しばしの別れ
「で、こっちに帰ってくる? 僕がそっちに行く?」
「結婚、するって決めてない……」
「ん? じゃあ世羅は他の人と結婚するの? 僕が好きなのに?」
「SU、き!?」
「気付いてよ。たった一つの願い事を使ってしまうくらい、僕のことを好きなことに」
「そんなこと言われても分かんないよ……っ!! ルドは王子様じゃん!! うんと小さい豆粒王子じゃん!!」
「豆粒って……きのこくらいはある!」
ルドが一瞬怯んだ後、真っ赤な顔で真剣に叫んだ。
そして二人は沈黙した。
なんの(どこの)話をしているのか。
そう思ったらスンっと冷静になってしまったのである。
んんん゛っと赤い顔で咳払いしたルドが気を取り直して世羅に聞いた。
「世羅は……帰りたいの?」
世羅は静かに頷いた。
「きちんと、お父さんとお母さんと祥太と向き合いたい。精霊が見せてくれたの……お母さんがあたしを必死に探している姿を。だから、帰りたい」
ルドは世羅の手を引いて立たせた。手を握ったまま至近距離で見つめ合う。
あまりの近さに世羅は更に顔が赤くなるのが分かった。
「でも! ルドのお願いはルドのものだから! あたしは、自分で帰る方法を探そうと思っているから……ぎょわぁっ!!」
ルドが世羅の顔に近付き、頬にちゅっと口付けをした。
「ぎょわ、て……」
ルドがくくくと笑うと、世羅が爆発した。
「からかって!! ルドなんか、ルドなんか……っ!!」
「好き?」
「分かんないよ!!」
「嫌い?」
「……嫌いじゃ、ない」
「じゃあ『好き』だ」
「なんでそうなる……っ!?」
世羅は言葉が継げなかった。
ルドが世羅の唇に唇で軽く触れた。
すぐさま離れたが、ルドはしてやったりという顔をして聞いた。
「嫌だった?」
ぷしゅう、と頭から蒸気を出して、世羅は降参した。
「い、やじゃない……けど、ホントにそういうの、よく分からない、し」
「し?」
「ルドは王子様じゃん……あたしが、お、お嫁さんじゃだめでしょ……」
ルドは世羅の両手を包み込むように握って、顔まで持ち上げた。
「世羅は本当に自分に自信がないね。でもね、世羅。君は僕をじいさまを父を母を国を救ってくれたんだよ? その世羅に文句を言うような人、そんなにいないよ?」
世羅はルドの言葉を正確に汲み取った。
「ちょっとはいるんだ……」
「そりゃあ、何をしても気に食わないって人は一定数どこにでもいるよ? どこにでもね。……世羅は僕を見て? 僕の隣にいて、僕と笑っていて? それなら、どう?」
世羅は戸惑った。
ルドはやがてこの国の王になる王の子。
その隣にいるのがただ笑っているだけの自分でいいはずがない。
「ほかに、好きな人が出来たら、どうするの?」
ルドはきょとんとした。
「僕が、世羅じゃない人を好きになるってこと?」
「うん」
今は好きだと言ってくれていても、心変わりは充分考えられることだと世羅は思った。
「そうか。世羅は魔法とか精霊とか誓いとか、馴染みがないから知らないのか。……僕はね、世羅と在ることを精霊の名の下に誓ったよ? この誓いは形だけじゃない。破るとその瞬間に僕は死ぬ。そして魂は生まれ変わることも許されずに闇を彷徨うんだ。僕が万が一、万万万が一、世羅から他の女性に心変わりすると、僕はもうこの世にはいないんだよ」
「はぁ!? 死ぬって、なんで!?」
世羅は混乱した。
そんなこと頼んでもいないと、ルドの勝手に怒りも湧いた。
「それがどういうことか分かる?」
「ルドが死ぬってことじゃん!? とり、取り消してっ! 早く!!」
「死なないってば。誓いの取り消しも出来ないよ。あのね、僕の心が世羅にある限り、僕は生きているということ。僕が生きていることが、心変わりをしていない揺るぎない証拠だよ」
その意味がじわりと浸透していくと、反比例して世羅の顔が真っ赤になっていった。もうこれ以上は赤くなれない程、茹だっていた。
「あた、あた、あた」
口をあわあわさせながら何かを言おうとしては言葉が続かない世羅の手を離さずに、ルドは続けた。
「世羅が心変わりをしても世羅は死なないよ? だから、僕は今、本気で世羅に僕を刻みつけているところ」
気を失いそうなくらい真っ赤な顔の世羅は、逃げたくてもルドに手を掴まれていて逃げられない。顔を逸らしても目を閉じても、ルドは優しく世羅を見つめて待っていた。
一人で百面相をしていた世羅はやがて腹を括った。
開き直ったとも言う。
ルドがそれほどの気持ちならば。
世羅は決めた。
顔を上げて、前を向いて、ルドの手を取ることが出来る自分にしてくれたのは、間違いなくルド本人である。
世羅はルドの目を真っ直ぐ見て言った。
「あたし、帰る」
「……ん」
「帰ってちゃんと勉強してくる。そして大人になったら……また来てもいい? ルドに会いに来てもいい?」
ルドはぎゅうぎゅうに世羅を抱き締めた。
世羅があちらに帰るのは十年間とした。
ルドは五年くらいで……と食い下がったが、世羅が譲らなかった。
高校に行って、大学に進むか何かの分野で働いて経験を積むかはさておき、二十三歳になる年であればどの道に行っていても一区切りがついているはずだと、世羅は考えた。
ルドの隣にいるための武器が少しは手に入っているはず。
家族と向き合う時間もある。
そう世羅は自分で決めた。
二人で手を繋いで山の頂を目指すと、泉の精霊が現れた。
もう、願いを知っているかのように微笑んでいた。
星が降りそそいだ。
見上げるルドの目には数多の流れ星。
繋いでいた手は空っぽになり、ルドの手から温もりが消えていった。