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6 アルフォンスはエルリーナの誤解を解く


アルフォンスがエルリーナを捕まえたのは、パーティーが行われる会場に使用している第一会場から離れた場所にある庭園だった。


庭園はちょうど入学を迎える生徒を歓迎するように色とりどりの花が咲いていた。

そして香りが混ざり合わないようにわざわざ香りがきつくない品種の花たちを集めたのか、見るのは好きでも香りが…と花を敬遠する男性でも気軽に足を運べる場所になっている。

いつもは、勿論授業以外の時間帯ではあるが、それでも必ず誰かいる庭園でも現在は全校生徒が新入生を祝うためのパーティーに参加していることもあり、庭園には誰もいなかった。


そんな庭園で息を切らせる男女が二人。

アルフォンスとエルリーナである。


「リーナ、どうか私から離れないでくれ…」


思った以上に足が速いエルリーナをもう逃がさないとでもいうかのように、エルリーナの細い腕をがっちりと、だが優しく握りしめるアルフォンス。

対するエルリーナはアルフォンスに背を向けた状態で、決して向き合おうとはしなかった。

何故なら今エルリーナはボロボロと涙が溢れ、きっと目は充血し、もしかしたら鼻水まででているかもしれない。

とてもじゃないがアルフォンスに見せられる顔をしていないからだ。

といってもアルフォンスにとってはどんなエルリーナも見逃したくないと思うところだが、それでも悲しい表情で涙を流す姿をみるのは心が痛むもの。

エルリーナを泣かす奴を懲らしめてやりたいが、今回は自分も原因の一つであることは理解しているつもりである。

エルリーナの兄であり、自分の友人でもあるベルガートから、『妹は例の本にご執心で、しかも現実に、それも自分の身に起きてしまうと思っているようだ』と言われていたのだ。

だからこそアルフォンスはそんな勘違いをしないよう、学園に入学するまでの間例え帝王学の教育が詰め込まれていても、絶対にエルリーナに会う時間だけは確保していた。

エルリーナに会うために。

エルリーナにこれでもかというほど愛情を注いで自分に愛されていると自信を持たせ、婚約解消などといった不穏な言葉など一切考えさせることないように仕向けるつもりが、結局は次期王位を継承する為の教育に疲弊していた己の心身を癒されるだけになってしまっていたが。

つまりアルフォンスに運命の相手が現れ、エルリーナは婚約破棄される運命だという不安を取り除くためだった期間が、結局は自分が助けられ、そしてまたエルリーナを不安にさせてしまったのだ。

その為アルフォンスはどうしていいのかわからなかった。

これ以上どうすればエルリーナを繋ぎとめられるのか、わからなくなっていたのだ。


「…リーナ…」


ポツリと呟かれた言葉は思わず自分でも驚いてしまう程に弱弱しかった。

だが納得すらしてしまう。

それほどアルフォンスにとってのエルリーナは特別な存在なのだ。


そもそもエルリーナが勘違いしてしまう様な小説がこの世に存在していること自体が災いなのではないか。

そんな考えが過ると辿り着く対応はこれだ。


(全て作者ごと燃やしてしまうか)


そんな物騒なことまで考えていると、アルフォンスと同じ位に弱った声で呟かれた。


「アル、様…」


「リーナッ!私だ!アルフォンスだ!君のアルフォンスだよ!」


まるで記憶喪失になった者に自分の事を思い出してもらいたいかのように、必死に何度も名を告げているアルフォンスだが、エルリーナは決して記憶を失ってはいない。

寧ろしっかりしている方だ。

小説の内容を自分にも起こるのだと誤解するほど阿保…いや純粋ではあるが、エルリーナはこれでも成績優秀である。

当たり前だ。

公爵家が認める家庭教師を幼いころから受けさせていたのだから。

更に民である平民の声もしっかりと聞き入れる器を持っている為、それはそれは心優しい王妃になるだろうと、現王と現王妃もこの国の将来がより良い国になるだろうと楽しみにしているほどの人材だ。

まだ本格的な王妃教育は行われていないが、王宮でお茶会を開催する際に王妃がさり気なく教えていることから、厳しいと言われる王妃教育もエルリーナならばこなしてくれるだろうとも思っている。

それほどにエルリーナは優秀なのだ。

時々変な方向にいってしまうほど、変に純粋なだけで。


でもエルリーナはそれを疑問に思うことはない。


「アル様、私、私は…やっぱりアル様の運命の相手ではないのですっ!

アル様の運命の人は_」


「私の運命の相手は君だよ。リーナ」


運命の相手は他にいると、今にでも言いそうなエルリーナに対しアルフォンスはすぐさま否定した。

そしてぎゅっと後ろから抱きしめると、一度はそのまま収まるエルリーナだったが、すぐに暴れ始める。

まるで自分が抱きしめられるのはいけないことだと、そういっているかのようにエルリーナは初めてアルフォンスを拒絶した。


「リーナ、エルリーナ!」


エルリーナの名前を呼びながら暴れるエルリーナをどうにか抑え、そして向き合う形で抱きしめる。

華奢な腕な筈なのに、意外と力強いエルリーナの新たな一面をみたと少しだけ嬉しく思いながらも、それでも拒否されている事実とたくさんの涙を流したエルリーナの痛々しい目元を見て、胸を痛めながらアルフォンスはエルリーナを抱きしめ続けた。

勿論これはアルフォンスがエルリーナを傷つけないために、力加減をしているからこそエルリーナは暴れられるだけである。

アルフォンスが本気で抱きしめたら、エルリーナは腕一本も動かせず逃げられないだろう。

寧ろあまりの力強さに気を失ってしまうかもしれない。


「僕の話を聞いてくれ!」


アルフォンスが叫ぶ。

抱きしめているということはエルリーナの耳元近くで叫ぶということだが、今ばかりは気遣える状況になかった。

だが、そんな必死なアルフォンスの想いが届いたのか、ぴたりとエルリーナが大人しくなる。


「…初めて会った時のことを覚えているだろうか…?」


囁くそうな声色にエルリーナは声には出さずとも、小さく頷いた。

そんなエルリーナの反応を感じたアルフォンスは小さく笑みを浮かべる。


「君は君の父君であるレイアント公爵と共に王城に訪れて、僕たちはそこで初めて会ったよね。

その時僕は思ったんだ。君が欲しいって」


「…?」


「こういうの一般的に一目惚れっていうんだよね。

現実に起こる事柄には全て説明できる理由があると僕は子供の頃から思っていたんだ。

事実や現象を理解し、情報を整理することで、一貫性と矛盾のない結論を導き出す論理的な思考は最も重要で必要なことだと考えていたんだ。

だけどあの日、君を見た時僕はただただ君が欲しいとだけ考えていた。

何故欲しいのか、君から目を離せないのは何故なのか、いつもなら何故そう思ったかその理由を考えてから確実に手に入れるための行動に出ていたはずなのに、君の前ではそうはいかなかった。

上手く話せているだろうか、目は泳いでいないか、君にカッコ悪いと思われていないだろうか、君は楽しんでくれているだろうか、ただそればかりが頭にあったんだ」


「……」


「リーナと交流してだいぶ時間が経った後、僕は初めて気付いたんだ」


「それは…なんですか?」


アルフォンスを拒否していたエルリーナがここで初めて口を開いたことに、アルフォンスは嬉しい気持ちで涙がこみ上げる。

エルリーナがアルフォンスに興味を持ってくれたことが嬉しかったのだ。

抱きしめたことを、そしてアルフォンスにはエルリーナではない別の相手がいるのだと、他でもないエルリーナに思われていることが、アルフォンスにはエルリーナの特別な存在になれていないのだと、そう思ってしまっていたから。


「僕の運命の相手ってリーナは言ったね。

僕はね、もう運命の人に出会っているんだよ。ずっとずっと幼い頃に。

そして僕は運命の人であるエルリーナ・レイアント公爵令嬢である君を手に入れるためにずっと行動していた」


「…わ、私が運命の…?」


顔を上げたエルリーナは戸惑い大きな目を更に大きく見開くその表情を見たアルフォンスは嬉しそうに微笑を浮かべる。

だがアルフォンスの碧眼の瞳は涙で溢れ、瞬きを一つでもすればすぐにでも涙をこぼれさせてしまうほどだった。

そんなアルフォンスの表情を目にしたエルリーナは、初めて自分がアルフォンスを傷つけてしまったのだと気づいて胸を痛めた。


「そうだよ。僕はね、リーナを初めて見た時すごく衝撃的だった。

よく聞くよね。一目惚れをしたとき、雷に打たれたような衝撃だったって言葉。

あれを僕は自分で体験していたんだ。そしてリーナの外見もそうだけど、そのあとリーナと交流して、僕はリーナに安らぎを感じていた。

つまりはリーナの外見も中身も全て好ましいと思ったんだ。そしてずっと傍にいてほしいって、そう思った」


「アル様…」


アルフォンスの頬に流れる一粒の涙に、エルリーナは手を伸ばす。

そしてエルリーナのその手をアルフォンスは抱きしめていた片方の手を離して握りしめ、手首に口付けを落とす。


「リーナが誤解しないようにはっきりいうよ。

僕の運命の出会いは君と出会ったあの日で、僕の運命の相手はエルリーナ、君だよ」


「っ」


「どうか僕と結婚して、一生傍にいてほしい」


「アル様っ、私、私は…」


エルリーナはアルフォンスに涙を流させてしまったことを自分の所為だと考えた。

アルフォンスの言葉は嬉しい。

アルフォンスの運命の相手が自分ではないということに胸を痛めたくらい、エルリーナだってアルフォンスのことを好きなのだ。

だからアルフォンスのプロポーズの言葉は嬉しいけれども、でも自分がその手を掴んでしまっていいのだろうかと考え躊躇していた。


だがアルフォンスのすべてを包み込むような、優しい笑みをみてエルリーナは考えを改めた。

そして頷いて、アルフォンスの手を取った。


こうしてアルフォンスはエルリーナの誤解を解くことに成功した。

エルリーナはベルガートの言葉通り、物語と現実は別物なのだと、アルフォンスの手をとりパーティーが行われているだろう第一会場へと向かう途中考えていた。


「リーナ。リーナには謝らなければいけないことがあるんだ」


ぎゅっと繋がれている手に少しだけ力を込めたアルフォンスが、硬い表情をしたまま言った。

エルリーナはなんだろうと首を傾げつつ話を促す。


「実は…」


「実は?」


「……実は、私とリーナの婚約は正式なものではないんだ」


エルリーナは驚いた。

先ほどまで自分のことを“僕”と呼んでいたアルフォンスが今では“私”と呼んでいたこともそうだが、婚約関係が正式なものではないということの方が衝撃的だった。


「貴族の中には派閥が存在している。高位貴族であるレイアント公爵家からの嫁入りをよく思わない貴族も一定数だがいるんだ。

勿論父上も母上もリーナが私の妻となり、そして王妃として国をより良い方向に導いてくれることを期待している。

だからこそ、周りに気付かれないようにそれとなく王妃教育の内容を少しずつ教えているのだが…」


「へ?」


「もしかして気付いていなかったのか?」


エルリーナはアルフォンスの問いかけに頷いた。

確かにお茶会を開くとき王妃はエルリーナと共に誰を呼ぶか、誰をどの席に座らせるか、茶会のテーマはどうするか、内装は、出し物は、と決めていた。

思い返してみればあれは少しずつ王妃がエルリーナに教えているのだと考えられる。

なぜ今まで思いもつかなかったのかと疑問だが、優秀なエルリーナは純粋でもあるため、疑問に思わずに受け入れてしまうのだ。

まぁその点はアルフォンスがカバーすれば大きな問題にはならないだろうと、アルフォンスは突っ込むこともせずに笑みを浮かべる。

優しい笑みだ。


「でもそういうことだったのですね…」


「そういうこととは?」


エルリーナの呟きにアルフォンスは尋ねた。

エルリーナの婚約者は自分なのだと思い込ませていたアルフォンスは、周りにもそう答えるように指示していたのだ。

一体だれがエルリーナに婚約候補者であるという事実を教えたのだと目を光らせる。


「実は学園に入学した時尋ねられたのです。

アル様とはどんな関係なのかと…、私はアル様の婚約者だと思っていたのでそう答えたのですが、周りの反応は違いました。

アル様には婚約者はいないと、そう言われてしまったのです」


確かにエルリーナが婚約者だと公表してはいなかった。

何故なら公表するタイミングはアルフォンスが学園を卒業し、成人になってからと考えていたからだ。

今までエルリーナの周りにはアルフォンスやアルフォンスに仕えるもの、そして名ばかりの婚約候補者というアルフォンスとエルリーナの応援の会も者たちだけだった。

エルリーナは公爵家の令嬢だ。

学園に入っても付き合う者たちは変わらないだろうと甘く考えていた結果が、エルリーナに余計な情報を入れさせることとなった。

そしてそれがただでさえ純粋なエルリーナの誤解に歯車をかけてしまったのだ。


アルフォンスは悟った。

元凶はあの忌々しい物語を綴る本であることは確かだが、原因の一部には自分の今までの行動も含まれていたのだと。


「リーナ、君に不安な思いをさせてしまい申し訳なかった。

本来ならば私の卒業のタイミングでと考えていたのだが、君が望むのなら今すぐにでも婚約者は君だと公表を…」


「いいえ、大丈夫です」


「…リーナ?」


首を振るエルリーナにアルフォンスが不思議そうに眉を顰める。

エルリーナはそんなアルフォンスをみてにこりと微笑んだ。


「私、アル様が自身のことを“僕”と言っているのを初めて聞きました」


「ぁっ…」


アルフォンスは今まで隠していた一人称を慌てていた為使ってしまっていたことに今更ながらに気付いた。

そして、“僕”という子供みたいな一人称を使っていることを最愛のエルリーナにバレてしまったことに慌てた。


「ふふ…。いつも冷静なアル様の一人称が変わる程アル様は必死だった。

それくらい私への想いは本気であることを知ったのです。

私はもう勘違いしません。ですので、公表は然るべきタイミングで行ってください」


力強さを感じる瞳にアルフォンスは思わず目が離せなくなる。


____ああ、やっぱり君は僕の運命の人だ。


こんなにも自分を夢中にさせる人はいただろうか。


こんなにも自分に感情というたくさんの気持ちを感じさせた人はいただろうか。


否。


そんな人は後にも先にもエルリーナ、君だけだ。


アルフォンスは足を止めた。

そして繋いでいるエルリーナの手を、己の方向へと少しだけ引く。

そうすることで華奢なエルリーナの体は簡単に傾く。


アルフォンスはエルリーナの体を抱きしめた。

先ほどのような焦りや不安な感情など一切なく、幸せな感情だけを抱いてエルリーナの体を抱きしめる。

そして愛の言葉を囁いたのだった。


エルリーナがもう勘違いをしないように。


自分でも自覚しているこの重すぎる愛を少しでも、いや全部をわかってもらえるように。


アルフォンスはエルリーナに愛を囁いた。





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