第28話 過去の襲撃事件も調査します
「悲しい事件ですか?」
「ええ。でも私もその事件の詳細はよく分からないの。タクオスもその事件を実際に見た訳じゃないから状況証拠で推測するしかなかったらしいわ」
状況証拠で推測? いったい何が起こったの?
「ある日、幼いライガー将軍を連れてお母様はお出かけになられた。でもその外出先で襲撃事件が起こったの」
襲撃事件って穏やかじゃないわね。
「前王妃様やライガー将軍様を狙う者がいたということですか?」
「そうなの。この国は獅子族が他の獣人族を『力』で支配している国なんだけど獅子族に匹敵する『力』を持っている獣人族がいない訳ではないの。だから油断すれば獅子族を排除してこの国を乗っ取ろうと考えている者たちがいるのよ」
レア王妃は少し困ったような表情になった。
そうだったわね。この国で武器の需要が高いのは争いが多いためだって言ってたし。
カミオンだって獅子王が弱みを見せれば他の獣人族に国を乗っ取られるようなことも言ってたわよね。
「そうなんですね」
「ええ、そしてその事件のことを聞いてすぐにタクオスたちのお父様である先代獅子王様は自ら現場に駆け付けた。ところがその襲撃現場を見て先代獅子王様は言葉を失ったらしいわ。そこには襲撃犯たちや前王妃様を護っていた兵士たちの死体が転がっていて前王妃様も大怪我をしていたの。だけど幼いライガー将軍の姿はなかった」
「え? ではライガー将軍様はどこかに行ってしまったんですか? あ、もしかして襲撃者に攫われたとか?」
襲撃現場にライの姿がなかったのならライと前王妃様を襲撃した者たちの狙いが王子だったライを攫って人質にするつもりだった可能性もある。
強い力を持つ獅子王の命を狙うのは難しくても王妃やまだ幼い王子のライなら攫って獅子王と取引きする材料にはなるだろう。
幼い子供の命を人質に取るなど許せないことだ。
もしそうなら攫われたライの幼い心に傷が残ったに違いない。
しかしレア王妃は首を横に振った。
「ライガー将軍はその場に居たのよ。ただその姿は私たち獣人族が『特殊能力』を使う時の姿だったの」
「特殊能力を使う時の姿ですか?」
「ミア会長さんは人間族だから知らないかもしれないけど獣人族は自分たちの『特殊能力』を使う時に姿が動物になるのよ」
レア王妃の言葉で私は竜族のギオンのことを思い出す。
ギオンも本来の姿は竜だ。だったらライの本来の姿が『獅子』でもおかしくない。
でもそれなら何でさっきレア王妃はライガー将軍の姿は襲撃現場になかったなんて言ったのかしら?
「ではライガー将軍様は『獅子』の姿でその場に居たんですよね? 先ほどはライガー将軍様の姿がなかったとレア王妃様は仰いましたが…」
「そうね。それがただの獅子の姿なら先代獅子王様も驚きはしなかったと思うわ。敵に襲撃されて幼いライガー将軍が本能的に姿を変えて特殊能力で身を守ろうと獅子の姿になっていたという話で終わったでしょう。でもそこに居たのはただの獅子ではなかったの」
ただの獅子じゃない? それってどういうこと?
「その姿はタクオスも先代獅子王様から聞いてないらしいわ。ただ『奇妙な動物の姿』だったとしか」
「奇妙な動物の姿ですか?」
「ええ、もしかしたら前王妃様が純粋な獅子族ではなかったから獅子の姿になった時に普通の獅子の姿になれなかったかもしれないわ。でも問題はその姿ではなくその奇妙な動物の姿になったライガー将軍が自分の父親である先代獅子王様に攻撃してきたことなのよ」
「ま、まさか、ライガー将軍様が先代獅子王様に襲いかかったんですか?」
「そうらしいわ。もちろん先代獅子王様はご自分も姿を獅子に変えて特殊能力を使ってライガー将軍に反撃したらしいわ。最初は先代獅子王様はその奇妙な動物がライガー将軍だと気付かないで前王妃様たちを襲撃した者だと思ったそうよ。そして先代獅子王様の攻撃で気を失ったライガー将軍の姿は人の姿に戻った。そこで初めて先代獅子王様はその奇妙な動物がライガー将軍が変化していた姿だと気付いたらしいわ」
ライのお母様は純粋な獅子族じゃなかったからライが変化した姿が完全な「獅子の姿」でなかったことはありえる話よね。
でもだからと言ってライはなぜ先代獅子王様に襲いかかったのかしら?
何かの理由で敵か味方かの判断ができなかったってこと?
そして我に戻った幼いライが自分が父親に襲いかかったことを知ったらそれはショックを受けたはずよね。
「ではライガー将軍様は自分の父親である先代獅子王様に襲いかかったことを気にして心に傷を負ってしまったのですか?」
「それもあるけど事実はもっと悲しいの。前王妃様はその時に身体に大きな傷を負ってその傷が元で亡くなってしまったのだけどその傷跡はどう見ても『獅子族が持つ特殊能力』でついた傷だったのよ」
「え? まさかその傷をつけたのは……」
私は恐ろしい可能性に気付いて身体が震える。
しかしレア王妃は真剣な瞳で頷いた。
「状況証拠しかないけれどライガー将軍は自分の母親の前王妃様を傷つけた可能性があるの。前王妃様は亡くなる間際にそのことを否定なさったけどその時に現場にいた『獅子族』はライガー将軍しかいなかったの。そしてライガー将軍にその襲撃の時の記憶は残っていなかったらしいわ」
そんな! ライが実のお母様を傷つけたなんて!
しかもその傷が原因でお母様が亡くなったならライがお母様を殺してしまったことになるじゃない!
「レア王妃様。ライガー将軍様はそんなことをする方ではありません! きっと何かの間違いです!」
気付いたら私は叫ぶように声を出していた。
絶対にライは我を忘れることがあってもそんなことをする訳はないわ!
レア王妃はニコリと笑みを浮かべた。
「先代獅子王様はそのことでライガー将軍を責めることはなさらなかったわ。だけど記憶のないライガー将軍は自分が母親の命を奪ったかもしれないという心の傷を負ってしまったの。タクオスの話ではそれからライガー将軍は『特殊能力』を使うために身体を変化できなくなったらしいわ。おそらくそれは精神的なモノだろうということよ。再び『特殊能力』を使う身体に変化したら自分がまた我を忘れて特殊能力を制御できずに大事な人を傷つけるのではと恐れているのでしょうね」
私はライが幼心に負った傷の深さを思って胸が苦しくなる。
「私もタクオスもライガー将軍がそんな人物じゃないと信じてるわ。だからこそライガー将軍にとってお母様は「特別な存在」なの。そのお母様が呼んでいた「ライ」という愛称を他の者が呼ぶことを嫌うぐらいにね。でもその愛称を呼ぶことをミア会長さんに許したということはライガー将軍にとってはそれだけミア会長さんが「特別な存在」だと私は思っているしそれぐらいの女性ならライガー将軍の心の傷を癒せると思うのよ」
「私にライガー将軍様の心の傷を癒せるでしょうか?」
ライの負った心の傷は深い。
どうにかしてあげたい気持ちは強いがそれが自分にできるか私は不安になる。
「大丈夫。特別なことなんかしなくていいわ。ライガー将軍を愛してくれるだけでいいのよ」
レア王妃はそう私に伝えてきたが私はこの時に心に誓った。
私はシャナールだ。今回、ライに依頼された「獅子王の剣」のことと同時に過去のライと前王妃様が襲撃された事件のことも調査しよう。
真実、自分が母親を傷つけてないと分かればライの心の傷も癒せるはずだもの。