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5 エルリーナはパーティに参加する



新入生を中心に全校生徒がパーティーに参加する。


パーティーといっても学生と先生が参加する簡易的なものの為、成人後に参加するようになる格式ばったパーティーとは雲泥の差があったが、新入生にとってはこれが初めてのパーティーである。

勿論各家で自分の誕生パーティーもしくは兄弟や従兄弟のパーティー等に参加した者もいるだろうが、自分の見知らぬ者ばかりが参加しているパーティーは初めてだろう。


それでもキョロキョロと周りを見渡さない限り、しっかりとした教育はされているようだと教師たちは胸を撫で下ろしていた。

ここでそんな態度を見せる者は、これからの学園生活では要注意人物としてあげられるからだ。

例え興味が引かれても、そこは貴族に生まれた子息令嬢として凛とした態度でいなければいけない。

まずは挨拶を、談笑を楽しんで、それから興味を引かれた事柄に対して足を運ぶのが一般的な貴族の在り方。

平民のように興味ある事にすぐに駆け付け、そして騒がしくする行動は見苦しいとされているのだ。


在校生が先に会場の中に入り新入生がやってくるのを待っているのだが_在校生であってもパートナーとして選ばれた者は一緒に入場する_貴族の在り方を一番にわかっているアルフォンスは、今すぐにエルリーナに駆け付けたい欲をぐっと抑え、エルリーナに気付いてもらえるように小さく手を振るにとどめていた。

そしてアルフォンスに気付いたエルリーナは、ニコリと微笑むを向けた。


(ああ、なんて可愛らしいんだリーナはっ!)


絶対に幻覚と言い切れるが、エルリーナに天使の羽が生えている姿をみたアルフォンスはこれでもかという程表情筋を緩ませる。


(手を振れないからってぺこって頭をさげる仕草、なんて可愛らしいんだ!!ああ、ヤバい!

今すぐ抱きしめたい!ハグしたい!僕の婚約者で僕のお嫁さんって自慢したい!!)


エルリーナの前ではカッコつけて“私”を使っているアルフォンスが、心中では“僕”と言っていることは誰にも内緒なのである。

それにしてもエルリーナは周りに気付かれない程度に頭を傾かせたのだが、遠くから眺めるアルフォンスにはっきりとわかったことが凄まじい。

それほどまでに愛が重いのだといえばそれまでだが。


新入生が全員入場した後は、入学式では喋ることが出来なかった副学園長がマイクを持つ。

学園長の長い話を聞き流していた生徒が大半だったが、それでも副学園長の話だと聞いて身構える者は多かった。

だが、そこは副学園長。

長い話だと生徒に聞いてもらえないと理解しているのかすぐに終わる。

寧ろ乾杯音頭でもとっているのかと思われるようなテンションで、本当にすぐに終わった。

生徒から安堵の息がもれるが、その様子を不思議そうに眺めるのは学園長だけだろう。


そして副学園長からマイクは主催の生徒会に移ると、新入生の為にいくつかのイベントを用意していると告げた。

だがその前に腹ごしらえだと告げ、一旦フリータイムへと移った。


「リーナ」


つい先ほど別れたばかりの声に、エルリーナは振り返った。


「アル様、そしてお兄様も」


ベルガートはアルフォンスより年上ではあるが、エルリーナの兄ということで仲が良い友人関係でもある。

その為フリータイムとなったベルガートは、

(殿下はどうせすぐにエルリーナの元に向かうだろう。入学祝の言葉も言いたいから、まずは殿下がいるところに向かうか)

とアルフォンスの元へと向かったのだ。


「エルリーナ、入学おめでとう。

君は確かコーデリア嬢、だったな。もう一人は……」


「クリスタ・ガイザーです。ガイザー子爵令嬢の娘です」


「ガイザー子爵というと、あの貿易のか。

あそこは我がレイアント公爵もよく利用している。

今後ともご贔屓にと、父君に伝えていただけると嬉しいな」


「はい。公爵令息様にそのように言ってもらっていたと知ったらお父様も喜ぶと思いますわ」


初めてクリスタと会ったベルガートは、クリスタのファミリーネームを聞いてすぐに貿易で財を成したと言われるガイザー子爵を思い浮かべた。

貿易や商人で財を成した貴族は所謂成金貴族として、高位貴族からあまりよく思われていないのだが、クリスタはベルガートの言葉に考えを改めた。

初めて父親の事業を褒めてもらい、そして今後も利用するという言葉を貰ったのだ。

しかも笑顔付きで。


だがそれを良く思わない人が一人いた。

コーデリアだ。


実はコーデリアはエルリーナの兄であるベルガートに特別な感情を抱いていた。

アルフォンスの婚約者候補ではあるコーデリアだが、絶対に選ばれることはないと高をくくり、見目も良くそして成績も素晴らしい、更には性格も良さそうなベルガートに惹かれていたのだ。

しかもエルリーナの話には家族の事がよく話題に出ていた。

自分の兄は優秀であると話すエルリーナも、コーデリアがベルガートに思いを寄せた原因の一つであることは言うまでもない。


空気を読んだのか、はたまた話が終わっただけなのか、ベルガートはコーデリアとクリスタに対しエルリーナにも送った祝いの言葉を口にした。


「入学おめでとう。どうか妹の事をよろしく頼むよ」


「は、はい!お任せください!」


「祝いのお言葉ありがとうございます」


コーデリアの言葉に被るように返事をしてしまったクリスタは「おや?」と勘づいた。

上気している頬に、知り合って間もないがそれでも落ち着いた様子のコーデリアからは考えられないくらいの動揺っぷり。

これはベルガートに恋しているなと、クリスタは一発で見抜いた。


(あとでコーデリア様に伝えなきゃね)


ベルガートとコーデリア、そしてクリスタが話をしている間、アルフォンスとエルリーナは見つめあっていた。

いや、アルフォンスがエルリーナを見つめていた、と表現する方が正しいか。

自分の兄が自分の友達と仲良くおしゃべりしている様子をエルリーナはニコニコと嬉しそうに眺めていたのだ。


ちなみにエルリーナの様子からわかる通り、エルリーナはコーデリアの気持ちには気付いていなかった。

ただ自分の兄にも仲良くしてくれるコーデリアのことを好ましく思いながらみていただけである。


そして給仕を担当しているウェイトレスから飲み物を受け取り、喉を潤わせたところで音楽が流れだす。

生徒による生徒の演奏だ。

貴族教育の中には音楽も奏でられるようにカリキュラムを取り入れている家がかなり多くあることから、学生とはいえ綺麗な音色を奏でることが出来るのだ。


「リーナ、私と踊ってくれないか」


緩やかなテンポの曲の中、アルフォンスがエルリーナに手を差し伸べる。

その姿にエルリーナは胸を高鳴らせた。


(やっぱりお兄様の言った通り、ここは物語の世界じゃないのね!)


剣ダコが潰れ、固くなっているアルフォンスの手のひらにエルリーナは自らの手を重ねる為に手を差し伸べた瞬間だった。


「きゃっ」


とクリスタがバランスを崩し、そしてアルフォンスに向かって倒れこむ。

アルフォンスは急な出来事に手を引っ込めることが出来ず、腕を伸ばしたままのその腕でクリスタを助ける形となった。

つまり最初から見ていた者は、倒れるクリスタをただの偶然だが助けた場面だとわかるが、途中から目撃した者にはクリスタを腕に抱くアルフォンスの光景に見えたのだ。


勿論ダンスに誘われ、その誘いに応じようと思ったエルリーナは、クリスタを抱きしめているという光景には見えていない。

だが、周りから声が聞こえたのだ。


“まるであの小説のようだわ”


という言葉が。

エルリーナの耳にはっきりと聞こえてきたのだ。


更には“お似合いだわ”“まるで絵画のよう”“あの令嬢が婚約者に選ばれるのだろうか”という言葉まで聞こえてきた。

エルリーナが、というより公爵令嬢が王族に嫁ぐのは、パワーバランスを考えると難しいということは貴族社会のことをよく話す父親をもった子供にはよりわかることだ。

だからこそ、近くにいた公爵令嬢であるエルリーナではなく、子爵令嬢であるクリスタが次の王妃候補なのではないかと、令息は思わず口にしていたのだ。


そしてそれは当然ながらアルフォンスの耳にも入る。

流石にクリスタを投げ捨てるような真似はせず、紳士らしく体を起こさせ、そして密着していた体をすぐ離したアルフォンスは、婚約者としてエルリーナを否定していると思われる言葉を口にした者を睨みつける。



だがそれが遅れを取ってしまった原因になってしまったのだ。


やはり物語の強制力があるのだと、そう誤解したエルリーナが背を向けて走り出す。


大きな瞳からはまるで真珠のような涙が零れ落ち、痛む心臓を少しでも紛らわせるために噛みしめた唇からは血がにじむ。

だけどエルリーナの足は止まらなかった。

公爵家ではドレスを着用しているためヒールをはく習慣があったが、学園内では基本的には制服を着用していた。

動きやすい服装に、走りやすい靴。

火事場の馬鹿力のようなとんでもないスピードで走るエルリーナに、会場にいる生徒たちは脅しつつもエルリーナの為に道を作った。

だがそれも一瞬で「どうしたんだ?」と疑問に思った生徒たちは出来た道を無くしていく。


そしてそのなくなった道をかき分けるように進むのがアルフォンスであった。

まるで追いかけることを邪魔するような、エルリーナが見ていれば「強制力が働いている!アル様は私を選んではいけないの!」とでも言ってしまいそうな光景であった。


だがそんなことを気にするアルフォンスではない。


どれだけ長い間想ってきたと思っているのだ。

どれだけの期間を費やして、エルリーナに、彼女に僕だけを見てもらうよう努力してきたと思っているのだ。


彼女に見てもらいたくて、振り向いてもらいたくて、笑顔を向けてもらいたくて、


そして


差し伸べた手を躊躇なく取ってもらいたくて


ずっとずっと僕は彼女だけをエルリーナだけを求めてきたんだ。


「退けてくれ!!!」


アルフォンスは道を塞ぐつもりはなくても、それでも立ちふさがる生徒たちに向けて声を荒げた。

そしてアルフォンスの必死さに思わず生徒たちは道を作る。


右から左へと首を頭を動かすほど素早く、アルフォンスはエルリーナの後を追いかけた。






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