4 エルリーナは拒否をする
教室に戻ったエルリーナは、いや新入生はパーティーまでの間各々で時間を潰していた。
未成年は社交界には参加しないが、親と共に交流のある家へと訪問することはある。
つまり仲がいい家で開かれたお茶会に参加するという行為ぐらいはしているのだ。
その為エルリーナは今後の方針をパーティーを過ごしてから決めると決め、それまでの間はベルガートがいう「ここは物語ではなく現実世界なんだ」という言葉を信じてみようと思い、教室では友達とそしてクリスタと過ごしていた。
クリスタはエルリーナの紹介でエルリーナの友達と顔を会わせた。
最初は少しばかりぎこちなさがあったが、それでも30分も経てば互いに笑いあうまで仲を深めていた。
そんなときエルリーナの教室に一人の男性が訪れる。
アルフォンスである。
アルフォンスの登場に「まぁ」とニヤついたような微笑みを浮かべるエルリーナの友達は「いってらっしゃい」とエルリーナの背中を押す。
アルフォンスが用事があるのはエルリーナのことだけ。もっというならばアルフォンスはエルリーナをパーティーのパートナーに誘いに来たのだとわかっているからこそである。
だがしかし、クリスタはそんなことを思いもつかなかった。
何故ならクリスタがアルフォンスの婚約者候補ではない為、アルフォンスのエルリーナに対する接し方も物凄く重い恋心も知らないからだ。
「あの…、エルリーナ様と王子殿下は面識があるのですか?」
そう問うクリスタにエルリーナの友達は答える。
「当然ですわ。彼女はアルフォンス殿下の婚約者なのですから」
「えっ!?」
「といっても公表はまだですけどね。
格式等に拘る貴族たちの手前、すぐに婚約者として公表できないのです。
ですがエルリーナ様が不安にならないよう、アルフォンス殿下はあのように常にエルリーナ様を気遣っておられますの。
公表はしていなくとも、彼女がアルフォンス殿下の婚約者だというのは確実な話ですわ」
「そんな…私…エルリーナ様を傷つけてしまいましたわ…」
クリスタは血の気が引く思いを感じた。
当然である。
アルフォンスが次期国王となる存在ならば、その婚約者であるエルリーナは次期王妃と言うことなのだ。
そんなエルリーナにクリスタは、婚約者ではないと発言してしまったのである。
勿論それはエルリーナを傷付ける為の故意による言葉ではない。
正式に発表していないからこそ、クリスタは知らなかっただけなのだ。
クリスタだけではない。
あのときエルリーナとクリスタの会話を聞こえる距離にいた他の生徒たちもクリスタと同様の反応をしてみせた。
だからこそクリスタは自分の認識に自信があった。
そして今回クリスタが問いかけたのは、エルリーナの友達であるコーデリア・メチリン侯爵令嬢なら正直に話してくれるはずだと、それこそエルリーナが席を外している今ならと思っただけのこと。
だがクリスタの問いに対する回答はクリスタの思っていた答えとは真逆だった。
次期王妃に対する無礼、そして友達になってくれたエルリーナに酷い言葉を言ってしまったとクリスタは顔を青ざめさせた。
そんなクリスタを見てコーデリアは首を傾げた。
ちなみにやっと名前が出てきたが、コーデリアはエルリーナが持つ小説には出てこない。
似た容姿も似た名前も一切登場していない。
「……もしかして婚約者ではないのでは、とエルリーナ様に告げたのですか?」
「は、はい…。殿下に婚約者はいないと、そう聞いていましたので…」
溢れ落ちはしないが、とんでもないことを言ってしまったと罪悪感に駆られるクリスタの目には涙が込み上げていた。
それをみたコーデリアはふふっと笑い、クリスタの頭に手を伸ばす。
ピンク色の、まるで花の花びらのような綺麗な髪色を優しく撫でるコーデリアはまるで母性を感じさせる存在だとクリスタは思ってしまった。
クリスタは涙が引っ込んだあと、顔を上げた。
「エルリーナ様にはアルフォンス殿下がいるので大丈夫ですわ。
それにお二人の正式な婚約発表はクリスタ様の言う通り、まだまだ先で皆知りませんもの。
ですがクリスタ様がどうしても気になると仰るなら後で謝りましょう?」
まるで東国に伝わっている菩薩のように、いや母性の塊のようなコーデリアの微笑みにクリスタはコクリと頷いた。
さて、場面を変えよう。
エルリーナはアルフォンスに呼ばれ、クリスタとコーデリアから離れた。
教室のすぐ外で待つアルフォンスの前に現れたエルリーナは、どこかそわそわしているアルフォンスの様子に目をぱちぱちとさせている。
「あの…アル様?」
こてりと首を傾げるエルリーナに、アルフォンスは悶えた。
が、すぐに我に返る。
可愛いエルリーナの前で鼻の下を伸ばしてデレデレする顔を見せられないからだ。
「リーナ、入学式お疲れさま。
この後パーティが開かれるだろう?
どうか私と_」
「ああ!パーティーですね!
私パーティーには友人であるコーデリア様と先ほど知り合ったクリスタ様と共に行こうと、先ほど話をしていたところだったのです!」
実際にはそんな話をしてはいなかったのだが、ここにはクリスタもコーデリアもいない。
エルリーナの言葉に異を唱える者はいなかった。
その為、エルリーナを誘う前に拒否されてしまう結果となったアルフォンスは、初めてエルリーナと参加できるパーティーで初めてエルリーナをパートナーへ誘うという行為に対し胸を高鳴らせていた心臓が急停止する。
興奮からか若干赤くなっていた頬は急停止した心臓が血を運ぶことなく、頬は一気に青白い色に変えた。
だがアルフォンスを蘇らせたのはこれまたエルリーナだった。
ちなみにエルリーナは(自然に誘いを断ることができたわよね!?)と内心ドキドキであった。
「アル様?…もしかして、体調がすぐれませんの…?」
そっと、体格のいい男が握ったら折れてしまいそうな白くそして華奢な指先がアルフォンスに触れる。
その瞬間青白かった頬は血の気を取り戻し、アルフォンスの息も復活した。
本当にどういう体をしているのか、親である国王夫婦も、そして王族お抱えの医師も首を傾げるほどにアルフォンスはエルリーナで出来ているといっても過言ではなかった。
とはいっても王位を継ぐものは健康が第一であるのは間違いない。
エルリーナがそばにいればがつくが、すぐに健康になるアルフォンスは、健康という面においてはとても安心できる存在である。
きっと彼なら毒を飲んでも死にはしないだろう。
「…いや、元気いっぱいだよ」
「そうですか。よかったです」
「本当はリーナを誘いに来たのだが……、リーナがせっかく作った友達に今回は花を持たせよう。
でも次の機会には、パートナーに私を選んでほしいな。他の誰でもなく、私を」
アルフォンスの頬に添えられたエルリーナの手をがっしりと、だが優しく包み込むようにして握りしめるアルフォンスはそのまま口元にと近づけ、チュッとリップ音を鳴らしながら口づけた。
ぽっと頬を赤らませるエルリーナをみて、いい気分になるアルフォンスはそのまま腕を伸ばす。
向かい合うように立っていたエルリーナの体はすぐにアルフォンスに捕まり、鍛えられたアルフォンスの腕の中にすっぽりと収まった。
先程よりも赤く染め、どうしていいか戸惑うエルリーナにアルフォンスは愛しさがこみあげて溜まらない。
そんな様子を教室の窓越しで眺める生徒たち。
勿論そこにはクリスタもいた。
「コーデリア様が“殿下がいるから大丈夫”っていった意味がわかりました」
「でしょ?」
楽しそうに笑みを向けるコーデリアと、周りの視線を全く気にせずにいちゃつく二人の姿に、感じていた罪悪感が薄れるクリスタだが、それでもクリスタは思った。
例えアルフォンスがエルリーナを慰めてくれたとしても、アルフォンスのお陰でエルリーナの不安が取り除かれたとしても、クリスタの言葉でエルリーナの心を傷つけたことは事実だと。
だからちゃんと謝りたいと、クリスタはそう思った。