第43話 前王妃の霊の身代わりをします
証人がいないならタクオス獅子王に自ら自分の罪を告白させたらどうかしら。
タクオス獅子王の言うとおりこのままではタクオス獅子王が行ってきた数々の罪を証明することはできない。
しかしタクオス獅子王自身が自分の罪を告白するように仕向ければ罪を表沙汰にすることは可能だ。
私はあることを思いついてベッドの横のテーブルに近付いた。テーブルの上にはペンとメモ用紙が置いてある。
私が今できることはこれしかないわ!
私はペンを取りメモ用紙に文字を書き始めた。
「な、なんだ!? なぜ勝手にペンが動いているんだ!」
タクオス獅子王が驚いた声を上げる。
それは当たり前だ。今の私は「透明人間」なので姿はタクオス獅子王にもライにも見えない。
けれど私の身体はここにちゃんと存在するから透明人間になっていても物を動かすことができる。
しかしタクオス獅子王たちにとっては勝手にペンが動いて文字を書いているとしか思えないだろう。
「これは、いったい……」
ライも私が書くペンを見て目を見開いて驚いている。
そしてメモ用紙に文字を書き終わった私はそのメモ用紙を破り二人に見えるように手に持った。
二人には空中に紙が浮いている状態にしか見えていないはずだがこの方法でしか私の言葉は伝えられない。
『タクオス。貴方が私を傷つけたとしても私は貴方を愛していました』
私はそうメモ用紙に書いた。
「まさか……? 母上……?」
「母上の霊がいるのか……?」
タクオス獅子王もライも呆然とした表情でメモ用紙の文字を見つめている。
これが私が考えた作戦だ。前王妃の霊のフリをしてタクオス獅子王に罪を認めさせようとしたのだ。
私は再びペンを取り文字を書いてその紙を二人に見せる。
『そうよ。私は貴方たちの母よ。タクオス、貴方に寂しい想いをさせてしまったことは後悔してるわ。でも弟を傷つけるのはダメよ。自分の今までの罪を認めて退位してちょうだい』
「バカな! こんなのは何か仕掛けがあるに違いない! ライガー、お前が何かやってるんだろ!」
タクオス獅子王はライを睨みつけて叫ぶ。
するとライは静かに答えた。
「私は何もやっていない。これは本当に母上の霊だと思う。先ほどタクオス兄上の話を聞いていて思い出したことがある。母上と一緒の時に襲ってきた獅子のことだ」
え? ライは前王妃の襲撃事件の記憶がないと聞いていたけど何か思い出したの?
「何を思いだしたというのだ。その時の獅子が私だという証拠はないだろう」
「証拠ではない。だがその獅子に襲われた時に母上は私を庇いながら小さく呟いたんだ。……タクオスと……」
「…っ!」
「考えてみればおかしいと思わないか? タクオス兄上。獅子族の獅子の姿だって個体差がある。自分の息子が獅子の姿になったところで母上が分からないはずはない。それなのに母上は最後まで襲撃した犯人はタクオス兄上だとは言わなかった。それは母上がタクオス兄上を愛していたからではないのか?」
「なっ!?」
ライの指摘にタクオス獅子王は絶句したようだ。
そうだわ。ライの言うとおりだわ。
前王妃に息子が変化した獅子の姿が分からないはずはない。それなのに前王妃は犯人がタクオス獅子王だとは言わなかった。
それは自分の息子のタクオス獅子王を愛していたからだわ!
私は再びペンでメモ用紙に文字を書く。
『タクオス。私の愛する息子』
「ならば母上! なぜ、私よりもライガーを特別に扱ったのですか!? 私に言いましたよね! 貴方ではなくライガーが王になるからライガーは大切な存在だって!」
タクオス獅子王はその場に膝をつき崩れ落ちながらそう叫ぶ。
すると再びライが静かに言葉を発する。
「母上のその言葉は正しいですよ。猛虎族の王との約束がある限り獅子王家が今後もこの国を支配するには私が王位に就かねばならないと母上は分かっていたのでしょう。その言葉は王妃として王家を護るために私が大切な存在という意味で自分の子供としてはタクオス兄上も私も母上にとって同じく愛する者だったはずです。そうですよね、母上」
そうね。私もそう思うわ。
前王妃が王妃として発言したことをタクオス獅子王は意味を取り違えてしまったのだわ。
私はペンで文字を書いた。
『貴方が獅子王でなくても私の愛する息子であるということは変わらないわ。愛してるわ、タクオス』
「母上ええぇーっ!」
タクオス獅子王は私が持っていた紙を握り締めて座り込んで涙を流す。
ライはベッドから降りてタクオス獅子王に近付いた。
「タクオス兄上。どうか自分から罪を認めて退位してください。表向きの退位理由は病気でいいですから。兄上が退位して離宮に住むのなら私が必ず義姉上と生涯共に過ごせるようにします」
「……分かった……私は病気で退位することにする……そして離宮でレアと一緒に母上の霊を弔う。それで許してくれるか、私の弟よ」
「ええ。今後の獅子王家のことは私に任せて兄上はこの離宮で母上の霊を弔ってください。母上の霊が私たち兄弟のことを心配せずに天国に逝くその日まで」
「……ありがとう……ライガー……」
タクオス獅子王は最後にライにお礼を言った。
この様子ならもう大丈夫そうね。あとのことはライに任せよう。
私がそう思った時にライがふとメモ用紙の方を見ながら呟くように問いかけた。
「母上。最後にひとつだけ私にも言葉をください。私には今、愛する女性がいます。その女性は人間族ですがこのまま彼女を愛していてもいいですか? それとも母上は私が彼女と結婚することに反対しますか?」
……っ!?
私は動揺するがここでライに言葉を残さなければライが母親に無視されたと悲しむかもしれないと思いメモ用紙に文字を書いた。
『貴方の心のままにしなさい。反対はしませんがお相手の意思を無視したりしてはダメですよ』
「分かりました。母上」
ライは僅かに微笑んだ。
私は今度こそ部屋を出た。そして自分の服を回収して自分の部屋に戻る。
ふう、まだマレオを捕まえなきゃいけないし大変だと思うけど一応今回の事件は解決したわね。
それにしてもライの最後の質問には驚いたな。ライの気持ちは嬉しいけど私はこの国の王妃にはなれないのよね。
私は深い溜息を吐いた。