第5話 最強スキルは使い方注意です
私の商隊は無事にアインダル王国の王都のアイルスに到着した。
私たちはまずアイルスにある商隊の滞在する広場に向かう。
各国にはマクシオン商会のような大きな商隊が商売するための広場が用意されている。
私たちが今日王都に到着することは事前にアインダル王国の役所に報せてあるので広場に到着するとそこを管理する役人が「1番」の番号札をくれた。
この番号札が書いてある場所に商品や滞在用のテントを張ることができる。
自慢ではないが私のマクシオン商会はこの世界でも指折りの大きな商会なので各国はいつも商売に良い場所を確保しておいてくれる。
商人は基本的には自分の商品の売り買いをして利益を上げるのだがマクシオン商会が扱う品物は質も良いし珍しい品物も多く取り揃えているので各国の国民は私たちの商隊が来るのを歓迎してくれる。
これは国民だけでなく王族や貴族も同じだ。
それに売り上げに応じた場所代を国に払うため、大きな商隊が来るのは国にとっても嬉しい話なのだ。
私たちの商隊はもうすっかり旅慣れているのであっという間に居住するテントを張り終えて商品のチェックを始めている。
私は会長用のテントに入った。
そこは移動式のテントとは思えないようなちゃんとした空間になっている。
ベッドや簡易ソファも置いてある。
会長用のテントは身分の高い者が直に取引を持ち掛けてくる場合に備えて作ってあるのだ。
それに大きな声では言えない私の裏の商売を頼みに来る者もいる。
私が椅子に座り自分の荷物を出しているとディオンがやってきた。
「ミア様。商売の準備は順調に進んでいます。今、役所の許可書を取りに行かせてますので許可が下りれば商売の取引が始められます」
「そう。最短でどのくらい?」
「明後日からは通常の取引が可能でしょう」
さすがマクシオン商会ね。通常の商会だと商売の許可書をくれるまで一週間程度かかるが父の遺したこのマクシオン商会はどこの国でも顔パスに近い。
実際にアインダル王国に入国する時に受けた検査も形式的なもので荷物のほとんどはチェックをされなかった。
私は商売の旅をするのが初めてだったから拍子抜けしてしまったくらいだ。
ディオンは笑って「先代のお力ですよ」と言っていたが。
「じゃあ、まずは他の商人の人たちに挨拶をしないとだよね」
「そうですね。マクシオン商会の会長が代替わりしたことは知ってる者も多いですが実際にミア様の顔を知ってもらう必要がありますからね」
ディオンはそう言って私の前に数通の封筒を置いた。
「裏のお仕事の依頼書です。お仕事をお受けするかはミア様の自由ですので内容をご覧になって受けない仕事のモノは私にお返しください」
「分かったわ。後で確認するわ」
私はそう言って鍵のかかる箱にその封筒を入れておく。
さてお父様から受け継いだ裏の仕事もちゃんとやらないとね。
私の商人以外のもうひとつの顔は「シャナール」だ。シャナールというのは一言でいえば「スパイ」のような活動をする者を言う。
国の権力者たちから依頼されることが多いが私の父親にはある「特別な能力」があってそれを使ってシャナールの仕事をしていた。
それが優秀だったので権力者の間ではマクシオン商会の「シャナール」宛に依頼が来る。
彼らが知っているのはマクシオン商会の誰かが「シャナール」というだけで私のお父様自身が「シャナール」だとは気づいていない。
お父様が雇っている「シャナール」が優秀だと思われていたのだ。
そしてその能力は私にも受け継がれた。
私がその能力に気づいたのは6歳の時。偶然、指を切った時に自分の指から流れる血を舐めた。
そしたらなんと私の体は「透明人間」になったのだ。
私も最初は驚いたがその能力をお父様も持っていたことがさらに驚いた。
お父様は私が自分の能力を受け継いだことを知った時に「シャナール」の仕事のことを話してくれた。
お父様が優秀な「シャナール」だったのは当たり前。
だって透明人間になって情報や証拠品を探すことができるからなのだ。
私は前世の記憶を持った子供だったからこの「透明人間」になれる能力はとても面白いと思った。
さすが異世界だわって興奮したけどこの能力も万能ではなく欠点もあることをお父様に教わった。
ひとつは自分の血を舐めて透明になっていられるのは一回に二時間だということと一度能力を使うと六時間の間をおかなければ再び透明にはなれないこと。
もうひとつは透明になっていても私の体はそこにあり、扉などをすり抜けることはできないし、人とぶつかることもあるってこと。
まあ、この二つのことに注意すれば「シャナール」としては最強スキルよ。
そういうわけでお父様から代替わりしてもマクシオン商会の「シャナール」宛の依頼は多い。
全てを受けるわけじゃないけど、ハッキリ言って貰えるお金は半端ないくらい高額だ。
それはいわゆる「口止め料」みたいなモノでもあるからだ。
お父様は国家機密さえ知ることもあると言っていた。
だから私に「シャナール」で知ったことは誰にも生涯話さず墓場まで持っていけって厳命した。
ちなみにディオンは私が「シャナール」ってことも「特別な能力」があることも知っているがそれがどんな能力かとかは知らない。
お父様にも「ディオンにも言ってはならない」って言われたし。
だから私はその透明人間になる能力を「奥の手」としかディオンには言わないしディオンもそれ以上のことは聞いてこない。
さて、じゃあ、とりあえず他の商人たちに挨拶に行くか。
私はディオンと一緒にテントを出た。