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3 エルリーナは勘違いを再発させる



「私が知っているストーリーは運命の人にであった"アル様"に……」


入学式、学園長によるありがたくも長い話の間エルリーナはずっと考えていた。

そもそも学園長の話を真面目に聞く者はいるのだろうか。

例え各家庭で教育を受けてきてはいるものの、これから始まる学園生活に心躍らせる者や不安でたまらない者たちが集まる新入生たちは、貴族の子であろうが未来のことに考えを巡らせ、学園長の話の時間は物思いにふける時間になっているだろう。

第一社会の厳しさに直面したことのない若者は学園長の話を聞いても心に響かない者が多いだろう。

エルリーナも先程のことが頭から抜けず、学園長の話の時間は聞き流し、物思いにふける時間となっていた。


そして入学式が終わると、次は新入生を歓迎するパーティーが開かれる。

あくまでも新入生を歓迎するパーティー、主催は他学年の生徒である生徒会であるが、全校生徒が参加する。

その為参加時間は他の学年の授業が終わったあとになる。が、そうなってしまえば夜に開催となってしまう為、入学式が終わる頃には他の学年の授業時間は全て切り上げられるのだ。


エルリーナはいつもお茶会で一番仲良くしていた子に近寄った。

久しぶり。これからよろしくという内容の言葉を交わし、その後にアルフォンスの婚約者のことを尋ねる。


エルリーナはずっと不安だったのだ。

自分はずっと幼い頃からアルフォンスの婚約者だと思っていたのに、クリスタにアルフォンスの婚約者は決まっていないと言われたのだ。

今日初めてあった可愛らしい令嬢。本来であれば幼い頃からの付き合いであるアルフォンスの言葉を信じたい。

自分はアルフォンスの婚約者なのだと、一度は婚約解消を願ったのだが、それはアルフォンスのこれから先の未来に運命の恋の訪れがあると信じていたから口にしたこと。

だから自分の本心ではないのだ。


そして友から言われた言葉は

『貴女は殿下の婚約者ですわ』

の一言だった。


実はこれ、アルフォンスから命じられた言葉なのである。

エルリーナは実質アルフォンスの婚約者であるのは確定なのだが、あくまで候補の段階にいるのだ。

候補、という言葉に不安を覚えたアルフォンスは、エルリーナの婚約者は自分なのだという認識を持ってもらいたいと考えた。

つまりよそ見をする暇を与えたくなかったのだ。

勿論エルリーナのことは信じている。

だが、可憐で誰もが心を寄せるだろう魅力のあるエルリーナを他の男が放っておく訳がないと考えていたのだ。

だったら周りを牽制すればいいと思われるが、婚約候補という立場はアルフォンスとエルリーナの婚約を認めさせる故のものだ。

その為婚約者を公表することは出来なかったアルフォンスはエルリーナに、エルリーナが婚約者なのだと植え付ける必要があった。


そしてアルフォンスの策略は成功した。

エルリーナにアルフォンスという存在を植え付けたことで、例え公爵家に近しくそしてエルリーナの歳に近い男、つまりは幼馴染といわれる存在がいたとしても、エルリーナが頼る男性は父か、兄であるベルーガトか、婚約者であるアルフォンスなのである。

つまりアルフォンスはエルリーナの中から自分以外の男の存在、勿論家族以外をだが、消し去ることに成功したのだ。

だからこそ、エルリーナはアルフォンスの婚約者なのだと勘違いしてしまったのである。

例え婚約発表をしていなくとも。


そしてエルリーナは思った。

やはり私はアル様の婚約者で間違いないのだと。


そしてこうも思った。

やはり物語の強制力が存在するのだわ、と。


(やっぱりここは物語の中なのよ。

そして私の知っているお話しでは、クリスタ様がアル様の運命の相手。

現在婚約者である私は、クリスタ様とアル様の想いが通じ合った時に断罪されるのだわ)


勿論エルリーナの兄であるベルガートが言っていた通り、現実世界と物語が交じり合うこと等ありえない。

現実世界には物語によく登場する魔法などといった摩訶不思議な現象すらないのである。

物語はあくまで物語。

現実世界を生きる人間が思い描いた自由な形なのだ。

それをベルガートは思い込みの激しい…、いや純粋な妹の誤解を解くために説明することで、再び愁いなくアルフォンスと仲睦ましい姿で入学を迎えることができた。


だがベルガードの努力虚しく、エルリーナは再び誤解する。


そもそもエルリーナが誤解した大きな理由は、物語に登場する王子がアルフォンスと似ている姿でしかも名も“アルファード・レンズ”というのだ。

現実に存在しているアルフォンス・イルガと、物語のアルファード・レンズ。

とても似ている。

しかも悪役令嬢として描かれているのもエルザ・レフリアート侯爵令嬢というのである。

身分としては公爵と侯爵で違いがあれども、エルリーナ・レイアントとエルザ・レフリアートも王子殿下並みに似ていたのだ。

更にいうと、アルファード(物語の王子殿下)の運命の相手である女性は、クリス・ベルワ男爵令嬢といい、本日出会ったばかりのクリスタ・ガイザー子爵令嬢にそっくりだった。


こんなにも似ていて、しかもエルリーナを婚約者ではないとクリスタは告げる。

しかもクリスタだけではなく、当時エルリーナの周りにいた子息令嬢たちもクリスタと同様の反応を見せたのだ。


物語の悪役令嬢は王子殿下の婚約者でありながら、運命の相手である令嬢に嫌がらせを行う。

その悪役令嬢の非情な行動に耐え切れなくなった王子殿下は『お前のような悪行ばかりの女を婚約者だと思ったことはない!』と言い放ち、婚約を解消するのだ。

その事から本当は二人は婚約関係ではなかったのではないかと噂され、遂には王子の婚約者を語ったと侯爵家にも泥を塗り、そして勘当の後に国から追放される。


つまりエルリーナの読んだ物語では、悪役令嬢と王子は婚約関係にあったのかも怪しいほどにあやふやに書かれていたのだ。

何故なら殆どが一人称視点で書かれていることから情報は登場人物の心情のみ。

それが本当かどうかも怪しかった。

なんという作者に都合がいいご都合展開、いや物語なんだ。


そういうわけで運命の相手にそっくりなクリスタが現れたこと、そしてエルリーナがアルフォンスの婚約者ではないと告げたことから

『エルリーナはレイアント公爵家が自慢する立派な淑女だ。それに君は婚約者である殿下とは相思相愛の関係なのは兄である俺から見てもわかること。この本はなんでもない本で、ただ流行っているだけの小説なんだ』

と告げたベルガートの言葉はあっさりと遠い彼方へと飛んでいってしまったのだ。


「入学した当初は……確か……」


エルリーナはブツブツと呟きながら新入生が通る廊下を一人でゆっくりと歩いていた。


クリスタとも、そして友人とも行動しなかったのは、一人でじっくりと考える時間が欲しいと思ったからである。

ここにベルガートかアルフォンスがいれば、エルリーナの思考が変な方向へと曲がらないよう決して一人にはしないのだが、生憎フォローする二人はおらず、エルリーナは一人で行動していた。

ちなみにエルリーナがアルフォンスの婚約者であると断言したエルリーナの友達も、(たまには一人の時間も必要よね)と思っての事である。

何故なら貴族令嬢には常に人が着く。

それがメイドか護衛か様々であるが、基本一人にはならないのだ。

だがここは社交性を高め、そして人脈作りをする学園内。

寮にはメイドがいても学園内にはいない。そして護衛もいない。

入学式後に開かれるパーティーでは、今までの経験上必ずアルフォンスはエルリーナの傍から離れないだろう。

つまり完全一人になる貴重な時間なのである。

というわけで一人になってしまったエルリーナは思い出す。


(そうだわ!アル様はパーティーでクリス様と踊るの!

だからこれから行われるパーティーではきっとクリスタ様と…)


エルリーナは物語の流れを思い出し、実際にアルフォンスとクリスタが手を取り合い、踊る様子を思い浮かべた。

決してそんなことは現実では起こりえないのだが、小説に描かれていた挿絵の効果もありエルリーナはアルファードをアルフォンスに、クリスをクリスタに変換し容易に描写を想像する。

そしてチクリと胸が痛むのを感じた。


(実際に目でみてもいないのに、想像するだけで心が痛むだなんて……。

これじゃあ私も悪役令嬢として描かれていたエルザのように、クリスタ様にあたってしまうかもしれないわね…)


勿論ここで嫉妬心を爆発させていない事から、エルリーナはエルザのように悪行に手を染めることはないことは確かである。

だが、まだエルリーナの目で実際に目撃したわけでもない為、例えエルリーナに告げたとしても信じてはもらえないだろう。

そしてここからエルリーナは更に舵を切りまくる思考を加速させる。


(そうだわ!お兄様がいうように物語とは違うのなら確かめればいいのよ!)


なんとエルリーナはベルガートの言葉を覚えていた。

ここにベルガートがいれば泣いて喜んでいるだろうが、続けられるエルリーナの思考にその涙も止まるだろう。


(まずはアル様のパートナーとして参加はしない!

だって私がパートナーだと、もしかしてクリスタ様とアル様が躍りたくても踊れないかもしれないからね!)


そもそも学園のパーティーにパートナーを連れ添わなければ参加できないという決まりはない。

寧ろパートナーを決めての参加は交流の妨げにもなるという一部の考えからルールを見直し、取りやめたのだ。

それはずっと昔、まだパートナー同伴の決まりがあった頃、互いに婚約を結んでいた男女でパーティーに参加していた。

勿論通常であれば何ら問題がないのだが、如何せん男性側の女性に対する気持ちが大きかったのだ。

女性を片時も離さず、それどころか男性が許可する者しか近づけさせなかった。

交流を目的とする学園で交流できず、狭い範囲での行動をすることとなったのだ。

そのため学園ではパートナーは必須ではなく、同伴は同性を推奨する。と示されるようになった。


まぁそれを知っていたとしてもアルフォンスはエルリーナを誘いに来るだろう。

何故なら婚約者をパートナーに選んではいけないとは書いていないからだ。

また“まだ”と付くが、エルリーナはアルフォンスの正式な婚約者に決まっていないのだ。

パートナーに選んではいけない理由がどこにもないのである。


だが一人になってしまったエルリーナは決意する。

アルフォンスとパートナーを組んでパーティーに参加しないと。


ベルガートとは違う意味でアルフォンスは泣いてしまうだろう。


そして一人拳を握ったエルリーナは少しの期待と悲し気な気持ちを混ぜ合わせたような表情を浮かべる。


(……そして、アル様とクリスタ様が躍るかどうか、それを見てから今後を考えるわ)






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