、初恋の相手というのはどんな人なのですか?」
オレの問いかけに、振り返ってギロリと睨みつけてきた。
ひええ、肝が冷える。
「も、申し訳ございません! 出過ぎたことを申し上げてしまいました!」
慌てて謝るとモニカ姫は「まあいいですわ」とため息をつきながら教えてくれた。
「実はわたくしもよく知らない方なのです」
「よく知らない方?」
「10年前、お忍びでこの町を歩いてた時、悪漢に絡まれてしまったことがありましてね」
10年前というと、モニカ姫が12歳の時か。
オレはまだ15歳で騎士団に入る前だ。
お忍びで町に来るなんて、相当お転婆だったようだ。
「ものすごく怖かったわ。殺されるかと思いました」
当時を思い出すように身震いするモニカ姫。
そうか、だから町に出るのに強い護衛を求めていたわけか。
「ですがその時、一人の青年が颯爽と現れて木刀一本で悪漢たちを打ち倒し、わたくしを助けてくれたのです」
「へえ、木刀一本で」
そういえばオレも騎士になりたくて夢中で木刀を振ってたっけ。
木刀一本で大人を打ち負かすとは、なかなかの使い手だな。
「どんな特徴の男ですか? ぜひオレも手合わせしてみたいですね」
「短髪で、黒い髪をしていました。目は青くて、そう、ランスのような瞳の色です」
黒髪に青い目。
騎士の中に思い当たるヤツはいない。
「わたくしがお礼を言おうとしたら、頭をポンポン叩いて『怪我はないか?』って言ってくださったんです。もうその仕草だけでわたくしは一瞬で恋に落ちました」
顔を赤くしてうっとりするモニカ姫。
だいぶ当てられたらしい。
そういえばオレも昔、柄の悪そうな男たちに絡まれてる少女を助けたことがあったっけ。
どこの子か知らないけど、お人形さんみたいに可愛い子だったな。
「それで、その方が泣いてるわたくしを自宅へと招いてくださって、念のためといって回復薬をくださったのですわ」
「優しい方だったのですね」
そういえばオレも、その女の子を家に招いて貴重な回復薬をあげたっけ。
「さらに食事までご用意してくださって」
そういえばオレも、その女の子と一緒にご飯食べたな。
「わたくしの食べ方を見て『どこかのお姫様みたいだな』ってからかってきて」
そういえばオレも、その女の子の食べ方があまりにも綺麗だったから「どこかのお姫様みたいだな」って言ったっけ。
「わたくしが恥ずかしそうにうつむくと、『あはは、冗談だよ冗談』っておっしゃって」
そういえばオレも、その子が恥ずかしそうにしてたから「冗談だよ冗談」…………
って、それオレじゃねーか!!!!
どう考えてもオレじゃねーか!!!!
え、なに? どゆこと?
もしかしてオレが助けた女の子ってモニカ姫なの?
そうこうするうちに、モニカ姫が立ち止まった。
「ここですわ」
オレの目の前には一軒の小さな家が建っていた。
白い壁に赤い屋根、二階は丸窓で庭には芝生が……。
って、オレの実家じゃねーか!!!!
オレが生まれ育った家じゃねーか!!!!
なになに?
やっぱりモニカ姫の初恋の相手って、オレのことなの!?
「ここが、あの方のいた家ですわ。10年も経ってるからまだいらっしゃるかわかりませんけど」
「あ、あのー、姫……」
事実を告げようとすると、モニカ姫が玄関のドアをノックした。
すぐに「はーい」と中の住人が顔を出す。
現れたのは紛れもなくオレのおふくろだった。
「はい、どちらさま?」
「お初にお目にかかります。わたくし、この国の第一王女モニカ・ハーヴェストと申します」
そう言って綺麗なカーテシーを決めて見せる。
「は、はあ」
おふくろはわけがわからずポカンとしている。
そりゃそうだよな、いきなり自国のお姫様が尋ねて来るなんて思いもよらないよな。
そんなおふくろは、オレに目を向けると「あらまあ!」と叫んだ。
「ランス! ランスじゃないの! あんた、そんなとこでなにしてんの!」
普段は宿舎勤めだから、戻ってくるのは半年ぶりくらいか。
相も変わらず元気のいいおふくろだ。
しかしそんなおふくろの言葉にモニカ姫は「は?」と眉を寄せた。
「モニカさんとおっしゃいましたっけ? うちのランスがいつもお世話になっております」
お世話になっておりますじゃないよ!
目の前にいるの、王女様なの!
気付いて!
「うちのランス?」
モニカ姫が目を向ける。
「は、はは……」
オレはもはや笑うしかない。
「うちのランスって……?」
「申し訳ございません、姫。ここ、自分の家です」
「ええと、ちょっと待って。どういうこと?」
「ここ、自分の家」
混乱している。
思いっきり混乱している。
そりゃそうだ、オレも混乱しているのだから。
「ええと、ランスがこの家の子で、私が会いたいと思ってた初恋の人がこの家の子で……」
やがてモニカ姫がハッとして、今にも掴みかからんばかりの勢いでオレに詰め寄って来た。
「あなたが! あなたがわたくしを助けてくれた人だったの!?」
「ひいっ! ど、どうやらそのようで!」
「回復薬をくれたのも!」
「自分です!」
「頭ポンポンしてくれたのも!」
「自分です!」
「一緒にご飯を食べたのも!」
「自分です!」
モニカ姫は口をパクパクしながら、やがて周辺に響き渡るほどの声で叫んだ。
「いいいぃぃぃやあああぁぁぁーーーーーッ!!!!!」
オレも叫びたいわ!
※
玉砕した。
モニカ姫の初恋は見事に玉砕した。
まさか一目惚れした相手がオレだったとは。
「終わった……」
帰る道すがら、モニカ姫は死んだ魚のような目をして放心していた。
あれだけ恋焦がれてた相手がオレだったのだ、無理もない。
オレはかける言葉もみつからないままモニカ姫の後ろを歩いていた。
こういう時、なんて言えばいいのだろう。
「元気出してください」は違うだろうし。
「こういうこともありますよ」もないだろうし。
「新たな恋を見つけましょう」なんて言ったらぶん殴られるだろうし。
黙って後ろを歩いていると、不意にモニカ姫が振り向いた。
「ランス」
「は、はっ!」
「今日のことは絶対に他言してはいけませんよ」
「は!」
「わたくしの初恋の相手があなただったなんて知られたら、わたくし生きて行けませんから」
そんなにですか。
「はあ」とため息をつくモニカ姫。
よっぽど初恋の相手がオレだったことがショックだったらしい。
ほんと、なんていうかすいません。
その時である。
「うひょー、見ろよ。金づるが宝石まみれで歩いてやがるぜ」
「おお! いい女じゃねえか。こりゃ女だけでも相当の値がつくな」
「全部売ったらいくらになるか見当もつかねえぜ」
まずい。
何も気にせずモニカ姫の後ろを歩いていたが、気づけばここは悪党通りではないか。
城下町の端にある薄暗い裏通り。
多くの悪党がはびこるこの通りは、我々騎士団でも手を焼いている。
まさかこんな場所に迷い込んでしまっていたなんて。
「おい、男。お前は逃がしてやってもいいぜ。女を置いていってくれたらな」
げひひ、と下卑た笑いが巻き起こる。
悪党だけあって品がない。
「ランス」
モニカ姫は怯えた表情でオレの後ろに隠れた。
無理もない。
街の治安も守る騎士団にとってはこういう輩を相手にするのは日常茶飯事だが、モニカ姫からしたらこんなガラの悪い連中に声をかけられるなんて恐怖以外の何物でもないだろう。
しかし相手は見たところ十人前後。
これくらいならオレ一人で切り抜けられる。
オレは両手に抱えた買い物袋を地べたに置いて安心させるようにニッコリとほほ笑んだ。
「姫、ご安心ください。姫には指一本触れさせませんから」
そう言って剣を抜き放つ。
モニカ姫に危害を加えようとするならばここから先は騎士団長のオレの出番だ。
オレは怒気をはらんだ声で悪党どもに言ってやった。
「おい貴様ら、ひとつ忠告してやる。死にたくなければとっとと失せろ」
剣を向けるオレに、悪党どもは一瞬ひるんだ。
しかし彼らはすぐに気を取り直し「ケッ」と唾を吐いてナイフを取り出した。
「んだ、てめえ。女の前だからっていい気になりやがって」
「ならてめえを殺して女を奪ってやるまでよ」
「今さら後悔しても遅いぜ」
いかにも三流のザコキャラが言いそうなセリフだ。
オレは背後にいるモニカ姫に目配せしながら言った。
「姫。自分の後ろから離れないでくださいね」
「ランス、頼みましたよ」
言い終わるか終わらないかのうちに、悪党どもが一斉に襲いかかってきた。
「死にやがれ!」
オレはその動きを瞬時に見極めてナイフを弾き飛ばし、剣の柄で悪党の一人を殴り飛ばした。
「げふう!」
殴られた悪党はゴロゴロと転がって気絶する。
本来なら王族に刃を向けた輩はその場で斬り殺してもいいのだが、モニカ姫の目の前でそんな血生臭いことはしたくなかった。
「こ、このやろう!」
次々に襲いかかってくる悪党。
オレは片っ端から彼らのナイフを弾き飛ばし、剣の柄で打ち倒して行った。
「な、なんだこいつ!」
「強えぞ!」
オレが一歩も動かず返り討ちにするものだから、残りの悪党どもがざわつき始める。
日頃、訓練しているのだ。こんな輩にやられるわけはない。
その間にもひとり、ふたりと打ち倒していく。
そしてここぞとばかりに言ってやった。
「お前ら、ここにおわすお方をどなたと心得る! この方は我がマクシミリアン王国の第一王女モニカ姫であらせられるぞ!」
ちょっと芝居がかったセリフだが、場がさらにざわついた。
「モ、モニカ姫だって!?」
「ま、まさか王女様!?」
「なんだって王女様がこんなところに!」
よしよし、いい感じで及び腰になっている。
王族に刃を向けたとあっては、この国では生きていけないからな。
「知らなかったとはいえ、王族に刃を向ける罪は重い!」
「う、うう……」
「死にたくなるような拷問以上の苦痛を味わわせてやるぞ!」
「ひいい……」
「それとも今ここで死にたいか?」
「ご、ご勘弁をー!」
案の定、悪党どもは情けない声をあげながら気絶した仲間を抱えて一目散に逃げて行った。
やれやれ。
今のご時世、拷問自体がご法度なのだが、ハッタリが通じたようで安心した。
悪党どもがいなくなり、二人きりになったところでオレは振り返った。
「姫、お怪我はございませんか」
「………」
モニカ姫は顔を真っ赤にしながらオレを見つめていた。
「ひ、姫?」
どうしたんだろう、熱気にでも当てられたのだろうか。
あんなに怖い思いをしたのだから、当然かもしれないが。
「どうされました? もしかして弾き飛ばしたナイフでも当たりましたか?」
まずい。
モニカ姫の方向には飛ばないようにナイフを弾いたつもりだったが、もしかして軌道がそれてしまったか。
しかしオレの心配をよそにモニカ姫はコホンと咳をして「だ、大丈夫です、怪我はありません」と答えた。
ホッと胸をなでおろす。
「ありがとう、ランス。おかげで助かりましたわ」
「あんな連中、どうってことはありません。姫の身体に傷がつくほうが怖いです」
国王陛下の言葉もあるし。
っていうか、今思ったのだが失恋による心の傷は含まれるのだろうか。
「万が一キズでもつけたら」という国王陛下の言葉に身震いする。
ってか、大丈夫だよね?
心の傷は含まれてないよね?
あの場合、不可抗力だし。
しかしモニカ姫は死んだ魚のような目からなぜか今朝のようなイキイキとした目へと変わっていた。
「ランス!」
「はっ!」
「わたくし決めました!」
「何をですか?」
「あなたをわたくしの正式な専属騎士にします!」
「……………………………は?」
は?
「……………………………は?」
思わず「は?」を連発してしまった。
「姫、それはいったいどういう……」
「よくよく考えたら、わたくしが申し出た剣術試合ですものね。その優勝者であるランスにいきなり専属騎士の任を解くというのも王家の信用問題に関わります。当面ランスはわたくしの専属騎士ということにしておきます」
ち、ちょっと待って。
話が違うじゃないか。
「そういうことで、ランスは仕事以外はわたくしの側にいるように」
「い、いえ、姫。できれば自分は……」
「それとも、わたくしの専属騎士となるのは嫌?」
出たーーーーーー!!!!
絶対断れないやつーーーーー!!!!
「い、いえ、滅相もございません。恐悦至極に存じます……」
「うふふ、嬉しい」
ああ、このやりとり、昨日もしたな。
地べたに置いた買い物袋を拾い上げると、なぜかモニカ姫はオレの腕にがっしりとしがみついてきた。
「ひ、姫。そう密着されると動きづらいのですが……」
「うふふ、いいのです。なんといってもランスはわたくしの専属騎士なのですから♡」
「………は、はあ」
どんな心境の変化だろうと思いながら、オレは大量の買い物袋とモニカ姫を抱えてお城へと帰還したのだった。
その後、モニカ姫の猛アプローチで彼女と結婚し、彼女のワガママに振り回されながらも周りから「仲睦まじい夫婦」と呼ばれるようになるのは5年後の話。