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2 エルリーナは学園へ入学する


アルフォンス第一王子とエルリーナは関係が悪くなることも、婚約者候補から外れることもなく、エルリーナが学園へと入学する年を迎えた。


学園へ登校する初日、アルフォンスがエルリーナを迎えに来ていた。

学園では寮が備えられており、通学が難しい生徒が利用する。

エルリーナの兄ベルガートも入学して一年目は自宅から通学していたが、生徒役員に選ばれた二年目からは寮から通うようになったのだ。

アルフォンス殿下は王位継承権を持つ者として、学園とは別に帝王学を受けなければいけない為通学での通いとなる。

その為ベルガートではなくアルフォンス殿下がエルリーナを迎えに来るのは不思議ではなかった。


手を差し伸ばされたエルリーナは微笑みながらアルフォンスの手に自身の手を重ねた。

白くて柔らかく、そして触り心地の良いエルリーナの手にアルフォンスは毎回悶えている。内心で。

離したくない。ずっと手を繋いでいたい。

そう思ってはいても馬車に乗り込んだら対面する形で座る為、アルフォンスは名残惜し気にエルリーナの手を離した。


「アル様…」


か細い声で呼びかけるエルリーナに、アルフォンスは優しく答える。


「どうした?リーナ。なにか悩んでいるのかい?」


一つしか違わない年の差だが、アルフォンスは常に大人っぽい男らしさをエルリーナにみせようと、必死でアピールしているのである。


「じ、実は不安なのです。上手くやれるのかと……。

アル様は入学初日どうでしたか?」


「リーナには私がいるのだから不安に思わなくても大丈夫だよ。

でもそうだな……。どうしても不安で緊張するというのなら、ツボを教えてあげよう」


「ツボ?」


「ああ、中指爪の生え際の人差し指側にある"中衝"と呼ばれる場所は、刺激すると血液の循環がよくなり心が安定すると言われているんだ」


そう言いながらさりげなく座る位置を変え、エルリーナの隣に腰を下ろしたアルフォンスは、エルリーナの手をすくい上げて優しくツボを押した。

緊張する気持ちが落ち着いたのか、それともアルフォンスの気遣いに不安な気持ちが静まったのか、先ほどまで感じていた忙しなくなる気持ちがなくなったエルリーナは感謝を告げる。

アルフォンスは「私がいるからね」と告げながら、もう落ち着いた様子を見せるエルリーナの手を学園に着くまでの間ずっと握り続けたのだった。


馬車から降りたアルフォンスとエルリーナは門から建物の入り口まで歩いていた。

「いい天気ですね」と空を見上げるエルリーナに、「エルリーナを歓迎しているんだよ」と返しながら歩みを進める二人の前に、一人の女子生徒が現れた。


肩につくかつかないかという長さの髪をサイドにひとまとめにして結んでいる。

ピンク色の髪をした可愛らしい女の子が振り向いたとき、エルリーナの胸がドキリとなった。

それは決して惚れた腫れたという感情ではない。

エルリーナが学園に通う前に読んでいた恋愛小説に出てくる主人公にそっくりだったからだ。


何故文字ばかりの小説であるのに人物像が分かるのかというと、エルリーナが読んだ小説には挿絵というページがあり、また表紙もカラーで描かれていた。

ピンク色の髪をした主人公の瞳は緑色で、笑顔が愛らしいと書かれていた通り、とても可愛らしく描かれていた。

そしてエルリーナが勘違いした理由として、相手役の王子様がアルフォンスにこれまたそっくりなのだ。

金髪碧眼で、柔らかい物腰だが、やる時にはやる男。

まさしくアル様だと、エルリーナが思い、そして誤解した。


振り向いたピンク髪をした女性はアルフォンスを見て驚いた表情を浮かべながら、道の端により頭を下げた。


「学園内では畏まらなくていい」


そう告げたアルフォンスにピンク髪の女性は顔をあげ、そして嬉しそうに笑って感謝を口にした。


(そうだ…。小説の最初もこういう何気ないところが出会いとして描かれていたわ)


そう思った瞬間エルリーナの胸がズキズキと痛む。

そしてこの場に居たくないと、強く思った。


「あの、私もう行きますね。ここまで連れ添って頂きありがとうございました」


貴族令嬢の行動としてはふさわしいとはいえないが、この場から離れたいと強く思ったエルリーナは走ってその場から離れた。

だが、それを良しとしないのがアルフォンスという男である。

すぐさまエルリーナを捕まえ、エルリーナを腕に抱く。

まだ成人を迎えていないとは言っても、教育の中で剣術という授業があるアルフォンスの体はそれなりに鍛えられていた。

エルリーナとは全く違う固い体に顔をうずませることになったエルリーナは、痛かった心臓が今度は激しく高鳴り始める。


「リーナ行かないでくれ。急に私から離れる理由が知りたい。

…もしかして、私が何かやらかしてしまったのだろうか?それならば今後の改善の為に教えてくれないか?」


「あ、ち、違いますから離れてくださいませ!」


エルリーナは顔を赤らませて否定した。

アルフォンスは確かに何もしていない。

王族が学園に通う上で他の生徒が負担に思わないよう、当然のことを口にしただけである。

ただエルリーナが小説の展開に似ていると勝手に勘違いを起こして、悲しくなっただけの話であった。


そしてアルフォンスがエルリーナを解放すると、エルリーナは赤らんだ顔を隠すように背を向ける。

なんだこの初々しいカップルはと思った人は多かろう。

勿論これは通常運転である。

通常過ぎる光景の為、エルリーナ以外の婚約候補者たちは既にエルリーナとアルフォンスを応援する会となっていたが、それはアルフォンスとエルリーナを知っている者しか知らない事実。

アルフォンスの人となりを知っていたとしても、今日から入学するエルリーナのことは元々交流のあった者しか知らない。

つまり、流行っている本が好きな人の中には、登場人物にそっくりなピンク髪の女の子との出会いの場を邪魔するうじうじした女性と認識する者も多かった。

それぐらい低位貴族の中ではあの本、というより成り上がりの恋愛小説は希望とされているのである。


「あ、あの……」


二人に語り掛けるのはピンク髪の女性だ。

アルフォンスもピンク髪に対する用件は無いが、だからといって邪険にするのも人としてどうなのだろうとエルリーナの目を気にして対応する。


「もうすぐ入学式が始まりますが…」


そして告げられたのは普通の内容だった。






ピンク髪の女性、もといクリスタ・ガイザー子爵令嬢はエルリーナと共に入学式が行われる会場へ足を進めていた。

もうすぐ始まると言っても、なにも走って急がなければいけない程エルリーナとアルフォンスはいちゃついていなかったのだ。

ただあのまま二人の甘い雰囲気のまま放置すると、十中八九遅刻してしまうと判断し、クリスタは話しかけた。

なんという勇気ある行動をとる娘なのだ。


そして、そんなクリスタとエルリーナは共に会場へ向かうこととなった。


「あ、あの…、私エルリーナ・レイアントと申します。

入学初日からであったのも何かの縁。是非仲良くしていただきたいと思っていますので、どうぞエルリーナとお呼びください」


小説では主人公の無垢な笑顔を見た王子様が心を奪われ、そしてまだ学園内を知らない主人公の為に案内するという展開だった為、アルフォンスとあっさり分かれ、エルリーナと行動したクリスタに好感を持ったエルリーナは穏やかな感情で話しかけた。

対するクリスタも王子殿下と共にいた女性の身分を知り目を見開いたが、穏やかなエルリーナの口調と表情に安堵して口を開く。


「あ、私はクリスタ・ガイザーといいます。

レイアントと言えば、公爵家、と思いま…存じますが、子爵家の私と仲良くしても問題ないのですか?」


「ええ。問題ありませんわ。

どんな身分であろうとも、人それぞれの意見に耳を傾けなければならないと家族から教えられてきました。

畏まった口調も不要ですし、どうぞエルリーナとお呼びいただけますと嬉しいです」


微笑むエルリーナにクリスタも心から安堵し、そして「…エルリーナ、様」と呟く。


「はい。エルリーナです。クリスタ様」


「ふふふ。私の事はクリスタと呼び捨てで大丈夫ですよ」


「それなら私の事もエルリーナと」


「公爵家の方を呼び捨ては出来ませんよ!」


ぶんぶんと風が靡き、首が取れてしまわないかと心配になるほどに否定するクリスタに、エルリーナは小さく頬を膨らませてから妥協する。


「では私もクリスタ様と呼びますわ。

お互いに妥協しているのですから、文句はなしですわよ」


「…はい。ありがとうございます。

……そういえば、エルリーナ様はどうして第一王子と一緒にいたのですか?」


クリスタは貴族の身分の子として自国の王子の顔を知ってはいたが、アルフォンスが正式に婚約者を発表していない為、エルリーナが婚約者であることを、いや婚約者候補だということは知らなかった。

対するエルリーナは自分がアルフォンスと婚約していることを周りも知っていると思っていた為、驚く様子を見せる。


そもそもエルリーナはもうすでに婚約者といっていいほど、アルフォンスに溺愛されている。

アルフォンスの周りの者たちや他の婚約者候補者たちもエルリーナを婚約者として扱ったし、愛されていると友達_アルフォンスの婚約者候補の女性たち_に何度も言われていた為クリスタが何故アルフォンスと共にいたのかと尋ねたことに驚いたのだ。


「何故って、……私がアル…アルフォンス様と婚約しているからですわ」


そして当然のように答えたエルリーナに、今度はクリスタが驚いた。

いや、クリスタだけではない。

周りにいた事情を知らない生徒たちも驚き、前を歩いていた者は振り向き、後ろを歩いていた者はガン見し、そして横を歩いていた者はエルリーナへと視線を向けた。


「え?…あ、あの…、皆さんどうなさったの?」


戸惑うエルリーナにクリスタも戸惑う。


「あ、あの…第一王子には婚約者はいらっしゃらないと……そのように認識していたのですが…」


「え、…どういうことですか?」


クリスタの言葉に、エルリーナは驚愕した。

大きな目が落ちてしまいそうなくらい目を見開いた。


「どうもこうも、第一王子には婚約者は決まっていないと私のお父様も言っていましたわ。

エルリーナ様は思い違いをしているようです」


そのように告げたクリスタの目はエルリーナを心配げに見つめていた。

だからこそ、悪意のある言葉とは思わなかったエルリーナは、純粋に傷ついてしまう。


そもそもエルリーナにちゃんとした説明を誰もせず、それどころか「君が私の婚約者だよ」などとずっと甘い言葉ばかりを口にしていたアルフォンスが一番悪いのだが、アルフォンスはこの場にはいない。

何故なら学年が違うからだ。

入学式はその年に入学するものが参加するもので、在校生は参加しないのは普通である。

王子とはいえ、参加するはずもなく授業を受ける為に教室に向かっている途中だろう。


そしてエルリーナは思った。


(もしかして、私がお父様に婚約解消を願ったから!?)


エルリーナの勘違いとはいえ、一度は願った事を叶えられてしまったのではないかと思った時、ふとエルリーナにある考えが浮かんだ。


「もしかして……、これが強制力…?」


「強制力?エルリーナ様、一体どうしたんですか?」


いきなり意味不明な発言をするエルリーナに、クリスタは不安になる。

ちらりと周りを見渡しても、アルフォンスと婚約関係にあると“嘘をいう”エルリーナに誰も関わりたくないのか、目を合わせない。

第一体調不良になったわけでもなく、おかしな発言をしただけのエルリーナに、わざわざ駆け寄る輩も娘もいなかった。


「………いいえ。なんでもありませんわ。

ただ少し確かめたいことが出来て…、入学式が終わった後一緒に行動出来ないと思いますの…、クリスタ様は大丈夫でしょうか?」


「え?はい。大丈夫です。

エルリーナ様の確かめたいことに私も力になれればいいのですが、なにかありましたら遠慮せずに仰ってくださいね」


不思議に思いながらも心やさしい言葉を告げるクリスタに、エルリーナは少しさみしそうに微笑みを浮かべたのだった。






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