ルド 二十八歳
あらすじをご確認くださいm(_ _)m。
よろしくお願いいたします。
誤字訂正いたしました。
誤字報告ありがとうございました。
前代未聞。
それは良い意味で型破りの時もあるが、大抵は眉を顰める聞いたことのない物事が起こる時、または起こった後に言われる。
この国の『前代未聞』は現時点で起こる前。
名誉ある宰相職を賜っているベーデガー侯爵は、それをなんとしても食い止めたかった。
「やる」
「出来ません」
「する」
「しません」
「行う」
「言い方を変えても無理です」
「やるったらやりたいんだ!!」
「なりません」
「話にならないな!」
「陛下、どうか冷静に考えていただきたい」
「もうずっと考えている!」
「なりません。どうして陛下はセラ様のことになると途端にポンコツになるのですか……」
「いや、だって」
「二十八歳成人男性の『だって』なんて可愛くもなんともありませんよ。ただでさえ国民から『うちの王様ドゥリーミングボーイ』と言われているというのに。ボーイですよ、ボーイ。ただ一人の女性を待って童て」
「ああああああ!!」
ルドはベーデガー侯爵の言葉をあわあわと遮って、「ああ、もう」と、頭を抱えて机に突っ伏した。
侍従や護衛騎士はやれやれと内心思いながら、無表情を貫いた。
王と宰相のこういったやりとりは、いつもの光景だからである。
ルドはこの国の王である。
独身、二十八歳の王である。
遠距離恋愛十五年目の王である。
即位して五年になる若き王は、長年拗れていた隣国との関係をあの手この手でネジ戻し、国内外問わずにその手腕を発揮し、自国はもちろん、周辺国もろとも安定させた。
威風堂々、正々堂々と汚い手をも使う様は『黒狐』と呼ばれ、周辺国からも一目を置かれている。
ルドは王であるが、何でも好き勝手に出来るわけではない。
宰相と大臣をはじめとした議会と共同で国を運営している、いわば管理者のような地位だった。
傀儡とも見える王の座だが、これはルド本人がこうなるように望んで改革した結果である。
前国王、ルドの父の時代まで、この国は絶対王政だった。王家に逆らうことは反逆であり、大罪でもあった。
前国王の母、ルドの祖母は隣国の王女だった女性で、国税を自分の贅沢に使い、気性も激しく自分に逆らう者を許さなかった。
まさに独裁。
隣国は強い魔法使いが台頭する国で、ルドの祖母も強い魔力を持ち、更には隣国から連れて来ていた魔法使いたちに自分の身を守らせて好き勝手し放題だったのである。
その最たることが、息子である前王の結婚である。
今まで言うことを大人しく聞いていた前王は、結婚相手だけは自分で選んだ女性をと譲らなかった。
ルドの祖母はそれを許さなかった。自分の生国の姫である姪と結婚させ、やがてはこの国を自分のためだけに存在する奴隷のような国にしようと考えていたのである。
単純なように見えるその思惑の後ろには、もちろん隣国がいた。
前王は実母を通して支配してこようとする隣国との戦を避けるため、様々なことを躱し続けた。
隣国の姫との結婚も交易での不平等条約ものらりくらりと逃げ続けた。
母親の言いなりで覇気がないと周囲から侮られていた前王だが、隣国と開戦することなく平和が保たれていたのは、間違いなく前王の手腕によるものである。
ちなみに前王は周辺国から『黒狸』と呼ばれている。
そして前王は自らの伴侶を自分で選び、精霊の名の下に結婚し、子をなしていた。
その子がルドである。
精霊の名の下に。
これは魔法の契約で、誰にも覆すことの出来ないこの世の理である。
契約者同士の命どころか魂をも賭した約束でもある。
もしも契約をした者が反故にすれば、その肉体は命を失い、魂は精霊に許されるまで闇を彷徨うことになる。
他者によって破られた時は、その責は他者へと向かう。
精霊の名の下に成された契約は、たとえ隣国の魔法使いだろうとも人間には手出しが出来ないものだった。
ルドの祖母は怒り狂い、息子が選んだ女性を亡き者にしようとしたが、前王はこれをも躱し続け、妻を隠して守った。
やがて子が生まれたところで、ただ隠しておくのが難しくなり、前王は妻と子を守るため、信頼を置く護衛をつけて国内を転々とさせた。
だが、優秀な魔法使いを抱えていたルドの祖母は、隠され逃げる三人を執拗に探し回るようになり、それは国民にも知られるところとなった。
隠れ逃げていた三人は、ルドが十歳の時、ある山の麓の村外れに居を構えた。
その山の頂には満月の夜に願いを叶える精霊が住む泉があり、その不思議な力は麓まで漏れ、他よりも守られた地だった。
ここは都から魔法で探索されてもまず見つからないだろうと、護衛のダーレスが言った。
山には大型の獣や人でないものが出るので、地元の人間もあまり出入りをしない。
ダーレスは手練のため山に狩りに入ることも可能で、ルドたち三人は山小屋でしばらくぶりの、ルドにとっては初めての落ち着いた暮らしを始めた。
基本的には自給自足。足りない物は狩りで得た物を村で売ったり交換したりした。
出来るだけ村人とは関わらないようにしながらも、全く関わらないでいると却って詮索されるため、腕の良い猟師と病弱な娘と孫が、精霊を頼りに移住してきた体として、静かに暮らすことにした。
しばらくして緊張の糸が切れたのか、ルドの母は本当に寝込むようになった。
そしてある日、「あの人の所に行ってきます」という書き置きを残し、ルドの母は山小屋からいなくなった。
定期的に魔法で鳥の目を借りて妻子を見ていた前王が、弱りゆく妻を見ていられず、仕方なく妻だけを手元に戻して隠したのである。
幼かったルドにとってみれば、ある日突然に母がいなくなったのである。
母だけ捕まったのかと思い、都へ探しに行こうにも、追っ手に見つからないように逃げている身の上ではそれもままならず、ダーレスの「お父上の所にいるのでしょう。きっと大丈夫」という言葉も信じ切れず、大切な母を失ったかもしれないという恐怖がルドの心を占めた。
居場所の特定を避けるため、前王と手紙などのやりとりも一切せず、連絡も情報もなかったことが、ルドの恐怖に拍車をかけたのである。
いつか見つかって殺されるかもしれない。
帰らぬ母に思いを馳せては、追われ逃げ、隠れる者の昏い気持ちを常に心に抱えてルドは暮らしていた。
ルドに希望が無いわけではなかった。
それはルド本人である。
この国の子は、生まれた時に神殿から魔力の大部分を封じられる。
身体が丈夫になり、魔力への耐性がある程度出来上がる十三歳の誕生日に、自然にその封印は解かれる。
それまでは生活に必要な程度の魔法しか使えないが、小さな身で魔力が暴走すると周囲を巻き込んでの大惨事となるため、この国では子に封印を受けさせる義務があった。
実際に魔力封じの魔法が開発されるまでは、幼子が魔力暴走し、たくさんの悲劇を生んできたのである。
ルドの魔力は膨大だった。
皮肉にも、祖母である隣国の王家の血が濃く出た形である。ルドは苦々しく思っているが、十三歳になり、もっと魔法が使えるようになると、ルドはこの大陸でも一、二を競う魔法使いになる自覚があった。
そうなれば、もう隠れている必要は無い。
母を探し、父を助け、自らの手で全てのケリを付けることが出来るのである。
だが、封印が解かれてすぐに思うがままに魔法が使えるわけではない。何事にも修練は必要である。
ルドは十三歳なったら、まずは願いを叶えるために泉の精霊に会いに行くと決めていた。
母を探し、父に会う。自分の人生を取り戻すため、その願いを叶えるために。