第3話 万引き犯を捕まえました
「う~ん、異種族同士の恋って本の中ではハッピーエンドなのよねえ」
私はオルシャドール殿下に献上するための恋愛小説を読み終わるとそんな感想を持つ。
この本は異種族のヒーローと人間のヒロインが恋に落ちて身分差や異種族という壁を乗り越えて結ばれる内容だ。
基本的に私はハッピーエンドで終わる物語の方が好きだ。
だからこの本の終わりがハッピーエンドなのは嬉しい。
しかし現実は小説のようにはいかない。
私の脳裏にギオンとライの姿が浮かぶ。
ギオンもライも私とは種族が違うしさらに二人とも王になる存在だもんね。
身分差もいいところだわ。
それでも私が二人を愛していることに変わりはない。
現実的には結ばれない相手でも恋をすることは許されるはずだ。
でもいずれギオンもライも自分と釣り合う相手を結婚相手に選ぶんだろうな。
その時、私は二人の結婚を喜べるのかな。
このままマクシオン商会の会長を続けていけば再びギオンやライに会うことがあるはず。
ギオンやライの隣りにいる女性を見ても平常心を保てるか分からない。
だけどこれだけは分かっている。
私ではギオンともライとも結婚できないことを。
「いろいろ考えるのはやめようっと。きっと時間が解決してくれるだろうし。とりあえずオルシャドール殿下に献上する冒険小説と恋愛小説は読んだからこれを献上品にすればいいわね」
私は頭を切り替えて二冊の本を献上品にすることに決めた。
明日はオルシャドール殿下に魔王城で謁見することになっている。
商売自体の許可は既に下りていてマクシオン商会は商売を始めていた。
今日もたくさんのお客さんが来ているようだ。
「商売が順調か、少し見てこようっと」
私は会長用のテントを出てマクシオン商会が商売をしている場所の見回りを始める。
一際、お客さんが集まっている一角を見つけた。そこは本を売っている場所だ。
「タファン王国では本が売れるって言ってたディオンの言葉は本当だったのね。たくさんのお客さんが来てるわ」
本売り場に近付いて客がどのような本に興味を示すのか私はそれとなく見ていた。
やはり魔法書などの専門書を手に取っている人が多い。
魔法書の売れ行きが良さそうね。
まあ、魔族は魔力を使うのに呪文や魔法陣を必要とするから当たり前か。
そんなことを考えながら私は冒険小説や恋愛小説が置いてある場所を見る。
そこは人が疎らしかしないがある人物に興味を引かれた。
その人物は男性で黒髪に紫の瞳が印象的で年齢はまだ10代半ばくらいにしか見えない。
日本でいったら高校生くらいだろうか。
随分と熱心に小説を手に取って見ている。
う~ん、恋愛小説や冒険小説が好きな魔族もいるってことか。
オルシャドール殿下も献上品に小説を要望するぐらいだもんね。
だが次の瞬間、その若い魔族の男性は手に持っていた本を自分の上着のポケットに入れた。
当然、まだ会計が済んでいるわけではない。
そしてそのまま立ち去ろうとしたので私は慌ててその若い男性の後を追った。
「ちょっと待ちなさい! 貴方、万引きしたでしょ!」
男性の腕を掴んだ私がそう叫ぶとその男性は私を見る。
美しい紫の瞳に吸い込まれそうになり私はドクンッと鼓動が跳ねた。
しかし男性の次の言葉に私は驚く。
「それが何か問題なの?」
はあ!? 万引きしといて「何か問題なの?」ですって?
魔族って万引きすることが悪いって意識ないの!?
「万引きは悪いことでしょ! ちゃんとお金を払ってもらわないと警備兵に突き出すわよ!」
「……お金持ってないから警備兵に突き出すならそれでもいいよ」
男性は平然とそんなことを言い出す。
ちょっと待って。魔族の常識って私たちとずれているのかしら。
それとも単にこの人がおかしいだけなの?
「貴方の名前は?」
「……エド」
「エドね。万引きが悪いことだって知らないの?」
「別に万引きしても殺されるわけじゃないし……」
「あのねえ、殺されないから万引きをしていいことにはならないのよ! 悪いことはしちゃダメなの!」
エドはキョトンとした表情になる。
「欲しいモノを手に入れるのに悪いことしちゃダメなの?」
「当たり前でしょ! 欲しい商品があったらお金を支払って買うの! 悪いことして欲しいモノを手に入れちゃダメなのよ!」
なんで若いとはいえ自分より年上の男性にこんな説教をしているかと自分でも不思議な気分になる。
すると今度はエドが満面の笑みを浮かべた。その笑顔が素敵に見えて私の鼓動は再び高鳴ってしまう。
「そんなこと初めて言われたよ。君は俺を叱ってくれた初めての人だ。君の名前を教えて」
「私はマクシオン商会の会長のミアよ」
「ミア。素敵な名前だね。分かったよ。ミアの言うとおりに今度から悪いことをして欲しいモノを手に入れることはやめるよ」
え? 今まで悪いことして欲しいモノ手に入れてたの?
エドの親ってどういう育て方したのよ。
「とりあえず万引きした本を返せば今回は見逃してあげるけど、二度と悪いことしちゃダメよ!」
「うん。ミアの望まないことはしないと約束する」
エドはそう言ってポケットの中に入れた本を私に返す。
「今日はこれから用事があるからまた今度ミアに会いに来るね」
そのままエドは広場を出て行ってしまう。
う~ん、魔族という種族が特別な感覚の持ち主なのかエドが特別な感覚の持ち主なのかどっちなんだろう?
でもあの紫の瞳は綺麗だったな……って、万引き犯に見惚れてどうするのよ、ミア。しっかり商売しなきゃ。




