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自覚

 

「じいさま……」


「なにか?」


 護衛であり育ての親でもあり様々な師でもあるダーレスに、ルドは頭が上がらない。

 けれども、ルドは物申さずにはいられなかった。


「なぜ世羅と一緒ではないんだ?」


 するとダーレスは深い深い深ーい溜め息をつき、しょうもないものを見るような目でルドを見た。


「ルド様」


「な、なに」


「セラとは、あの山小屋で別れて出て行ったのですよ? それきりなのに、ルド様はなぜセラが私と一緒に王都に来ると思っているんです?」


 ルドは「え、」となった。


「セラに王都に来るように言いましたか? 誘われてもいないのに、ルドが王子だと分かったら面倒を見てくれとやって来る子だと思っているんですか? あの子を?」


 ルドはそこまで言われて初めて、忙しさにかまけて会いに行くどころか手紙の一つも送っていないことに思い至った。

 頭の中で様々な組み立てをしながら、肝心の本人への連絡が抜けていたのである。

 いや、世羅は文字が読めないから伝言でも出せば良かったのだ。忙しいなんて言い訳でしかなかった。


 世羅はどう思った? 王都に行って戻らない僕をどう思った?

 きっと、「ルドは自分の役目を果たす場所で生きるんだ。自分とは違う場所で」なんて、聞き分けがいいのか、いじけているのか微妙な綺麗事を自分自身に言い聞かせているに違いない。


 ルドには世羅の心の動きが手に取るように分かった。


 そう思わせたのはルドだ。


「ちなみに、セラは陛下たちの結婚式を見に来ていますよ。村長が連れて行ってくれました。ルド様のお姿を見ることが出来、豆粒くらいの大きさだったけど元気そうだったと言っていましたよ」


 世羅が都に来ていた……。大事なたった一つの願い事を使ってまで助けたのに、音沙汰ひとつもなく、都で王子としての自分を見ていた。


 世羅はきっと、僕がもう世羅から離れていったと思ってしまったのではないだろうか。


 ひぃ、と小さな悲鳴を上げて、すぐにでも世羅に会いに行こうとするルドをダーレスが止めた。


「ちゃんと覚悟を決めてから行きなさい。セラが元の世界に帰りたいと願ったら、どんな手を使ってでも帰してあげなさい。帰さないなら、どの立ち位置でセラを迎えるのか決めて、きちんと根回ししてからにしなさい」


「立場……」


「そうです。ルド様、あなたにとってセラはどんな存在で、二人の未来がどんな形になることを望むのですか?」


 ルドは世羅に城で暮らしてもらうつもりだった。

 城で暮らして、ずっと仲良く側に。


 自分はやがて王になる。

 では世羅は?

 お客さん? 侍女? 文官? 守るべき国民?


 違う。


「世羅は、僕のお嫁さんになるんだ。それ以外にはない」


 そう言い切ったルドをダーレスは虫を見るような目で見た。


「育て方を間違えたのか、元々の血筋か……。ルド様の気持ちは分かりました。では、セラの気持ちはどうだと思いますか?」


 世羅の気持ち。


 僕を将来の夫として見ているだろうか。……それはないな。そもそも結婚とかそういうことを考えたことがなさそうだ。

 以前、こちらでは十五歳か遅くても二十二歳位で結婚すると聞いた世羅はとても驚いていた。世羅の世界では早くても十八歳で、三十歳を越えてから結婚する人も珍しくないと言っていた。


 世羅はどうしたいんだろうか。

 元の世界に帰りたいのだろうか。

 家族と上手くいっていないから、いなくてもいい子なのだと泣いていたのに、世羅は家族のところに帰りたいのだろうか。


「どうです?」


 ダーレスがルドに考えを促す。


 世羅が元の世界に帰るなんて嫌だ。もう会えないなんて嫌だ。手放すなんて、嫌だ……!


「世羅が帰ると言っても……嫌だ」


 俯いたルドにダーレスが問いかけた。


「では、立場を入れ替えて考えてみなさい。ルド様がセラの世界に落ちたとして、セラがルド様を助けて面倒を見た。ルド様はセラのためにたった一度の自分の願いを精霊に願い、元の世界に帰れなくなった。セラはルド様が好きだからどうにか側に置いて結婚したいから自分の願いを使って元の世界に帰すことはしたくないという。ルド様はまだまだ結婚なんて考えられないのに、セラの家に呼ばれ囲い込まれようとしている。元の世界に帰れないことについて、なんとか気持ちを収めて乗り越えて自分で生活出来るようにとルド様は努力しているのに、セラが言うのです。私と結婚する以外、ないと。どうですか? ルド様は幸せになれますか? お父上にもお母上にももう会えずに、ずっとそこで生きていきますか?」


 ルドは絶句した。


 そんなの、幸せになれるわけがないと思った。


「帰りたいと、世羅が言ったら……どうすればいいんだ」


 願い事はたった一つ。

 それすらも泉の精霊が叶えてくれる保証はない。むしろ精霊が願い事を叶えるのは奇跡とも言える。


 ルドが泉の精霊に願って世羅が元の世界に帰ったら、もうこの世界に来ることはない。


 そう思うと、ルドの胸は焼かれたように痛んだ。


 ルドは困惑した。


 王になる自分と結婚することが、この世界での世羅の幸せなのではないかと思った。

 それが、世羅の願いを横から奪ってしまった自分に出来ることであると思った。

 家族と上手くいっていないと泣いた世羅が帰りたがるとは思わなかったのである。


 だが、立場を入れ替えて考えてみたら、世羅の意思や希望を聞かずに自分の考えを押しつけているだけだと、ルドはあっさりと気が付いてしまった。


 ルドの困惑は、自分がこんなに視野の狭い人間だったのかということと、その原因が世羅を失いたくないという自分の心であることに気が付いてしまったからである。


 自分は世羅を唯一無二の女性として見ている。


 それは思春期の淡い恋心ではなく、執着を伴ったがっつりねっとりとした愛情だった。


「そっくりですね」


 ダーレスが更に溜め息をついて言った。


 誰に、など聞くまでもなかった。


 ただ一人の為に生きていると言っても過言ではない一親等がいるのである。


 ルドは顔を真っ赤にしたが、反論出来なかった。自分も今、そう思っていたからである。


 ルドは唸って頭を抱えた。

 覚悟と根回しをとダーレスは言った。


 根回しは、出来る。世羅と結婚するための根回しなど苦でもない。

 覚悟は、どうだろうか。世羅が僕と生きるのではなく、元の世界に帰りたいと言った時、自分は手を離してやれるだろうか。


 せめて成人していたら、とルドは悔しく思った。成人した同士だったら、自分の人生を自分で決めることに障害は少ない。


 だが、自分も世羅もまだ子どもの領域にいる。「家に帰りたい」と言っている子どもを留めることは誘拐と変わらない。


 世羅が元の世界に帰り、成人して自分を選んでくれたとしても、願いは一度、もうこの世界には戻れないのである。


「……成人して、……戻る……」


 電光一閃。


 ぐちゃぐちゃだったルドの思考は真っ白に埋め尽くされ、急に霧が晴れたようにクリアになった。


 ルドは、ばっと顔を上げてダーレスを見た。


「世羅が、帰りたいと言ったら……、僕が泉の精霊に願うよ。世羅を元の世界に帰して……大人になったら、またこの世界に来るようにと……願うよ」


「……願いは一つですよ?」


 ダーレスは驚きながら諭した。


「言い方の問題、だろ? 願いは一つ。『一旦世羅を元の世界に帰してほしい。この世界に戻るのは世羅が大人になってから』だ。願いは一旦元の世界に帰ること。この世界に戻るタイミングは大人になってからというのは条件でしかない」


 世羅を失うくらいなら、しばし離れることなど耐えられる。……耐えてみせる。


 世羅が元の世界に帰らないのであれば、婚約者としてそのまま城に迎え入れる。


 一旦帰るというのであれば、世羅に僕を刻みつけて、忘れられなくしてから見送って、世羅を迎え入れる地盤を固めておくことにする。


「セラがここに戻ることを嫌がったらどうするのですか?」


「なら、……僕が行くよ。世羅の世界へ」


 それが『覚悟』とやらだろう。

 母のお腹には新しい命が宿っている。

 僕がいなくなっても何とでもなるだろう。


 ダーレスは目を見開いた。


「あくどい悪ガキですね。セラがそれを聞いて、ルド様を連れて行くとでも?」


「誰かの教育のおかげだ」


 言外にお前に似たんだよ? と言ってやれば、ダーレスは苦笑いで黙った。


 そもそも、泉の精霊は願う全員の声を聞くわけではなく、ルドの願いが叶わなければ、世羅は帰れないのである。

 それでもいいように、根回しを万全にしようとルドは決意した。


 来週、ルドは十三歳になる。封印が解けて制限なく魔法が使えるようになる。魔法で世羅に会いに行けるのである。


 月齢を数えると、その日は満月だった。


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